おまけ③ 次期公爵を取り巻くあれこれ
Side マーシャル公爵令嬢リリアンナ
※13部&おまけ②の前後の出来事です※
「リリアンナ、話がある」
王城のお勤めからお戻りになられたお父様が、真面目な面持ちでそう仰いました。普段の優しい父親ではない、貴族としての厳しいお顔に、わたくしは自然と背筋が伸びるのを感じます。
マーシャル公爵家は歴史の長い家柄ですが、栄光ある公爵の位に上がってからはまだ七代目。若い公爵家であり、伝統と言った意味では他家に及びません。しかしながら、若いが故の柔軟性と王家への忠誠では抜きん出ていると自負します。
そのマーシャル家らしさが国王陛下のお眼鏡にかなったのでしょう。わたくしはお父様のお話を聞き終えると、優雅な一礼を残し、あくまで優美な足取りで、自室へと戻りました。
「お姉様! もしかして、またご縁談のお話ですの!?」
「まぁ……リリチカ、勝手にお部屋に入るなんてお行儀が悪くてよ」
なぜかわたくしの部屋でお茶を楽しんでいた妹のリリチカに、軽い目眩を覚えます。お転婆で甘えん坊な妹は社交界デビューも近いというのに、どうにも公爵家令嬢としての自覚が甘いのです。
教育係のバーサに目を離さないように言っておかなければなりません。
「しかもあなた、間もなく就寝の時刻でしょうに……まだ湯浴みも済ませていないのではなくて?」
「だってぇ、お姉様ったらちっともお戻りにならないんですもの。随分と長くお話しでしたわね?」
リリチカに言われるままお茶を淹れかえるメイドに、下がって湯浴みの準備を済ませて来るよう命じます。主人の求めに応じるのが彼女達の仕事とはいえ、もう少し頭を使ってほしいものです。貴族の血も、魔力も持たない平民出身のメイドには、無理な話だとわかっていますが……。
「今度はどなたからのお申し込みでしたの!?」
興味津々でわたくしを見つめる妹は、話を聞くまで帰る気も休む気もなさそうです。
「お姉様はわたくしの自慢ですのよ! お綺麗で、気高くていらして、女性としてのお手本ですもの! 殿方が目の色を変えて次々に申し込んでらっしゃるのも当然ですわっ」
仕方なく、わたくしはリリチカの向かいの椅子に腰掛け、自室付きのメイドにハーブティーを淹れるよう言いつけました。夜間にいただくのですから、より体に良いものにしなくてはなりません。もちろん、リリチカのお茶も替えさせます。
「お申し込みではなく、お仕事のお話でしたわ」
ゆっくりと口を開けば、幼い妹はわかりやすく鼻白んだ表情になりました。ふふ、まだ、恋に恋するお年頃なのでしょう。わたくしにも、劇的な出会いと恋に憧れる時期がありました。
けれど、ままならぬ恋を幾つか経験すればわかるのです。恋と結婚は別物だと。
うふふ、そういえば、その言葉に抵抗を覚えた時代もありましたね。まさに今のリリチカがそうなのでしょう。
「けれど、あなたの好きな『縁談』と関係のあるお仕事でしたよ」
「……?」
わからない、などと迂闊な言葉を使わないために、リリチカは無言で可愛らしく小首を傾げてこちらを見ます。まだまだ幼い妹ですが、それなりに高位貴族の令嬢に相応しい所作も身につき始めているようです。
及第点の意味を込めて微笑めば、妹は嬉しそうに破顔しました。……そういうところがまだまだなのです。愛らしいので今回だけは大目に見ますが。
「わたくしにとある殿方と結婚して欲しいのですって」
「やはりお申し込みではございませんかっ」
妹に誇りに思ってもらえるのは姉としても喜ばしい限りです。けれど、貴族間の婚姻とは、そんなに簡単なものではありません。
「早とちりはお止めなさい。仕事だと言ったでしょう? 婚姻の意志のない殿方を射止めて、わたくしとの結婚を申し込むよう仕向けなくてはならないのですって」
「……そのお申し込みを、お姉様は受け入れるおつもりですの?」
「そうね。もし上手く成就したのなら、受け入れても良いと思っているわ」
「まぁっ! では素敵な殿方ですのね!? お姉様の魅力の前ではどんな殿方も抗えないでしょうけれど、わたくし、お姉様のお隣には是非とも、お美しい方に立っていただきたいわっ! 夫婦には釣り合いというものが有るのだと先生も仰っていましたもの!」
美しい殿方……?
確かに、あの方は優れた容姿をなさっていると聞きました。
けれど、恋人ではなく婚姻相手と考えるならば、見た目などは二の次です。家柄、魔力がわたくしに相応しいかどうかが大切なのです。
カウス・アケルナー次期公爵。
先代とは異なり、あまり社交の場に出て来ない方なので、同じ公爵家の子女だというのに直接の面識がありません。先代のアケルナー公は明るく愉快な小父様でいらっしゃいました。
カウス様は優秀だと噂されつつも王城での役職は高くないようです。ただ、それは彼が不運にも若くして両親を亡くし、未だその実力を発揮しきれぬせいだろう、と聞かされました。
領地運営のいろはを習い始めたばかりの時期の公爵就任。周りを見る余裕すらないだろう彼をわたくしが支えれば、きっと、すぐにその能力を遺憾無く発揮することでしょう。
「わたくしもまだ、きちんとお話ししたことのない方なのです。けれど、お父様のご期待には応えたいと思います」
マーシャルの娘として。
お父様は明言を避けられましたが、節々から察するに、このお仕事は王家のため、国のためになることなのではないかと思うのです。公爵家の中でも歴史の長いアケルナーが没落するのを防ぐため、陛下方はわたくしをアケルナーに嫁がせ、お父様を後見人とすることをお考えになったように拝察致します。
国王陛下をはじめ、王族の皆様方の慈悲深くお優しいお姿。なんと尊いのでしょうか。わたくし、胸の震えが止まりません。
素晴らしい方々にお仕えできることだけでも十分過ぎるほどの幸せですのに。なのに、なんとわたくしに相応しい縁談までご用意くださったのです。いずれまた、夜会などで拝謁の機を得たら、直接御礼を申し上げたいと存じます。
「近々お会いする機会があるでしょう。そうしたらリリチカにもお話しできることがあるかもしれませんね」
「楽しみですわっ! お姉様、頑張ってくださいませね!」
16歳のわたくしは、今がまさに婚約適齢期。14歳で社交界にデビューし、今年、成人を迎えました。
爵位が低い家の娘は焦ってお相手を決める傾向があるため、既に結婚した知人も増えて来ましたが、わたくしはお申し込みが多過ぎてなかなか絞れない現状です。陛下方の思し召しがあるのならば、最有力候補を外国の貴族からアケルナー次期公爵に変えることも吝かではなく、頑張りたい所存です。
「お父様、今夜のカルタス侯爵の夜会にカウス様はいらっしゃるかしら?」
お昼の少し前、登城するお父様をお見送りするついでに訊いてみたところ、そのお優しいお顔が曇りました。不思議に思って眺めていると、
「招待状は出したと聞いた。だが、リリアンナ。実はな……」
齎されたお話は衝撃的でした。
なんと、カルタス家の下のご令嬢もまた、わたくし同様にカウス様の心を射止めるよう指示を受けているというのです。
「おまえは必ず成功させると信じているが、国を治めるには策を何重にも張り巡らせなくてはならない。そういうことなのだろう」
「……わかりましたわ。まずはカルタスのナディール様をわたくしの元にくだらせてみせます」
「それでこそ気高きマーシャルの娘だ。この先必要なドレスなども惜しむことはない。好きにやってごらん」
晴れやかなお顔になって出掛けて行くお父様を見送ると、わたくしは急いで自室へと取って返しました。興味津々な様子のリリチカも呼び、クローゼットからあるだけの宝飾品を並べさせます。
「お姉様……今夜のお衣装はもう決めておられましたよね?」
「えぇ。けれど、見直すわ」
カルタス家のナディール様はデビューしたての14歳です。少女らしい、可愛らしい雰囲気の方ですから、今夜もきっと、その稚さを上手く引き立てるふんわりとした衣装を用意していることでしょう。
対して、わたくしは年上の方にも負けないメリハリのあるプロポーションと豪奢な雰囲気を持っています。初対面となるカウス様のお好みがはっきりしないため、万人受けする上品なデザインのドレスを準備していましたが、それでは、ナディール様に強い印象を残せません。
「ドレスの作り直しは間に合わないけれど、小物で雰囲気を変えることはできるもの。わたくし、絶対に他の女性に後れを取るわけにはいかないの。わたくしにより似合う、華やかなコーディネートをリリチカ、一緒に考えてちょうだいね」
「! 分かりました!」
それから、先日お父様に教えられたアケルナー公爵家に連なる貴族の名を丁寧におさらいし、使える駒を探します。カウス様の爵位継承について親族内ではスムーズに承認されたと聞きましたが、それでも、腹の底に燻る何かを持つ者は必ず居るものなのです。
「マーシャル公爵! リリアンナ嬢も、本日はようこそお越しくださいました!」
「これはカルタス侯爵。お招きありがとう。お変わりないようで何よりだ」
万全を期して迎えた夜。お父様と踏み込んだカルタス家の夜会会場には常と変わらず、選ばれた者のみの穏やかな世界が広がっていました。
華やかな上流貴族達の洗練された優美な会。笑顔で行われる、優雅な戦いの場です。
わたくしは早速、視野を漫然と広く保ち、目星をつけておいた方々の出席を確認します。ゴマを擂る必要のないわたくし達は参加者の中でも余裕をもって、満を持して到着しました。
「リリアンナ様、またお目にかかることができて光栄ですわ」
早速、フリルをたっぷりと身に纏ったナディール様が挨拶にやって来ます。
「まぁ、ナディール様。エーガス侯爵家で開かれたお茶会以来ですわね。今日はカルミアのようで、お可愛らしいわ」
カルミアは小さく可愛らしい花です。白地に桃色のパラソルのような形の花弁が今日のナディール様のドレスに似ていますが……わたくしの言う、本当の意味は異なります。カルミアは蕾の形が独特なことでも知られています。それはそれで愛らしいのですが、あくまで蕾。うふふ……このくらい、当然理解できるでしょう。
「ありがとうございます。リリアンナ様はいつもカトレアのようでいらして、本当に憧れます」
爵位も年齢も上のわたくしを立てるのは貴族令嬢であるなら当たり前。これが本心であるのか、反語であるのか見極めるのが、わたくしの腕の見せ所です。
今夜の会にカウス・アケルナー様が欠席であることはお父様から聞かされていました。王城で、彼に声をかけられたのだそうです。カウス様は、噂通り聡明な方のようでした。
「王家の方々にご心配をおかけすることも、マーシャル公爵にお手数をおかけすることも本意ではない。今回の話は聞かなかったことにしてほしい。自分には心に決めた女性が居るので、アケルナーはこの先も安泰である」というようなことを仰ったのだそうです。王族や我が家の厚意に安穏と胡座をかくような方ならば、支援する必要はありません。カウス様はきちんと、場や身の程を弁えられる方なのでしょう。それに……。
「そういえばリリアンナ様。本日はノッツ侯爵家のディクス様もおいでなのです。リリアンナ様にお会い出来ると大層お喜びでございました」
ナディール様もどうやら、カウス様の婚約者として立つことを前向きに検討しているようです。ディクス・ノッツ様はわたくしのしつこい求婚者として知られています。その方を敢えて宛がおうとするなど、宣戦布告に等しい行いですもの。
きっと、カウス様はカルタス侯爵にもお父様に伝えたものと同様のお話をなさったのでしょう。そして、カルタス侯爵とナディール様も、わたくし達と同じ結論に至ったのです。
「心に決めた女性」など居ない、彼は遠慮を知る奥ゆかしい性格である、と──。
ロクに社交の場に出ないカウス様にはそもそも女性と出会う機会がありません。それに、以前一度だけ、キトゥン家の令嬢が彼と話したというのですが……落ち着かない様子で、すぐに辞去して行ったそうです。女性に不慣れな、純朴な方なのでしょう。
礼儀正しく、控えめで真面目。気遣いのできる、見目麗しい有望株。しかも血筋は最上級。これは、わたくしならずとも、逃す手はないと気付くでしょう。妙な横槍が入る前に決めてしまいたい、そう思うのは適齢期の女性であれば当然です。
「そうでしたの。けれどわたくし、本日はまず、ウェル伯爵のご子息とクヨー伯爵のご令嬢とお話ししたいと思います」
「ダール様とレーリ様ですか?」
不思議そうに首を傾げるナディール様に、わたくしは勝利を確信します。ウェル家とクヨー家はいずれもアケルナー公爵家の縁戚です。それもわたくしの探していた、有益なタイプの方々なのですが……うふふ、ナディール様もまだまだですね。わたくしのカウス様は渡さなくてよ。
その夜、わたくしは帰路の馬車でお父様と共に快哉を叫びました。
首尾は上々。アケルナーは田舎領地ですが、王都からほど近い場所にあります。それが丸々手に入るようなものなのですから、お父様もわたくしの手腕を褒め称えてくださいます。マーシャル公爵家をお兄様が継いだあかつきには、お父様はアケルナー領の改革に着手するおつもりです。マーシャル領で静養中のお母様も、より近いアケルナーに別荘を構えればもっと頻繁に王都の家族と会えるのではないでしょうか。
「さすがはリリアンナ、賢い娘だ。年回りさえ良ければ王族に嫁がせることも考えたのだが……」
「わたくし、正妻以外の座には興味ございませんもの。ディクス様達よりカウス様の方が圧倒的に条件が良いのですから、力も入るというものですわ」
なんということのない話です。本人が遠慮するのであれば、外堀から埋めれば良い。素直にこちらを頼れる条件を、整えて差し上げれば良いだけなのです。
アケルナーの縁戚の方々は、マーシャルが後見に立つことをとても喜んでいました。もちろん、心の広いお父様がそんな彼らを捨ておくことはありません。
未熟な惣領であるカウス様は、いずれお父様とわたくしに深く感謝することになるでしょう。わたくし達はその時、微笑みを持って、彼を受け入れて差し上げれば良いのです。
「お姉様! 聞いてくださいまし!!」
けれど、その時は考えてもみなかったのです。意外なところに伏兵が潜んでいることなど。
そして、我が妹が、あろうことかその伏兵に心酔するなど──。
妖精姫のような義母って何ですの!?
というか…………義母に求婚て……マザコンですの!?!?




