おまけ② 王弟式社交術
Side ケネス
※おまけ①の少し後の出来事です※
秋は不思議と夜会が多い。
夜長のせいだと言われれば納得できる。一方、領地に農地を持つ貴族間での情報交換も盛んになる時期で、国家としても各地方の状況や貴族間の勢力図を把握し直すべき大事な時期だ。必然、大小様々な夜会が催される。
だが、今夜開かれる夜会は1つだけだろう。
今夜は王城で夜会が持たれる。国王も臨席すると噂され、外国からの特使を主賓とする会だ。全ての貴族が参加できるわけではないものの、今夜別の会を主催するのは外聞が悪い。
むしろ、貴賎を問わず夜陰に紛れる小悪党共が湧き出る可能性があるため、騎士団は王城警備や夜会対応、市街巡視にと大忙しだ。わたし達王族は警護の面から夜会会場か、その周辺の居室に居るのが慣例となっていた。
「サガイ殿、まずはこちらへ」
隣国の公爵であるサガイ公は、我が国でも知られた顔だ。皇太子である第一王子ルイーズに輿入れが決まっている隣国のファーリン王女。サガイ家はその外戚にあたることもあり、彼女の全面的なサポートを請け負っている。
関係性を考えればサガイ殿の相手はルイーズが行うべきだが、癒着が疑われてはよろしくない。結局今回も、表立ってはわたしが対応にあたることになっていた。
(どうせ夜会には出なくてはならないのだから)
国王の代わりに貴族達に愛想をふりまき、情報を得るのが嫡男以外の役割。間もなくリーベルトも来るだろう。わたしがツィーナ以外の令嬢を寄せ付けないと決め、国王陛下の許可を得た以上、今後幅広く女性を籠絡するのは甥の役目だ。
「ケネス殿下、サガイ公爵並びに御家族の皆様にご挨拶申し上げます」
サガイ公爵夫妻とその次男、長女を連れて上座につけば、目敏い貴族達がすかさず挨拶に列をなす。
「久しぶりだね、マーシャル公爵。おや、今日は奥方ではなくリリアンナ嬢がご一緒か」
国王の腰巾着を適当にあしらいながらこっそりと周囲を窺う。
予想通り、初お目見えのサガイ家の子ども達に意識を持っていかれている者が多いようだ。こちらの法で考えれば未成人。プレデビューにあたる14歳を過ぎたばかりのサガイ家の次男と長女は、見目の整った双子だった。わざわざ連れて来ていることを考えれば婚約者選定中の可能性も高い。若い層を中心に華やかなざわめきが広がった。
「では殿下。わたくし共は旧知の皆様ともう少しお話しさせていただきたく存じます」
一頻り挨拶の列がはけたのを見計らって申し出たサガイ公に、自由行動の許可を出す。ここまではすべて予定調和。
いつもなら、この後はわたしも令嬢方のお相手に明け暮れるのだが……今日は違う目的がある。
(挨拶には来なくとも、欠席ということもないだろう)
積極的なお嬢さん方に捕まるまえにさっさと移動を開始する。
広い会場には主に王家の人間が飾られるためのスペースが何ヶ所かある。一段高くなったそこは王族か、王族に招かれた者しか立ち入らない暗黙の了解があった。
なんとかそこに一緒に上がりたい令嬢達の熱視線を無視し、重たいドレスを纏う彼女らが追いつけない速さで会場をぐるり、1周する。
(……隠れているのか? 意味のないことをする。だが……)
目当ての人物を見つけられないまま自分の定位置に上がったわたしは、欲望塗れのしつこい視線を追い払うかのように侍従を呼んだ。
探し人が来場済みかどうかの確認と呼び出しを申し付け、にじり寄るようにこちらを窺う有象無象の壁の向こう、ラセル侯爵に声をかけた。
「珍しいこともございますな」
含み笑いを隠さずに上がってきたダートン・ラセルとは、ドゥーべの仲介でそれなりに親しくして来た。ドゥーべより更に年上で、表向きの交遊はあまりないが、その実、数少ない友人の一人だ。
「貴殿の後添え探しの邪魔をしてしまったのなら申し訳ない」
「いえいえ。殿下にお声がけいただけるより光栄なことはございません」
互いに浮かべる笑顔は傍から見たら穏やかだろうが、欠片なりとも本性を知る当人同士にとっては胡散臭い。
「近頃めっきりお会いする機会に恵まれず……お元気そうなご様子に胸を撫で下ろしておりました」
「お互い、なかなかに忙しい身だからね」
ドゥーべという名を出さず、裏での親交を悟らせないよう婉曲に重ねる会話も慣れたもの。会場は広いようでいて狭いのだ、誰がどのような方法で聞いているかわからない。
「せっかくキミの姿を見かけからね。世事に疎いわたしにいろいろご教授願えないかと思って」
ダートンは口が軽い噂好きとして社交界で名を馳せる。彼の言うことは耳半分で聞き流せと言われるほどだ。
実際のところ、彼は出すものと出さないもの、情報操作に長けているのだが、今回はその外面の方を利用させてもらいたい。
「サガイ公爵のご子息達は今回が初めての来訪だろう? どうなのかな、と気になっているんだ。ほら、ルイーズの婚約者殿の受入れ準備の責任者はわたしだからね。できるだけあちらの関係者には満足して帰国してもらいたい」
虎視眈々とこちらを窺い続ける貴族達。しかしずっとこちらだけを見ていられるわけではないから、どうでもイイ話題を餌として投げてやる。彼らが欲しいのは、わたしの個人的な情報なのだ。
「双子でいらっしゃるというのもさることながら、もちろん、皆様方好意的に受け入れられているようですよ。殿下もご存知の通り、我が国には適齢期の子女が多くおります。国家間の友好関係を深める一助になりたいと願う者も多いのでしょう」
そこからダートンはヘラヘラと笑いながら昨今社交界で噂される貴族間の縁組についての考察を語った。
曰く、どこそこの子息が良縁を得そうだが相手の令嬢は乗り気ではないらしい、とか、とある淑女が不貞を疑われて離縁されそうだが実は夫の不倫相手の策略らしい、とか。
実名と匿名を織り交ぜて語られるそれには、ケネスにとって初耳のものもあった。
「ところで」
だが、彼を呼んだ1番の理由は、
「先程小耳に挟んだのだが、アケルナーの未亡人も話題になっているようだね?」
ツィーナにまつわる噂を聞くため。
ダートンならばドゥーべとの縁もある。質問するには最適だった。
「公爵家の一角が落ち着かないとなれば王族の皆様方がお気になさるのも当然でございましょう。ましてお優しいケネス殿下が、不遇な女性を捨ておくとは思えませんしなぁ」
言葉の丁寧さとは裏腹に弓型にしなる瞳が不快だ。が、仕方ない。この男はこの後、存分に利用させてもらう。
「かの夫人は先日の夜会がほぼ初参加だったようでございますね。アケルナー公のお人柄からは想像のつかない清楚なタイプの女性だったと話題にのぼっております。わたくしめも葬儀の際と先日の夜会、二度ばかりお目にかかりましたが、どうしてどうして。あのアケルナー公の掌中の珠は、昨今珍しい妖精のような女性だとお見受けしました」
妖精のような女性、とは華奢で儚げな深窓の美姫を例えるのに使われる表現だ。恋愛や結婚に積極的な女性の増えた今ではあまり聞かない。
確かにツィーナは、妖精に例えるのが相応しい。
慈愛に満ちた微笑みも、その身に纏う清冽で優しい空気も、目を疑う愛らしさも。だが、他の男の口から彼女を讃える言葉を聞くと、腹の底からフツフツと冷えた怒りが湧いて来る。いったい誰の許しを得てツィーナの姿を拝むのか。
「しかし……大きな声では言えませんがね。どうも、どこぞに欠陥があるのではないか、と……。と言いますのも、以前アケルナー公と奥方はずっと別居されていましたし、一夜の共寝すらしていないとの噂も……」
(……やはり)
国王を説得するにあたって「子ができていない」ことを引き合いに出した手前、白い結婚の噂が広まるのはよろしくない。自分が彼らの結婚の実態を知っている以上、他にも勘づいている者がいるだろうとは思っていたが……。
目の前の男がスピーカーだ。
ダートンならば、ドゥーべの派手な交遊も知っている。ツィーナの噂話を手土産にあちこちの社交場に潜り込んでいるのだろう。
(さて。四方まるく納めるには)
ダートンはその後も、ツィーナ獲得に興味を示す家や、彼女の実家であるハダル男爵家の懐事情の噂なんかをペラペラと巧みな話術で羅列していく。
ドゥーべ亡き今、直接的にわたしと繋がるために彼なりの思惑があるのだろう。出し惜しみのない情報が、別の未亡人の話題に移ったところで、
「ご歓談中失礼致します。お呼びと伺い参上致しました」
ようやく、待ち人が現れた。
一瞬興をそがれた表情をしたダートンも、相手を見て即座に愛想笑いに切り替える。器用な男だ。
「待っていたよ、カウス。呼びにやってから随分と時間がかかったが、体調でも崩しているのではないかい?」
親密さを漂わせて、下げた頭を上げさせる。
「お待たせ致しまして大変申し訳ございませんでした。休憩室に行っておりました」
本当に体調不良なのだとも、侍従の連絡が遅れたのだとも取れる言い方。綺麗で薄い作り笑いの眼鏡の奥を、冴え冴えと光らせたカウス・アケルナーがこちらを睨む。
「今日は一人なんだね。ツィーナは留守番かい? あぁ、シャウラが寂しがるから仕方ないか。ツィーナは心優しい女性だから」
ダートンの前でアケルナー家とわたしの繋がりを強調するのはわざとだ。
古い噂をかき消すには、上書きするのが一番早い。
「……殿下にご理解いただき、義母も光栄に思っていることでしょう」
「相変わらずカウスは堅苦しいな。……あぁ、紹介しよう。と言ってももちろん、知らぬ仲ではないね。だが、ラセル侯爵とドゥーべが旧友だったとまでは知らなかったろう?」
無難な挨拶を交わす2人の様子は対称的だ。
好奇心丸出しの中年と、どこまでも他人行儀な青年。天然モノの熟練狸と、青さの残る室内飼い。
「せっかくの機会だ、ラセル侯爵には特別に伝えておこう。先代との絆を大切に思うのはお互い様だからね」
こちらを窺う2人の表情も対称的。
何を言うのかと訝しげな光を水色の瞳に浮かべてしまうあたり、まだまだ若い。同世代では群を抜いて優秀な貴族といえど、年の功は偉大なのだ。実父が手本にできない状況で成長して来たことを思えば末恐ろしいが、如何せん、磨きが足りない。
敵対したいわけではない。しかし、こんな若造、あしらうなんて簡単なこと。
「わたしはドゥーべの遺したアケルナーの家族を心底心配している。何せ、ダートンも言っていたように、奥方も跡継ぎ殿もまだ若いからね。王家としても伝統ある公爵家の苦難は我が苦難のごとく気になっているんだ」
「殿下の手を煩わせることは……」
「だからね」
口を挟むなと睥睨すれば、悔しそうに奥歯を噛む。その未熟さでわたしと張り合おうなど百年早い。
「幸いわたしは身軽に動ける。友人の家族はわたしの家族も同然だ。よろこんで支援しよう」
「王家として」、それはつまり、両陛下の裁可が下りているということ。そして、独身であるわたしが、アケルナーの面々を家族と扱うという意味。
ふむふむと大きく首を縦に振り続けるダートンは、どうやら自分の仕事を理解したらしい。心得たとばかりの笑顔で、
「本当にケネス殿下はお優しい。それであれば、夫人もお子の将来も安泰ですな。これは素晴らしいお話しを聞かせていただきました」
「いえ、ありがたく存じますが、陛下に申し上げました通り義母を我が妻に迎え、これまでと変わらぬ忠誠をもって責務を果たす所存でおります。彼女はアケルナーを本心から大切に思い、領民や家族に尽くしてくれています」
「おや、わたし達の仲じゃないか。遠慮なんてしないでほしいな、子どもは大人に甘えるものだよ?」
「これはこれは。アケルナー夫人とはかくも優れた女性なのでしょうな。わたくしめも後妻探しに励まねば」
はっはっはっ! と丸い腹を揺らす明るい声が、密かにひりつく空気を攪拌する。
ダートンを使って効率良く外堀を埋めようと思ったが、若造なりの猪突猛進とでも言うべきか。カウスが宣戦布告を捩じ込んできた。
一瞬目を丸くしたダートンは面白そうな顔で、一礼して去っていく。最後に余計な一手が紛れ込んだが、彼ならばうまくこちらの意を組んだ噂を流してくれることだろう。早速、ツィーナに興味を示していたという貴族の一人をつかまえに行く後ろ姿は頼もしい。
「殿下。ご用件とは今の方との会話でしょうか?」
ギュッと皮の手袋を握りしめる微かな音に視線を戻し、わたしは思わず破顔した。隠しきれない彼の嫉妬と屈辱、対抗心が可愛らしい。子猫は必死に威嚇したとて子猫にしか過ぎないのに。
「違うよ。まずは喉を潤そうか」
カウスを引き連れて、ほんの少し奥に下がる。専属の侍従が運んできたグラスの一つをカウスに渡し、自身も冷えた酒を一口含んだ。
「先日お手紙にてお願い致した件でしょうか? 魔法研究所の……」
「あぁ、それもあったね。けれどまぁ、その件は既に互いの手を離れたろう?」
「妹も感謝しきりでございました。国の発展に僅かなりとも貢献できればと本人と話しているそうです」
「それは何よりだが……そう警戒しないでくれないか。不本意だろうが、これもすべてツィーナの名誉のためなのだから」
如才無い秀才がこうも感情を漏らす様子に苦笑する。
(「義息子」などと……口先だけの戯れのつもりだったが……)
もしかしたら、わたしはツィーナに感化され始めているのかもしれない。
荒海を乗り越えるにはまだいささかの粗が残るカウスを、多少なりとも導いてやらねばならないという思いがよぎった。ライバルとしては愛すべき未熟さだが、ツィーナの庇護下にある存在と考えれば……このわずかな未熟さが命取りとなりかねない。
ツィーナの足を引っ張りかねない。
「……義母は今以上を望みません」
(これ以上恋敵を増やしたくない気持ちも、彼女を隠しておきたい気持ちもわからなくはない)
「火のないところにも煙は立つ。ましてや、彼女は領地に、ドゥーべは王都に暮らしていた。女性にとって名誉を損ねる噂の立ちやすい環境だということはわかるね?」
暗に、「ツィーナが既婚の乙女であることが面白可笑しく噂されているのだ」、「彼女を貶されたままで良いのか」と伝えれば、アケルナーの次期当主はぐっと薄い唇を引き締めた。
立場上、放置できないことはわかっているが気持ちは裏腹……というやつか。
「王族が後ろ盾となれば、噂はあっという間に上方修正されるだろう。ツィーナも、そしてシャウラも、今後の社交で要らない苦労をしなくて済む」
「…………ご厚情、痛み入ります」
「気にする事はないよ。こうしたことを教えるのも先達の役目だ」
やはり聡明な若者だな、と思った。全てを語らずとも、多くのことを飲み込んで最善を理解できる。
そう、彼は王族の特別な図らいに感謝するだけで良いのだ。ツィーナのために。
「思うところはあるだろうね。だが、彼女を守りたい気持ちは同じなのではないかな?」
「……はい」
「ならば存分にわたしを頼っておいで。盾は一枚でも多く、より大きく強い方が良いものだよ」
「……感謝申し上げます」
「それと、完璧な笑顔を学びなさい。無表情では補えない」
「…………」
当人にも届かないかもしれない小声で、最後に余計な一言を付け足した。我ながら、らしくない。けれど、後悔もしていない。
(妻さえ居ればイイと思ったが……)
わたしも歳なのかもしれない。講釈たれることを楽しむようになる日が来るとは。
(……意外と、父親という立場も悪くない)




