(24) 海亀と猫鮫
夜明け前の〝朝マズメ〟と言われる時間は魚が活発になる事が多い。
まずはその時までに、いつも父親のお気に入りの漁場に着いておきたかった。
しかし、残念ながら、今日は静かな海だった。まだチャンスはある。
日が昇る。勿論、昼間に大物が釣れる事もあるけど、チャンスのひとつは、日が沈む〝夕マズメ〟の時間だ。それまでに体力は温存しておきたい。
針のついた糸を流しながら、舟を漕ぐ。引っ掛かった鯵を捌いて、握り飯と共に食う。いつもは父親と兄のわた助と乗る舟を、ひとりで櫓を操るわたじ。幸い波は荒れていない。雲はあるが、荒天に変わる気配は無かった。
わたじの舟に、ゆっくりと海から近寄る影があった。
海亀に姿を変えていたつぐ姫は、わたじの船縁を軽く叩いた。わたじもすぐに気がついた。たまに、人懐こいイルカや亀が寄ってくる事がある。
わたじの村では、イルカや亀は、漁場に導いてくれる神様みたいな存在。よほどの事が無い限り、敢えて漁の対象にはしない。
「綺麗な甲羅だ。前に助けた亀だな」
わたじが優しく甲羅を触れる。つぐ姫は、わたじが覚えてくれていた事が嬉しかった。
反対側の船縁からも軽い音がした。
驚いたのはつぐ姫だ。
「はつ姉さん!」
同じようにわたじの舟に寄り添っていたのは、猫鮫に身を変えていたはつ姫だった。
「いつかの猫鮫なのか。久しぶりだ」
わたじは舳先に移り、腹違いになり、両手でそれぞれに触れて言った。
「二人で良い漁場にでも案内してくれるのか。頼りになるな」とわたじ。
『はつ姉さんも、わたじさんのこと、知っていたの?』
つぐ姫が心で尋ねた。
『まぁね。それに、つぐがわたじさんに釣られちゃったら大変でしょ……でも、大丈夫そうね』
はつ姫は、笑うように言って、しばらく並んで泳いでから、ひと足先に離れていく。
つぐ姫は、しばらくの間、鰭とわたじの手を合せられて、嬉しかった。
『良い漁場を案内したら、大物を誘い込んであげて、わたじさんに喜んでもらおう』
手が離れた後も、舟の周りを楽しそうに、ずっと離れないつぐ姫だった。




