第十四話 ブルー・アーセナル
「あ゛~~きちい……」
ベッドの上で、櫻田は天井に向かって呻いた。
「会長の野郎……分身増やせって、ふざけてんのか」
協会からの指示は単純だった。
ゲート攻略用に百体。加えて、探査用に千体。
探査用の分身一体に割く魔力は微々たるものだ。
だが――数が多すぎる。
その結果。
櫻田の魔力は、すでに一割を切っていた。
「……昨日、ちゃんと捕まえてりゃな」
小さく吐き捨てる。
報告はまだしていない。咎められてはいないが、代わりに押し付けられたのがこれだ。
逃した穴埋めを、自分でやらされている。
「……麗奈の武器、買いに行かねえといけないのか」
視線は天井のまま。深く息を吐く。
会長に頼み込んだことで、ゲート攻略への直接参加は免れていた。
でなければ、こんなふうに寝転がっている余裕などない。
このまま何もせず――いや、分身の維持に集中していたい。
だが、約束した以上、無視するわけにもいかない。
「……まあ、約束は約束か」
ゆっくりと上体を起こす。
「行くか。ブルー・アーセナルへ」
***
ハンターが扱う武具には、EからSまでのランクが存在する。
その大半は、専門の魔導技師によって製作されたものだ。
素材の選定から魔力の調整まで、すべて人の手で仕上げられている。
だが、その枠に収まらないものもある。
ゲート内部で発見される、異質な武具。
原理不明の力を宿したそれらは、「遺物」と呼ばれていた。
櫻田の〈夜断〉も、その一つだ。
なお、装備の取引に用いられるのは金銭ではない。
ハンター専用のポイントによって管理されている。
戦力の流出を防ぐため、非覚醒者への販売は一切認められていない。
「櫻田さ~ん!」
思考を遮るように、声が飛ぶ。
顔を上げると、麗奈がこちらへ駆けてくるところだった。
その表情は、これまでで一番分かりやすく緩んでいる。
「いつ見ても凄いですね、この建物」
視線の先にそびえるのは、巨大な複合施設。
ブルー・アーセナル。
国内に流通する魔導具の大半を扱う、装備の中枢だ。
「広すぎて逆に困るな」
櫻田は軽く肩を回す。
「とりあえず受付行くぞ」
***
受付カウンター。
ハンター証の確認と、ポイント管理が行われている。
「ハンター証をお出しください」
「……ああ」
差し出す。
「櫻田幸一様ですね。指紋認証と合言葉をお願いします」
Sランクであることに気づいているはずだが、態度は変わらない。
徹底された教育の成果だろう。
指紋認証はすぐに終わる。
問題は――
「……合言葉、なんだっけ」
思い出せない。
成り代わり対策として導入された仕組みだが、当人にとっては面倒でしかない。
「ヒントをお出ししましょうか?」
「頼む」
「『今お前が思っていること』です」
一瞬の間。
「ああ――帰って寝たい」
「正解です」
即答だった。
――どうして過去の俺は、こういうところだけ的確なんだ
小さく息を吐く。
「ポイントの換金はなさいますか?」
「じゃあ、千ポイント頼む」
「かしこまりました」
ブルー・アーセナル内での取引は基本的にポイント制だ。
現金化は、生活費のために限られる。
ポイントはゲート攻略で支給される。
Eで1、Dで10、Cで100、Bで1000、Aで1万、Sで10万。
ただし、その価値は単純ではない。
換金すれば一ポイント千円。
だが購入時には、その百倍――十万円に跳ね上がる。
「……そりゃ文句も出るよな」
小さく呟く。
だが、それもかつての混乱、インフレを防ぐための仕組みだ。
簡単に変えられるものではない。
「櫻田さーん!早く来てください!」
振り返ると、麗奈がエレベーターの前で跳ねていた。
「今行く」
軽く手を上げ、歩き出す。
――休みだと思えば、少しはマシか
そんなことを考えながら、足を速めた。




