(39) つぐ姫の願い
つぐ姫は、相変わらず人の世界の近くに来ていた。ほとんど毎日のようにやってきては、わたじの事を探しては目で追ったり、舟に近寄ったりしていた。
「つぐは、最近なんか明るくなって、楽しそうだね」
ある日、はつ姫が近づいて話しかける。
「そんなことはないよ」
「わたじさんの褌祝《はかまいわ》いも、無事済んだしね」
「はつ姉も、鰹を追い上げたり、舟を押すの手伝ってくれてありがとう」
「ちょっとやり過ぎちゃったけどね。ほんとに日が沈んで真っ暗だと、人がひとりじゃ危ないもの」
「わたじさんは、全然気が付いてないみたいだったけど、お手伝い出来て楽しかった」
山の上の明かりが上がらなくても、わたじの舟を港まで押していくつもりだった二人にとっては、夜の海も普通の日常だった。
『今度は、いつひとりで漁に出るのだろう』と、つぐ姫は思った。やはり親子三人で漁をしてる時には、そばには寄りにくい。
浦の家は長兄のわた助が継ぐだろうから、わたじが世帯を持ったら、わたじの舟を新造するかもしれない。
わたじが誰かと世帯を持つ、それはおそらく、あの幼いこいしという娘だろう……そう考えると、つぐ姫はちょっと憂鬱になる。
『わたしが、わたじさんと一緒になれないものだろうか』
つぐ姫の願いは膨らむのだった。




