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狂気と正気と闇と光。

月1更新、3月の更新できずにすみませんでした。

「…………ラナ、ちゃん……?」


頭にかかった薄モヤが晴れたと感じた瞬間、今まで目の前に居た「怪しげで見知らぬ女の子」が、知り合いに変わった。

エメラルドの瞳を見開き、それからホッと安堵の息をついた可愛らしい女の子は、間違いない。我が家で預かるラナ・ジパニアちゃんだ。


「ツィーナちゃん、アタシのことわかる……?」


「え? う、うん」


飄々としたところのあるラナちゃんが薄っすらと目を潤ませる様子に、呆気に取られた。


(……というか、なんでラナちゃん???)


わたしの頭上には幾重にも盛大にハテナマークが飛んでいることだろう。何せ……違和感が山ほどある。ついさっきまで、わたしは彼女のことを「知らない子」だと警戒していた。その記憶が確かにあるのだ。

けれど、それ以前のあれこれは全然思い出せなくて、突然、今さっきに繋がっている。


「良かったぁ……。正直自信なかったんだよね、闇魔法を解除するとかヒロイン的に有りそうだけどこのゲームじゃ存在しないイベントだし、そもそもアタシの魔法って完璧独学なわけ、 ストーリー始まれば教えてもらえる設定だけど保証ないじゃん? 光らせる以外の魔法とかあんま経験なかったからさ、ない知恵しぼってぶっつけ本番で頑張ってみたんだけど、いやぁ……いやいやいやいやガチヤバかった」


緊張感なのか責任感なのか、ラナちゃんは「解放された!!」と言わんばかりのテンションで早口に捲し立てた。

それにしても状況が読めない。


(ここ……どこ???)


わたしは領地に居たはずだ。

質の良い調度品の揃ったこの部屋はかなり高位の貴族の家には違いないものの、アケルナーの家じゃない。タウンハウスですらない、知らない部屋だ。

失礼ながら、資金難だと言うラナちゃんの実家でもないだろう。


「何が…………???」


「ホントに良かったよ、椎名」


「え? …………ぇえ!? 椎田さん!? え……なんで??」


ラナちゃんに説明を求めようとしたところで、思いがけない声が聞こえた。


(まっっっったくわからない。…………なんか、浦島太郎気分なんだけど……ホント、何事?)


疑問が一つも解消されないまま、さらに謎が増えていく。見知らぬ部屋のベッドで半身を起こすわたしの目の前にはラナちゃんと椎田さん。なんだこれ。


(この2人の組み合わせってアリなの? …………あ、でも、少し前に「王妃様のお茶会にお呼ばれした」ってシャウラちゃんから聞いたかも……)


確か、騎士団を見に行きたいとか言われて、ぽにぃちゃに手紙を書いた頃だ。既に面識のあったシャウラちゃんを介して、この2人も仲良くなったのかもしれない。どこまで深い話をしたのかはわからないが。


(わたし、椎田さんに「ヒロインがいる」って話をした気はするけど……その子も日本からの転生だって教えたっけ……? ラナちゃんには間違いなく、椎田さんのこと、まだ話してないから……確認取ってからって思ってたのに、タイミング合わなくて結局そのままなんだよね)


それなりに気が合いそうな二人だとは思う。ただ、状況がわからない以上、余計なことは言わない方がイイ気がする。わたしはこっそり2人の様子を窺うことに決めた。


(お茶に呼んだくらいなんだから、椎田さんが興味持ってるのは確かだよね。ラナちゃんは……あー、マーカスくん目当てで騎士団行ったんだったっけ?)


あの時は何気にカウスくんの説得が大変だったんだよね、と思い出して……なんだかやけに、胸が締め付けられた。苦しくて、切ない──。


(……?)


モヤモヤ痛む胸の理由を考えていると、


「『なんで』って……覚えてないのか。ここが王城だからに決まってるだろ」


椎田さんが爆弾を投げ込んだ。

わたしの質問に答えてくれただけなのだとは思うけれど……意味がわからない。


「……は、ぃ……? ……おー、じょー……。…………って、は!? 王城!?」


衝撃的どころじゃない事実に目を剥いた。

ちょっともう、泣きそうだ。何がどうなれば王城のベッドで寝ることになるのか……想像がつかない。不敬罪、とかには当たらないよね? そもそもお城でベッドのあるエリアって……どの辺か予想もつかないけれど、多分、奥の奥の方。


「椎名。おまえさぁ、ケネスとのこと、どこまで覚えてる?」


「? ……っ」


ケネスと聞いた途端、こめかみがズキリと痛んだ。


「……あの、王妃陛下。まだ解呪したばかりですので、恐らく……記憶が落ち着くには数時間かかる可能性がございます」


「へぇ、そうなんだ? 光属性の魔力の特性か?」


「いえ、光属性のと言うよりは……友人から聞いたのですが、別の性質の魔力をぶつけると、反発することがあるのだそうです。闇と光の反発がどのように表れるものなのかは存じませんが、アケルナー夫人にかけられていたのは精神操作のような魔術でしたので……斯様に愚考致しました」


「反発て……とんだ大博打じゃねぇか……」


顔を引き攣らせる椎田さんに対して、ラナちゃんはヨソ行きモードで神妙に頷いた。


「……まぁ、うまくいって良かったよ。ったく、あのままじゃ椎名に顔向けできなくなるところだった」


「? わたし?」


ケネス様のことを考えようとすると断続的に頭がツキツキと痛む。


(もしかして、ケネス様と正面衝突したとか……?)


それなら頭が痛む理由にも、王城の一室で寝かされていた理由にも納得できる。


(いや、そもそもわたし、アケルナーに居たよね? ……ダメだ、やっぱり意味わからんっ)


「とりあえず、起きれるなら少し飯食え。もしラナ嬢でも治せないなら、拘束した上でおまえの口にストロー突っ込んで流しこもうと思ってさぁ、高カロリー流動食用意してもらってたんだよ」


「え、何それ怖い。しかも絶対味度外視のヤツじゃない? というか、椎田さん、ラナちゃんと仲良くなったの?」


流動食じゃなく高カロリー流動食。響きからして恐ろしい。なぜわたしにそんなものを。拘束してまで食べさせるとか、どんな拷問だ。本気で怖い。

とはいえ、それ以上に気になることが1つあった。


「正確には仲良くなる予定、だな」


「予定って。……口調、イイの?」


「ん? あぁ、どうせ椎名が起きたら話そうと思ってたし。おまえも居た方がスムーズだろ?」


つまり。わたしに説明役を丸投げする気か。


「……あれこれ説明して欲しいのはわたしの方なんだけど」


思わず唇が尖った。椎田さんとラナちゃんが仲良くなるのは願ったり叶ったりだが、その前にまず、話すことがあると思う。


「だから飯食えって。それからだ。自覚ないだろうけど、おまえ、ハンストしてたんだよ」


「うー……?」


わざわざ自分で室外に声をかけに行った椎田さんの後ろ姿は、なんだかやけに弾んで見える。そんなにも高カロリー流動食のお披露目が嬉しいのだろうか。


ハンストと言われても、今現在お腹が空いている感じはない。

水分くらいは欲しい気もするものの、カロリーは……正直、ご遠慮申し上げたい。胃もたれしそうだ。


(……あ、あの浮かれっぷりはもしかして、和食のお披露目とか? 和食で流動食って言えば……やっぱ、おかゆ? んー……高カロリーなおかゆって想像つかないんだけど。…………ん?)


自分が微妙に見当違いなことを考えているのかに気づかないまま、ふとラナちゃんの方を見遣る。


「……どうかした?」


「…………うん、まぁ……」


エメラルドの瞳がまん丸だ。びっくりしているらしき様子は可愛いけれど、ここまでのどこかに驚愕ポイントなんかがあっただろうか。


「すぐ届くからもう少し待ってろな。椎名、おまえ絶対この部屋出るなよ?

あぁ、ラナ嬢も少し早めの昼食、一緒に食べてってくれ。オレらの軽食も運ばせることにした」


「もったいないお心遣い、ありがたく存じます」


(えっと……どこから始めればいいのやら……?)


混乱状態を解く糸口が見えなくて、わたしは一先ず口を噤んだ。聞きたいことが多過ぎて、もはや、何がわからないのかがわからなくなってきた。


(とりあえず、今は「午前中」ってことだよね……)


うーん、と首を捻りつつ椎田さんを見る。場所柄で考えても年齢で考えても、もちろん立場で考えても。この場で主導権を握っているのは間違いなく椎田さんだ。


「するべき話はたくさんある。が、まずこれだけ言わせて欲しい」


わたしが椎田さんに視線を向ける前から、あちらはわたしを見ていたらしい。ぱちりと視線があった途端、凛々しく整った顔を歪め、椎田さんが頭を下げた。


「うちのバカがすまなかった」


「……?」


「まさかあいつがこんなバカなことするなんて……言い訳になるが、あいつは椎名のこと、とっても大切に想ってるし、普段は思慮分別のあるヤツなんだよ……」


「えっと……?」


「悪い。記憶が戻るには時間がかかるって言われたばっかりなのにな。どうしても謝りたかった。すまない」


「んー……? よくわかんないけど……」


「簡単に許せることではないと存じます」


よくわかんないけどイイよ。そう言おうとした横から、意外にもラナちゃんが口を挟んだ。


「あぁ。もちろん、そう思う。許してもらいたいわけじゃないんだ。……いや、謝りたいってこと自体が自己満足だよな」


沈んだ様子の椎田さんが見ていられなくて口を開こうとした横から、更にラナちゃんが言い募る。

状況がわからないなりに、ラナちゃんのキツイ言葉はわたしを庇ったものなのだろうと察するけれど、どちらも貴重な元日本人仲間だと知っているわたしからすると、微妙な心境だ。まさに、「わたしのために争わないで」。


「事情を説明なさらずに謝罪だけなさるのは、僭越ながら、いかがなものと。……ですが、わたくしも、まずはお食事が先決だと考えますので、これ以上は控えたいと存じます」


普段の奔放さがなりを潜めたヨソ行きモードの彼女は、地頭の良さが全面に出ているように感じる。わたしの公爵夫人モードなんて、ラナちゃんの切り替えに比べればまだまだ甘い、そう思えた。


「……そうだな……。悪い、椎名、忘れてくれ」


「?」


こんな歯切れの悪い椎田さん、初めて見る。いつだって気高い王妃様で、一皮剥けば気取ったところのないカラッとした気持ちのイイヒトなのに。


(よっぽどのこと……?)


でもまぁ、兎にも角にも、わたしがご飯を食べないことにはどうにもならないらしい。そう思った時ちょうど、控えめに扉がノックされた。


そして、どことなく気まずそうな表情かおをした椎田さんが手づから運んできたのは、


「……マッシュポテト?」


薄らクリーム色がかったドロドロの何かが乗ったお盆。ベッドサイドのテーブルに置かれたそれは、どう見てもミルクを入れすぎてユルユルになったジャガイモだった。


「椎名、こっち側座れるか? ……うん、大丈夫そうだな。

カロメって聞いたことないか。数年前に輸入を始めた作物で、栄養価が高い。まぁ、今のところ王都の治療院や騎士団なんかの需要がほとんどだからな、知らなくても無理はないが」


首を傾げるわたしに苦笑を浮かべ、椎田さんは自分で食べられるかどうかを訊いてくる。ダルいことはダルいけれど、この歳で食べさせてもらうなんて恥ずかしいまねをするよりは絶対イイ。

ベッドに腰かけ、湯気の立つカロメをスプーンに半分、口に運んだ。


「…………甘酸っぱい……。…………え、これって……」


マッシュポテトを想像して食べると失敗するだろうと思って、恐る恐る口にしたカロメは、はたして、予想とはまったく違う味だった。

ドロリとした見た目通りの食感と、鼻に抜ける味の違和感に軽く脳が混乱する。


「懐かしいよなぁ」


けれど、ニカッと笑う椎田さんに確信した。


「ちょ……ラナちゃんも! これ、味見して!」


「は? ……失礼ながら、意味が分かりかねます」


ブンブンと頷いてパタパタと手招きするわたしに、一瞬ラナちゃんの声が素に戻った。


「イイから! これ、食べないと伝わらないからっ」


ほんのり甘くて、優しい酸味。記憶の中のものより、甘みが強い気もするものの、十分美味しい。


こちらを見て、それから椎田さんを見て、渋々やって来たラナちゃんにスプーンを渡す。もちろん、添えられていたナプキンできっちり拭った。


「……」


モグモグごっくん、と嚥下したところまで見守り、待ちきれずに


「ね!? わかるよね!?」


捲し立てる。


「これ、酢飯の味だよね!?」


「おいなりさんの中身のご飯っぽいよな」


「あーわかる! ……え、何その微妙な反応。ラナちゃん、甘酢、ダメだった……?」


「いや、寿司飯嫌いなヤツ、居るか?」


やけにワクワクした気持ちで椎田さんと話す間に、自らもう一口食べていたらしきラナちゃんが、なんとも複雑に顔を歪めた。


(泣くの我慢してるせい……って感じじゃないよね。どっちかって言うと……嫌そう……?)


「……んー……嫌いなヒトも、居るのかも、ね? わたしは好きなんだけど……えっと……ラナちゃん……? 大丈夫……?」


本気で甘酢の味が嫌いなのだろうか。それとも……?


(トラウマスイッチだった、とか?)


考えて、内心冷や汗を垂らす。人間、どこにどんな地雷を抱えているのか、外からじゃわからないものなのだ。


「…………大丈夫に見える?」


様子を窺うように顔を覗くと、ラナちゃんは心底嫌そうにわたしを……そして椎田さんを睨み上げた。


「ハァァァァァ…………バッッッッッカらし!」


力一杯吐き捨てる。


(よく息が続くなぁ)


そんな明後日な感想が頭を過ぎったのは、きっと、驚き過ぎたせいだと思う。

お行儀の良い仮面をかなぐり捨てたラナちゃんは、普段の何倍もヤサグレた表情で叫んだあと、声のトーンをぐんと落とした。ひそめられた声に、やけに凄みを感じるのは気のせいだろうか。


「ヒトがせっかく無視してんだから巻き込もうとすんなしマジで。……ねぇツィーナちゃん。アタシ、権力者とかお近付きになりたくないわけ。『せっかくヒロインに転生したんだから』とか思ってたけどさ、考えてみりゃ優良物件は攻略対象以外にも山と居るし。つーか、『シャウラの平穏のためにもむしろシナリオ全無視した方イイんじゃね金持ちイケメンモブバンザイ』とか思い始めてたトコにさ、なあぁんで最高権力者とかぶち込んで来んのかなマジふざけんな」


「え? ……え?」


「リアルに考えてみ? こっちは、財力あって顔良くてアタシに惚れてる男なら平民だって別にいーのよ。攻略対象にこだわる意味何? ま、せっかくだしマーカスは落としといて損はナイんだろうけどさ、世の中探せばどストライクなモブ、絶対いるから。むしろ選択肢だらけだから。ね、わかるっしょ?」


「え? えぇ……んと……そうなの、かも……?」


「そうなんだってば! でもってはい、問題です。シナリオ無視したいアタシにとっての鬼門はなんでしょーか。ヒント、メインヒーロー」


早口で畳み掛けられたわたしは、もはやパンク寸前だ。ラナちゃんの言うことを必死に噛み砕き、噛みしめているところにクイズを出されても、正直、無理。さっきから混乱が大渋滞で何も考えられない。

だって……まさか、ラナちゃんが同郷の椎田さんを拒絶するとか…………。


「イイ根性してんなぁ、こいつ。ヒロインってより、イロモノ枠だろ」


「は? ……ヒロインが図太くてなんか悪い? 裕福な家庭の高貴な方々と違って、こちとら借金取りに追われてんだっつの」


「……あー……そりゃ、難儀なこった」


「深窓のご令嬢様とは育ちも抱えてる苦労の種類も違うの。あー、だから先言っとくわ。アタシ、ツィーナちゃんの代わりとか無理だから。王族ルートは100%《ひゃっパー》ナイ」


「ははっ! その気になればバカデカい猫、かぶれんだろ? さっきまでちゃあんと『貴族の家の娘』してたぜ?」


「『できる』のと『やりたい』のは別。アタシはやりたくねぇんだっつってんの」


椎田さんの呟きを拾ったところから、2人はポンポンと言い合いを続けて行く。数分前までとは別世界だ。

そして…………なんというか、普段以上に口が悪い。


「誰が好き好んで窮屈な貴族生活するかって。やっぱさぁ、身分制度ってどう考えたって時代遅れでしょ。リアルに体験すると、廃れた意味わかるわ、なんなのこのスポ根? 昭和? 男尊女卑……じゃなくて、年功序列? 生まれついて偉いとかマジ意味不」


「昭和は違うと思うけどな? ……あー、いや、華族とかって昭和までいたんだっけか? てか、オレらより遥かに『今時の子』発言だな。しかもなんかギャルくね?」


「うーわー……見た目美人なのに中身オヤジかよ」


「ギャップ萌えってんだろ? 知ってる」


「うっせ、見た目美人だから尚更ムカつくんだけど」


傍から聞いている分にはなかなかにテンポが良くて、仲も良さそうだ。内容を聞くと胃が痛いが。

ラナちゃん、怖いもの知らず過ぎるだろう。


(……でも……シャウラちゃんのこと、いろいろと考えてくれてたんだ……)


喧嘩腰かつ息のあった掛け合いに息を呑みながら、わたしはその実、数拍遅れて深く深く感動していた。

シャウラちゃんの存在を知って以来、悪役令嬢の断罪エンド回避を目標に掲げては来たものの……ストーリー開始以降の具体的な行動についてはまだほとんど、考えていなかった。

ゲーム設定ではモブ中のモブに過ぎないわたしにできることなんて、土台作りくらいだと思っていたから。


でも、ラナちゃんは違う──。

ラナゃんは、ヒロインだ。


(いくらヒーローが揃ってたって、ヒロイン不在なら物語が成立しない。強制力がどの程度なのか未知数だけど……ラナちゃんが攻略対象達から遠ざかれば、バッドエンドは誰の上にも降り掛からない……?)


ヒロインのバッドエンドは、友情エンドと言うべきもので、たどり着いても、その後の人生に不都合はない。一方で、悪役令嬢の断罪は寡多の差こそあれど必ず行われる。もちろん、その後の人生に大きな影響を及ぼすもので、だからこそ、わたしは親として、絶対に諦めるわけにはいかなかった。

大事な義娘の不幸を、ただ手をこまねいて見ていられるわけがない。回避は至上の命題だ。


「この際だからはっきり言っとくわ。アタシ、王族にこれっっっっぽっちも興味ナイから」


「はは、王家に入りゃ、身分制度の弊害は最小限だぞ? 何せ上がいねぇ」


「それをイイことだと思ってる時点で無理」


ラナちゃんも椎田さん同様、日本人としてのアイデンティティがベースにあって、「異世界転生した日本人」として生きているのだろう。平気な顔でポンポンと繰り出す言葉は、わたしからすると恐ろし過ぎるほどに恐ろしい。

親しき仲にも礼儀あり、と言うけれど……相手は王妃なのだから、いくら親しくても、大前提として不敬があってはいけないし、貴族ならば自国の王族を敬うべきだ。

……まぁ、傍から見れば、わたしの椎田さん達に対する接し方も大差ないのかもしれないが。そもそも、王族とフランクな友人関係など、聞いた事がない。


(どうしよ……)


フォローを、と思うのに、動けない。でも、


(ラナちゃんを止めなきゃ。彼女の家が……ラナちゃんを預かってるウチも……どうしよう、椎田さんに謝らなきゃ……っ)


そんな思いがどこから湧いてきて頭を占めた。


(ケネス様に迷惑がかかる!)


いつの間にか、ツキツキと頭痛がする。ずっとこびり付いていた弱い痛みがここに来てグンと増したような感覚だった。


(わたしはケネス様の妻にしていただくのだから…………)


「っ……!」


ビシッ! と音がしそうなくらいの激痛がこめかみを突き抜けた。


「まさかの老害発想…………え、ツィーナちゃん!?」


くらりと体が傾ぎ、柔らかな布団に倒れ込んだ。遠くにラナちゃんと椎田さんの声を聞きながら、わたしは必死に荒い呼吸を繰り返す。

断続的に激しい頭痛が襲ってくるせいで、目の前が白と赤の斑に染まる。返事をすることもできず、ただただ痛みに耐えているうちに、思考まで白と赤のぐしゃぐしゃに覆われて、何一つ考えることができなくなった。


頭の中身も体の細胞一つ一つも作り直しているかのような痛みに、どれだけ曝されていたのか……定かではない。

ふと気付いた時、わたしは椎田さんに抱き抱えられていた。


「良かった…………」


あまりの苦しみにのたうち回るわたしを抱き締め、ベッドから落ちたり、ぶつけて怪我をしたりしないように守っていてくれたらしい。

ふっと力を抜いた椎田さんの憔悴具合と、ラナちゃんの蒼白さに、余程大騒ぎしたのだろうと気恥ずかしくなった。治まった今はケロリとしたものだから、尚更だ。


そして──────


(わたし………………)


どこかから表れ、すっぽりとわたしの中に納まった知らない記憶に愕然とする。

まるで、テレビで見たかのような、第三者視点の記憶。自分のことなのに自分のこととは思えない、そんな、血の通わない記憶が、わたしの中に忽然と現れていた。


──これが、二人が濁し続けていたこと。


違和感と恐怖に、今度は吐き気が込み上げる。

うっ、と呻いて、体を起こすと高カロリー流動食のお皿に我慢できずに嘔吐した。咄嗟に王城の寝具を汚さないように行動できた自分を褒めたい。

胃の内容物が少ないせいか、繰り返す嘔吐の衝動の苦しさに、涙が零れる。胃液を吐いてもまだ、治まらない。


「誰が……医師を早く!!」


バタバタと椎田さんがヒトを呼びに動く音や、背中を撫でてくれるラナちゃんの手が遠くに感じられた。


「ふざけんな王族、ヤンデレ超えてマジ犯罪じゃん。さすがにツィーナちゃんが可哀想過ぎる」


解離した感覚に、いっそ全てが夢だったらイイのに、と薄っすら思う。

その中で、熾火が燃え上がるようにどこまでもどこまでも燃え上がる、ただ1つ、はっきりした気持ちは──。


(カウスくん…………カウスくんに会いたい……)


引くことの無いひどい頭痛と吐き気、苦しさに苛まれながら、わたしはひたすら、それだけを願った。


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