(23) わたじの|褌祝《はかまいわ》い
千年前、貴族の成人式である元服や裳着の儀は、大人と同じ髪型、服装をする華やかな儀式だったが、庶民の成人式は現実的なものだ。
女性は、初潮を迎えると、子供を生める、嫁にも行ける大人として認められたが、当時、貴族でも庶民でも、血は穢れとして扱われていた。
貴族の女性でも生理中は部屋に引きこもって静かにしているのが普通だったし、農民漁師の場合は、月小屋という離れで過ごさなければならない場合もあった。庶民の女性の場合は、成人式を祝うという感覚もなかったも同然だった。
男性の場合は、きっちり仕事がこなせるというのが成人の証でもあった。
わたじの漁村では、ひとりで舟を操り、釣果を上げて帰って来る、これが褌祝いと呼ばれている。
わたじの家の屋号は浦という。大きくはないが、人々には人望のある家だった。
浦の長男のわた助は、体格も良く力もあり、十三歳で鰹の大物を十尾釣り上げて帰ってきた。
わたじは優男だ。
父親から褌祝いの許可が出たのは、兄より二年遅れ、十五歳になっていた。
わたじは、麻の固い褌を贈られ、父親の使い古しだが、研ぎ直され、鹿の角を削った柄を新たに誂え、母親からの守りの紐を巻き付けた刀子を受け取った。
釣り針は、猪の骨や鹿角を自ら削り、手伝いで使っていたお気に入りに加え、新たな鹿角の針も削った。鉄針は、国から貸与される超高級品だから、若造が万一にもなくしたら大変だ。父親や兄のわた助のアドバイスを受けながら、今回は鹿角針がメイン。
手入れされた麻糸も、新たに丁寧に獣脂を擦り、しなやかにして自ら準備をした。
鹿角の手鉤は、父親との漁でも手伝いで使い慣れているものを使う。大物を引き揚げる時には、もっぱらわた助の役割だが、今回はそれもひとり。
屋号の浦の文字を右肩に墨入れした。兄のわた助は左肩に同じ文字が入っている。万が一遭難したとしても、必ず故郷に帰ってくるという、漁師の覚悟と願いである。
出港当日には、真桑瓜、冬瓜に、縞の入った水瓜という珍しい瓜も舟に乗せられた。水そのままでは、すぐに傷んでしまうのだ。
普段は食えない貴重な米入りの、雑穀の丸い握り飯も、腐らないように梅の実を刻んで入れて、笹の葉で包んで用意してくれた。
準備万端ととのって、ひとりで海に出る。潮を読み、星を見て、山立て をして、ひとりで帰ってくる。釣果より何より、とにかく帰っくる事が大切だった。
まだ、夜の帷も明けきらぬ闇の中、わたじはひとりで舟を漕ぎ出した。
見送る者達は、ただ無事を祈る、もうそれしかできない。
その中には、〝こいし〟という少女がいた。
山立て : 遠くに見える山や大きな木、建物等が重なった時に、自分の位置を知る技術




