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『海澪 -千年の縁-』  作者: 木峰圭介


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(83) 泥丸とレン

 真白(ましろ)は、それからしばらく赤子に付き切りだった。粥を口で噛み、柔らかくして、赤子に少しずつ与える。粥が尽きれば、固い干し飯を口に含み、唾で柔らかくしてから噛み続ける。歩いている時は、それをずっと続けた。間があけば、乳の出ない乳首を吸わせる。既に乳首は血が滲んでいた。

 瀕死の熊犬は、幻鱗(げんりん)が抱いていた。飯を食わせ、少し元気になれば、休みの時にはその乳を赤子に吸わせた。気のせいか、熊犬も赤子に乳を与えることで、生きる気力を取り戻していくように見えた。

 小さな集落があると、赤子の事情を聞き、乳の出る女が乳(ち)付けをしてくれることもあった。幻鱗(げんりん)の説法も祈祷、口寄せもないのに、貧しい暮らしの中からの、一杯一杯の粥の恵みはありがたい。軒下どころか、屋根の下で泊めてくれるとは、末法の世とは言えまだまだ捨てたものではない。

 いつ消えるかわからない二つの命だったが、熊犬はどうにかひとりで歩けるまでに回復し、寝てばかりだった赤子も、手や足を動かすようになった。

 世話になった人によく名前を尋ねられるようになったので、幻鱗(げんりん)は、赤子と熊犬に名前を付けた。

 山崩れの泥から這い出た命だ。あえて賎しく汚れた名を乗せて、死神を追い払ってくれるよう、童名(わらわな)は〝泥丸(どろまる)〟とした。

 熊犬は、毛色からおそらく〝アカ〟とでも呼ばれていたかもしれない。アカと呼んでも知らぬふりをするが……

 幻鱗(げんりん)は、隻眼(せきがん)の龍と言われる〝一目連(いちもくれん)〟にちなんで〝レン〟と名付けた。自分の右目が傷つきながらも、泥丸を守ったことに敬意をあらわした。

「レンよ、お前は偉い犬だ」

 アカの言葉に見向きもしなかったレンが、幻鱗(げんりん)を見て、うなずいたように見えた。


挿絵(By みてみん)

(AIによるイメージです。時代設定、キャラクター設定を汲んでない場合があります。これから登場するエピソード、登場人物のネタバレがある場合があります) 

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