(35) 港と山の焚き火の灯り
港では、漁に出ていた舟が次々と帰ってくる。
早い舟は日が傾く前に帰港して、魚の処理を始める漁師もいる。少なくとも、日暮れ前に帰るのが当たり前だ。月あかりがあれば、まだ山の稜線がなんとか見える事もあるが、夜の海は本当に暗い。港の焚き火が見えれば、それに向かって舟を進める事もできるが、沖に出るとそれも見えなくなる。
陸に近くても、少し陰に入ってしまえば、漆黒の中で方向感覚をなくしてしまう事もある。
夜の海は、恐怖でしかない。
日が沈んだのに、わたじの舟だけが戻っていなかった。
父親とわた助は、動き始めた。港と作業小屋のあかり用の焚き火を焚べて、できるだけ遠くからでも見えるように指示する。
港と海女達が潜る岩場の中ほどにある風呂小屋には薪が積んである。その薪をできるだけ背負い、見晴らし台のある小山を登って行った。
小山の上の見晴らし台では、こいしがいた。わたじの舟が日が暮れても港に戻っていないのを、上から見て知って心配していた。
もう海は真っ暗で、何も見えない。港に戻ろうとした時、下からふたつの松明が登ってくるのが見えた。
『そうか、ここを灯台にするつもりだ』と理解した。
「こいし、おまえはここで待っていたのか?」
わた助の声だった。
こいしは、心配で泣きそうだったが、昼に集めておいた柴の山を示した。
「こいし、もう準備していたのか。これなら、すぐに焚ける」
わた助は、柴に火を点けると、充実乾いた木はあっという間に大きく燃え上がった。持ってきた薪を焚べる。
父親とわた助の顔が、はっきり見えた。
わた助にも、こいしの泣きそうな顔が焚き火の灯りではっきり見えた。こいしの準備のおかげで、こんなにすぐに灯りを点ける事ができた。
父親に焚き火はまかせて、わた助はこいしを連れて港までの坂を駆け下った。わたじが戻らなければ、朝まで薪をまた運ばなければならない。




