(72) 娘の名は真白《ましろ》
白い肌の娘は、こうして幻䗲の連れになった。
親切心だけではない。幻䗲にとっても思惑があった。白い肌の白蛇の化身としようか、市杵島姫命 か弁財天の写し身としようと考えていた。山賊が恐れれば山の妖かしでも、自分が崇めれば、ありがたい女神にできるかもしれない。
娘は、外の世界からは隠されるように山で生活をしていたという。山家の民は、山の中だけで自給自足の生活をしていたわけではない。山の材料で作った竹籠などの細工物などを売ったり、必要なものを買ったりするために、町や村に出て行ったが、娘は一度も出たことがないと言った。
自分の肌などが白いのも、病なのか血筋、家系なのかも詳しくは知らなかった。名前を尋ねると、首をかしげる。人目を避けて隠すようにされていたので、自分の名前という認識がなかったようだ。人は、時々〝シロ〟と呼んでいたようだという。
「それはあまりにも犬のようだな」
幻䗲は、娘に〝真白〟という名前を与えた。それはとても娘を喜ばせた。人として認められたようで嬉しかった。
幻䗲は、自分の柿笠 を娘にかぶせて、娘の姿が少しでも人目に目立たないようにしていた。余計なトラブルを防ぐためだけでなく、真白の神秘性を保ちたい意味もあった。
やがて、二人は夫婦のように夜毎睦み合うようになっていた。幻䗲は、もとから僧の身から女犯をよく行い、有力者の侍女である女房や愛妾を口説き、関係を深めるのは常であったし、口の上手く、身体も顔もいい幻䗲に、女から暗に言い寄ることも珍しくなかった。時代もそれを咎める風はなかった。
真白もそれに応えるにつれ、その艶をまして、女神としての魅力を増していった。しかし、幻䗲は、他の歩き巫女 のように春をひさぐとこは、一切させることはなかった。
(AIによるイメージです。時代設定、キャラクター設定を汲んでない場合があります。これから登場するエピソード、登場人物のネタバレがある場合があります)
市杵島姫命 : 天照大神より生じた宗像三女神の一柱。白く美しい肌を持つ、水と航海の女神。平安後期には仏教の「弁才天」と深く習合し、福徳を司る一方、宇賀神(蛇神)と結びついて水脈や嵐(天候)を支配する強大な神霊とみなされた。
柿笠 : 柿渋を塗って仕上げた旅用の笠。高い防水・防虫性を持ち、独特の赤茶色(または黒み)を帯びている。中世から近世にかけて、僧侶や山伏、旅人などに広く用いられた。
歩き巫女 : 諸国を漂泊し、神懸かりによる託宣や口寄せ、歌舞を披露した民間の巫女。平安後期には僧や陰陽師などの男と組んで巡業した。次第に彼女たちが生活のために売春(春をひさぐ行為)を行うことは当時半ば常態化していた。




