⑻ ブルーハワイ
「楽しいことしようね」
男は海澪の手を引いて言った。
「言いたくないことは、言わなくていいんだよ」
男は優しかった。
ゲームセンターに入っても、何もかもが初めての海澪は、とんでもなく下手クソだった。
笑いながら、海澪のためにプライズのちびぬいを取ってくれた。人混みは苦手だけど、少し楽しかった。
甘い紫色の飲み物も初めて口にしたけど、これは口に合わなかった。
未成年は入れないクラブには、裏口から入って、奥のVIPルームに隠れていた。
音の光の演出にドキドキした。
「ブルーハワイだよ。飲んでごらん」
青いカクテルは、島から見える海を思い出させた。
油断している海澪と違って、黒猫のぬいぐるみに身を変えている星来は警戒して、耳をすませていた。
男が電話している。
「家出娘を拾った。処女っぽいから回して楽しもうぜ」
「コデインはだめだったけど、ブルーハワイに睡眠薬仕込んだから、楽勝だよ」
男は、スラングで話していても、星来は心も読んでるから、魂胆はバレバレだった。
男が電話を終えて、VIPルームに入ろうとする。
ドアの中に海澪より小柄な少女が、腕を組んで立っている。星来が本来の姿を現していた。
表情は怒っている。
「出るよ!」
驚く海澪に、一言だけ言う。
「誰?」
呆気に取られた男は言うが、星来は、もう男に見向きもしない。海澪の手を掴む。
「帰る!」
海澪を手を引っ張り、裏口ではない、正面の出入り口から出て行く。
「走るよ!」
小さな星来が、海澪の手を引いて、夜の街を走る。
目的地はない。
信号、ショーウインド、サイネージ…
そして、海澪の前を走る星来の姿。




