(79) 乳首の痛みと温かい小便
幻䗲が近づいたとき、母犬は吠える気力もなく、ただ諦めたように見上げていた。その右目は山崩れに巻き込まれた時の傷なのか、閉じたまま血と目ヤニに固まっているように見える。
赤子を取り上げる時も抵抗することはなかった。
赤子を真白に預け、汚れた産着を取り除くと男の子の印があらわれた。真白は、泥だらけの赤子を素肌のまま抱いた。そのからだは、だいぶ冷たくはあったが、まだ豊かとは言えない乳房をまさぐり、乳首を咥えて、出るはずのない乳を痛いくらい強く吸った。それは、幻䗲と睦んで乳を吸われるのとは違う、初めての感覚だ。胸の奥の方で何かが熱くなる感じがした。
乳は出なくても、心地よい温かさに安心したのか、赤子は真白の胸の中に、温かい小便を漏らした。
真白は、なぜか嬉しくて笑ってしまった。肌を伝う熱が、この子の命の証のように思えたのだ。
『大丈夫、この子は生きていける。私が守る』
幻䗲は、母犬を取り上げる前に、二つの仔犬の骸に優しく手を当てた。温もりは失せていたが、母犬の思いが伝わるような気がする。仔犬に手を合わせ、母犬と目を合わせる。母犬は何も言わず、目を伏せた。
幻䗲の手で骸に柔らかな土が被せられ、その小さな墓が作られるのを、母犬は見届けていた。
息を落とした母犬を両腕で抱き上げたとき、幻䗲には、彼女の諦めたような眼差しが、そう語りかけているように思えてならなかった。
――どうするの? このまま、静かに逝かせてくれればいいのに……。 |幻䗲




