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(68) 病院生活
愛美と修は、集中治療室ICUに運ばれた。
検査のあと、すぐに内臓の止血処理を行い、翌日に修の骨盤のズレを戻してプレートで固定する手術を行う。愛美は、内臓の損傷が大きかった上、骨折箇所が四肢と肋骨に限られ開放骨折はなかったので骨折の処置は行われていない。
三日目、愛美は、意識を取り戻さないまま亡くなる。
七日目、修の意識が戻る。愛美の死を優美から告げられたのは、その翌日だった。その病院のICUは面会できない決まりだったけど、直接伝えなければならないと頼み込んで、直接伝えた。
十二日目、腕と脚の骨折の処置を行う。
二十日目、ICUから一般病棟に移る。
ひと月後、寝たきり、車椅子ながら、少しづつリハビリを開始。尿道カテーテルも外れ、鎮痛剤の点滴のみになる。
ふた月後、郊外のリハビリ専門病院に転院。
約一年のリハビリが続くことになる。
その間、修の看病をしたのは、優美だった。
事故直後の検査で、愛美に妊娠反応があったのを告げたのも優美。一般病棟に移った日だった。




