第二十二話 諦めない
走る。
ただひたすらに、南へ。
当たっている確証はない。
無駄に魔力を消費しただけかもしれない。
それでも、麗奈は足を止めなかった。
今は信じるしかない。疑った瞬間に、当たるものも外れる。
しばらく走り続けるうちに、肺が限界を迎えた。
これ以上息を吸い込むことを拒むように胸が痛み、喉は焼けるように乾いている。
(……乗り物使えばよかった)
そんな後悔が頭をよぎった、そのときだった。
視界の端に、違和感が引っかかる。
「……あれ?」
道路脇に、一台の車。
普段なら見逃していた。
だが――今は違う。
妙に目につく。
いや、“目につかされている”ような感覚。
胸の奥がざわつく。
この感覚を、麗奈は知っている。
因果固定が働いたときの、それだ。
視線を固定する。
そして――
「……!」
運転席にいる、大きすぎる影。
黒人の大男。
「ブルー・アーセナルの……!」
間違いない。
あのとき戦った相手だ。
胸の中で、確信が形になる。
(当たり……!)
麗奈は即座にイグニスを構えた。
相手はSランクと、その仲間。
ここで遠慮している余裕はない。
赤黒い光が収束する。
空気が焼け、熱がじわりと膨れ上がる。
「――そこ!!」
――バンッ!!
放たれた矢が一直線に車へ突き刺さる。
――ドォンッ!!
爆発。
車体が大きく揺れ、煙が立ち上る。
だが――
「なんつーこった。これは流石に予想外だぞ」
何事もなかったかのように、扉が開いた。
現れたのは――和田誠也。
「バリア……!」
やっぱり、という確信。
遠距離攻撃を無効化する使い捨ての防御。
厄介極まりない。
「君だれ? その火力……Aランクか?」
軽い調子。
まるで緊張感がない。
麗奈は一歩踏み出した。
「覚醒を強制するなんて、馬鹿なことやめてください!」
声が震える。
だが、引かない。
和田はわずかに目を細めた。
「アノヒト、シッテル」
背後から低い声。
黒人の大男が言う。
「知ってんのか?」
「マエ、ヌスミ、イッタトキ、イタ」
「ああ……」
和田が記憶を探るように視線を泳がせる。
「お前が相手してたハンターの一人か」
完全に格下扱い。
それでも、構わない。
「どうしてこんなことをするんですか!」
麗奈は声を張り上げる。
怒りも、困惑も、全部ぶつける。
「どうしてって……」
和田は肩をすくめる。
「知ってるんじゃないのか?国民全員を覚醒させるためだよ」
軽い。
あまりにも軽い。
「覚醒にはリスクがあるんですよ!」
「寝たきりになった人だって、死んだ人だっているんですよ!」
「んなこと知ってるわ」
迷いなく返される。
「……なら、なんで!!」
和田は少しだけ間を置いた。
「俺は別に、人助けのためにやってるわけじゃない」
空気が変わる。
「俺は俺の利益のために動いてる」
理解が追いつかない。
「利益……それって――」
「教えてやんねえよ」
完全に拒絶。
これ以上は無意味だと、直感で分かる。
麗奈は弓を握り直した。
(止めるしかない)
それだけだ。
魔力はもう少ない。
体も限界に近い。
それでも――
引く理由にはならない。
和田が一歩前に出る。
空気が重くなる。
圧に押されそうになる足を、無理やり踏みとどまる。
弓を引く。
震える腕を押さえつける。
「関係ない……!」
声を絞り出す。
「止めるって、決めたから!!」
――バンッ!!
放たれた矢が、和田の前で弾かれる。
だが――
バリアに、ひびが入る。
「やべえな、おい」
和田が笑う。
「ハンター同士で争う意味なくねえか?俺の世界の方が生きやすいだろ」
「私は、自分のために人を危険にさらすなんてことはしません!早く今までしたことを謝って仕事に戻ってください!」
「そいつは聞けねえ相談だな!」
「こっちもです!」
麗奈は次の矢を生成する。
三本。
同時に。
「げ、連発もできんのかよ!」
――ドドンッ!!
三発同時着弾。
バリアが砕け散る。
「はあ……はあ……」
息が荒い。
魔力はほとんど残っていない。
「バリアは壊れましたよ……!」
「はっ」
和田が笑う。
「追い詰められてんのはお前だぜ」
その通りだった。
魔力は限界。
このままでは勝てない。
「その状態でどうすんだ?」
「……違いますよ」
麗奈は静かに呟く。
勝算はある。
それは――
――プルルルルル
着信音。
「っ!? 止めろ!!」
和田の顔色が変わる。
だが、遅い。
麗奈は電話に出る。
「……見つけました」
短く、確実に伝える。
そして、小さく付け加える。
「早く来てくださいね」




