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ヒロインは存在意義を考える


【sideラナ】


わけがわからない。というか、わかりたくない。


第一報は、領地からアケルナーのタウンハウスへの早馬だった。


『ツィーナ様所在不明。ただし、王弟殿下とご一緒の模様』


そう書かれた手紙を開いたシャウラの隣で、覗き込んだアタシは一瞬、死んだ魚の目になった。


(ヒトが地道にストーリー開始前の下準備してんのにさ? なぁんで軽く超えて来るかな……)


王弟ケネスは執着心の強いキャラだ。その粘着性がストーリー開始前から既に発揮されていて、更にはツィーナちゃんをロックオンしているらしきことは、知っていた。

……ついでに言えば、いくら見た目と声が良くても自分で相手するのはめんどくさいキャラだと思ってたから、ツィーナちゃんが落としといてくれて良かった! とも思ってた。思ってた、けどさ?


「お義母様はどうしてそう警戒心が薄いのかしら。わたくしがなぜお義母様を領地に帰したと思っているの……!?」


心配を通り越して怒り始めたシャウラは、ひどく青ざめているのもあって鬼の形相になっている。キツイ顔立ちの美人だから、水色の目ばっかりが爛々と輝いて、なかなかの迫力だ。

義母マザコンの気のある彼女は、表立っては言わないものの、ツィーナちゃんと別々に暮らしている今に不満タラタラ、鬱屈した想いを抱えている。できることなら、領地になど帰したくなかったというのが本音で、だからこそ、義兄や領地側への当たりが強い。「役立たず」という呟きが聞こたのは……放置しよう。


「てかケネス殿下と一緒ってわかってるなら行方不明じゃないじゃん。間違いなく城でしょ」


「ラナ、あなたねぇ……だからこそ確認のしようがないのでしょう!? 確証もなく王族を誘拐犯に仕立てあげてみなさいよ、お義母様とは二度と会えなくなるわ」


「あー…………階級社会めんどくさ」


どうせ、痺れを切らした執着魔がヤンデレ入って暴走したに決まってる。全員が胸中ではそう思っているのに動きようがないなんて、ホントに面倒。

身分社会、ぶち壊したい。ハァ。でもまぁ、とりあえずあのイケオジ、どうしてくれよう。


アタシだって一般的な女子だから、イケメン(イケオジ含む)は大好物だ。このゲームをやり込んでたくらい、マジで大好き。キャラデザ神。

けど、現実世界ここで生きる以上、イケメンだからってヒト様に迷惑かけるのは違うと思う。イケメンもイケオジも免罪符にはならないし、さらに言えば、近代民主主義のもと日本人として生きていた記憶から、縦社会ならぬ階級社会は害悪だと確信している。スクールカーストですらキツいのに、世の中全部がソレとか、ありえん。「国際的批判に曝されやがれ」とか思っても、世界中がこうだから、どうしようもない。アタシいっそ革命軍でも作ろうか、とか妄想したりする昨今だ。


ハァァァァ。無意識で大きなため息が零れ出た。

問い合わせすらできないって、何様よ。……とか愚痴ると「王弟様です」とか言われるあたりも、マジムカつく。


「で? 諦めて指くわえて黙ってんの? 帰って来るのを待つったって、帰してくれるかわかんないじゃん。どーすんのよ、既成事実作られて、ツィーナちゃん、気付いたらご懐妊かもよ?」


そもそもアタシが主人公たる所以は「光属性」だと思ってる。つまり、光魔法持ちのアタシなら、闇属性の男共が恋心故の暴走をしても、ひどいことにはならずに済む。だから最適。

闇属性の攻略対象、ケネス、クルスト、ワイトの三人は拗らせやすい。(なのになんでカウス様も一時期ヤンデレてたのか、普通に謎。ツィーナマジック?) ゲームの中で、ヤンデレな彼らを危うい均衡でハッピーエンドに導くには、要所要所、光魔法が鍵だった。光魔法を使い忘れたらバッドエンド。


(ケネス様もクルストもツィーナちゃんが引き受けてくれたおかげでアタシ的には安泰だったんだけど)


正直に言ってしまえば、「やっぱりダメだったかぁ」。敢えて目を逸らして来た魔法属性の問題が、ここに来て露呈してしまったのだと思う。


(…………って考えると、アタシのせいでもあるのか? ……いや、アタシ、どうしようもなくない? だって、出会った時点であっちはもうツィーナちゃんにオちてたし)


「懐妊…………そんな、無体な…………っ!」


ザッと音が聞こえそうな勢いで真っ白になったシャウラは、想像しただけでも耐えられなかったのだろう。珍しくも、ポロポロと大粒の涙を零し始めた。


「お義母様…………」


悲壮な顔は、もはや、義母は戻らぬと決めつけているかのよう。あまりにも悲嘆に暮れ続ける様子に、アタシは次第にイライラして来た。


「ウザ。悲劇のヒロインはヨソでやって。それよりアンタのお義兄にい様と王妃様は何やってんのよ」


あのツィーナちゃん大好き2人組(組んではいない)が、この状況を放置するとは思えない。王妃は最悪、向こうに付く可能性もあるものの、間違いなく、カウス様は何かしらの行動を始めているはずだ。


(だからさっさと結婚式すれば良かったのにさ)


貴族のしがらみがどうこう……面倒臭いことだ。


アタシは知ってる。空気ってのは、読むだけじゃダメ。読んだ上でぶった切ることが大事なのだ。

そうしなきゃ、自分の意見なんて通せない。そんなの、ストーリーのあるゲームの数をこなせば、自然とわかること。「現実では……」云々、言いたいこともあるだろうけど、結局、言った者勝ちなんだって、みんなだってわかってる。


(つっても、生真面目なシャウラには言えないか)


人間、向き不向きがあるのは当然で。適材適所って言葉もある。

ハァ、とまたため息をついて、


「泣いてないで手紙書くよ。ちゃんと届くように表書きの宛名はアンタね。中身はアタシが自分の名前で書く」


頭も態度もお堅いシャウラのお尻を蹴った。


このままじゃ、暴挙に出たヤンデレケネスの一人勝ちだ。そんなの誰が許すか、イケメン王族ふざけんな。


アタシはシャウラに比べれば全然、ツィーナちゃんなんて好きじゃない。けど、泣き寝入りとか、パワハラとか、もっっっと嫌い。


(いろいろ借りもあるしね)


前世の知識を総動員すれば、突破口は見えて来るはず。


「宛先はカウス様と王妃陛下と騎士団長……いや、騎士団長はイイや、面倒臭い。……あぁ、マーカスが使えるかも……? それから……」


怪訝そうに首を傾げるシャウラに表書きを任せ、ついでに一通、別件も言い渡す。この状況だ、念には念を。


用意された上等のレターセットとペンを見ながら、アタシは頭の中で文面を練り、添削を重ねていった。



※※



ベッドに腰掛けたツィーナちゃんを目にした途端、言い知れぬ怒りが込み上げた。


ガリガリに痩せ細り、血色の悪い姿。そして、その目に浮かぶ、強い警戒心と不信感──。


これ、誰? そう言いたくなる気持ちを抑え、アタシは斜め前に立つ王妃の背中をギッと睨んだ。

ウチのツィーナちゃんはこんな表情かお絶対しない。人間不信の極地みたいな、病んだ表情かお、絶対にだ。


「まだハンストしてるのか?」


王妃の声には疲れが滲んでいる。実際、アタシを呼びつけた時も憔悴した様子だった。

でも、こんなの見せられたら同情なんてまったくできない。憐れまれるべきは、ツィーナちゃんの方だ。


「……わたくしを、ケネス様の元へ、帰してください」


人間を憎む野生動物のような、刺々しい眼差し。常春のような浅葉色の瞳が、重く澱んでアタシ達を睨みつけて来る。

ゆっくりと息の合間に吐き出したような声はひどくガサついていて、それもまた、別人のもののように聞こえた。ツィーナちゃんはもっと……ほわんとした声で、優しく話す。


「それはできないって言っただろ。椎名は家に帰るんだよ」


「……わたくしの帰るところは、ケネス様の居られるところです」


「まぁ、家にもしばらく帰せそうにないんだけどなぁ。……ラナ嬢、あれ、見えるか? 黒い……」


言い募るツィーナちゃんに届かないくらいの小さな声で、王妃が細い顎をフイっとしゃくった。


(何? つーか王妃、人払いした途端急にガラ悪)


つい先程、別室で事前情報として教えられたのは、ケネス殿下が闇魔法でツィーナちゃんの心に覆いをかけているらしい、ということ。本来の心に目隠しをされ、新たに吹き込まれたあれこれを盲信する様子はまさに、「洗脳」と呼べる状態なのだそうだ。

まさか、いかに破格の闇属性とはいえ、洗脳できるほどに強力なものだとは思わなかった。本編にも、こんな展開は出てこなかったし。


「首のあたりだ。どうも、潜在魔力の強い人間にしか見えないっぽい。少なくとも世話役達には見えてなかった」


「…………うわっ、首輪……鎖? ひぇっ」


「そうだ。見えるんだな? ……良かった」


(何あれキモ……。執着心てか、怨念の間違いじゃね? うわー……ゾワゾワする)


それは、細かく細い、闇色の鎖だった。幾重にもツィーナちゃんの首に巻きついて、ゆらりゆらりと蜃気楼を起こしている。

着せられた部屋着らしき飾り気のないワンピースの首元にまとわりつくそれは、一見、緻密なレースのようで……ハイネックなのかと思っていたから、正体に気付いた瞬間、一気に鳥肌が立った。ホラーでしかない。


(やだやだやだやだ。首がひどいだけで、よく見ると全身じゃん……っ)


薄っすらと蜘蛛の糸が巻き付くように、首を中心に細く淡い闇色の鎖が全身にまとわりついている。

怖気立つのを堪えきれない。首以外は見えていないらしい王妃に見たままを伝えるアタシの声は、間違いなくドン引きしていた。気持ち悪いものは気持ち悪いんだから仕方ない。


「前例が……」


「はぃ?」


「……過去の闇属性持ちも、今現在も……前例どころか、理論上も有り得ねぇ事態なんだそうだ。ケネスですら……無意識の産物らしくてな」


(それってつまり……)


「元に戻す方法がわからない」


(ふっっっっざけんな!!)


これが異常事態なんだろうことはアタシだってわかってる。

闇属性のヤンデレ暴走なんて、疑うまでもなくバッドエンド。ツィーナちゃんは最終的にカウス様を選ぶことで、ケネスルートのバッドエンドに突き進んだってことなのかもしれない。意味不明。

しかも、ゲームにはないめちゃくちゃハードバージョンのバッドエンドだ。


元々のケネスルートのバッドエンドは、通称ハーレム落ち。要は「特別な存在になれるほどには好感度を上げきれなかった」ということで、アタシも初回プレイ時にはそうなった。隠しキャラのケネス殿下は、派手なイベントが少なくて、界隈では攻略が難しくて有名だった。


(好感度振り切れた上でのバッドエンドだと、こうなるってか)


クルストの標本エンドよりはマシ。……いや、大して変わらないような気もしてきた。


(闇属性面倒くせぇ──っ!!)


「理屈じゃ有り得なくても実際起こってる。だが……まぁ、なんだ。この状態の椎名を、人目に晒すわけにはいかないと言うか……他の闇属性持ち達に直接会わせて検証させるってのも、難しい」


(あー…………)


はっきりしない王妃の言い方に察した。

こんな場合真っ先に相談するべき研究所の所長はクルストだ。いろんな意味で悪化する未来しか見えない。


「それで、まぁ、単純なんだが、闇を祓うには光だろう……となって、だな。アケルナー公爵家が光属性の持ち主を保護してる話は聞いてたし、手紙、くれたろ? だから、ほら……ラナ嬢なら、と思って…………頼めるか……?」


闇には光。間違っちゃない。けど、鎖ぐるぐる巻きを生み出した本人にもよくわかってないものを、アタシに丸投げとか……無茶ブリにもほどがあると思う。

そもそも、まだ未成年のアタシを頼るとか、常識で考えておかしいから。


(ケネス側から見ても不測の事態……藁にもすがる思いってとこ?)


アタシ達があちこちに出した手紙が功を奏しての呼び出しだと思って来たら、この事態。ある意味功を奏したのには違いないけど、もう少し平穏な展開はなかったのか。どおりでアタシだけが呼ばれたわけだ。

病みオジの元から引き離してくれただけでも良かったと思うべきなのだろうが、この状況じゃ何一つ喜べない。

少なくともアタシは、怒りのゲージと、王族への不信感が増しただけ。


「恐れながら……光属性の先達は百年ほど前に亡くなられたと聞いております。一般的な魔力操作は習い始めたところですが、光属性の応用となるとわたしにはまだ……」


警戒心剥き出しでこちらを睨み続けるツィーナちゃんをじっくりと観察しながら、自分にできることを考える。

とりあえず、貴族らしい言い回しで「なんか役に立つ情報よこせ」と主張してみた。


ストーリー開始後、ヒロインは研究所秘蔵の書物で勉強したり、研究所所属の二人に魔力操作その他を習うことで、急接近する。

……と、いうことは、だ。この非常事態、アタシが最後の頼みの綱なのだとしたら……今、現在、ジャストナウ、とにかく、その書物をはじめとする光属性豆知識を教えて欲しい。

とはいえ、そんな本の存在を下級貴族子女アタシが知ってるのはおかしいから、はっきり要求できないのがジレンマ。世の中、思う通りにはいかないものだ。


(なのにそれを思う通りにしちゃったヤンデレ、マジ頭おかしい。ったく、イイ歳こいた大人が女子に迷惑かけんなよ)


「そうだよなぁ……。教えられるもんなら教えてやりたいんだが、城の書庫にある光魔法関連の記録はなんつーか物語の形式ばっかりで……あ、あと、300年前の『聖女』の日記の写しもあったか。まぁ、一応、用意はしといたんだけどな?」


物語の中にヒントがないとは言わないが、急ぎの今は悠長に読書する暇がない。

なんとも頭が痛いことに、王妃は研究所管理下の書物の存在を知らないように思える。クルストに勘繰られたくないこの状況、下手な身動きは身を滅ぼし兼ねないだろう。


「場合が場合ですので、忌憚なく申し上げますと独学の現状、試行錯誤に伴う安全性や成功率が保証出来兼ねるように存じます」


アタシだってツィーナちゃんを助けてあげたい。けど、もはや呪いじみた執着心だだ漏れの魔力だ、無理やり干渉したら副作用とかありそうで、迂闊に手を出してイイものなのかわからない。

数週間前のあの日、シャウラに書かせた、別件の手紙。それは、ワイト宛の「闇属性魔法について」の問い合わせだった。アタシが知ってるのは、あくまでゲーム上の魔法知識。実際のところ、細かな違いがあるだろうし、そもそも闇という概念の捉え方もアタシと世間では違う気がした。自身が闇属性のワイトは、シャウラがそれに興味を持ったのが嬉しいのか、やけに長い手紙を送って寄越し……その中にあったのが、魔力反発という単語だった。

闇魔法の多様性も想像以上ながら、アタシは、ゲームにはなかったその魔法反発というものに、一抹の不安を覚えたものだ。


「あぁ。それはもちろん。椎名には悪いが、何が起こってもラナ嬢にはお咎めナシだ。表向き、ラナ嬢は今日、茶に呼ばれたことになってるからな」


なんだか難しい名目の招待状を受け取ったのは事実だ。しかし万が一、魔力反発で大規模な爆発を引き起こそうものなら……お咎めナシどころか、全員人生終了だろう。このヒト、事の重大さを理解してない気がする。


(……今日はやらない、って選択肢は……ナシなわけね)


「実は」と話し始めた王妃によると、既に彼女自身、闇魔力への干渉を試してみたのだそうだ。

一国の王妃なんて立場の人間が危険もかえりみず挑んだのに、アタシが断るなんて無理な話。内心ため息を噛み殺し、じっとツィーナちゃんを取り巻く鎖を見つめた。


(うーん……)


アタシができることと言ったら、光ることだけ。ホタルや電球と代わりない。

出力調整で明度を変えたり、照射範囲を絞ることは上達したけど、ただ、それだけだ。


(……影を消すには光だから、ぱぁっと最大出力で照らしてみる、とか? ……でも、影じゃなく闇なんだよね。夜闇って考えれば、明かりは照明じゃなく太陽がイイ? てか、アタシの光って人工物と自然物どっちにあたるの? んなこと考えたこともなかったし)


「…………聖女様の日記を拝見致します」


藁にも縋る思いって、縋られた方にもさらに発生するもんなのか。緊張感が半端ない。

慎重な手つきで流し読みするアタシの横で、王妃はせっせとツィーナちゃんに話しかけては落胆している。何を言っても、「ケネス様の元に帰して」しか言わないツィーナちゃんの声を聞いていると気持ちが掻き乱されるから、アタシは無心で日記を読むことにした。


「…………試すだけ、でよろしいのでしたら……」


そして、ようやく覚悟を決める。

王妃を念の為扉付近まで下がらせ、すぐ目の前で、ツィーナちゃんと向かい合う。ベッドに腰掛けた彼女はこうして間近で見るといっそう、普段との差異が際立った。


「ツィーナちゃん……目、閉じてて」


「……お断りします。その間にまた、わたくしとケネス様を引き離すようなことをするのでしょう?」


「……目、焼けても知らないよ?」


敵愾心顕な態度に、堪えていたため息が零れる。ずっとこのままなのなら、いっそ、目が潰れてでも元に戻った方がイイよね……そんな暴論が脳裏に浮かんだ。だってこんなの、生きてるって言える? 自分らしさの欠片もない、こんなの……。


グッと奥歯を噛み締める。そして、


「いくよ」


アタシはツィーナちゃんに巻き付く鎖を狙って魔力を流した。

闇色の鎖を覆うように細く強く、丁寧に、慎重に。

全力で挑み集中しても少しづつしか進められない作業に、次第に息が上がってくる。目に力を込めて、淡い鎖も見逃さないよう、進めていく。


広く全体を照らすことも考えたが、範囲を狭めた方が効力が高い。隠蔽の跡のある書類だって、全体を漫然と照らしても何も起こらないのに、狙い定めた数値のみ照らすと文字がジワジワと溶けていった。


聖女とやらの日記には、可視光線のことだけでなく紫外線殺菌と思われる内容や、赤外線暗視スコープみたいな内容が登場していた。ということは、光属性の光とは……なんて難しいこと、考えなくてもイイのかもしれない。まぁ、蛍光灯だって紫外線、弱く出してはいるけど……自然でも人工でもなく、魔法だし、「超自然」と思うことにする。

できないと思うよりは、できると思った方がイイだろう。


(アタシならできる……アタシはヒロインなんだから、この世界はアタシの思うように動くはず……アタシはできる、アタシならツィーナちゃんを助けられる)


緻密な魔力の放出は想像以上に疲弊する。疲れて霧散しそうになる集中力を保つため、アタシは必死で自分に言い聞かせた。


「あと……少し」


さすがにここまで来ると、自分でも眩しさに目を細めずにはいられない。ツィーナちゃんは細い頤を上に上げ、なんとか目を開いたまま頑張っているようだ。ずっと、「ケネス様、ケネス様、助けて」と呟いている。


ふぅ……。そっと一つ、息を吐く。


(疲れた……けど……見えている鎖は全部、アタシの魔力で覆った)


あとは、力比べだ。


目を閉じて、魔力の感知にすべてを注ぐ。細く長く伸ばした覆いに、持てる力をどんどんどんどん送り込んで……光度を上げた。

閉じた瞼の裏にはっきりと、鎖の形が浮かび上がる。白い光の中の、異物。そのシルエット目掛けて、魔力と、祈りにも似た気持ちをぶつける。


「…………ぁ……」


ふいに、微かな声が聞こえた気がした。

それと同時に、ズズズ……と重い扉が動くかのような手応え。


(っ! いける!!)


アタシに残る魔力も少ない。でもきっと、間に合う……!


────ス…………


ふいに、手応えも、歪なシルエットも、白い光も、須らく消えたのが感じられた。

つかえが取れたかのような、何もかも失ったかのような……心もとない思いに、慌てて目を開け、


「……ツィーナ、ちゃん……?」


ゆっくりと瞬きを繰り返す、春色の目を覗き込んだ。ガラス玉じゃない、ちゃんと光ある瞳に、期待が募る。


「……?」


浅緑を隠してパチクリ、と瞬きを一つ。それから、乾燥気味の唇が開いた。


「……ラナ、ちゃん…………?」


「っ…………ツィーナちゃん、アタシのことわかる……?」


「え? う、うん」


ホォォォォォ…………──ッ。

聞こえた言葉に、深い深い息をついた。


(良かった……………………)


ひとまず、正気に見える。たぶん、正気を取り戻してくれた。


凝視しても、おぞましい鎖は見えない。副作用とかは謎のままだけど……とりあえず、ツィーナちゃんだ。ツィーナちゃんが、ちゃんとツィーナちゃんとして、目の前に居る。


ホッとして気が抜け……かけたのに、初めて魔力を限界近くまで使ったせいか、集中し過ぎたせいか、ピリピリと張り詰めた意識がなんだか、うまく元に戻らない。王族への怒りだって、残ってる。

ま、お城なんて場所に居るんだから、むしろ気が抜けなくて良かったんじゃない? と開き直ったところで、ツィーナちゃんと王妃の会話が耳に飛び込んできた。


わりと貴族として品行方正なイメージのあるツィーナちゃんが王妃相手にラフに喋っているのには驚いたけど、途中から、「あぁ」とやけに納得できた。


(二人居りゃ、三人居てもおかしくない)


この王妃、どこ出身? 上流階級の人間にしてはなんか訛ってね? とは前々から思ってた。けど、つまりアレだ。訛ってるとかじゃなく、漢字、いや、日本語発音だったのか。

「ツィーナ」じゃなく、「しいな」。椎名とか椎菜あたり?


(ふーん。ツィーナちゃんとは元日本人として意気投合、ってとこ?)


悪役令嬢の継母に続き、メインヒーローの母が転生者。

……なんだそのマニアックな設定は。ヒロイン転生だけじゃなく、モブ転生とかも前世で流行ってた気はするものの、だったらなんで悪役令嬢シャウラは転生組じゃないんだ、おかしいだろ。


(なんかもうよくわかんないけど、なんか理不尽)


尖った神経がなかなか落ち着かないせいか、やけにモブ転生2人組の会話が耳に障る。日本人感覚で仲良くするのも、連帯感を感じるのも、何もかも、どうぞ勝手にしていただきたい。

ただ、


(コスい真似してんじゃねーよ)


いくら日本人的感覚で喋れるとはいえ、今は実際問題として身分に差があるのだから、上位者は迂闊なことを言うべきじゃない。言い訳なんて以ての外だ。

なるだけ穏便に済ませたい思惑が透ける王妃に、思わず食ってかかった。


しかも、


(なんなのツィーナちゃんまで! アタシも巻き込もうとするの、超迷惑なんだけど!!)


酢飯は好きだ。マッシュポテト的な食感と懐かしい味のコラボの違和感はすごいけれど、味だけならこのカロメとかいうヤツは、かなり好き。

……ただホント、アタシを巻き込むのは止めて欲しい。

王家とか、今現在悪感情しか抱けないし、元日本人だからってなんなんだ。同郷のよしみでも結べと言うのか。この王族代表と?


(転生仲間はツィーナちゃん一人で十分なんだけど)


むしろ、王妃なんかと関わるとロクなことにならないだろうという予感がある。元がなんだろうが、今の地位が厄介過ぎる。

カロメなんかの希少なものが手に入るの王族特権かもしれないが、故郷の味覚もツィーナちゃんを通せばきっと問題ない。アタシよりよっぽど上手く、この貴人を転がしてくれるはずだ。


「アタシ、王族にこれっっっっぽっちも興味ないから」


ほとんど売り言葉に買い言葉というか、勢いというか。でも、口に出してみると、シナリオガン無視で、モブイケメン金持ちを探すのが本気でベストな気がしてきた。そうすれば、ムカつく王族と絡む必要もない。世の中、身近に王族が居る方がおかしいのだから。


(下町に金持ちは居ないのよねー。あ、ツィーナちゃんの実家って商家じゃなかった? イイ縁ないかな〜……)


「…………え、ツィーナちゃん!?」


王妃のバカらしい発言の数々に、世界平和ヘの道筋は金持ちモブイケメンしかない、と心を決め始めたところで、急にツィーナちゃんが倒れた。頭を抱え込むように苦しげに呻き、


(副作用来た!? やっぱりダメだった!?)


そこからは、嵐のような時間だった。


小康状態まで落ち着いたかと見えた途端、今度は激しく嘔吐する。看病しようにも理由も、状態もわからない。

できることは対処療法のみの混乱の中で、素早く医者を手配しようと動き出した王妃とはウラハラに、アタシはオロオロと、気休め程度にツィーナちゃんの背中をさすった。


(手当てって手を当てることだ、みたいな民間療法? 都市伝説? あったよね!?)


副作用の可能性は否めない。けれどそれ以上に、どこかに強すぎた光属性魔法の名残が引っかかってたり、根強い闇の鎖が残っているかもしれない。パニックの中でもふとそう思い当たり、アタシは間近にツィーナちゃんを凝視した。

……首元、腕……痛がっていた頭も……おかしなところは見当たらない。大丈夫。

なのに、ツィーナちゃんの苦しみが和らぐ気配もない。なんだコレ。


バタバタと駆け込んで来たメイドさん達が、アタシからツィーナちゃんを引き離し、看病をかって出る。

そのうちの一人が目ざとく王妃の服装の乱れに気づいて……まずは整えようとばかりに動き出したのには「そんな場合か!?」と驚いたけれど、そのすぐ後に入ってきた御典医が、まだ壮年のイケメンなのを見ていろいろ察した。「マジそんな場合じゃないから」とは思うけれど。


(……てか、こんなとこにもモブイケメン)


ちなみにそんな場合じゃないのに、アタシもつい、しょうもないことを思った。だって……モブの価値に気付いちゃったんだから、仕方ないよね。


アタシは恋がしたいんじゃない。あれこれ考えた結果、そう自覚した。

アタシはアタシを必要とするヒトに大切にされたい。もちろん、相手のことはアタシだって大切にするつもりだ。そして、最終的には家族みんなで一緒に幸せになりたいと思ってる。

ゲームじゃない現実の恋愛は、周回できない。セーブデータを複数作るなんてこともできない。だったら、安全第一で結婚相手を選ぶのが、アタシの道。バッドエンドがある攻略対象とのカップリングなんてロクなことが起きないと、ツィーナちゃんが身をもって教えてくれた。

政略結婚てのが実際どんなものなのか知らないけれど、お見合い結婚だって、マッチングアプリだって、合コンだって、需要が合えばそれなりに幸せになれるはずだ。TLにだって、そういうストーリーはたくさんあったし、テレビに出てた新婚さんもそんなんだった。

大恋愛なんてしなくてイイから、堅実な幸せを掴みたい──。


「包み隠さず申し上げまして、私めの魔力では残存魔法の有無などは判断致しかねます。しかしながら、症状から考えまして、身体機能の疾患と考えるよりは精神的、または魔力的な負荷によるものではないかと推察致します」


鎮静作用の強い薬を飲ませたのだそうで、フッ、と気絶するような唐突さで眠りに落ちたツィーナちゃんを囲みつつ、イケメン医師の説明を聞く。精神的負荷って、つまりストレスとかショックとかだよね、と思い浮かべ……納得した。


(アタシなら発狂するわ)


拉致軟禁プラス洗脳もどき。字面だけでも十分重いのに、只中にいる時には違和感すら感じずに大切なことを忘れていた……だなんてことを、今更気付かされる苦しさ。


こちらとしては、洗脳されてたことを自覚してもらって初めて、「もう大丈夫だ」と安心できる。けど、本人にとって、これほどキツイ現実はそうそうないだろう。しかも、自然な気付きじゃなく、強制的に正気に返らせたのだ。今、ツィーナちゃんの胸中は嵐の最中に違いない。


(ないわー……マジでない。ケネス様、控えめに言ってサイテー)


今現在ツィーナちゃんが苦しんでるのは、アタシが正気に戻したせいだ。そのせいか、つい謝りたくなって……そうじゃないと自分を諌める。

悪いのはケネス様であって、アタシじゃない。アタシが謝ったって、余計気を使わせるだけ。


(絶っっ対謝らせる!!)


心に決めた。

いくらイケメンだからって許されない。許さないし、許されるべきじゃない。それだけのことを、ヤツはした。


「一番は、刺激の少ない地方の領地などで休養されることかと存じます」


「……それでは安全の確保が難しいわ。…………検討します。ありがとう」


ツィーナちゃんの現状から今後の療養について話が及んだところで、王妃が御典医を帰らせる。

口止めなんてしなくても、相手が誰であれ絶対に患者のことは喋らない。さすが王城の医者、医療知識だけでなくモラルも最上級だ。

アタシは、再び人払いされるのを待って口を開いた。


(闇魔法に対抗できるのは光魔法だけ。つまり、アタシしか、ケネス様の相手はできない)


「どこで匿う気か知らないけど。アタシをツィーナちゃん専属の侍女扱いにして」


ヒロインの本領発揮第一弾と行こうじゃないか。


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