会食は和洋折衷異世界風で。
「……で。ツィーナちゃんの衣装何? カラス?」
王妃専用庭園はノダテという名に相応しい場所だった。
わたしも領地のサンルームを石庭風に作り変えてもらったけれど、椎田さんの「ノダテ」は素人目線からするとまさに野点の雰囲気そのもの。竹垣風の壁で囲まれたテラスに敷かれた、芝生の緑と緋毛氈の赤が目に眩しい。
ただし、それっぽい屏風を置いて緋毛氈を敷いた一角は完全なる飾りなのだそうだ。可愛らしい花が活けられていて、つい、正座で眺めたくなってしまう。桔梗に似た紫の花の横には、茶道具に似せた焼き物も置かれていた。
わたし達が案内されたのは、長椅子に緋毛氈をかけ、大きな朱塗りの傘をさした、床几台の方だった。観光地の茶屋の風情にテンションが上がる。
三人横並びに座ると、それぞれの目の前に小さな机とお重が置かれた。個人的には隣の人との間にお皿を置くイメージだったけれど、広がりやすいドレスだとそれは無理。合理的で便利な方が、貸衣装の身としてはありがたい。それに、テラスというよりはルーフバルコニーというべき広さだから、床几台も日本のものより遥かに横幅にゆとりがあった。
お重は三段重ねで、黒地に可愛らしい小花が描かれている。運ばれて来るのを眺めながら、「給仕に煩わされず一人でゆっくり食べたいと感じた時に思い立って作らせたの」と椎田さんは軽やかに笑って言った。「たまには旦那様と水入らずの時間を過ごしたいから」と強請れば一発だった、と可笑しそうに話す姿からは、実際の夫婦仲の良さが窺える。女官さん達との仲の良さも。
「カラスって……。もうちょい優雅な例えねぇの?」
「黒い鳥ってあと何よ」
人払いが済んだ途端に余所行き仮面を外したラナちゃんが、真横に座るわたしに体ごと向き直った。ちなみにさっきと同じ、わたしを真ん中に挟んだ並びだ。
「黒黒黒黒……あとは……あ、九官鳥?」
「九官鳥……。優雅さ的に変わるか?」
「えっと、喋る鳥だっけ? ラナちゃんよくそんな名前咄嗟に出るねぇ」
結い上げたわたしの髪に付けられたのは、真っ黒な鳥の羽を模したヘッドドレス。ティアラのような金細工が見え隠れして、ゴージャスな雰囲気に仕上がっている。同じデザインが胸元にあしらわれた黒のドレスは盛大なパニエでふわりと広がり、長さがあるのに軽やかで、どことなくチュチュを連想させた。
「でもこれ、多分……オディール? じゃないかな」
「お、さすが椎名。合ってる合ってる。よくわかったな」
「オディール? って何? ブランド?」
「おまそれ……『白鳥の湖』知らねぇ?」
わたしも詳しいわけではないけれど、地方雑誌の広告なんかで見かけた写真の衣装に近いと思った。有名なバレエ作品に登場する、黒鳥オディール。絵本でなら読んだことがある。
「確か、悪魔の娘だよね? 白鳥に変えられたオデット姫に成り代わって王子に会いに行くんじゃなかったっけ……。オデットが白い衣装で、オディールが黒」
そう考えて見ると、ドレスの差し色として使われている赤のレースは、黒鳥の嘴の色だろうか。
「そうそう。黒いのに派手ってのが印象的でさ」
「確かに。悪役だしギラギラなイメージかも」
「え、なんなの2人して。バレエとか知るわけないじゃん。ノダテ? といいさぁ、前世までセレブ育ちなわけ? うげー……」
「ちげぇわ。テレビCMとかで見たんだよ」
「あ、わたしも」
ただの雑学だと言い切る椎田さんと、やけに引いた目のラナちゃんに挟まれて、少し困る。ここは話題を変えるところじゃなかろうか。
「それよりね、これ、ヘッドドレス大きいでしょ? 鏡で見てて、なんだか懐かしい気持ちになっちゃった。微妙に黒髪っぽくない?」
「あー、わかんなくはない」
「どうせ気合い入れて作ってるうちに予想よりでっかくなったんだろうな。え、何、椎名、前世の顔と似てんの?」
「えぇ? 違う……んじゃないかな。覚えてないけど、平均点な日本人顔って、今のわたしとは似てないよね?」
「まぁ、その顔で日本にいたらスカウトされてるわな。モデルかアイドル」
「乙女ゲーの顔面偏差値舐めんなよ? リアルには有り得ないから楽しいんじゃん。アタシ、日本行ったらマジ天使。崇められるレベル」
「いや、おまえは戦うヒロイン実写版だろ?」
無事逸れた話題は、なぜだろう、またしても不穏な空気をつれて来た。ニヤニヤ笑う椎田さんに、フリルを摘んだラナちゃんがじっとりと不満気な目を向け、唇を尖らせる。可愛い。けど、これ、止めるべき……?
「……つーかだったら初代とかさ、もっとメジャーなのあんじゃん。なんでコレ? マニア?」
「いや、姪っ子がハマってたのがソレだったんだよ。むしろ初代とか知らん。おまえのがよっぽどだろ」
「知っとけよー! バニー趣味より王道行けよー!」
「なんだよバニー趣味って。あ、次はバニーガール用意しとけって催促? いやでもアレは通んないだろ。ドレス化要素皆無」
「いやウサギはもうイイ」
(あ、これはこれで仲良しかも……?)
ポンポンと交わされる会話には嫌味な部分も棘もない。この世界の、王妃に対する言葉としてはとんでもないけど、日本的な感覚で言えばごく普通の、気兼ねない友人同士の会話だ。
(うん、大丈夫そう)
「……ふふ……うふふ」
「何急に」
「どうしたツィーナ?」
なんだか急にホッとして、笑えて来た。
(そうだよね。わたしが心配するまでもないことって、いっぱいある。というか、世の中、わたしに心配されるまでもなく上手く行くんだよ)
2人が仲良くなってくれたことが、純粋に嬉しい。
怪訝そうな4つの瞳に、
「うん、なんかね…………お城の中にこんな和風空間があって、そこに謎コスプレで並んでるとか……なんか、おもしろくて……ふふっ」
少しだけ、本心を隠して告げた。この2人のことだ、素直に「仲良くなれて良かったね」などと言おうものなら、そろって「仲良くない」と返してくる。
前々から少しずつ近づいていたのだろう距離が、ここにきてようやく、なくなったのかもしれない。自分の大好きな友人達が打ち解けてくれたことがやけに嬉しくて……同時に、ホッと肩の重荷がおりた気分だ。
(椎田さんもラナちゃんも……みんな、強い)
ゲームに似た世界だから、とわたしが気負う必要なんてない。
この二人ならきっと、わたしが繋がなくたって、いずれ知り合って打ち解けただろう。
「……まぁ、野点ってくせに傘、洋傘だしなぁ」
「そこ!? だったら普通、この統一感のなさ気にすんじゃない!?」
「ふふっ、お重にスープカップ入ってるしね」
「は? うわ、マジだ。お肉とかお皿ごと入ってるし! バカだろコレ……。バカでかいと思ってたけど、基本がバカ」
「仕方ねぇだろ。日本を知らないヤツにはカリフォルニアロールさえ想像できないもんなんだよ……」
「それでもみんな頑張ってくれてるんだから、椎田さん、慕われてるねぇ」
達観したような椎田さんと呆れた目をするラナちゃんと、クスクス笑い続けるわたし。三者三様で、傍から見たら気が合うようには見えないかもしれない。
でも、二人とも、わたしへの気遣いに満ちていて。
「……楽しいね……!」
解放された気分だった。
空を仰げば綺麗な青。今朝までよりもクリアに見えるのは気のせいだろうか。
「ね、椎田さん。お願いがあるんだけど」
突然大きな声を出したわたしを、二人はびっくりしたように見ている。
「お、おぉ?」
「女官さんにね、このメイクの仕方、教わりたいの」
「いいけど……」
「……ツィーナちゃん、ちょっとじっくり顔見せて」
グキっと音のしそうな勢いでラナちゃんの手が伸びてきた。
(……さすがヒロイン。ホント、似合ってるわ……)
ジロジロと細部を観察する彼女をぼんやりと見返す。
こうして真っ正面から向き合うと、ラナちゃんはやっぱり、しみじみ可愛い。元々は庇護欲をそそる繊細な愛らしさを湛えていただろう容貌が、彼女のはっきりした性格の影響でひ弱さのない、生き生きとした愛らしさになっている。
ゲームのヒロインちゃんならきっとこのコスプレは似合わなかった。今のラナちゃんだからこそ、似合う。戦うヒロインに負けない芯の強さを持っているから。
「ラナちゃんカッコイイ。しっかり世界の平和を守ってくれそう」
「掻き乱しそう、の間違いじゃね?」
「ふふっ、ほら、椎田さんもラナちゃんのパワフルさ、認めてる」
「んな面倒なことアタシがするわけないじゃん。ツィーナちゃんは真面目に世界救おうとするタイプだよね」
「わかる」
「んー、それをやめようと思って。目指せ悪役?」
「は?」
肝っ玉母ちゃんを目指してワガママにやって来たつもりだ。なのに、なぜかわたし、二人に「真面目に世界を救おうとするタイプ」だと思われていた。
そして……わたしにも、周りにそう思われているだろう自覚がある。
(それをやめたい)
ラナちゃんを断罪エンドの悪役令嬢にしないよう、カウスくんを孤独な青年にしないよう、家族の幸せを願えば願うほど、わたしは守りの姿勢に入っていたのかもしれない。間違わないように慎重に、ヒトの不興をかわないようににこやかに。
それが行き過ぎて、真面目な博愛主義者みたいに見えたんじゃないか……オディールの格好をした今だからこそ、そう我が身を振り返れる。
(ケネス様だって……)
せっかくだからラナちゃんの味方にしてしまおうと思った。彼の機嫌が良いように、居心地良く過ごせるように。ケネス様を隠しキャラの攻略対象だと知っていたからこそ、わたしは彼に取り入ろうとした。
──攻略対象だと知っていたのに。
心に付け入る隙があるからこその攻略対象で、そこに踏み込むべきは、真に彼を想うヒト。
わたしは、我が子可愛さにケネス様との距離を見誤った。家族に思い入れがあるらしい彼の心を、半端に乱してしまった。
挙句、彼を断罪される立場に追いやって。
自分はぬくぬく保護されて。
一番悪いのも、愚かなのもわたしだ。自虐じゃない。ただの事実。
「悪役ってどういう意味でだ?」
顔はラナちゃんに固定されているから振り向けない。背中を向けたまま、
「んー、嫌われるのを怖がらない、空気読み過ぎない、ズケズケ言う、みたいな」
思い浮かんだことを羅列する。ワガママは今までもやってきたから、今回は主に対人関係がポイントだ。
「……ワイドショーのご意見番かよ」
「あ、ソレわかりやすい。さすが椎田さん。でも、ご意見番は悪役じゃないから失礼だよね」
「椎名さぁ……焦る必要はないからな? どうせおまえのことだから、『周りの負担になってる』とか、『頑張らなきゃ』とか思ってんだろうけど……」
凛とした椎田さんの強さ。ラナちゃんの、意思の強さ。どっちも見習いたいもので。
ただ、付け焼き刃のわたしには真似するのは難しい。
「うーん、焦ってるっていうか、チャンスだなって。わたし、変わるなら今しかないかなって」
視野が狭くて、身内のことしか考えていなかった。ケネス様を「家族」と呼びつつその実、我が子の幸せにばっかり目が行っていた。偽物の善意。その時は心の底から良かれと思っていた。……とはいえ、結果はただの偽善。
わたしが愚かだったからきっと、ケネス様はあんな犯罪じみた行為に走った。
いずれ責任を取らなくてはいけないと思う。どういう決着になるか皆目見当もつかないけど、それでも、ケネス様と向き合う必要があると感じる。
もちろん、わたしが裏切ってしまったカウスくんとも────。
「強くなりたいの。このお化粧、強そうじゃない?」
鏡を見る度に気合いが入る。
「強い女イコール悪役ってのがなんつーか、単純てかお子ちゃまってか……」
「でもこれはケバ過ぎる。形から入るのはイイけどさぁ、メイクはアタシに任せて」
椎田さんの小声の呟きは、後ろに居るせいかよく聞こえなかった。代わりに、目の前で力強い頷き。
「つまり見るからに気ぃ強そうで性格キツそうにしたいってことっしょ?」
「うーん……そうだね。はっきりくっきりした感じ」
性格が悪くなりたいわけじゃない。わたしは無意識で、悪いことをしていたから。だったら、意識して、悪役として自分の言動をコントロールした方が、まだマシな気がした。
それに、手っ取り早く強くなるには、弱い自分を騙すしかない。人間、根っこはそうそう変えられないから、いずれそれが板に着くことを信じて、まずはしっかり仮面をかぶる。
「イんじゃね? ツィーナちゃんは隙だらけでホイホイだからさぁ、見た目だけでも取っ付き難くしとかないと。第一印象なんてほぼ見た目で決まるし」
真面目な顔をしたラナちゃんは、真剣にわたしをプロデュースしようと考えてくれているらしい。
(寄りかからないようにしなきゃ)
ありがたい。でも、ヒトに支えてもらって立っているのに、「わたし強くなった」とは言えないから。
ニヤリと笑うラナちゃんはカッコイイ。見習いたい。
「悪女上等」
「……似合わねー……」
「アドバイス、お願いしてイイかな。メイクもね、自分でできるようになりたいの」
物理的にも心にも、仮面を付ける。
(戦化粧って言ったら大袈裟だけど……)
頑張ってみたい。本気で思った。
ケネス様や、わたしが知らずに迷惑をかけて来たヒト達と、今までとは違う関係を築くために。
「よろしくお願いします」
そんなわたしを、人生の先輩が心配そうに見ていることに、背中を向けているわたしは気付かなかった。
おかげさまで仕事と体調が少し落ち着いたため、毎月更新から毎週更新に変更チャレンジ中です。
おかげさまで三週目。
来週も更新したいと思っています!




