素直になるのは難しい。でも素直になれば平和です
ここで第一部完結として、一度完結設定にしたいと思います
第二部を書き溜めてから、再連載とさせていただきます
カウスくんのエスコートさえあれば、サンルームにも問題なく入れた。
ほぼ全面窓張りで、実際問題、魔力を使った戦いとかになったら魔法研究所所長に勝てる見込みは限りなくゼロなのに、だ。
なんというか……カウスくんが居てくれるおかげで、冷静さが戻ってきた気がする。わたし、相当追い詰められていたらしい。
「この部屋は雪景色も美しいですが、今のような季節もイイですね。暑くなると、この石がなんとなく涼しげに見えて来るから不思議です」
「白っぽい玉砂利だからかもしれないわ。タウンハウスみたいに季節ごとにお花の咲くお庭もイイけれど、常に変わらない景色っていうのもイイわね。日差しの移り変わりが良くわかるもの」
まぁ、違いは窓の中だけで、こちらも外は見事な洋風の庭園だ。咲き乱れる花の色に、若々しい葉の薄い緑。ガラス一枚隔てた世界の色相の違いもなかなか楽しい。
そう。落ち着いて考えてみればわかることだった。ここは、柵に囲まれた公爵邸の広い敷地の、更に内側。魔法技術の粋を集めれば、盗聴や盗撮のようなことは可能なのかもしれないが、それはすべて、相手の罪になれど、こちらの過失にはならない。
わたしは、恐怖に呑まれて、現実的なことが見えてなかった。
何かあった時に罰されるのはあちらだ。そしてそもそも、公爵家に無用な喧嘩を売る馬鹿はいない。格下はもちろん、同格だろうが、格上だろうが。体裁や格を気にする貴族がそんな馬鹿なこと、するわけない。万が一、個人が暴走したら……それは向こうの一族が総出になって収めることだ。もちろん、こちらに有利な条件で。火のないところに煙は立たぬと言うけれど、火のあるところに立った煙は痕跡をしっかり残すのだから。
「今日のお昼ご飯はね、料理長さんにワガママ言って、特別仕立てにしてもらったの」
床に敷いた飛び石を踏みながら、陽射しの明るいテーブルにつく。すぐに、エバさんとメイドちゃん達がやって来て、次々に配膳を済ませていった。
「随分小さい器ばかり……量が多いようですが?」
所狭しと並ぶ小鉢に、怪訝な瞳がわたしを見た。
「多いって言うか、うーんと、これで全部なの。前菜も主菜もデザートも全部を一度に出してもらった、と言えばわかりやすいかしら」
基本的にコース料理しか知らないカウスくんから見ると、机に並ぶ器は「異常な前菜」なんだと思う。
(日本の旅館の部屋食のイメージなのよね。さすが料理長。きっとまた、「何か奇特なこと始めたな」とか首傾げられてるんだろうけど)
実際に首を捻るカウスくんを目の当たりにすると、感覚の違いを改めて思い知らされる。メモを見ながらブツブツ文句を言いつつ作ったのだろう料理長を連想して、我がことながら苦笑が洩れた。
「なぜ、一度に出す必要が?」
「食べたいモノから食べられるし、食事の全体量が把握できるわ。それに」
王城への納入品を考えていたら、日本食に思考が跳んだ。材料や調理法もさることながら、盛り付けの妙もあるよなぁ、なんて考えていて、
「こうして美味しいものが美しく並んでいれば食欲をそそるし、何より、一度に出してしまうから人払いの必要も一切ないの」
この配膳方法は密会向けなんじゃないかと気付いた。仕事の話やデート、諸々。
飾り切りなんかはこれから練習してもらわなくてはならない。だが、元々、盛り付けは美しいし、アケルナーの地場野菜は色彩豊かだ。
「ツィーナ……そんなに僕と二人きりになりたかったんですか? 可愛いな……」
ポソリと零された呟きに、心臓が跳ねた。
(そ……そう来るの!?)
やっぱり、甘々モードなカウスくんにはまだ慣れない。
家族としてはある程度甘えたり甘えられたりして来たものの、それとは全然違うと感じる。なんというか、眼差しと態度と声の糖度が。
モジモジと落ち着かない気持ちで視線を料理に下げて誤魔化す。
「あ、あのね、えっと……こんな感じのレストラン、王都に出せないかな、って思って……」
耳が熱い。
必死の方向転換はバレバレなのか、カウスくんがクスクスと笑いながら続きを促した。どうしよう……顔が、見れない。
「アケルナーの財源確保の一環っていうか、広報活動の一環っていうか……」
「えぇ」
(これ! 絶対ニヤニヤされてる!)
恥ずかしがっている様を見て笑うとか……意地悪だと思う。ひどい話だ。……けど、抗議できない。絶対墓穴を掘るヤツだから!
「ユニさんがね、もっとアケルナーのいろんな特産品を紹介できないかなって。で、王城に突然送り付けるのは無理だから、城下から流したらどうだろうって思って、基本的に貴族って何かあっても自宅で密談とかするけど、こういうお店があったら新しいモノ好きとか庶民とかには受けるんじゃないかなって!」
必然的に早口になって一方的に捲し立てた。だって、それしか自分を紛らわす方法がない。
「地場産品のお店をただ開いても『変な八百屋』とか思われるだろうから、どうせならレストランにしちゃえばおもしろいかと思ったんだけど! 多少高くても非日常だもん、どう思う!?」
説明したいことの半分も言えていない気がするし、喋っているうちに自分でも訳がわからなくなってきた。
(このね!? 向かい合うっていう座り方もね!? 正直どうかと思うのよっ!)
そういえば、大昔、カウンセリング的なものは向かい合うより角を挟んだL字がイイと聞いたような。その方が、会話するにも心理的ハードルが低いのだとかなんだとか。
(めっっちゃわかるっ!!)
義親子なら気にならなかった……むしろ、マジマジと覗き込んだこの距離が、今はやけに気まずく感じる。今までわたし、主に見つめる側だったから。甘やかに見つめられると、どうすれば良いのかわからない。困るのに……不快ではないから尚更だ。
嬉しい、ホワホワする、幸せ、満たされる──だから、戸惑う。
「仕事の話しも大事ですが置いておいて。せっかくです。まずはいただいてみませんか?」
「そうだねっ!?」
(しまった、そうだよね、味とか食べやすさとかが先だよね!?)
穏やかな声にハタと気付いて顔を上げた。穏やかな、慈愛を感じさせるカウスくんの表情にドキンとしつつ、一緒に食事の挨拶をする。
「ツィーナは相変わらずおもしろいことを思いつきますね」
並べられた数々は、目にも楽しい。
食器の類は残念ながらこういう用途を考えて揃えていないから、同じ種類ばかりだったり、やけにシンプルだったりゴージャスだったり。統一感の無さは今後の課題だ。しかし、食材や調理技術だけでなく、陶器や漆器の需要も新たに生まれると考えれば、プラス面の方が遥かに大きい。
普段は盛り合わせになっているアンティパストが小鉢に分けられているのをつつきながら、カウスくんが水色の目を柔く細めた。
こういう優しい表情は、いかにもカウスくんらしくて好きだと思う。冷たい印象を持たれがちな彼はその実、面倒見が良くて感受性豊かで、愛情深い。
(一人占めしたいような、みんなに知って欲しいような……複雑な気持ちだわ)
「……そんなに見つめられると、食べにくいのですが……」
「ごめ……っ」
知らず知らず見惚れて、不躾に凝視してしまったか、と謝れば、苦笑する彼の耳が赤い。微妙に逸らされた視線も所在なさげで。
(かわ……っ!!)
可愛い過ぎて心臓止まる。
照れた様子の可愛いこと可愛いこと。その破壊力たるや、わたしの言語中枢を撃ち抜いて文字化けを起こさせるほど。
脳内で奇声を発し悶えつつ、落ち着くために遠い外へと視線を飛ばした。
「……うん、美味しいです。小皿に分かれているから、味が混ざらないんですね」
カウスくんの纏う空気が柔らかい。
まるで、自室で2人で話している時のようだ。これももしかしたら、旅館スタイルで食事することの恩恵なのかもしれないと思う。メイドちゃん達とはいえ、他人が居る場所で気を抜くことは、彼にとっては難しいのだろうから。
「お肉が冷めちゃうのが問題よね。スープも温くなってしまうし」
「そうですね。保温の魔術具を組み込んだ食器は……まだ見たことがありません。作れなくはないでしょうから、一先ず依頼してみますか」
「魔術具自体も、小型化しないと難しいかもしれないわ」
湯たんぽのような魔術具はあるものの、それなりの存在感だ。お盆や机自体を温めるか、小型軽量化をはかるか……
「では、それも魔術具の工房に依頼してみましょう。魔法研究所と連携してもらってもイイ」
「っ」
「ツィーナ?」
自分から振った話の着地点にその名が出てくるとは思わなかった。反射的にビクリと跳ねた肩に目敏く気付いたカウスくんが、
「なんでもな……」
「ないことはないですよね?」
先日のこともあって眉を跳ね上げる。
(そりゃ……あれだけ様子がおかしかったんだもん、気になるよね)
でも、この期に及んでも口に出すのが憚られた。だから、わたしは少し逡巡したあと、
「……苦手なヒトが居たの」
とだけ告げた。そして、
「なんか……自分があそこまで誰かを『苦手』って感じるのが我ながら珍しくて……なんていうかショックだったの……」
苦しい言い訳を付け加える。
「……その相手に危害を加えられた、とかではないんですね?」
心持ち低くなったカウスくんの声に首を振り、わたしは「あくまで自分の気持ちの問題」だと言い通す。実際、恐怖を感じただけで、実害などはなかったのだ。
「それより……カウスくんは? さっき、なんで怒ったの……?」
言い難いこと、聞にくいこと。訊くならこの流れかもしれない。
執務室での彼の苛立ちは、椎田さんの手紙を理解したせいじゃなかった。
(触らぬ神に祟りなしとは言うものの……地雷の位置は知りたいよね)
今こうして穏やかに過ごせているのは、結果論。あやうく底なしのヤンデレ沼で藻掻き苦しむところだった。カウスくんは優しいから……わたしに鎖を付けたとして、結局、自責の念に苦しむ。そんなの絶対に嫌。
「カウスくんの嫌がることはしたくないもの。ね、何があったのか教えて?」
ギュッと眉間に寄った不機嫌なシワ。その深さが彼の愛情の深さの裏返しに思えて、胸がじんわり暖かくなる。自分を追い詰めるほどにわたしを愛してくれていることが、一目でわかって……申し訳なくも「嬉しい」と感じてしまった。
(やっぱりダメだなわたし。そんなこと思う母親なんて毒親でしょ。どう足掻いたって、わたしじゃ、カウスくんの母にはなれない……)
「何がおかしいんですか?」
怪訝そうにこちらを見るカウスくんに、素直に自嘲の笑みだと説明すれば、
「だから言ったでしょう? あなたはずっと前から僕のモノなんです」
途端、清々しいまでに満足げな顔。瞳を交わしてクスクス笑えば、
(なんか……もう、いっか)
そう思えて来る。わたしだって、向こうだって、言いたくないことはそれなりにあるし、いつか、言いたくなった時に言えばイイ。
思い直して蕾野菜のゼリー寄せを切り分けた。コンソメの風味が程良くて、ツルリとした喉ごしに夏の到来を予感する。今年ももう、こんな季節か。
「……ツィーナも読んだでしょう?」
卵とマカロニのサラダに舌鼓を打っていると、ふいに、探るような視線を感じた。
「何を?」
問えば、
「手紙ですよ。ケネス殿下からの」
「ケネス様から? いつ?」
「開いてあったじゃありませんか。王城の封書で届いたのでしょう?」
「え??? ルシータ陛下でしょ? あ、陛下の便箋にケネス様が書いたの?」
今一つ、要領を得ない。
「ん? なんでケネス様が納品の話? 王弟の仕事ってそういうのもあるの??」
「……読んでないんですか?」
「ちょっと……カウスくんが何言ってるかわかんない」
「……二枚、便箋があったでしょう?」
カウスくんはわたしがあの時思った通り、王城から来た手紙を読んで不機嫌になったので間違いなかった。だが、どうやらここにも食い違いがありそうだ。
言われて思い返してみれば、確かに便箋は二重になっていた……ような?
(正式なお手紙は二枚目必須だって小学校で習ったっけ。内容が短くて一枚だけで済んだ時も、白紙をもう一枚つけなさい、って)
椎田さんの用件は一枚で完結していた。余裕がなかったのもあって、二枚目の便箋を白紙かどうか確認することもしなかったが……もしや、アレが?
「思い出しても忌々しい。ケネス殿下からの恋文ですよ」
「は?」
わたしが本当に手紙の存在を認識していないことがわかったのだろう。カウスくんが半眼で言い捨てた。じっとこちらを見つめて来るのは、たぶん、わたしの反応を見逃さないためなんだと思うけれど……
「なんで?」
疑問が全てを上回る。
(というか、どうやって?)
椎田さんは平仮名が解読されないと確信して使ってる。それでも、念のための用心は欠かさないから、きっちり封をするはずなのに。だから、ケネス様からの手紙が同封されているとは、思わなかった。
しばらく距離を置くことを勧めてくれる椎田さんが、ケネス様との繋ぎ役を買ってでるとは思えないし。
「なんで、って……。ツィーナのことが好きだからでしょう?」
この上なく不機嫌そうに、「なぜ僕がそんなことを……」と言われ、「わたしがカウスくんのこと好きだって知ってるくせに」と苦笑を返す。困ったカウスくんだ。
「……ケネス様に、ちゃんと伝えなきゃね……」
わたしはアケルナーに居たい、と。わたしは、ツィーナ・ハダル・アケルナーなのだ、と。
「そうですね」
不機嫌をどこかに投げ捨てたカウスくんの優しい笑顔。
出会った時はツンツンとして無愛想で。でも、胸襟を開けば優しいヒトで。
誰よりもわたしのことを想ってくれて、そばに居てくれた──。
今ではこんなに、素直に気持ちを見せてくれて、真っ直ぐこちらを見つめてくれて。
「ねぇ、カウスくん」
「はい?」
さらりと流れる銀の髪が眩しい。
氷に例えられる銀の髪と水色の瞳は、わたしから見れば凪いだ海だ。生命の、源。
「ありがとう」
「?」
胸いっぱいに広がって零れ落ちた言葉に軽く首を傾げる様子も愛しい。
わたしを見捨てないでいてくれて。
待っていてくれて。
愛してくれて。
出会ってくれて。
誰よりも、何よりも。感謝してる──。
プロットでは……ヒーロー出揃って、「誰を選ぶか」で終わろうと考えておりました
でも、心理面浅く長すのは難しいタチでして……あっさり終わるのは無理でした
すみません
ということで、第二部は既出ヒーロー達をみんな幸せにするために、ツィーナが頑張る予定です
ここまでお読みくださってありがとうございました
第二部も読んでもイイよという優しい皆様は、ブックマークしていただけるとありがたいです




