恋の墓標
茜が帰宅した時、身体は芯まで冷えていた。
雨が体温を奪っていた。
寒いのに、寒いのは冷え切った身体より心だった。
ドアを閉めて玄関で崩れるように座り込んだ。
涙が次から次へと流れ落ちる。
止まらない涙。
幾度も幾度も「愛していたのは私だけだった。」が茜の口から零れ落ちる。
スマホの着信音が鳴った。
見ると、梓だった。
涙を手で拭いて、茜は電話に出た。
「はい。」
「茜ちゃん、無事に着いた?」
「はい、ありがとうございます。」
「良かった……体調が戻らなければ有給取ってね。
無理したら駄目よ。
もう、明日は有休って上司に言っとこうか?
今、駅で私の周りは皆、係の人ばかりよ。
係長も居るから……どう?」
「………有給でお願いします。」
「うん、それがいいわ。じゃあ、係長に言うね。
早く休んでね。
身体が辛い所、電話してごめんね。
じゃあ、元気になってね。」
「ありがとうございます。」
会社の人達の優しさが心に静かに深く染みた。
茜は、このまま玄関で蹲り続けるのを止めた。
身体を拭いて、身体を温めよう、と思った。
風呂を沸かして入った。
浴槽で温かい湯に浸かり身体を温める。
涙は止まらずに茜の頬を伝わり流れ落ちる。
「今日一日は泣こう。そして、キッパリと諦めよう。
始まっても居ない恋だったから………。
私の片思いだったのだから………。
今日で終わりにしよう。
今日が私の恋の墓標……。
この涙が恋の墓標……。
…………私から別れを告げよう。
せめて、捨てられたことにしたくないから………。
会う必要はないから、メッセージで伝えて終わる……。
………それで、いい。」
風呂から上がってパジャマを着て、スマホを手にした。
着信履歴は何も無かった。
メッセージも届いていない。
茜は「笑えて来た。」と呟いた。
中絶した後、心を寄せてくれた時間は全く無かった。
翔也にとって茜は居なくてもいい存在なのだと思った。
電話を架けるのも茜。
メッセージを送るのも茜。
翔也からは何も来ない。
「終わりにする。」
そう言って、茜は辛くて重い身体をベッドに沈めた。




