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おまけ④ 王妃の甥の一途な想い

第一部おまけ、最後のお話です。

Side ルシータ

※31部あたりのお話です※



ふと、思い出したことがある。

思い出した瞬間、血の気が引いた。本気でヤバいと思った。


『ヒロインが標本にされちゃう』

『魔法研究所系のキャラだったはず』


ツィーナは確かにそう言った。結構前、この世界が乙女ゲームだとして、どこの誰がヒーローで、どんなバッドエンドのバリエーションがあるのか訊いた時のことだ。


(ヤバいマジで……てか、オレ、やらかした…………?)


目の前で不機嫌顔を晒す男。とは言っても、伸び放題の前髪で顔はよく見えないが。全身で不機嫌を現しているから、間違いない。その不機嫌全開な甥っ子が、なぜオレの目の前に居るかと言うと。


「許可いただくまでずぇっっっっ体に帰りません」


ガッツリ、ツィーナを狙ってる。

有り体に言えば結婚したい。ぶっちゃけ、アケルナー領からかっ拐ってくる許可が欲しい。


(誰が出すかそんな許可!!)


「あなたの国家への貢献の大きさは理解しているわ。けれど、さすがに犯罪の許可は出せないし、投獄する結果になるのも嫌。粘ったところで結果は変えられない。無駄よ」


手紙でのやり取りでは埒が明かないと気付いたのだろう。早々に直談判に乗り込んできたクルストを前に、オレは頭を抱えていた。


「犯罪いぃ? なぁぜです? ボクがボクのぁ愛する女性を迎えに行くことに、ぁあ愛し合うツィーナ嬢ちゃまを迎えに行くことに、なぁんの問題がっ!?」


「あなたとツィーナの結婚は認められないからよ」


愛し合う、なんて聞かされたらツィーナはパニックを起こすかフリーズするか。少なくとも、笑って聞き流すような機能はついていないはずだ。

ただでさえ恋愛面拗らせてるツィーナなのに、既に彼女をめぐる王弟とアケルナー公爵の諍いは噂になっている。そのうえさらにクルストが参戦したなどと知れ渡ったら……この先、ツィーナは二度と社交界に帰ってこなくなってしまうかもしれない。主に彼女の精神面の問題で。


(んなつまんないことになったら恨むぞ)


クルストが何と言おうと、断固反対。絶対拒否だ。


「ところで、あなたはどうしてツィーナを知っていたの?」


突然「ツィーナ・ハダル・アケルナー嬢と婚姻したくお力添えと許可を……」なんて手紙を寄越すから、どこで一目惚れしたのかと不思議に思ったものだが。先程からゴネ続けるクルストの口調からして、以前からの知り合いだったのだろう。


「それは嬢ちゃまがちいぃぃぃさい頃……」


そこから始まった話は長かった。


(こいつ……テンション上がると超絶ウザいよな。もはや何言ってんのかわかんねぇわ)


たぶん魔法研究所でチビツィーナと出会ってどうこう、ってことなんだと思うけど、詳細は理解できない。テンションに振り回された妙な抑揚の話し方のせいもあるが、純粋に内容が理解できなかった。


(なんなんだろうな、ウチの一族の濃さって)


実家は、由緒正しき公爵家ではあるものの、なんというか、貴族の規範から外れている部分が結構ある。魔力の多い家系で、その方面で多大な貢献をしてきたせいか、多少の奇行は許されてしまって……「あぁまたアイツらか」みたいな……。

クルストはその最たるモノだろう。

幼い頃、早いうちから魔法の才能と興味を開花させたクルストは、しこたま魔力を暴走させた。そしてその度に、闇魔法の先達としてオレが呼ばれたものだった。イイ迷惑だが……当時、誕生と同時に確約された婚約のせいで本格化していく王妃教育に不満タラタラだったオレは、これ幸いと甥っ子の世話に逃げた。


(根は悪いヤツじゃないんだが……いや、でも、標本エンドとか、マイペース突き抜け過ぎてんだろ)


年の離れた弟みたいで、それなりに可愛く思ってる。だから尚更、罪になるようなことをさせるわけにはいかない。


「小さい時からつい最近まで会わなかったのでしょう? よく忘れなかったものね?」


なんとか態度を軟化させられないものか。

しかし、今まで一切女性に興味を示さないヤツだと思っていたが……まさか、遥か昔からツィーナにご執心のせいだったとは。


「ルーねぇ様はぁ、ボクの頭がそぉんなに悪いと思ってるんですか?」


「……いえ。あなたの記憶力の良さは知っているわ。それでも、幼児期と今では見た目が全然違うでしょうし、十五年近く会っていなければなかなか本人だと気付かないものよ。心変わりという言葉もあるでしょう?」


(心変わりされてどっかの令嬢が標本にされても嫌だけどな? でも、ツィーナよりはそっちのがまだ好かれる可能性もあっただろうに)


「見損なわないでいただきたいっ!!!」


突然大声で身体を乗り出してくるものだから、思わず仰け反った。

昔は可愛らしい少年だったが、いつの間にか髪まで魔力に染まったボサボサむさ苦しい黒ずくめの青年になってしまって……扱いにくい。見た目がすべてじゃないとは思うが、さすがにこれでは不審者感が強すぎる。これもまた、どうしたモンか。


「ぉお見せしますよっ!? ボクの、長年かけたツィーナ嬢ちゃまコレクションっっっをぉ!」


「…………コレクション?」


なんと不穏な単語なのか。


「ルーねぇ様には大事だぁあいじなヒントをいただきましたからねぇっ! ぜひっ! 家に見に来てくださぁぁいっ」


「ちょっと話が見えないわ。ヒント?? つまり、どういった物を集めているの?」


親が溺愛する我が子の乳歯を保管するのとはワケが違う。嫌ぁな予感を覚えつつ、


(知らない方が余計怖いわ)


探りを入れれば、


「ルーねぇ様が企画立案じゃありませんかぁ、写真ですよ、しゃぁしぃんんっ」


とんでもなく不穏な単語が飛び出した。

写真のコレクション。他所の娘さんの。これ、マジモンの変態だろ。


「は? 写真? 完成したの???」


というかそもそも、写真技術が確立したとの報告を受けた覚えがない。確かに、オレが「あったらイイなぁ」で依頼したが。


(いや……でも、かなり前の話だぞ? ……え、実はかなり前から実現してた、とか……?)


「完成と言うかぁ、未完成と言うかぁ。試行錯誤は必要ですからぁ? くふふっ、嬢ぉちゃまにはぁ、密かに実験協力いただきましてぇ?」


それはもはや、実験じゃなく盗撮なんじゃ……。


(コイツ既に前科持ちかよ!!)


写真技術のなかったこの国には肖像権なんかもないから、まだ、表向きは犯罪者ではないが。オレの感覚的には十分ヤバい。


「闇魔法で影を写すだけなので、まぁだまだまだ改良の余地しか有りませんがあ」


つまり、白黒写真ならば撮れるようになっているということか。


「嬢ちゃまがぁ、領地の下町で買い食いしてるところとかぁ、こぉっそり沢遊びしちゃってるとことかぁっっ」


引く。

ドン引きとしか表現できない。我が甥ながらもはや怖い。


(なんだって兄貴はこいつを野放しにしとくかね)


確実に近い将来、公爵家の看板に泥を塗る気がする。社会なんてものは、功績より悪事の方を強く記憶するものだ。クルストが魔法研究所所長として別に爵位を持っていることも、コイツの起こす不祥事の前では役に立たないんじゃないかという気が……。


「……ねぇ。もしかして、なんだけれど。あなた、アケルナー領まで跳べるようになったの?」


同じ闇魔法でも、使い方は三者三様。オレは聴覚視覚に作用させるのが得意で、ケネスは光を吸収して明度や温度を調節するのが上手い。クルストはさすがの魔法特化だけあって、その他に「ブラックホール」と呼ぶ使い方に優れている。

というか、コイツ以外、そんな使い方は誰にもできない。魔力量が足りないし、制御できずに魔力を暴走させてしまう。魔法特化というか、魔法にしか興味のない魔法バカだからな。……そんなヤツに執着されるとか、椎名、一体何なんだマジ。


ブラックホールはその名の通りなんでも吸い込む黒い穴だ。ただ、前世の知識で考える宇宙規模のものと同じではない。

そもそも、あんなモンがほいほい作れたらたまらない。一瞬で世界崩壊待ったナシになってしまう。

コイツの使うブラックホールは、どちらかというと、前世のゲーム知識で言う時空魔法に似ている。オレは身体を動かす方が好きなタイプだったから、ゲームも読書も、漫画読書もあんまりしなかった。けど、話題のタイトルは何本かやったし、友達に押し付けられて漫画も読んだ。……あぁ、国民的アニメに出てくる四次元に繋がるポケットとかどこにでも行けるドアなんかとも似ている気がする。距離や空間、重力なんかも吸い込んで消してしまう、とんでも魔法なのだから。


「くふっ、さすがにそれは無理ぃですよぉ」


さもおもしろい冗談を聞いた、とでも言うように笑うクルストに安堵の息を吐き、けれどオレは次の瞬間固まった。


「さすがのボクでもぉ? 途中三度は着地しないとぉ」


アケルナーの領主館まで馬車でのんびり行っても半日強。王都から相当近い場所なのは間違いない。領主館が領地の中でも王都側ギリギリに建っているせいもあるのだろうが……他の領地を考えると破格の行きやすさなのは確かだ。それでも──


「途中……三回…………?」


(おかしいだろ、ソレ!?)


少なくとも、王都の外壁までならば、距離を無視して瞬間移動のようなことが可能……だということになってしまう。


(え、普通にバケモノ)


ウチの甥っ子、本気で危険なヤツだった。

どうしよう。


「え、つまり、ね? あなた……その気になれば、今すぐアケルナーまで往復して来られる……の……?????」


「『すぐ』ぅというのがどの程度てぇぇどを指すのかわかりませんがぁ? そぉぅですね、そこのバルコニーからぁ、あの邪魔な尖塔に跳べばあ。あとはギぃリギリ距離まで跳んでぇ、落下中にまた跳んでぇ」


コイツ、空中を渡って行くのか。


オレは、遥か遠く斜め上空までの直線距離をゼロ距離に変えて瞬間移動する姿を想像する。座標軸の点と点。本来ならその間に伸びるはずの直線を、コイツのブラックホールは消してしまう。落下中に新たな座標軸までの距離を消して……障害物を避けるのに、高い空は好都合。その気になれば自身を捕らえる重力も消せるというから、それなりに安全なのかもしれない。ただし、重力を消せば風に流されると言うのだから、使い勝手は悪そうだ。


「まぁ、遅くともぉ? お昼ご飯までには余ぉ裕で往復しても間に合いますねえ」


「……もしかして、わたくしも連れて行けたり……?」


昼食まではまだ2〜3時間はあるが、異常なことに変わりはない。


「無うぅ理ぃぃです。一度に一ぉつのモノしか消せませんからぁ」


クルストと目的地の距離を消すと、クルストとオレとの距離が残る──そういうことか。


(良かった……! コイツが盗撮しに行くのは止められないが、ツィーナを無理やり拉致って来ることはない!!)


密着すれば同行できるかもしれないが、その場合、少しでも離れればアウト。ツィーナなら絶対抵抗する。暴れるはずだ。それに万が一意識のないツィーナを抱いて逃げようとしても、距離を消せばツィーナの重さは消せないから、コイツの細腕じゃソッコー落とす。まず不可能。

とんでも魔法が万能魔法ではないと知れたのは僥倖だった。


(写真は……まぁ、実物に害が及ぶくらいなら生写真眺めててもらった方がかなりマシか。ツィーナにしたら気持ち悪いだろうな……)


ハァ、と大きな溜息が出た。王妃としては行儀が悪いが、身内相手なのだし関係ない。そもそも、目の前の男が悪い。


「おぉやぁ、その諦めたかのような溜息はぁ? ついにボクの願いをき……」


「きくわけないでしょ。だってどうしたって無理なのだもの。ここに居たければ居ればイイわ。わたくしは用事があるから失礼するけれど、どうぞ好きなだけ居てちょうだい」


「…………それは、なぁぜ?」


気を取り直してお茶を飲む。今日は今日とてやることがたくさんあるのだ。クルストの相手ばかりしていられない。

この変態に育ってしまった残念な甥っ子の件は、兄である現公爵にしっかり伝えて、当面、監視しておいてもらうとしよう。


「なぜ? なぜ『無理』なのかということ? 簡単よ」


クルストに写真技術を開発させた責任。それから、変態まっしぐらな実態に気付かなかった責任。既にもう、十分だ。この上、ツィーナや他の令嬢を悲惨なエンディングに導くようなことを起こしてはならない。

可愛い甥っ子だからこそ、ここできちんと、引導を渡さなければ。


「だってあなた、侯爵だもの」


ボサボサの前髪越しに隠された目は、きっと今、瞬きを繰り返していることだろう。幼い頃のクルストは考え事をする時よく、そうしていた。


「ツィーナに対しては既に、ケネスが求婚を表明している。あぁ、もちろん、内々によ? それに、それ以前にカウス・アケルナーからも婚姻許可の申請が出ているわ。王弟と公爵。あなたに勝ち目があると思って? 縁がなかったのよ、諦めなさい」


王家として、アケルナーの支持を失うのは望ましくない。何せ歴史の古い、民草にも浸透した大貴族の名だ。カウス個人の優秀さを別にしても、どんな弊害が出るかわからない。だからこそ、ケネスは大胆な行動が取れないでいる。これがそこらの貴族なら、王命一発で終了していた。


冷静かつ政治的に考えれば、この件はパワーバランスを崩しかねない繊細な案件なのだ。

個人的な情で考えれば、ツィーナの意志を尊重したい。しかし、王族として国家の利益を考えれば、なんとかカウス・アケルナーを説得してツィーナをケネスに譲ってもらうのが最良だろう。

とはいえ、オレにはあのヤンデレが譲歩するところなど欠片も想像できない。ちなみに同じく、本気を出したケネスが諦めるのも想像できない。


「侯爵…………王弟……公爵…………」


「あなたも貴族ならわかるでしょう?」


この世界では、身分差は覆せないと。


「あなたの功績に応じた褒賞は、あくまでも侯爵へ与えられて違和感ないものでないとならな」


「わかりました」


「いわ。……え?」


話している途中、突然クルストが呟いて立ち上がった。


「わかりました」


やけに落ち着いた口調できっぱり言い切る。


(良かっ……)


「つまり!! もっっっっっと功績を上げて公爵になればイイのだと!!!!」


「は? いや……」


そういうことではまったくない。そんな話、したか、オレ。


「でしたら時間がもったいないごきげんようルーねぇ様」


(おまえ、そんな早口でも喋れるのか……)


「ってちょまっ……!!」


唐突に勢いづいたクルストが、足早にバルコニーへと飛び出した。かと思えば、


「……消えた…………」


(クソっ!!!)


虎の子のブラックホールで早々に研究所へと帰って行ったのだろう。燦々と降り注ぐ日差しに温まった空気だけが、窓からふわりと入って来る。真っ黒な男の影もない。


(とんでもない功績で爵位が上がるとしても、数年先だ。それまでツィーナが独身でいるわけがない。……が)


思った以上にとんでもない能力を持った、想定外に変態な甥。常識で図ると良くない気がする。


(アイツに対抗できるのは……とりあえず実家と……シャルサスにも相談して、あとは…………)


開きっぱなしの窓を抜け、辺りを見渡す。穏やかな初夏の、平和な光景。きっと、アケルナーではツィーナも平和に過ごしていることだろう。


(写真に関してもきっちり報告させないと)


ハァァ。

再び、溜息が口をつく。


(頑張れオレ)


ツィーナも、ケネスも、クルストも。オレにとっては大事な相手だ。不幸になってほしくない。


(ま、終着点は見えないけどなっ!!)


とにかく未来も平和であることを願って動くのみ、だ。


予定通りあとは第二部を書き溜めてからの再開になります。

来月から突如リアルが激務になると決まったので……今年中に第二部行けるとイイなぁ、くらいの見通しになってきてしまいました。


気長に見守っていただけると本当に嬉しいです。

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