第二十話 旧時代の幕引き
「くっ!俺は急いで協会に戻る!」
そう言い残し、会長は勢いよく病室を出ていった。
扉が閉まる音が、やけに大きく響く。
静まり返った部屋に、それだけが残った。
「……和田が……」
櫻田は呟く。
まだ、現実感が追いついていない。
頭の中で、状況がうまく繋がらない。
分からない。
分からないことだらけだ。
ブルー・アーセナルを狙った理由は分かる。武器が目的だ。
だが――協会を襲った理由が分からない。
それをして、何の意味がある?
何を得る?
……恨みか?
一瞬、そんな考えがよぎる。
だが――
(……考えても無駄か)
小さく息を吐く。
分からないものは、分からない。
無理に考えても答えは出ない。
そして――
分かったところで、今は意味がない。
考えるべきは、これからどうするかだ。
櫻田はゆっくりと窓の外へ視線を向ける。
青々とした木々。
その隙間から差し込む、柔らかな日差し。
耳を澄ませば、遠くから子供の笑い声が聞こえる。
どこまでも穏やかな音だった。
穏やかで、何も起きていないかのような日常。
――平和だ。
このまま、何も考えずに眠ってしまえそうなほどに。
だが――
協会は爆破された。
その事実が、頭から離れない。
さっき見た映像が、焼き付いている。
しばらくは、ゲートの管理が機能しない。
当然、侵出は増える。
そうなれば――
この景色は、すぐに壊れる。
あの大厄災が、また繰り返されるかもしれない。
「……こんなところで休んでていいのか?」
胸の奥がざわつく。
落ち着かない。
焦りが、じわじわと広がっていく。
自分にも、できることがあるんじゃないか。
協会は人手不足だ。
今の状態でも、何かしら役に立てるかもしれない。
窓の外を見つめたまま、ぼんやりと思う。
(守られる側は、楽だよな……)
(何も背負わなくていい)
(……俺も、そっちにいたかった)
ほんの一瞬だけ、そんな弱音が浮かぶ。
すぐに消える程度のものだ。
だが――
「……行くか」
小さく呟く。
グダグダ考える時間はない。
やることは、決まっている。
なら――迷う理由もない。
櫻田はベッドから体を起こし、窓へ歩み寄る。
躊躇いはない。
そのまま窓を開け――
迷いなく、飛び降りた。
***
車内。
エンジン音だけが、低く響いている。
単調な振動が、車内に広がっていた。
その中で、三人の男が言葉を交わしていた。
「マジで大丈夫なんすか? こんなことして」
後部座席の男が、不安げに言う。
声にわずかな震えが混じっている。
「こんなことでビビってちゃ困るぜ」
助手席の男が肩をすくめた。
「まだ始まったばかりだろ」
「まぁ……俺は和田さんについていくって決めたんで、いいっすけど……」
少し間を置く。
「……もう後戻りできないっすし」
「ヒト、タクサンシヌ、ヨクナイ」
低い声が、割って入る。
運転席でハンドルを握る黒人の大男。
見ただけで外国人と分かる体格と存在感。
彼がたどたどしい日本語で、ぽつりと呟いた。
「ダリーは優しいな」
助手席の男が笑う。
「安心しろ」
軽く肩を鳴らす。
「俺だって、無駄に殺すのは好きじゃない」
「そうっすよね!和田さんはいい人ですもん!」
後部席の男は勢いよく肯定する。
その声音には、迷いがない。
それだけで、どれだけ慕っているかが分かる。
「だが、目的のためなら誰かが死のうが関係ない」
「……そ、そうっすね!」
男は今回も肯定するが、わずかに声が硬い。
「無理に肯定しなくていいんだぜ。本音を言ってくれ」
「……本音を言えば、誰かが死ぬのなんて見たくないっす」
「そうか……だったらこの先は少しきついかも知れねえな」
「でも大丈夫っす!和田さんが幸せになるのが俺にとって一番大事なんすから!」
「嬉しいこと言ってくれんな」
そこで一度会話が途切れる。
そしてしばらくの間沈黙が続いた。
それを破ったのは運転手の大男、ダリーだった。
「ナカノ、マリョク、ダイジョウブ?」
「……そろそろ限界っす」
「分かった。もういいぞ」
次の瞬間――
止まっていた窓の景色が、動き出した。
「……爆弾は設置し終わった。後はこのボタンを押すだけだ」
静かな声。
「馬鹿らしいと言われるかもしれねえが、今更止まる気もねえ」
「俺たちは強い。力がある。だが今までは、それを世間のために使っていた」
「だから俺は――その力を、自分のために使う」
わずかな間。
「さあ、新時代の始まりだ」




