↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/43

王妃と会食、その前に……。

お世話になっている身として、招待されたら行かないわけにはいかない。今のわたしは、ただでさえとんでもないお荷物だ。


簡単に身なりを整えたあと、女性騎士さんに抱えられて椎田さんの部屋を目指す。自分で歩こうと思ったのだけれど、廊下に出て数歩もしないうちに「ご無理なさらないでください」と彼女に声をかけられた。

女性一人くらい問題なく運べるという彼女に、それでも申し訳ないからと断ろうと口を開く……その前に、ラナちゃんが「ありかございます。ぜひよろしくお願い致します」と受けてしまって。今に至る。


「……余計なお手間をおかけ致しまして……申し訳ございません。あの、このくらいなら歩けますので……」


余裕の顔で安定して歩く女性の騎士さんに下ろしてもらおうと声をかけても、


「ただ立っているより鍛錬になります。それに、その……失礼ですが、あなたはもう少しご自分を大切にされるべきです。いくらなんでも軽過ぎます」


素敵な笑顔でかわされてしまった。

たぶん、騎士たるもの一度始めたことは最後まで、ということなのだろう。心意気は素敵だけど、今じゃない。だって騎士の仕事は、運送業とは別物だ。絶対違う。


いたたまれない思いのまま椎田さんの部屋の前で下ろされた。お礼を言おうとしたのに、


「え!? あの、もうイイです……っ」


見張りのヒトとラナちゃんのやり取りを待って開いたドアを、もう一度横抱きにされて運び込まれる。


「歩けますので……!」


「しっ! 王妃陛下の御前です。静かになさってください」


慌てて抗議したところに小声で囁かれ、わたしはハッと黙り込んだ。

最近は椎田さんからわたしの所に来てくれることが多かったから油断していた。でも、確かに、人払いされていない場所では「椎田さん」ではなく王妃陛下として接する必要がある。


仕方なく大人しく運ばれたわたしは、ルシータ王妃が腰掛けているだろうイスの近くに下ろされた。今度こそ、下ろされた。ホッとしつつ、そのまま丁寧に跪く。


「楽になさい。お加減は?」


凛としたアルトに顔を上げ、


「ご厚情ありがとうございます。お見苦しくて申し訳ございませんでした」


まずは抱っこ入場の非礼を詫びる。

騎士さんはさっさと持ち場に戻ったようだ。今度見かけた時に改めてお礼しよう。実際、この後を考えれば、体力温存できて良かったのだと思う。非常に恥ずかしかったけど。


「長く寝ておりました影響で、どうにも体力が落ちていたようでごさいます」


できるだけ普段通りの落ち着いた発声を心がけているのに、なんだか、もやりもやりと心許ない声しか出ない。

まるでか弱い少女のような自分の声にふと、嫌悪が湧いた。


「あれだけのことがあったのだもの、当然よ。本当に……なぜあなたがこんな目に……」


美しい琥珀の瞳に、同情を禁じ得ないというような光が浮かんだ。


(……やだ…………)


それにもまた、嫌悪が湧く。

同情する椎田さんへの嫌悪じゃない。同情されるわたし自身への嫌悪だ。


ふと周りを見ると、事情を知っているヒトばかりなのだろう。椎田さん付きの女官さん達もそれぞれ、可哀想なものを見るかのような温かな眼差しでこちらを見ていた。わかりやすく、顔に「同情しています」と書いてある。


(わたし…………)


「あら。ふふ、主想いなメイドね。ツィーナの体を心配しているのでしょう? そう不安そうな顔をしなくても大丈夫よ。

そうそう。今日はね、趣向を変えてみようと思うの」


目の前が暗くなりそうだ……、と感じた瞬間、椎田さんの雰囲気が変わった。わたしの斜め後ろを面白そうに見たあと、女官さん達に衝立の準備を申し付ける。

ヒトが動きだしたせいで、わたしを中心に渦巻いていた同情心がパッと散った。


(……ラナちゃん?)


どんな表情かおをしているのかと振り向けば、いつも通りの、素知らぬ顔。思っていたより全然まったく椎田さんと馴染んでくれないラナちゃんは、大抵、彼女の前では余所行き笑顔だ。ただ、


(一瞬、めちゃくちゃ睨んでるように見えたんだけど……)


ヒトの相性は如何ともし難い。


(見間違え……? でも王妃を睨むとか……いくら未成年でも許されないわ。他にヒトがいる時にはちゃんと取り繕うように言い聞かせなくちゃ……)


さっきの椎田さんの言葉からすると、見間違えではないのだろう。

今回は椎田さんの大人な対応のおかげで救われたけど、それを取り巻きがどう捉えるかと言えば……どう考えたって、よろしくない。いくら同情をかったところで、ルールやマナーは変えられないのだ。

たった今、ラナちゃんはわたしを自己嫌悪の落とし穴から救ってくれた。部屋の空気を変えてくれた。わたしもできる限り、ラナちゃんの力になりたい。


(わたし……肝っ玉母ちゃん目指してたはずなのに、ラナちゃんに助けられてばっかりだ)


弱ったままで……自分の傷ばっかり気にしてて、イイわけがない。

どうやらわたしはまた、悪いクセから抜け出せなくなっていたようだ。そう気付いた。


(だから、悲劇のヒロインごっこはダメなんだってば)


落ち込むのに夢中になって。周りが見えなくなっている。


「良ければラナ、あなたも参加なさい。辛い思いをした相手に寄り添うあなたも、知らずに疲弊しているはずよ。たまには何も考えず、楽しむことも大事だわ」


「…………光栄です」


それに比べて椎田さんの立派なこと。微笑む姿が女神に見える。

わたしもいつか、あんな頼りがいのある大人になりたい。


(……わたし…………わたしはそもそもこの世界で……)


ラナちゃんだって、椎田さんだって、わたしがもう少ししっかりしてれば、ここまで心配をかけずに済んだ。


「早速だけれど二人とも。まずは着替えよ。どういったものが好きかしら」


反省しなくちゃ、と思ったところでパンパンと手が鳴らされた。明るい椎田さんの声に合わせて、並べられていた衝立が一斉にクルリと向きを変える。


「…………え?」


「……コスプレとか、頭沸いてる……」


にこやかな椎田さんの両脇に並ぶ幾つもの衝立には、それぞれ何着もの服がかけられていた。


「ちなみに、女官達のイチオシはコレよ」


そう言って指さしたのは、緑のドレス。なかなか際どいチューブトップで、タイトなスカートの裾は葉っぱの先のようにギザギザしている。でもそれ以上に目立つのは、背中から伸びた白く透け感のある2对の羽だ。


(なんとなく……記憶にあるような……?)


可愛らしさと遊び心があるのに、やけに大人っぽい印象でもある。


「丈長くしただけじゃん。妖精の粉でユーキャンフライってか」


「……あ!」


後ろから聞こえたラナちゃんの小声のツッコミで思い出した。アレだ。前世で何回か見た、大人になりたくない子ども達が主役の海外アニメ映画。自在に空を飛び回る緑の服の男の子と一緒にいる、小さな妖精のドレスに似ている。


「わたくしはこっちが好きなのだけれど、総出で止められて着られないのよ」


「…………クマの着ぐるみ……?」


「てか、なんでそのキャラ選んだ。九州出身?」


目がキョロンとして頬っぺの赤い黒熊は、なんともユルい雰囲気を出している。可愛いおとぼけ顔がフードになった、パジャマタイプの着ぐるみで、とてもくつろぎやすそうだった。

確かに可愛いし楽そうだし、推すのもわかる気がする。それに、椎田さんなら、なんでも着こなしちゃうんだろうな、とも。

けど、一国の王妃が着ぐるみって……どうなんだろう。プライベート空間なら許される……?


「漢服風にアオザイ風……あの重ねは十二単衣風? 制服アイドル風にセーラー服風、プリンセス風……白雪姫派手だなおい」


ブツブツと聞こえてくる小声の呟きにつられて衣装を見渡す。あ、着ぐるみ、もう二着……黄色い電気ネズミとリンゴ3個分の白猫だ。世界に名だたる超有名キャラだったから、わたしでも覚えている。


「どれもイイ出来でしょう? わたくしの絵を元に、城の女官達が縫ったのよ。ね、せっかくだから着てあげて頂戴。着替えたらお食事にしましょう」


(椎田さんて、絵、描くヒトなんだ……? 知らなかった)


「みんな、よろしくね」


「かしこまりました!!」


衝立の所に控えていた女官さん達がにじり寄って来て、わたしを手近なイスに座らせた。「え?アタシ?」と戸惑うラナちゃんも別の女官さん達に囲まれて連れて行かれる。


「さて、わたくしも」


ヒトの壁の向こうからそんな椎田さんの楽しげな声。まるで気楽なウィンドーショッングでもしているかのようだ。


「アケルナー夫人にはお可愛いらしいものがお似合いかと」


「こちらなどいかがですか?」


「あぁ、でも、ガラリと普段と変えるのもよろしゅうございますね。思い切ってこちらは……」


生き生きとした女官さん達があっという間にひとつの衝立を持ってきて、そこに厳選したらしい五着をかけていく。呆気に取られているうちに、今日のコスプレ……着せ替え人形? のコンセプトが決まっていた。

わたしが一言も挟まないでも進んでいくあたり、わたしに気分転換させるイベントであると同時に、女官さん達のガス抜きでもあるのだろうと思う。


(王妃の手を煩わせるわたしを不快に思うヒトは一定数いる──)


だからこそ、ラナちゃんも生贄……もとい、主主賓扱いなのだと思う。

女性王族は王妃だけで、今のところ姫はいない。お世話欲というか、着せ替え遊び願望というか……熱心にこれらの服を作るレベルの女官さん達だ。わたし達が好きに飾らせてあげることで、多少なりとも満たされるものがあるのかもしれない。


「ではまず、おぐしを。その後にお着替えをして、最後にお化粧と参りましょう」


リーダー格らしき女官さんの言葉で、わたしを取り囲む4人が動き出した。事前に分担が決めてあったのか、フォーメーションはばっちりで、髪を結い上げる傍ら、小物が選ばれ運ばれてくる。ドレスに合わせた色味の化粧品を取りに行く係もいたようだ。

いつの間にか衝立が四方を囲み、正面には鏡も持ち込まれていた。


(うーん……似合ってるのかどうかって自分ではわかんないけど……確かにたまにはイイかも……?)


着々と仕上げられていく鏡の中の自分に、ラナちゃんと椎田さんはどうなっているのだろうかとワクワクして来た。気持ちが高揚するなんて久々の感覚な気がする。


「さぁ奥様、できましたわ。お連れ様のご準備が終わるまで、こちらでお待ちくださいませね」


やりきった感満載の笑顔を浮かべた女官さん達がささっと辺りを片付けると、衝立で囲まれた空間は簡易の控え室に変わる。果実水のグラスと焼き菓子が置かれたテーブルをすぐ横に、わたしは唯一空けられた正面を眺めた。

鏡が撤去された正面は、きっとその先がテラスなのだろう。薄いカーテンが日差しに煌めいている。


「ツィーナも終わったようね?」


ふいに左横の衝立の向こうから声がかかった。


「し……はい」


個室のようになっているせいで、ついまた、いつものように「椎田さん」と呼びかけそうになり、慌てて取り繕う。クスクスと軽やかな笑い声に、「バレてるな……」とちょっと恥ずかしくなった。


「わたくし、前もってある程度決めていたから早く終わったの。あなた達がどうなっているか楽しみだわ」


「……ルシータ様は絵や……衣装を考案なさるのがお好きなのですか?」


ふと、さっき疑問に思ったことを訊いてみる。


「そうねぇ、わたくし、子どもの頃に『もっと動きやすい服が欲しい』と思ったことがあるの。それで、乗馬用の飾りの少ないドレスの裾を真ん中でザックリ切って」


「ええ!?」


「裁縫なんてしたことなかったくせに、切った所でザクザク縫ってみたのよね」


「……なんとなく、お作りになりたかったお衣装の想像はできます」


ワイドパンツと言うかスカンツと言うか袴と言うか……そういう形にしたかったんじゃないかと思う。


(そうだよね。日本では男の子だったんだから、動きにくくて困ったよね……)


さすが椎田さん。行動派。


「ただ少し……脱ぎ着が大変そうに思います」


上下に分かれた服は女物ではほとんど見ない。せめてスカート単品なら良かったのかもしれないが……袴ドレスはなかなかに斬新な発想だ。


「そうなのよ。それに、『勝手なことするな』と叱られて……乳母やには泣かれたわ。『どうしても必要ならお作りしますから、隙間から足が見えるような常識のない真似はやめてください』って」


(……わかる)


「それで、簡単な絵を描いてみたら、あんな落書きだったのに予想より遥かに素晴らしいものが出来てきたのよね。万人受けするものではないけれど、わたくしの服、どうやら手芸の得意な子達にはイイ腕試しに見えるらしいの。溜まってしまったから、こうして内輪で楽しもうと思って」


茶目っ気たっぷりに微笑む姿が見えるかのようだ。

腕試しとして欲しいと言われ、自分では絶対に着ないと思いつつラフ画を渡したと言うのだから、椎田さんはやっぱり優しい。この国の王妃が椎田さんで良かった。


「大変お待たせ致しました。ラナ・ジパニア嬢のご準備も整いましてございます。衝立を撤去致します。恐れ入りますが、皆様お立ちになってお待ちくださいませ」


女官さんの声の方向からすると、わたしの右隣にラナちゃんがいるらしい。

静かに入ってきた女官さん達が、用意した時のように手早く衝立を運んでゆく。


「あら。あらあらあらあら」


露になった椎田さんは、まさかの、制服風スタイルだった。こっちを見て目を丸くし、顔を輝かせる様子はいつもの椎田さんだけど、ポニーテールに薄化粧のせいか、殊更若く見える。

わたしの時代でも現役ではあったものの、どことなく昭和感のある制服を、女官さん達がドレスにアレンジしたのだろうなという印象の服。紺色のワンピースに白い丸襟、臙脂色のリボンタイ。くるぶし丈のスカートは、ちゃんとボックスになっていて、ボレロ丈とはいえジャケットもついている。

正直、これはこれでレトロ可愛い。かなり上品な雰囲気だ。


「ツィーナは意外だけど似合ってるいるわ。ラナは……ふ、ふふっ、とってもよく似合って……ふふっ」


パッと扇子を取り出したかと思うと笑いを我慢するかのように顔を背けた椎田さん。その反応につられ、くるりとラナちゃんの方を向く。


「ぇ……わぁ……」


驚きに目を見張った。


(なんだっけコレ……。……あ、プリ……)


桃色の地毛は高い位置のツインテール。着ているのは胸元に大きなピンクのリボンをあしらった、薄ピンクのふわふわヒラヒラフリフリドレスだ。全体的にとにかくピンク。しかも、ウサギの耳のようなカチューシャや、ホイップクリームみたいなしっぽまで付いている。


「ツンツンしてるわりに……ふふっ、なかなか可愛いの、選ぶじゃない」


恐らく、椎田さん的にネタ枠で描いた衣装だったのだろう。ツボにハマったらしく、なかなか直視できないでいる。


「……選んだのは、こちらの方々です」


ムスくれた表情でも可愛いとか、この衣装、年齢的にも外見的にも、ラナちゃんに似合い過ぎると思う。記憶が遠いけれど、昔CMで見た日曜朝の戦うヒロインみたいだ。もちろん、スカート丈は長いけど。


「皆様、お食事のご用意ができております。テラスの方へお進みください」


そういえば、会食に呼ばれたんだったと思い出す。コスプレにすっかり意識を持って行かれてしまっていた。


「さ、行きましょう」


スっと寄ってきた椎田さんがわたしの手を取る。かと思えば、もう反対の手をラナちゃんが支えてくれた。


「ツィーナちゃん、カッコイイじゃん。強い女って感じ」


「……ありがと」


メンバーはいつもと同じなのに、服装が変わっただけでなんだか楽しい。


(強い女かぁ……。うん、すごい、イイかも)


手を引かれて歩いている今だけど。見た目も中身も。ちゃんと自分で立てる、強い女になりたい。そう思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。