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『ヒロイン』、行動開始します。

大変お待たせいたしております。

ストックは全然ですが……年内に第二部開始したい!と思い。

どうぞ気長に見守っていただけるとありがたいです。

Side ラナ


(でかしたツィーナちゃん!)


心の中で盛大な拍手を送る。


「マーカス・ダルクであります! 本日は御二方を安全にご案内させていただきます!」


「……よろしくお願い致します」


嫌そうなシャウラの挨拶のあと、


「光栄でございます、ダルク様」


アタシは極上の笑顔で相手の青い瞳を仰ぎ見た。

澄んだ明るい光が、真っ直ぐにアタシを映す。うん、イイ瞳だ。恥ずかしそうに慌てふためいて逸らされるのも好印象。


騎士団の見学がしたい──!

そう言い続けて1ヶ月。根負けしたシャウラが、ツィーナちゃん宛に連名で懇願の手紙を書いてくれた。


『なんとかバックス騎士団長に捩じ込んでよ。できれば案内役はマーカスで! ほら、シャウラとの仲直りとかなんとか理由つけてさ〜』


と。

いや、もちろん、勉強の成果を見せる意味も込めて貴族言葉で丁寧に書いたよ? 宛先は実際に騎士団長とのコネを持つツィーナちゃんだけど、手紙を受けて判断するのは過保護溺愛全開のカウス様だし。こっちだってかなり頭使って考えた。


アタシはツィーナちゃんに直接手紙を出すことを許されてない。というか、セキュリティを強化するよう言ったのはアタシだし、その一環で彼女への連絡手段を絞るよう言ったのもアタシだ。

公爵家には毎日何かしらのお届け物がある。社交上のお誘いの手紙がほとんどで、それは差出人によって親展扱いで届けられたり、家令が目を通した上で渡し先を決めたり処分されたり。

アタシは小遣い稼ぎのお手伝いで届いた配送物の仕分けに関わったことがあるから知っている。他人を騙る差出人の危なさを──。


まさか、この世界にもカミソリ入りの手紙があるとは思わなかった。ツィーナちゃんて、ケネス殿下のお妃候補最有力に名前挙がっちゃってるしなぁ……逆恨みの嫉妬ほど醜いものはないっつーの。


でもって、ツィーナちゃんが領地に居る今、一番騙られやすいのはアタシの名前だ。身分が軽いくせに「ツィーナちゃん的身内枠」に入っているアタシの名前は、悪いことを考えるヤツらには非常に輝いて見えるらしい。もちろんアタシや、庶子上がりのシャウラにもえげつないプレゼントは時たま届く。

はっきり言ってイイ迷惑。そんなことに費やす金と時間があるなら勉強しろ。嫌がらせのレベルが低過ぎるんだよ。


……ということで、アタシの用事はシャウラを通すことに決めてある。この義母子おやこ、交換日記かって頻度で文通してるし。参戦する必要も感じない、ってか、したくない……ワケじゃないけど、だったらアタシ、手紙書くより小遣い稼ぐわ。


まぁとりあえず。そんなこんなで、今日ここに至るまでの道のりは長かった。

一難越えてまた一難。そりゃそうだよね。あのカウス様が、ツィーナちゃんが他の男に手紙出すこと、そうそう許すわけがない。アタシの狙いがマーカスだと知っているツィーナちゃんは快く応援してくれたけど……アタシ、何気にこのためにカウス様と裏取引もしてるから。まったく、手紙一通のための大騒ぎだよ。


「ダルク様はよくこういった案内のお務めをなさるのですか?」


極力感じの良い笑顔を心がけて口を開く。お手本はまさしくツィーナちゃん。天然というか、嫌味がないんだよね、あのヒト。

けれど、


「そのようなことはありません!」


マーカスはチラリとシャウラを睨んだあと、アタシにも同じ厳しい視線を向けてくる。


(あ、これ勘違いしてるわ)


「それでしたら尚更光栄ですわ。ダルク様のような素敵な騎士様にいつでもご案内いただけるのでしたら、ご令嬢方がこぞって押しかけてしまいますもの。本日は格別のご配慮をいただき、ありがとうございます。訓練のお邪魔をしてしまって申し訳ございませんが、わたくし、本当に騎士様に憧れておりますの」


「っ、い、いえ……っ、それではっ! まずはあちらからっ」


過剰にシャウラを敵視するマーカスには、アタシが「おまえ訓練ハブられてんの?」とでも言ったように聞こえたのだろう。

身長差を利用して、上目遣いでキラキラと見つめれば、純朴少年のマーカスくんはあっという間に耳まで真っ赤になって目を彷徨わせた。


(可愛いかよ! 何コレ新鮮〜っ)


ヒロインのラブリーな魅力を最大限に活かして、あざと可愛いアプローチをしたのはもちろんワザとだ。が。

もしこの相手がカウス様だったら一瞥されて終わっただろうし、ケネス殿下でも薄い笑いを浮かべるだけだったと思う。もうヤツらはね、ツィーナちゃんしか見てないからね。そういう病気。アタシとしても観賞用イケメンと割り切ってるからイイんだけどさ。


「あっ、あのっ、お足元、お気をつけくださいっ」


「ありがとうございます。騎士様は本当にお優しいのですね」


アタシを意識してガチガチに緊張しまくるマーカスに、キュンキュンする。


(そうそう! こーゆーのを待っていた!!)


ヤンデレ変態共にはない爽やかさと甘酸っぱさ。リアルな恋愛はこうでなくては!

アタシはツィーナちゃんみたいに深みにハマらず、明るく楽しく生きていきたい。甘ぁい恋愛はしたいけど、重いのはノー。


「ダルク様、よろしければ、普段どのような訓練をなさっているのか、お聞かせいただけませんか?」


少し離れた屋外訓練場、号令の元で素振りを繰り返す見習い騎士達を眺めながらシナを作る。「よくやるわ」というシャウラの視線はまるっと無視して、アタシはマーカスの愛嬌ある精悍な顔をじぃっと見上げた。


初めて会う本物のマーカスは、公式の描写以上に騎士っぽくてカッコイイ。くりくりと丸い目とツンツンしたワインレッドの短髪はそのままだけど、雰囲気はキリッと凛々しいし、体育会系男子の泥臭い硬派な表情がなんというか……めっちゃ青春。


(ゲームじゃワンコ担当らしくデフォルメされてたんかもね。圧倒的にこっちのが落とし甲斐あるわ)


心の中で舌なめずりしつつ、表面上は愛らしく。にっこり微笑む。

アタシ、ヒロインだから。チョロいチョロい。


またしてもブワッと真っ赤になった顔を逸らすように訓練場に向け、


「今やっている素振りはノルマ回数で終わります! あとは各自時間をみて鍛錬を重ねるため、実際こなす回数はそれぞれですっ」


(ふっふっふー)


早口で解説を始めた彼の横にさりげに並ぶ。


「ダルク様はどれほどなさいますの?」


「じ、自分はっ! ノルマ200回の他に800ほど!」


「まぁっ! つまり千回も!? すごいわ……素晴らしい努力を重ねていらっしゃるからこそ、こんなにも逞しいお身体をされていますのね! ダルク様に守っていただける方は幸せですわ……羨ましいです」


ガンガン攻める。

肉食バンザイ。


(選択肢マーカスだけかよ、とか思ってごめん! 全然アリ! てか、マーカスしか勝たんわコレ)


神様……いや、ツィーナちゃんありがとう。こんな完璧な安牌を残してくれて。イーよイーよ、平和な未来に繋がってるよ!!


二月程前、情報を齎したのは騎士団員の兄がいる少女だった。定期的にシャウラが開く未成年のお茶会にやって来た客の一人で、確か、リーベン伯爵令嬢の連れだったと思う。

まだ10歳にもならない彼女は、何気ない会話の1つとして、


「先日、久しぶりにお兄様達の訓練を見学にまいりまして……」


と話し出した。もちろん、(は!? 騎士団て見学できんの!? ガチで!?)と根掘り葉掘り教えてもらったのは言うまでもない。

どうやら、騎士団では誰かの身内が見学に来るなんて日常茶飯事。場所柄ケネス殿下の客も通るし、平時で警備仕事の多い今、視線に慣れるのも訓練の一環と考えられているらしい。知らなかった。お茶会ナイス。なんてアタシ得な情報だ、はい拍手。


たぶんアタシ、令嬢達の間で無類の騎士物語好きの夢系女子だと思われた。聞き出すために咄嗟にあれこれ創ったし。

けど、そんなの実利の前じゃどうでもイイ。


マーカス! ダメでも騎士の一人を捕まえれば、アタシの実家格的には大金星。なりふり構っちゃいられない。


(身内に騎士が居るとなりゃ、ウチののほほん両親をカモにする輩も減るっしょ)


ということで、無事捩じ込みに成功したアタシ達は今日の見学に漕ぎ着けたわけだが。


「あの……ジパニア嬢はなぜそこまで騎士を……」


熱意を込めてマーカスに話しかけつつ、訓練中の将来有望な団員達を舐めるように品定めしていると、戸惑ったような声が隣から降ってきた。まぁそうなるよね、と想定の範囲内の質問に


「わたくし、弟がおります。その弟が繰り返し読み聞かせをせがむのが『騎士とドラゴン』という本でした。わたくしも、その……一緒になって夢中になってしまいまして……」


はにかみながら用意していた回答を返せば、案の定マーカスは破顔する。カラッと明るくて太陽みたいだ。


(うっ、可愛い……っ)


なんだろう……ブンブンとシッポを振る幻が見えるような。


「まさか『騎士とドラゴン』を好まれるご令嬢がいらっしゃるとは! 自分も何回も読みました!」


「騎士様とドラゴンの厚い友情も素敵なのですけれど、前半部の2人の、手に汗握る戦いの部分が何度読んでもドキドキしてしまいまして。女だてらにお恥ずかしのですが……」


「そんなことはありません! あのシーンの迫力たるや、いつかはこんな戦いを繰り広げたいものだと我々も憧れてやみませんから!」


『騎士とドラゴン』は騎士見習いの間で絶対的な知名度を誇る物語……らしい。絵本ではなく、ちょっと分厚いラノベ的な物語だから、一般の知名度、特に女性における知名度は高くない。

ウチのブレイン──公爵家所蔵本を読み尽くすほどの本好き悪役令嬢……いや、もう悪役の概念が迷子だけど、そのシャウラが今回、「騎士との共通の話題になると思うわ」と勧めてくれたのがこの本だった。「騎士物語好きって設定にしたならちゃんと読んでおきなさいよ」とも。


読んでみて実際おもしろかったし、弟にも勧めて連鎖的にハマったのも事実だから、アタシ、嘘はついてない。順番がちょっと違うだけ。あと、読み聞かせしてたのは遠い昔のことだ、ってだけ。嘘じゃない。


(さっすがぁ!)


一気に打ち解けた様子のマーカスに、チラリ、シャウラと目を合わせれば、呆れたようにそっぽを向かれる。悪役令嬢らしさはないが、相変わらずツンデレ気質は抜けないらしい。これはこれで可愛いな。


広い訓練場では他にも、打ち合いをしているグループや流鏑馬のように騎馬の上から弓を射る練習をしているグループなんかがたくさん見える。それらを少しずつ案内してもらい、その都度、


「まぁ! 『騎士とドラゴン』の王都防衛戦のようではございませんか!」


とか


「現実にあのようなことができるとは思っておりませんでした。騎士様は厳しい訓練を乗り越え、常人を遥かに凌駕した身体能力を身につけていらっしゃるのですね!」


なんて持ち上げるのを忘れない。

素直で思い込んだら一直線な気質のマーカス攻略に、美辞麗句は欠かせないのだ。おかげで、


「さすがジパニア嬢です、ご令嬢と話していてこんなに楽しいのは初めてです!」


嬉しそうに幻のシッポを振りまくり、


「男に生まれたからには弱い者を守るために戦うのが本望なのです!」


真っ赤に照れつつチラチラとこちらを意識する姿からは、アタシの好感度爆上がりの気配が窺える。ホント可愛い。


(ちょっと、ヤバい。ガチで推す)


前世の恋愛経験はゼロじゃない。けど、アタシの周り、即物的なクズばっかだったし……。こういう真っ当な青春ぽい、ときめく恋愛には覚えがない。

二次元ですら問題あるキャラが好きだったあの頃のアタシは、無自覚に軽く病んでいたのかもしれないと今なら思う。マーカス攻略、めちゃ楽しい。


(なんかアタシ……普通に幸せなんだけど)


ツィーナちゃんのおかげで、かつてないほど実家も生活も安定している。腹割って話せる友達も、推しも居る。


(……夢オチとか絶っっっ対ナシね?)


このワールドに生まれ直して13年あまり。前世併せても記憶にある限りで今が最高の時かもしれない。


「うふ……うふふっ」


思わず漏れる笑い声に、片側からは微笑ましげな、反対側からは引き気味な視線を感じる。うん。それもまた良し。


楽しい時間があっという間というのは本当で。名残惜しく思いながらも、「さて次はどんな手でマーカスに会いに来ようか」なんて考えながら歩いていると、最初に手続きした建物が視線の先に見えてきた。


(はぁ、残念)


「団長!?」


しかも、何故かその前ではローバーが待っている。名残惜しむ時間をくれない気なのか、そうなのか、敵なのか。

反射的に走り出すマーカスに軽く唇を尖らせつつシャウラを見れば、


「……お義母様関係かしらね」


めちゃくちゃ有り得る。溜息つきつつ納得した。

ハァ……ツィーナちゃん、味方のはずなのに、時折敵よりめんどくさい。何なんだろ。



※※※



(……で? なんだってこんなことに???)


アタシは目の前でニコニコとお茶を飲むリーベルトから目を逸らした。いや、なんで居んのよアンタ……王子様は忙しい、これ定番でしょ?


ローバー騎士団長の用件は、「王妃陛下が会いたがっている」というものだった。ツィーナちゃんと仲良しの王妃が、近況を聞きたがっているんだとか。

じゃあシャウラがメインでアタシはおまけだなぁ、なんならアタシのことはここに置いてって欲しいんだけど……なんて思いつつ、案内されるままゴージャスな部屋に連れて行かれた。悲しいことに、下級貴族令嬢なアタシに、この場での拒否権は一切ない。


「久しぶりね、シャウラ」


(ハリウッド女優かよ)


以前お忍びでアケルナー邸を訪れたことがあるという王妃だけど、アタシはその時まだ、ツィーナちゃんと出会ってなかった。噂には聞いていたけど……目の前の、子鹿色の髪を結い上げたキリリとした美人に面食らう。ダイナマイト過ぎるでしょ。

ゴージャスな部屋のゴージャスな美女。これがこの国の王妃なのか。こんな目立つヒトがお忍びってどんな状況だよツィーナちゃん。


「あら、あなたが例のお嬢さんね」


シャウラとの挨拶を終えた琥珀がアタシを捉えた。このヒトもきっとツィーナ病罹患者だ。とりあえず、上品令嬢な外面そとづらを貼り付けて、膝を折る。


「お目通り叶いまして恐悦至極でございます。ラナ・ジパニアと申します」


「会えて嬉しいわ。あなた、光の属性を持っているそうね?」


「ぇ? はい」


(あー、そういやアタシ、「貴重な光属性持ちの保護」ってことで行儀見習いに入ったんだっけ。ま、あんま知られてないっぽいけど)


「個人情報をごめんなさいね? けれど、光魔法は本当に貴重だわ。あなたさえ良ければ、できるだけ早く、魔法研究所で制御指導を受けてもらいたいの」


(お。ストーリーの前倒し?)


公式だと、ヒロインはデビュタントでやらかしたことをきっかけに王族の目にとまり、光魔法を磨いていくことになる。その中で、ヒーロー達と出会い、仲を深めていくのだ。

でもツィーナちゃんと仲良しの王妃にアタシの存在が知られた今、この展開も不思議じゃない。


(んー、けど無理。も、出会いイベント要らないし)


魔法研究所系の2人とは出会えなくて全然OK。むしろマーカス攻略に時間をつぎ込みたい。


(てか、この世界にも個人情報って概念あんのか)


美人な王妃様は、言われてみれば確かに、リーベルト王子とちょっと顔立ちが似ている。つまり、生粋の異世界人。ツィーナちゃんと意気投合できるあたり、変わったヒトなのかもしれないが……とりあえず、ジパニアの両親より年上だろうに、美魔女すぎてどう対応したものか戸惑ってしまう。

さすがに親世代の貴婦人に馴れ馴れしくするのは、いくらヒロインでもヤバいよねぇ? しかもヒエラルキーの頂点だ。


「考えておいてね」


さてどう返事しようか、と悩んでいると、向こうが先に引いてくれた。茶目っ気のある微笑みが好印象。


「さぁどうぞ掛けて? 今日はついでにこれを椎……ツィーナに届けてほしいの。せっかくだからあなた達の感想も聞かせてね」


「わぁっ」


並べられたお菓子を見て、シャウラと二人で声をあげる。


「うふふ、綺麗でしょう? ツィーナが作りたいと言っていた『琥珀糖』というお菓子よ」


キラキラとした、色とりどりの宝石のような欠片達。勧められて口に含めば、周りはパリッとした糖衣で、中はコリコリとしたゼリーだった。


「これをお義母様が……?」


「えぇ。ワカメを輸入している国から、テングサが届たのよ。レシピをツィーナから聞いて作らせてみたのだけれど……お口に合って?」


ワカメはわかるけど、テングサ?? と首を傾げる。聞いたことがあるようなナイ

ような……まぁ、それは琥珀糖ってのも同じだが。


「テングサを材料に『寒天』が作れるのですって。わたくし、寒天の食感はあまり好まないのだけれど、こうして琥珀糖にすると、ゼラチンで作ったグミよりも臭みがなくて食べやすい気がするわ」


「そうですね……この中と外、二つの食感の違いはクセになりそうです。お味も、香りも、陛下の仰る通りとても優しくて素敵ですし、義母も喜ぶと思います」


「そう言ってもらえると嬉しいわ。ふふっ、大喜びするツィーナが目に浮かぶようね。シャウラ、あなた確実に抱きつかれるわよ」


(寒天て……寒天だよね? ツィーナちゃん……王妃巻き込んで和菓子作りとか……やりたい放題じゃん)


「あの、それがここのところ、わたくしもお義母様にお会いできていなくて……」


「まぁ。まだ領地に籠っているの? わたくしもこのところなかなか手紙を書く時間を取れないのよね……」


身分の高い2人の会話を聞き流しつつ、アタシはシャリシャリと琥珀糖を摘む。寒天だと思えば確かに、前世でも食べたことがあるような、ないような。


しかし、この王妃も予想通りかなりツィーナちゃんに毒されている。この心酔っぷりを考えるに、このヒト、ホントはツィーナちゃんを王家の嫁に欲しいんじゃなかろうか。


(ようやくカウス様とまとまってんだから、余計なことしないでよー?)


内心疑いの眼差しを向けるが、とりあえず、シャウラを取り込もうとする感じではない。まず駒を射よ、とばかりにシャウラをケネスかリーベルト、どちらかの婚約者に据えようとしてるんじゃないかとか邪推したけど……


(とりあえずは、平気、かな?)


国のトップの腹芸だ、アタシじゃわからない可能性が高い。それでも、ヒロイン補正もあるだろうし、


「失礼します」


ま、大丈夫そうだね……とお茶を飲んだ時だった。

響いた爽やかな男性の声に三人揃って首を向ける。


「あらリーベルト。どうしたの? 珍しいわね」


「あぁ、こちらのお二人でしたか。母上が赤と桃色の髪の少女を突発的にお誘いしたと聞いたもので……シャウラ嬢と、確か、ラナ嬢でしたね?」


(……はは。残念でしたー)


突然現れたリーベルト王子に面食らう。

慌てて立ち上がって礼をとるシャウラに倣って立ちかけて……「楽に」と制されて、席に戻った。


「まったく困ったものだわ。アケルナー夫人は諦めなさいと言っているでしょう?」


案の定。彼が何をどう誤解したのかは、言わずもがなで。


「母上に言われて諦められる程度なら、初めから叔父上に挑む真似などしませんよ」


「変なところで頑固なのは誰に似たのかしらね……ハァ」


「久しぶりですねシャウラ嬢。その後、ツィーナはお元気ですか?」


親子仲はイイらしい。アタシの感覚じゃ親に自分の恋路を知られるとか有り得ないけど。

ブツクサ言う王妃を軽くあしらうリーベルトの態度は堂々たるものだ。


「会いに行こうにもアケルナーまでとなるとなかなか時間が取れなくて……カウスは憎たらしい笑顔を浮かべるだけですしね」


それにしても。


(……この王子、予想以上にやられてない?)


シャウラの声を聞きつつ、ちょっと意外な思いで目を見張る。


穏やかで完璧王子なリーベルトが、なりふり構わずツィーナちゃんの情報を欲しているとは思わなかった。そして、王妃がそれを諦めさせようとしてるのも、なかなか意外。

王妃様はケネス派なのかな……? なんて見ていると、なぜか美魔女がアタシを見て艶然と微笑んだ。


「そういえばラナ。あなた、髪の色だけでなく、瞳の色もツィーナと似ているわね。ねぇ、リーベルトもそう思うでしょう? あなたも勘違いしたクチだものねぇ」


意味深な笑顔ヤな感じー、と思っていたら予感が当たった。


(え、これもしかして……アタシを狙ってんの?)


光属性のヒロインだ。一応、そういった意味で警戒心は持っている。変なムシ、マジ要らないし。マーカスに狙いを絞った今、リーベルトとのフラグだって絶対要らない。


「……そ」


「そんなことないです! 確かに、ピンクと緑って大枠でくくれば似てるように思えるかもしれませんけどっ! ツィーナちゃんの方が上品だし優しいしふんわりしてるし! アタシじゃまったく微塵も似てませんっ!」


リーベルトに否定も肯定もさせたくなくて、一気に捲し立てた。というか、アタシに焦点合わせなくてイイから。ヒロイン補正で惚れられても、ツィーナちゃんを貶す悪役と見られても困る。「路傍の石その5」くらいのうっすーい認識でいて欲しい。

カウス・ケネス・リーベルトの三人は程良い距離から眺めとく今の感じがベストなのよ!


「ラナ言葉遣い。失礼よ」


(あっ!)


慌てたせいで取り繕いきれなかった。しまった、と口を押さえるものの、後の祭り。王族の前で「アタシ」とか言っちゃった……。


「大丈夫よ、今日はわたくしの私的な招待だもの。それに、あなた方はまだ未成年でしょう、十分だわ。社交界にデビューするまでにラナはもう少し学ばなくてはならないようだけれど、今日は例え下町のような言葉になっても気にしないわ」


苦笑する王妃様に「ごめんなさいっ!!」と頭を下げる。すると彼女は、


「ここだけの話、ツィーナもわたしと二人の時は敬語なんて使わないの」


と悪戯っぽく口角を上げた。ハリウッド女優、カッコイイ。


「母上。それはわたしに対する惚気ですか?」


「まぁ、そう聞こえるの? ……母親相手に嫉妬だなんて思った以上に重症ね……」


(あー……これ、もしかして……)


親子のやり取りに察した。ツィーナちゃんを諦めさせたい母親のアンテナに、アタシ、代替品としてがっつりひっかかってしまったらしい。

王子には釣り合わない子爵令嬢とはいえ、貴重な光魔法の使い手だし、未成年こどもだから複雑な愛憎関係に巻き込まれている可能性はかなり低い。なら、ツィーナちゃんの周りと違ってライバルなんて存在しない、ってことなんだろう。……ほっとけ。いや、ほっといてくださいお願いします、いろんな面から。


「でも、本当に似ていると思うのよ。やっぱり今度、ツィーナにもツインテールさせてみようかしら。絶対似合うに違いないもの」


(ちょ、そこ!?)


あれ? アタシ深読みし過ぎた?ツィーナをツインテールにしたいというのが本音だった……? そんな気もする。

だけど……それはそれでやっぱり困る。お互いのイメージ戦略ってものがあってね? 髪型はアタシとカウス様の裏取引に関わってきてしまう。


アタシが発言しても咎められなさそうな雰囲気だし、ここは思い切って


「アケルナー夫人は幼く見られるのを気にしてるみたいなんで……王妃様みたいに大人の女性に見える髪型を教えてあげた方が喜ぶのでは?」


意見してみた。実際、ツインテってあざといよね。

アタシは自分に一番似合うのが高い位置のツインテールだと思ってるからこのままでイイ。ヒロインだし若いし。

でも、ツィーナちゃんは見た目こそ幼いけど、二十歳はたちの大人だ。現実問題、本人が嫌がるんじゃないかと思う。


「……確かにそうかもしれないわね」


クスッと笑った王妃様は、涙目で拒否るツィーナちゃんでも想像したのだろう。シャウラも似たような表情になっていた。


「いつ何時も、若く見られることこそが女性の喜びなのではないのですか?」


女性陣が納得する横、リーベルト王子だけが本気でわからないと首を捻る。


「はぁっ!?」


(……しまった!)


咄嗟に漏れてしまったドスの効いた声に、バッと口を抑える。


リーベルトに苦言を呈しようとしていた王妃もシャウラも、呆気に取られた顔でアタシを見ていて……当の本人は見事にフリーズ。


(ヤバ……)


いくら眼中に無いとはいえ、相手は王子だ。一介のショボ貴族の娘が批判していい相手じゃない。


「えと…………殿下は、アケルナー夫人に他のご令嬢とは異なるものを感じたからこそ、気になっていらっしゃるのだと思っていましたが、違うのですか?」


焦って口を開いたアタシは、ちょっと考えて、すべてをリーベルトに押し付けることにした。だって、自分の非を認めちゃったら最悪、アケルナーのヒト達や実家にも迷惑がかかる。付け入る隙を与えるのは絶対嫌。


「彼女だけが際立って見えるのでしょう? 違いますか?」


「……そう、ですね」


(っし!)


笑顔でのフリーズを継続したままだったイケメンが、勢いに押されて困惑したように頷いたのを見て、アタシは勝ちを確信する。大丈夫、このまま押し切れる。


「ならば、アケルナー夫人を一般女性の像に当て嵌めるのはおかしいのではございませんか? 特別に見えると言いつつ、『押しべて女性というものは』なんて般化するのは相手に失礼というものです。アケルナー夫人を含めワタクシ達がみな、殿下に『男性たる者、筋肉を褒められてこそ喜ぶのですよね』という態度で詰め寄ったら辟易しますでしょう?」


「……筋肉…………??」


早口になるのは仕方ない。疚しいところのある人間のさがだ。

一気に捲し立てるアタシを見る目はキョトンと丸い。うん、顔がイイわ。さすがメインヒーロー。


「その上、『筋肉がもっと見える露出多めの服を着てください!』とか『筋肉触らせてー!』なんて言われたら、例えそれが同性だって、嫌ではありませんか? 不躾ですよね? 驚きますよね?

女性とて同じことです。一概に『女性だから』と決めつけるのはお止めくださいね」


口調は不敬じゃない程度で丁寧に。ゴテゴテ過剰な敬語で噛むよりも、スムーズさが最優先だ。

ここはもう、正論かまして押し切るしかないと思う。そりゃ、「は?」って言うよなぁと無意識に納得するレベルまで一気に攻める。


「筋肉……別に、触ってもイイですよ?」


「はぃ……?」


なのに、アタシの思惑を外れてリーベルトは独特な受け取り方をしたらしい。


(そこじゃねえよっ!!)


「殿下……それはあくまで例えです。触ってイイのなら触らせていただきますが、男性だって触られたくないヒトはいらっしゃるはずです。それと同じで、女性にもツインテールを嫌がるヒトや、若く見られるのが嫌なヒト、いろんな方が居るのだと申し上げているのです。おわかりですね?」


最後の一言に力を込めた。笑顔の後ろに仁王像が見えるように。仁王像を知らなくたって、迫力は十分伝わるはずだ。

「え、えぇ」と気圧されたように首肯するリーベルトに、


「おわかりいただきありがとうございます」


にっっっこりと最高の笑顔を見せれば、まん丸な目に徐々に、奇妙なものを前にしたかのような光が灯った。

ちなみに唖然としていた王妃とシャウラをチラッと見れば、おもしろそうに口の端を引き上げていたり、青ざめていたりする。……シャウラってホント、悪役に向かない真面目な性格だわ。不敬罪になんて問われないってば。


「ええと……とりあえず…………触ります……?」


「ありがとうございます。ほら、シャウラもいらっしゃい。殿下に触れる許可をいただけるなんてすごいことよ。御利益をいただきましょ」


奇妙なモノのようにアタシを見続けながらも、リーベルトは徐に左腕を差し出して来た。ある種のパニック症状かもしれない……とチラッと思わないでもないが、棚ぼた式の筋肉の魅力には抗えない。


「まぁ。鍛えていらっしゃるのですね」


(それなりに)


見た目よりはかなり筋肉質な腕の感触。服の上からでもはっきりわかるあたり、なかなか悪くない。


「えぇ。騎士団の訓練に参加することもありますから」


「それはご立派でいらっしゃいます」


「あぁ、あなた達は今日、騎士団を訪れていたのよね。ふふっ、女性騎士を目指しているようには見えないけれど……ねぇ、シャウラ?」


アケルナーの近縁にもアタシの身内にも、騎士はいないとバレている。悪戯っぽく笑う王妃の発言からそう悟り、背筋が薄ら寒くなった。どんだけツィーナちゃんラブなのこのヒト……。

国の最高位の女性がわざわざ、末端に過ぎないアタシの家系のことまで知ってるとか、ツィーナちゃん絡みだとしか考えられない。


「……ほんの好奇心でございます」


琥珀の瞳の奥の探るような色に気づかないシャウラじゃない。少し考えた後、徐に開いた口から出た言葉は案の定、無難なものだった。


「わたくし達もデビュタントが近付き、世間への興味が広がってまいりました」


社交会場の警備にあたる存在としての騎士団。そして、婚姻相手としての騎士。さらには、騎士という仕事自体。

どうとでも言い逃れできる表現に、


(持つべきものは頭のイイ友達!)


拍手喝采を送りたい。


「ふふ、そうなのね? 案内役は誰がしたのかしら。バックス団長?」


「いえ。マーカス・ダルク様と仰る方です」


「マーカス……? ふーん」


(ん?)


なんだか今、一瞬……王妃の目が不自然に揺れたような……?


「リーベルト。あなた、マーカス・ダルクという騎士見習いを知っていて? 以前ツィーナを危うく傷つけるところだった騎士見習いなのだけれど……」


(てか、なんで今その話題!?)


「ツィーナを? ……守るべき国民を危険な目に遭わせた者がなぜ今も騎士を続けているのです?」


「被害者であるツィーナが『不問にすることを望んだから』、でしょうね」


「……なんと尊い心根」


(うわ……)


「しかし、処罰が一切ないのは問題では? 組織として良くないように思いますが」


「私怨じゃん……」


「ん? ラナ嬢、何か言いましたか?」


「いえ」


惰性のようにサワサワさせていた手をパッと離して笑顔を浮かべた。この距離じゃ迂闊な一人言も命取り。

ちなみにシャウラは最初から筋肉を愛でることなく離れて見ている。


「うふふ。ラナは随分とその見習い騎士が気に入ったのね。ラナに気に入られて、ツィーナが不問にすることを懇願する……随分と有望な子なのねぇ?」


含みしかないだろう王妃の言葉に冷や汗が滲む。なぜって、含まれている内容がいまいちよくわからないのだ。マーカスはゲーム内ではリーベルトの近衛隊の一員だった。今のこの会話がその未来への布石なのか、全然別のものなのか……。


「…………マーカス・ダルクでしたね。次の訓練の時にでも見てきますよ」


少し憮然としたように言うリーベルトを見る母親の、一見懐の広そうなその奥が……どうなっているのか、想像もつかない。そのことが無性に怖い。


(伏魔殿、てヤツね……)


アタシは内心の怯えを見せないように努力しつつ、虎視眈々と、逃げ出すタイミングを探し始めた。




かなりノロノロ不定期更新になります。

ただ、もし更新するならやっぱり週末になるかと思います。

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