若かりし魔法研究員の出会い
世の中に、価値のあるモノは少ない。驚くほど少ない。
人生は有限で、ボク自身のキャパシティだって有限なのに、その貴重な一片を奪おうとする無価値なモノのなんと多いことか。くだらなくてくだらなくて。腹を立てる価値もない。
しかし、ある時ボクは気付かされた。無価値なモノが価値あるモノを連れて来ることがある、と。更には、無価値に見えるモノの中にも、価値あるモノが紛れている、と。
魔法というのは可能性の塊だ。つまり、とても価値が高い。魔法研究所というのは、自身の生まれ持った魔法を研究する場所であり、同時に、魔法を応用した魔術を開発したり魔術具を開発したりする場所でもある。
ただし、どこにでも価値を見誤る人間というのは居るもので。
「商売男爵、今日また来るらしいぞ」
「なら、あれこれ並べとかなきゃな。何か一個でも売れれば豪遊確定だからなぁ」
「これとかどうかな。アイツ、好きそうだと思うんだけど……」
うるさい。うるさいうるさい。
合同研究室の意味を理解しないバカが多くて頭に来る。
(早く個室が欲しいものです)
所内は階級制度と年功序列の複合システム。入所から三年目までは十把一絡げに初級研究員として、それ以降は身分や功績、年齢に応じて中級~特級研究員として、遇される。
入所から三年以内に辞めていく所員が圧倒的に多くそれ以降は離職率が激減するから、というのが理由の一つなのだそうだが、こうして共用の空間で騒ぎ立てるアホ共などはむしろ早いところ辞めて欲しい。ヒトがたくさん居る空間とはつまり、他人を侵害する空間だ。なぜ、己が迷惑をかけていると気付かないのか。
公爵家出身で魔力量も多いボクは4年目からは静かな個室に入れることが決定している。しかし、あと2年も待たねばならない。まったく、有能と無能の区別もつけられずに十把一絡げに扱う上層部にも呆れたものだ。
気にかけてやる時間も労力も惜しい。そう思うのに、堂々と割り込んでくる騒音が煩わしい。
「ようこそおいでくださいました!」
「ハダル男爵のご炯眼にかなえば……」
雑音を無視するという地味に気力の削られる行為を、持ち前の集中力で淡々とこなしているうちに、今日も難問に突き当たった。
ボクの今の研究テーマは魔力の有効活用。生来の属性を生来の魔力で活かせば、魔法とはもっと応用の効くもののはずなのだ。理論立てず感情に引きずられるから「風を起こす」「火をつける」などの単一現象に終わってしまうだけで、構築した通りの流れを起こせば、もっと幅広く利用できる。それを、ボクはボク自身の闇属性で証明したい。有り余る魔力を持て余して暴走させるのではなく、もっと大きな現象を起こすために活用したい。しかし。
(闇を凝縮してできるコレはどう使うべきなのでしょうね)
希少と言われる闇属性だが、高位の貴族に限ればさほど珍しいものでもない。希少だからと長い年月かけて寄り集められた血のなせる技とでも言うのだろう。ボクの親兄弟には居ないが、親族でみればボク以外にも闇属性持ちは数人。比較的顔をよく合わせるところだと、叔母がそうだ。
叔母は闇を薄く広げて使うのが上手い。目隠しのように、それも薄い靄のように、さり気なく使っている。ボクはまだ彼女の半分も生きていないとはいえ、毎日の無駄を省いて練習に打ち込めば超えることは難しくない。だが、猿真似に時間を使うのは有限な人生の無駄遣いだ。ボクにしかできない活用方法を見つけなくては。
手の平の上、風景にぽっかり浮かぶ闇の塊。
叔母とは逆に、魔力で作った闇をギュッと極限まで凝縮してみた。今の自分に操れる最大魔力量をもってしたそれは、真っ黒なリンゴのようにも見えるが、光の届かない深い深い穴にも見える。
「ブラックホール?」
「!?」
ふいにヒトの声が聞こえた。驚きに集中力が四散する。揺らぎかけた闇の塊を、慌ててギュッと握って安定させた。
こんな室内で暴走したら何が起こるかわからない。それだけの魔力を注ぎ込んであるのだ。
「向こうに行ってください」
視界の隅に何か小さめでピンク色の物体が映った。それのせいだろうと当たりをつけて言い捨てる。
再びしっかり安定した漆黒の塊を前に、思索を再開するものの、
「そえ、あぶないとおもいましゅ」
またしてもすぐ傍から邪魔な声が上がる。
「ブラックホールは、なんでもすいこむはずだから……はやくそのくろいの、けしてくだたい。あぶないです」
少し舌足らずな幼い声が、それでもはっきりとそう言った。
それはまるで……ボクにも活かし方のわからないこの塊を、ボクより熟知しているかのようで。
湧き上がった腹立ちを抑えつつ、チラリと一瞥する。なぜこんな場所に幼女がいるのか。服装や立ち姿から貴族の子なのは確かだが、どのみち、研究員になれる年齢ではない。
(そういえば今日は来客があるとか聞こえましたね)
そういうことか。
騒音を撒き散らす上に、邪魔な物体も連れて来て、その上放し飼いにしておくとは。
個室さえあれば、こんな些事に煩わされることなく篭っていられたのに。
合同研究室は広いホールのような場所だ。幾つもある作業スペースの中から好きな場所を選んで使えるが、間仕切りなどは一切ない。ついでに言えば、余剰スペースも多くはないから、ボクの研究場所も「ポツンと」と言う程に周囲と隔絶されてもいない。
合同研究室の狙いに、他者との協力やら互いの目による抑止効果の期待なんてものもあるらしいが、余計なお世話だ。冗談は冗談で終わらせてほしい。これだから、上層部の無能は害悪なのだ。
「あんぜんなけしかた、もしかしてわからないですか?」
小さなピンク頭は闇の塊が余程気になるのか、一向に離れる気配がない。無視する労力と誰かに一声かける労力……さてどちらを取るべきか、と思い浮かんだところで、
「どうしょ……さすがにせかいがほろぶのは、よくないよね……?」
この幼女、頭がおかしいのか。そう気付いた。
可愛らしく整えられた姿形に騙されたが、呟く内容がどうもおかしい。
(これは……困りましたね)
無視しても保護者を呼んでも、この手のタイプは一度執着してしまったモノから離れようとしないだろう。
(眠らせてしまうのが一番早いかもしれません)
仕方ない。
塊にした魔力を少しずつ、自分の中に戻していく。一度に取り込むと体内で解すのに少し手間がかかるのだ。こうして目視しながら解して行く方が早い。
「わ……ブラックホールがちえてく……。そっか、まりょくだから……? え、でも、だとすうと……?」
魔力が戻って来るのを感じながら、「さて、視界を奪ったら幼子は眠るだろうか?」と考える。怖がって泣き叫ばれると非常にうるさい。
「あの、しつもん、いいですか? そのブラックホール……くろいのって、おもたいですか?」
「は?」
蒙昧な呟きが突如、しっかりとした意思をもってボクに向けられた。
(何をどうして重さになった?)
頭がおかしい子どもの発想の突飛さに、ほんの少し興味が湧く。軽々と手のひらの上で浮いているのを見ているのに、まさか重さを訊いてくるとは。
「ブラックホールって、すごいしつりょうがぎゅーぎゅーにあっしくされてできうもののはずだから、じゅーりょくがすごいはずで。あ、でもじゅーりょくとそれじたいのおもさはかんけぇないのかな……でもしつりょうがあるんだもん、おもいよね」
途中からまた呟きに戻っていったそれの中に、気になる部分を見つけて、薄らと目を見開く。この子ども、今、「圧縮」と言わなかったか?
「……あなたの言う、『ブラックホール』とはなんですか?」
考えるより先に口が動いた。
愚者の戯言か、異端の賢者か。期待はないが、興味は強まる。頭のおかしな子どもには稀に、早熟な奇才が紛れているのだ。例に漏れず、自分自身、奇妙な子どもだった自覚はある。
(有象無象ではなく、なぜボクのところに来たのでしょうねぇ?)
闇の塊が全て消えるまで、もう少し。その間に話を聞くくらいならしてやってもいい。
「ブラックホールは、かんたんにいうと、なんでもすいこむあなです」
初めより半分程度の大きさまで減った塊を見ながら、幼女が柔らかそうな頬に手を当て、考え考え言葉を紡ぐ。
「たとえば、このハンカチをまるめてぎゅっぎゅってちいさくして……これはかるいけど、つくえをこのくらいちいさくすると……」
小さな口が話す言葉は聞き取りにくい。けれど、彼女は一生懸命説明を続ける。まるで、抑圧されていた思考が堰を切ったかのごとく。理解されない天才が、初めて会話の通じる相手を得たがごとく。
人形のような小さな手に、小さく丸めたハンカチを乗せ、もし机の質量をこのサイズまで圧縮したら……もし国を丸ごとこのサイズまで圧縮したら……それは見た目よりずっと濃密な質量を持った物体となる、と語る。そして、その規模が大きくなればそれは最終的に、重力という名の力を生み、モノを引き寄せ始めるのだと。
「ブラックホールはひかりもひちよせて、にがしません。だから、そういうふうにくろくみえます」
「光すら逃がさない……」
親しくもない幼子の言うことを、全て理解するのは難しい。しかし、所々、聞くべきところがあるように思えてならなかった。
もはや消えそうなほどに小さくなった闇の塊。魔力の分解と吸収を止めて、その残った魔力に再度圧をかけていく。試してみたいことができた。
「ブラックホールをつくるくらいまであっしくされたまりょくが、もしぼーそうしたら、さいていでもくにがほろぶっておもったので、こえをかけました」
「……不本意ですが、その見立ては否定できませんね。確かに容易にそれを為すだろう魔力量は篭っていました。だが、爆弾のような単純な用途は却下です」
ピンク頭の子どもが、常識から見て頭のおかしい、はみ出した子であることに間違いはなさそうだ。それが天才故か、妄想故かはまだ確定できないが。
「お嬢さんの言う通りこれがブラックホールというものだとしましょう。つまりこれには、モノを引き寄せる力がある、と?」
「わたしはせんもんかじゃないから……そのちいささだとどのてぇどのじゅーりょくをもつかは、わかりません」
どことなく気まずそうな表情を不思議に思う。専門家ではないとはつまり、「未検証の仮説に過ぎない」という意味だろうか。それとも、闇魔法を使えないという意味だろうか。
試しに訊いてみると、彼女の属性は風だった。
「ちなみにお嬢さん。これは闇魔法だから黒いのだとわかっていますか?」
「やみまほう? ……もともとひかりをきゅうしゅーするせいしつがある……? それって、なおさらあぶないんじゃ……。まりょくのみつどがほかのぞくせえよりこいのかもしれないし……」
彼女はどうやら闇属性の存在を知らなかったらしい。戸惑ったような表情で、けれど、ブラックホールと言った言葉を否定しようとはしない姿に、「もしや」と期待の芽が頭をもたげた。
(属性ごとの魔力密度の違い……それは考えたことがありませんでしたね。個人の魔力量による同属性間の発動差異ではなく、そもそも属性によって魔力の集まりや動きに差があるとすれば……。確かに、違いはあってもおかしくない)
「実験してみればわかることです」
ゴマ粒ほどの大きさに圧縮した魔力の塊。小さいが、幼子曰く「光を吸収する」それはくっきり目立つ。
「すごくすごぉく薄い、貴重な紙です」
引き出しから取り出した素材を闇の塊に近付ける。と、
「…………」
「はわっ! たべた!」
塊に近付けた部分がぴたり、吸われたように貼り付いた。それから、見るからに小さな闇に端から吸い込まれて消えていく。
まさに、子どもの言う通り。紙1枚が吸い込まれて消えてしまった。
(吸収した? 消滅したということでしょうか)
まさか、謎だった闇の塊の特性がこんな形で発覚するとは。その特性共々、予想外もいいところだ。
「こわい……。おっきかったらみんなたべられちゃうのかも……」
困惑と恐怖の混じった浅緑の瞳でボクの手の上を見つめる幼女。初めて、彼女に明確な興味を抱いた。どうやらこの子は凡愚ではないらしい。
「お嬢さんのお名前は?」
恐らく、魔力量は多くない。だが、話す価値はある。数少ない、価値ある相手だ。
「チーニャ・ハァルです」
「そうですか。ボクはクルストと言います」
「くる……くり…くうしゅとしゃん」
「今度来るまでに、大きさや魔力量による、吸引力の差を調べておきましょう。あなたは、ブラックホールに消えた紙がどこにいったのか、考えて来てください」
会話してみたい。そう思った。珍しく、面倒だと思わない。彼女はボクと同じ、異端な奇才。
価値は年齢では決まらない。価値はヒトの才能による。
この子なら、また訪ねて来てもいいと思える。ボクの時間を割く価値のある貴重な相手だ。
「ブラックホール、ですか。おもしろい」
「またみにちてもいーですか?」
「ぜひ」
自身の魔力の可能性にワクワクした。早速、吸い込めるものを確認しよう。
「クゥイシュしゃん、ぜったいばくはつさせないでくだたいね? しんちょーに、です」
「くふふ、わかっていますよ」
さて。価値ある実験を楽しもう。
今週、この短い一遍だけになるかもしれません。
すみません。




