わたしのすべては彼のもの。
ギリギリ、月一更新維持できました
ケネス様は寂しがり屋だ。
一緒に暮らし始めて数日、わたしは母性本能を刺激されっ放しだった。
「あぁツィーナ、ここに居たんだね」
公務を終えて帰還したケネス様は、新設された図書室で読書をしていたわたしの元に真っ直ぐ戻ってくる。その心底嬉しそうな笑顔に胸がほんわり温かくなった。
王族として完璧な立ち居振る舞いをする彼が、わたしにだけ見せてくれる素の笑顔。まだまだ頼りないわたしだけれど、ケネス様が安らげる居場所になりたい。この笑顔を見る度に、そんな決意が新たになった。
「おかえりなさいませケネス様。本日もご無事のお戻り、何よりです」
この離宮はどこもかしこも彼の纏う甘い香りで満ちている。けれどやはり、本人が1番甘い。隣に座ったケネス様から漂ってくる幸せの香りに満たされ、頭の芯がポーっと桃色に染まっていくかのようだ。
「ただいま。早くツィーナに会いたくて、一つ仕事を放り投げて来てしまったよ」
「まぁ」
「仕方ないよ、ツィーナの方が大切だからね」
「ケネス様……」
体中、どこもかしこも彼でいっぱいになったみたいに、読んでいた本の中身がどこかに飛んでいった。おもしろいと感じていたはずなのにどうでもよくなって、わたしは本を置くとケネス様と向き合った。
「わたくしも、早く帰って来てくださって嬉しいです。お会いしたいとずっとずっと思っていました」
にっこりと微笑み合う幸せに満たされる。
「ふふ、朝に会ったばかりなのにね。私も離れている時間の長さに気が触れそうだったよ。
だが……すまないツィーナ。明日は早く帰れそうにないんだ。少し……ルイーズの婚約者殿の関係でね」
「ファーリン王女の……?」
第一王子であるルイーズ殿下の結婚の準備は、水面下で着々と進んでいる。それに関する諸々の裁可がケネス様が王族としてこなす最後の務めだとわかっているものの……
「あぁ、そんな悲しい顔をしないで。私の心にはツィーナしかいないと知っているよね? どこで何をしていようとも、ツィーナのことを想っているよ」
「……はい。みっともないところをお見せしました」
モヤモヤと胸が苦しい。
「ツィーナ。可愛いツィーナ。もしかして……ファーリン王女に嫉妬しているのかな? ふふ、そうなら嬉しい。それだけ私を想ってくれているということだからね。愛しているよ、私のツィーナ」
(嫉妬……? ……うん、そうなのかも。これが嫉妬……)
ケネス様の言葉がストンと胸の中に落ちて響いた。そうか、わたしはケネス様の時間をわたし以外の女性が奪うことに嫉妬していたのか。
やきもちだなんて醜い気持ちをケネス様に悟られた恥ずかしさはあるものの、それすら許容してくれる懐の広さに感服する。わたしの想い人はやっぱりすごい。
「ごめんなさい……ケネス様の愛を疑うわけではなくて……。わたくし、情けないですね。ケネス様が女性の憧れの的であることはよく存じていますし、それでもわたくしなんかを愛してくださっていることも存じていますのに……」
たかが成金貴族生まれのわたしが、ケネス様の隣に並ぶなんて烏滸がましいとわかっている。それなのに……一緒に居たい。わたしが愛するのと同じくらいの強い気持ちで、愛して欲しい。そう、願ってしまう。
ヒトを好きになると、こんなにも自分の心は醜くなるのか──。
痛いほど、そう感じた。
愛するヒトと笑い合える幸せ。なのに、離れている時間のことを考えるだけで不安がむくむくと大きくなる。実際に離れている時よりも、こうして一緒に居る時の方が、失う恐怖に脅かされる。
ケネス様の存在がわたしの中でどんどんどんどんむくむくずんずん膨らんで……甘く苛んでくるかのようだった。
「イイんだよツィーナ、些細なことに嫉妬するほど私を愛してくれているのだとわかって嬉しい。ツィーナ、私の唯一人の本当の家族。私を愛してくれるヒト」
「……愛しています、ケネス様」
心の底から喜んでくれているのだとわかる。
椅子を立ち、歩み寄って来た魅力的な恋人に手を取られ、わたしは引かれるまま、寄り添った。
すぐ間近に見上げるケネス様の、黒と見まごう深い紫の甘い瞳が、いっそう甘く蕩けて煌めく。女性ならば誰もがときめくだろう、その大人の色香溢れる目元が優しく細められ──
「キスしたい、ツィーナ」
ほんの少しだけ掠れた声。囁きが鼓膜を震わせると同時に、ゾクリ、背筋を何かが走った。
「あ…………」
(っ、まただ……!)
途端、体が硬直する。
「ぁ…………う……」
カクリ、膝が力を失った。
「ツィーナ!」
(なんで…………?)
固まって言うことをきかない体から、じわじわと意識が離れていく。
慌てたように伸ばされた腕がしっかりと支えてくれるのを感じながら、わたしの世界は暗転した。
※
(初めてじゃ、ないんだよね……)
紗の帳の降りたベッドの中でぼんやり思う。
時刻は深夜、あるいは早朝。室内は灯りがしぼ られて薄暗く、周りで誰かが動いている音もしない。考え事には打って付け……というか、考え事くらいしかできそうにない気配だった。
部屋を満たす闇はもちろん起き上がるのに向かないが、それより何より、体が全然動かないのだ。目を開くこともできず、ただ、瞼に感じる闇に己の失った時間を思うのみ。
(ここに……来たばかりの頃だったよね)
頭は起きているのに体は寝ているかのような感覚。この状況も、昨日の強制終了も──わりと記憶に新しかった。
前夫との結婚のせいで引きこもり生活が長かった分、病気とも縁遠がったはずなのに、ここ最近急に、わたしの体はどこかがおかしい。
何がどうおかしいのかはわからないけれど、短期間で二回も倒れるなんて、いくら軟弱な令嬢の身とはいえ不安になる。正直、異常だ。
(前回も……ケネス様とイイ雰囲気になった時だったよね)
ケネス様は経験豊富な大人の男性だから、わたしも彼に相応しい女性になりたいのに。
恐らく、未経験の出来事に、脳のキャパがオーバーするのだろうと思う。軽い触れ合い──エスコートされたり、頭を撫でてもらったり、頬に触れられたり──は、問題ない。でも、そこから1歩踏み込むと、興奮のあまりブラックアウトするのではないだろうか。まったく……我がことながら大迷惑な。
(わたし、ただでさえ既婚のくせにキスすらしたことないとか、それだけでも重いのに……緊張するせいかな、倒れるとか最悪じゃない? ……このままじゃケネス様に嫌われちゃうよ……)
亡夫に顧みられなかったわたしなんかを、ケネス様は受け入れてくれた。それどころか、家族にしてくれる、とまで。
愛する相手にそんなことを言ってもらえる日がくるなんて、夢にも思っていなかった。だって、わたしは曲がりなりにも貴族子女だ。親の都合でアケルナーに嫁がされたように、またどのように利用されるかわからない。好きなヒトに愛してもらえる──そんな奇跡的なこと、我が身に起こるとは思わなかった。
(どうしたらイイんだろう……)
相談できる相手に心当たりはない。そもそも、ケネス様以外に信用できるヒトなど、わたしは知らない。
唯一人、信じられるケネス様を失ったら…………生きていけない。断言できる。
ケネス様は今、微妙な時期なのだと言っていた。第一王子の婚姻がうまく済み、王弟としての王位継承権を放棄しても問題ないとわかれば、わたし達は晴れて大公夫妻として結婚できる……のだそうだ。しかし、少しでもこじれれば、先のことは不明瞭になる。
だから、ケネス様の言いつけ通り、わたしは日々をこの離宮の中で過ごしていた。こんな大事な時期に王弟が女性を囲っているなんて噂になったら、ケネス様が陛下に怒られてしまう。どれだけ愛し合っているかなんて、傍からはわからないのだ。ただでさえ、兄弟関係がよくないと聞いているのに、わたしが心労の種になるわけにはいかない。
(あがり症って、どうやって治すのかな。ケネス様のこと、大好きなのに……)
わたしだって、一日でも早く、名実ともにケネス様のものになりたいと願っている。
大好きな相手と触れ合いたいと思うのは、普通のことなのだと、他でもないケネス様が言っていた。
(考えるだけで恥ずかしいし、なんか、意識が遠のきそうだけど……逃げてちゃダメだと思うんだよね。…………あれ?)
ぼーっと起きているつもりでいたが、知らぬうちにウトウトしていたのかもしれない。ドアの向こうで動き出す下働きの音が少しずつ、聞こえるようになって来ていた。もう朝なのだろう。きっと、わたしの体もそろそろ動く。
ケネス様は優しいから、仕事に行く前、朝一で顔を見せてくれるに違いない。その時までには笑顔で動けるようになっておかないと……そう思った。
(とりあえず……今日は、恋愛小説でも読んでみようかな。もう、「恥ずかしくて最後まで読みきれない」とか言ってる場合じゃないもん)
この離宮の中でも、万が一にも人目につく場所には出られない。だからケネス様は、私室や新設したわたし用の図書室に、若い女性に人気だと噂のあれこれを集めてくれている。ホント、優しい。
「……! ……い!」
ふと、いつもよりドアの向こうが騒がしいことに気付いた。
ケネス様の侍従は落ち着いた男性ばかりだし、わたしに付けられているのは老域に差し掛かった女性ばかりだ。下働き達だって躾が行き届いているから、こんな、室内に届くほどに賑やかに喋るヒトなんて、心当たりがまったくない。
(まさか……ケネス様に何かあった!?)
未だに騒がしさが落ち着かないばかりか、徐々に聞こえる声が大きくなってきている気がする。どう考えても緊急事態に違いなかった。
頑張ってみてもピクリとも動かない体に焦れながら、わたしはせめて声を出そうと試みる。けれど、多少息遣いが強まる程度。我ながら腹が立つ。
「……すから……!」
「……よ! ……わ、……い!!」
次第に声がはっきり聞こえるようになって来て、わたしはそれが、ケネス様の侍従の一人と、知らない女性の言い合いだと気付いた。
なぜこんなところに女のヒトが……まさか、ケネス様に横恋慕した令嬢が暴挙に出たんじゃ……!? と怖くなったところで、
「ここがあやしいわ!」
バタンッ!! とドアが凄まじい音とともに吹き飛んだ。
「っ! 何この部屋……っ、すごい濃度……!!」
差し込む光の眩しさに違和感を覚えながらも、動けないわたしは心の中で必死に愛するケネス様の名前を叫ぶ。
あまりの恐ろしさに、あらん限りの力を込めて薄く開いた目には涙が滲んだ。
「早く窓を開けて! …………は? そんなの叩き割ればイイじゃない! まったく……あの子、おかしいんじゃないの?」
響きの良いアルト。苛立っているらしいその声はわたしの恐怖をかりたてる。
(逃げなきゃ……!)
思うのに、やはり、眠ったままの体はまったく言うことを聞かなかった。なんとかこじ開けた瞼を動かすことすら、できなくなってしまっている。
そのうち、ドドンッと大きな音がして、ドアとは反対側の壁から光と風が吹き込み、
「……椎名!!」
紗のカーテンを大きく揺らしながら、子鹿色の髪の女性が顔を出した。
(ひ……っ)
キレイなヒトだ。凛とした雰囲気の、美貌の女性。わたしより年上で……ケネス様と並んだら、さぞかし映えることだろう。
そう思うのに、今のわたしには彼女が化け物よりも恐ろしく見えた。何せこの女性は、わたしからケネス様を奪いに来たのかもしれないのだ。無力なわたしに、太刀打ちする術はあるのだろうか。
「なんてこと…………椎名! しっかりしなさい椎名!! っ、早く! この子を運び出して!!」
(嫌っ!!)
駆け寄ってきた彼女がわたしに触れた嫌悪感に、寝ているはずの体中が拒絶反応を示し出す。頭が……内臓が……四肢が……ギリギリと締め付けられるように痛んだ。
(あああっ! 痛……っ、ぃやああああっ!!)
抱き上げられ、だらりと垂れる腕とは裏腹に、わたしは心で絶叫する。
「椎名……可哀想に、椎名……っ!」
薄く開いたままの目から流れ出した涙を拭こうと伸ばされる白い指に、
(いや……! 痛いっ触らないで……!! 気持ち悪い!)
逆らう術がない。太刀打ちどころか、このまま殺されるのではないかと思うほど、あちこが痛んだ。
(帰って!! ケネス様! ケネス様助けてくださいケネス様……!!)
誰にも聞こえない悲鳴を上げているうちに、女性がすっと場を譲るかのように後ろに下がった。思いが通じたのかとホッとしたのも束の間、大きな影が動いて、
(ぅあ゛あ゛──……っ!!!)
また誰かに触れられた感覚。それから間髪入れず襲いかかって来たのは、先程の比では無い猛烈な痛みだった。
もはやどこが痛いのかもわからない。触れられた部分も頭も、どこもかしこも捻じ切れそうだ。いったい、突然何だと言うのか。
(た、けて……ケネスさ……っ!!)
「チーニャ…………」
せめて手だけでも動けば違うだろうに。声も出せないこの状況ではどうにもできない。
「なんて馬鹿なことを……!!」
遠くに女性の嘆く声を聞きながら、わたしは果てのない苦悶に耐え続けた。
※
「……か」
「……ね。…………いわ」
ボソボソと聞こえる話し声。誰だろう、と思うと同時に、自分が深呼吸のように大きな息をついたのがわかった。恐らく、眠りから浮上する瞬間。
そうか、わたしは寝てたのか。なんだかひどい夢を見ていた気がする。
「椎名?」
大きな吐息が聞こえたのだろう。目を開けるとすぐ近くに人影が現れた。美しい、大人の女性だ。
「……ひっ」
心配そうな色を浮かべる彼女の子鹿色の髪を見た瞬間、わたしは恐怖に目を見開いた。慌てて身を起こし、寝ていたベッドの反対側に後退る。
(なんで……!?)
カタカタと震えながら無様に逃げるわたしを見る彼女の琥珀の瞳が傷ついたように揺れたのはわかったけれど、気を遣う余裕はない。まさか……夢だと思ったあれは、現実だったのだろうか。わたしはまた……意識を失っていた……?
「……目が覚めて良かった」
彼女が鎮痛な表情を見せる理由を考える余裕すらなく、わたしはひたすら、退路を求めて辺りをチラチラ窺った。どうやら、と言うべきか、やはりと言うべきか……どこか、見知らぬ場所に、連れて来られたことだけは確かだ。
「気分はどう? お水はいかが?」
正直、喉は乾いている。でも、それ以上に彼女が、この状況が、恐ろしかった。
「ルシータ。話せるか?」
(誰!?)
ただでさえ恐慌をきたしそうなのに、事態は更に悪いらしい。女性の後ろには他に、男のヒトもいるようだ。張りのある低い声はケネス様にほんの少し似ているものの、間違いなくわたしの求める声ではなかった。
総勢何名なのか予想もつかない敵に拐われた我が身を思うと、三度気絶しそうになる。
「もう少し待ちなさいな。女性の寝台を覗くなんて、醜聞以外の何物でもないわ」
視線だけ後ろに向けた彼女は、
「……それに、薬が抜けてない」
艶やかな相貌を怒ったように歪めた。
「ちょっと……思ったよりも時間がかかるかもしれない。
ねぇ椎名。…………あなたは、ケネスの何?」
「!! ケネス様……っ!!」
愛しい相手の名を聞いた途端、気持ちが弾けた。
「帰してください……! わたくし、ケネス様とお約束を……どこにも行かないと……許可なく誰にも会わないと…………っ」
(助けてケネス様……ケネス様ケネス様ケネス様……!!)
未だにうまく動かない口で訴える。あなたこそケネス様のなんなのかと問い返したいけれど、それよりも何よりも今すぐケネス様に会いたくて仕方ない。
「…………ね?」
「あぁ。……本当にアレにも困ったものだ」
「帰して……! 今すぐ帰してください!! っ、ケネス様! ケネス様、どこですかケネス様! 助けて……っ」
だって、自惚れかもしれないけれど、ケネス様にも、わたしが必要なのだ。引き裂かれるなんて……わたしも、彼も死んでしまう。一緒にいなきゃ、息もできない。
窮屈な人生を無理やり歩かされて来たケネス様が、わたしを心から信頼してくれた。わたしはその信頼に答えなくちゃならないのに。お互いを、すぐ側で愛し続けなくちゃならないのに……!
「ハァ……。思った以上にマズい状況だわ」
男女の声で交わされる会話も、目の前の女性の容姿も。聞こえるし見えるけれど、わたしにはもはや、邪魔な障害物だとしか思えなくなっていた。
(ケネス様とわたしの仲を邪魔する……敵……敵を排除しなくては……)
「止めなさい椎名」
感情の昂るまま、体内で吹き荒れる魔力を放出しようとして
「無駄よ」
集まった魔力が霧散する感覚に、ふらり、ベッドに手をついた。
(敵……ケネス様の……わたしの……)
「国王の居住域で魔法が使えるわけないじゃない。考えればわかるでしょう? ……って、今の椎名じゃ無理か」
呆れたような低い声はやはり、聞こえるけれど意味を成さない。
相手が誰でここがどこであれ、「ケネス様が居ない」という事実がすべてなのだ。
「……とりあえず。この部屋の中なら自由にしていてイイわ。まずは……そうね、まずは3日。地獄をみる覚悟をしなさい」
(ケネス様! ケネス様……どうかわたしの気持ち、ケネス様に届いて! わたしの魔力……風の魔力が、ケネス様の所まで届きますように……っ!)
「仕方ない。ルシータ、愚弟が迷惑をかけて申し訳ないのだが、しばらく公務は休んで詰めていてくれるか? アレにも、母上にも見つかっては困る」
「ええ。ちょうどイイから、生理痛ということにでもしておいてちょうだい」
「っ……休養を怠ることのないようにな。ルシータの身に何かあれば……」
「はいはい、ありがと」
ボタボタと涙が落ちる。ケネス様に会いたくて会いたくて、でもどうすればイイのかもわからなくて絶望するわたしの耳は、会話の内容を捉えない。それでも、二人の声音に滲む気心知れた気安さは、我慢できない寂しさを抱えるわたしにとって劇薬のようなものだった。片翼をもがれた苦しみに、さらに追い討ちをかけられた──そんな気分だ。
なぜわたしはこんな所に1人で居るのか。
死が2人を分かつまで共に居ようと、ケネス様と誓い合ったはずなのに。
みっともなく囚われて…………。
「っ!? こらっ!!」
衝動的に、枕元のテーブルに置かれた水差しを叩き割った。手に残った持ち手の先には、ギザギザに尖ったガラス片。止められてはかなわないと、勢いのまま剥き出しにした反対側の手首に突き刺す。
「椎名……っこの馬鹿! シャルサス、医者を!! 早くっ!!」
死が、2人を分かつまで──。
「っあ……あぁ。……誰か! 医師を!!」
(ケネス様……。お傍に居られないくらいなら、わたしは死にます……いつか、死者の国で結ばれるように…………)
「おま……椎名……っ! ふざけんなよ……っ!! くそ……覚えてやがれ……!!」
わたしの世界の全てがケネス様であるように。
ケネス様の世界の全ても、わたしでありますように────。




