(36) 暗闇の海上
ひとり舟の上でわたじは後悔していた。夢中になりすぎて、時間の事を忘れていた。
波は穏やかだが、月や星は雲に隠れて、本当に真っ暗になってしまっていた。港の焚き火の灯りも見えない。沖に進ませすぎたのか?
この真っ暗中で、やみくもに舟を漕いで、更に沖に出てしまえば遭難の可能性すらある。
雲が切れて、山が見えれば、少なくとも陸に向かって進める。陸が見えた時に、少しでも早く漕ぎ出したい。
舟は釣果で重くなっている。明るいうちに釣った小魚は、残念だが捨てていこうと思う。鰹と鮪もワタを捨てておけば、だいぶ軽くなるはずだ。
父親から譲り受けた刀子で頭を落とすのは難しいが、腹を裂いてワタを掻き出すくらいはできる。
暗闇の中で、手近なものから手探りで魚の腹を裂いていく。まだ、生きて暴れるものは後回しだ。
手でワタを掻き出して海に捨てた。三角のコリコリした心臓は手探りでも分かる。父親の大好物だから、とっておいてやろう。
ヌメる手を海水で洗った。何も見えないけど、血の臭いで鮫が寄っているかもしれない。足を滑らせて落ちたら厄介だ。
また半分も終わっていないが、月を探して、ふと空を見た、
水平線より上に明かりが見えた。星ではない。篝火か焚き火だろう。
わたじはすぐに気がついた。港のそばの小山の見晴らしに違いない。あれに向かって進めれば、港の焚き火を見えてくるはすぐだ。
舟はまだ重たかったが、力を振り絞って、明かりに向かって漕ぎ出していた。
思ったとおり、水平線の低い位置に港の焚き火も見えてきた。
『助かった』
わたじはやっと確信できた。




