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こんなにメンタルが弱いとは……(前)

一話にするには絶妙に長過ぎたので、キリの良いところで、前後編に分けさせてください


(長いせいかスマホの入力ソフトがバグり気味で、真っ白になりそうで怖いです。前編だけアップとか申し訳ないです。後編はできれば明日……入力ソフトのご機嫌次第かもしれません)

魔法研究所から戻って、五日あまりが過ぎた。ホント……無事に帰れて良かったと思う。粘着質な彼を、ゲームのクルスト攻略の経験頼りに、なんとか笑顔で振り切った。

ルートに入って絶好調の時のクルストはヒロインとの約束を絶対守るし、愛を囁けば何でも言うことを聞いてくれるイージーモードだ。選択肢を一つでも間違えば即終了の鬼畜仕様が付属しつつも、わりと一本道で単純に攻略できた。

だから、笑顔で友好的に。

決して彼に「逃げた」と思われないように……背中に冷や汗をかきながら、「今日の主役は義娘」なのだと強調しつつ、ギリギリ、なんとか面会許可証通りの時間で辞去することに成功した。いや、ホント……脳神経焼き切れるんじゃないかってくらい、わたし、頑張った。実物の彼がどう動くかはほとんど賭けだったし。


(目、つけられる覚えはないのに……)


昔のことを思い出してみても特筆することはなかったはずだ。なのにあの熱量なのが……尚更怖い。何かが美化されているのだろうか。


領地の屋敷に戻ってから、わたしは一歩も外に出ずに過ごしていた。庭にすら、だ。

ここは王都から離れた領地で……しかも魔法研究所とは、王城を挟んで正反対の位置にある。そうわかっているのに、どうしたって恐怖が勝った。


わたしの理解を遥かに超えた闇魔法。あの、何でも吸い込んで消してしまうブラックホールの魔法があれば、時空を超えて今すぐにでも目の前に現れるかもしれないし、物陰からポンと飛び出して来るかもしれない。そう思うと一人になることも怖くて……申し訳ないけれど、夜の警備の巡回も増やしてもらった。


「ツィーナ……今朝も顔色が……」


毎朝のようにカウスくんに心配をかけていることも、わかっている。でも、強烈に焼き付いた恐怖はそうそう消せるものではなかった。


「部屋を引越そうと思います」


またしても悪夢に怯える夜を越えて迎えた朝。果物すらなかなか喉を通さないわたしを見据え、カウスくんが決意したようにそう告げた。

まさか見捨てられる……? と不安になったところに柔らかな微笑みを見せ、


「そんな可愛い顔をしないでください。ふふ、頼られるというのは殊の他嬉しいものですね。当主の部屋に移るんですよ」


優しく目を細めて見せる。


「当主の……?」


「そうです。長らく使われていませんでしたが掃除はしてありますし、個人的な小物を移すだけですから、今夜にも部屋替えできると思いますよ」


カウスくんは公爵位を継いでもそれまでの癖なのか、子どもの頃からの書斎と寝室を使っていた。

当主、つまり公爵の部屋は、わたしの今使っている部屋の隣だが……


「じゃあ、わたしも移動しなきゃね。夫人の部屋に居たら良くないでしょ……?」


代替わりした公爵の新しい妻が使うはずの部屋を、わたしが占領し続けるわけにはいかない。


「なぜですか?」


なのに、カウスくんは小首を傾げて、その涼し気な顔に不満を浮かべる。


「あの部屋はツィーナ以外に使わせるつもりはありません」


隣合った夫婦の部屋、ということはつまり……寝室に、行き来できる扉があるということで。

今まではあちら側から鍵がかかった、飾り扉のようだったソレが……


「むしろ、ツィーナの名誉のために初夜まで移る予定はなかったのですが」


「しょ!?」


朝からなんという単語を口にするのか。しかし、ここで動揺しまくるのも不自然だろう。たぶん、大人の対応……スルー力を見せるところだ。


「どうでしょうツィーナ。夜も、扉の向こうに僕が居ると思えば、少しは安心して眠れませんか?」


(あ……)


ずっと心配してくれていたカウスくん。でもわたしは……ちゃんと思い出すことすら怖くて、まだ、何に怯えているのかすら話せていない。隣の部屋に居たところで、あの闇魔法は音を吸って隠すことだってできるのだから、本当はほとんど意味がないのだけれど……。


「ありがとう」


カウスくんの気持ちが嬉しかった。傍に居ようと、何とかわたしを助けようとしてくれる彼の真心に、弱りきった涙腺がホロリ、崩れる。


こんな情けないわたしに、彼は真正面から向き合ってくれている。とても嬉しくて、ものすごく申し訳ない。自分がカウスくんに強い愛情を抱いている、そのことは認めたのに、わたしはやっぱり、恋愛だとか結婚だとか考えるとどうしても腰が引けてしまう。


「何なら添い寝してあげましょうか?」


ふふふ、と茶目っ気を見せるカウスくんに、わたしは目元を拭って、


「いつかの逆ね」


うふふ、と小さく笑い返した。きっと今夜は眠れる、なんだかそんな予感がする。



「カウスくん?」


果たして夜。

就寝準備を整えて、若いメイドちゃんに付き添ってもらいつつ公爵の居室をノックする。自分の部屋から廊下に出て、数十歩歩けば目的地だ。


「あぁ、ツィーナ。確かめに来たんですね?」


ほわりと柔らかく微笑んで迎え入れてくれたカウスくんが、メイドちゃんを労って下がらせる。

わたしが怖がるから、ここ数日、廊下とわたしの居室は灯りが増やされ煌々と照らされている。こちらの部屋も十分な明るさが保たれているようだった。磨きこまれた家具も、灯りを映して輝いている。


「この通りエバが頑張ってくれまして。無事、使えるようになりましたよ」


机の上の見慣れたインク壺や、カウスくんのお気に入りの絵画。前の部屋とは比べようもなく広くて重厚だけれど、確かに、カウスくんらしさのある部屋に整っている。

わたし同様に就寝準備を終えていたらしいカウスくんの、珍しい夜着姿に目をしばたきながら、


「初めて入ったわ……。立派なお部屋なのね」


キョロキョロと部屋の中を見回した。

髪を下ろし、夜着で寛ぐカウスくんは見慣れなくて……なんだか、直視できない。いつもカウスくんは夜遅くまで隙のない恰好をしているから……ゆったりとした雰囲気が、なんだか、知らない男性のようで。気恥ずかしくなってしまう。


「公爵の部屋ですからね。父も昔はこの部屋を使っていました。まだ母の生きている、大昔のことですが。ただ、幼い僕は滅多なことでは用がなかったので、今ツィーナが居る部屋の方が馴染み深く思えます」


小さなカウスくんは、きっとすごく可愛かったことだろう。お母さんの周りをチョコチョコと動き回る幼い彼を想像して、温かな気持ちになった。


「肝心の扉ですが……」


こちらへどうぞ、と居間から繋がる扉の一つへ手招きされ、鎮座する大きなベッドに一瞬ビクッ、と足を止める。


(……わたし、6年前の結婚式のあと……ここで旦那様とお務めをしていたかもしれないんだ……)


ふと思う。

今ほど、自分の身に起こった変化を感じたことはなかった。


そうだ……あの時、わたしは諦めてこの屋敷に嫁いで来た。未来に希望はなかったし、心を閉ざしていればどんな苦痛も一瞬だ、と。安全な環境で物質的にとても恵まれた暮らしをさせてくれた両親に、その分の恩くらいは返してもイイ。幸いにも、わたしは輪廻転生というものが本当にあるのだと身をもって知れたのだから、今生は我慢すればイイのだ、と……。


「ツィーナ? どうかしましたか?」


振り返ったカウスくんの顔に浮かぶのは心配と不安。わたしのために急いで部屋替えまでしてくれた彼に、これ以上の心労はかけたくない。


「なんでも……」


なんでもない、と言いかけて、それでは逆に心配させてしまうかもしれないと気付いた。わたしなら、そう思うから。


「……旦那様が熟女趣味で良かったな、って思ってたの」


本当の気持ちを織り交ぜつつ、明るく茶化す。誤魔化したい時は嘘をつかずに本当のことを混ぜ込むとイイ。昔どこかで聞いたそんな言葉に従ってみた。


「旦那様? ……あぁ、父のことですか。なぜ僕がそんな不当な評価をされなくてはならないのか、戸惑ってしまいましたよ」


ハァ、と息をついたカウスくんが数歩戻って来て、向かい合う。反射的に見上げた先、眼鏡もその奥の瞳も見慣れているのに、ラフに下ろされた髪と、緩く開いた喉元が気になって……


「ふふ……どうしました? 真っ赤ですよ」


「っ……」


カチンと固まって反論できない。

いずれは暗く灯りを落とす寝室も今は昼間のように明るいから、お互いの夜着姿がよく見える。

わたし、変じゃないだろうか。普段からフラフラ出歩いている癖に、突然そんなことが気にかかった。

美貌を買われた母親から生まれ、日夜メイドちゃん達が努力してくれているから、前世と違って自分の見た目で思い悩んだことはないけれど……そういう問題じゃ、今はなくて……!


「ツィーナが父のことを何と呼ぼうと自由ですが、この先、『旦那様』と呼ぶのは僕1人だけにしてくださいね」


「…………カウスくんを……!?」


「だってツィーナと僕は愛しあっているのでしょう? 僕としては、気持ちは既に夫婦ですから」


「──〜〜っ!!」


(なんて小っ恥ずかしいことを……っ!!)


冒頭の「だって」以外、恥ずかしくないところがない。片っ端から恥ずかしい。


(あ……ぁ、ぃしあっ……!?)


今更、純情乙女でもあるまいし、これでも、一度結婚から死別までを経験した身だ。酸いも甘いも噛み分けて……は、いないかもしれないけれど、それなりに耐性はあるはずだった。少なくともドゥーべ・アケルナー前公爵との披露宴では、口先だけとはいえ愛の言葉を交わしたし。社交辞令とか冗談だとか思って流してたけど、ケネス様にもいろいろ言っていただいたし。


だというのに……目の前が真っ白になるかのようだった。驚きと、吹き上がる羞恥と、その他諸々の感情で、足の先まで真っ赤に熱を持っているのが感じられる。


「……嫌ですか? 僕に妻と呼ばれるのは……」


「っ!!」


怜悧なはずの水色の瞳が、縋り付くかのように弱々しく光る。こんなの……拒絶なんて、できるわけない。ズルいよカウスくん……。


「ねぇ、ツィーナ」


「…………ぃ……やじゃ…………なぃ……っ」


もう顔は見れない。無理。心臓から爆死する。緊張で喉は干からびるわ涙は出るわ耳から爆音漏れそうだわ……きっとわたし今、ひどいことになっている。


「嫌じゃない……」


しかし、一度必死で絞り出した声は、二度目は素直に言葉になった。

未だに羞恥と緊張でいっぱいいっぱいなのは変わらない。でも……


(そっか……わたし…………嫌じゃ、ないんだ……)


カウスくんが義息子じゃなくなっても。カウスくんはカウスくんだと思えるようになったから──。


それは、目から鱗の気付きだった。


(そっかぁ……嫌じゃないのかぁ……)


心境の変化に我ながらびっくりする。まさか、こんなことを思う日が来るなんて。


「愛しています、ツィーナ……っ!」


ふわり、と温かなものに包まれた。首筋をさらりさらりとした感覚がくすぐる。


「か……かか、か、かうす、くん……!?」


いつもなら落ち着くはずの彼の香りに包まれて、落ち着かない。だって……


(この流れで「ぎゅっ」て! 優しく「ぎゅっ」て……! うあああああっ)


日中のカッチリした服と違って夜着は装飾や重ねが少ない。つまり、抱きしめられるとカウスくんの体温が布越しに……わたしの心臓の爆音がカウスくんに……!


「あぁ……幸せです。ツィーナがこの腕に居ることもツィーナが僕をこんなに意識してくれていることも……。ふふ、吐息が熱くて……可愛らしい心臓がドキドキしているのがわかりますよ。なんて愛しい……」


気にしていることを指摘されて、泣けてくる。一人で緊張しまくって、バカみたい。バクバク煩い鼓動だって、止められるものなら止めたいけれど……そんなの不可能。


「わかりますか? 僕の心臓もこの上なくドキドキしている……ツィーナを愛していると叫んでいますよ」


(叫んで……?)


わたしの微かな身動ぎに合わせるように、カウスくんが体の向きを少し変えた。耳に当たる硬い胸板の感触に、これ以上上がらないと思っていた心拍数が天井を超えて跳ねる。


「ほら。聞こえますか?」


言われて必死に聴覚に全神経を集中させた。男のヒトらしい胸板に押し付けられた頬が熱いのも、背中に回された腕が温かいのも、必死で忘れる。


(自分の心音が邪魔で聞こえないよ……っ)


「可愛いツィーナ。大好きですよ」


(っ……ダメ、余計なこと言わないで……っ)


ぅあーっ、と叫び出したいのも必死に堪えた。これ何の修行だっけ!? とパニックを起こす脳内を「外の音! ちゃんと聞いて!」と辛うじて残った理性が叱咤する。


どのくらいそのまま固まっていたのだろうか。最初に気付いたのは、忘れたはずの頬だった。自分の心臓とはちょっとズレたリズムの揺れを感じる。同じくらい速いけど、ぴったり重なることはない「ドキドキドキドキ」。

それから、そのリズムに合わせて耳が「ドッドッドッドッ」という音を拾う。


「あ……」


(これが……カウスくんの心臓の音……?)


「わかるでしょう?」


わたしの呟きが聞こえたのが、カウスくんがどことなくうっとりとした声で言う。


「全身全霊で、ツィーナへの愛を叫び続けているでしょう?」


わたしと同じ、激しい脈動。カウスくんも恥ずかしかったり、緊張したりしているんだろうか。


「僕にも聞こえます。ツィーナの心臓も早鐘を打つようにして僕への愛を叫んでくれている──」


(心臓が……愛を叫ぶ……──?)


恥ずかしいことではないのだ、と。幸せなことなのだ、と。そう、言われている気がした。

言葉だけでは伝えられない本当の気持ち。上辺だけではないその想いを、触れ合った場所から、自身の存在全てを使って、相手に伝える──。


わたしが義母ははとしてカウスくんやシャウラちゃんに触れる時、その手に温かな想いを込めた。それは、前世で聞いた、「手当て」という言葉を覚えていたから。応急処置する手当じゃない。痛いところに、つらいところに、優しく手を当て、撫でること。タッチセラピーなんて言ったりもした。

愛情の欠片だけでも伝わればイイな、と願いを込めて。残念ながら、カウスくんには拒否されることの方が多かったような気もするけれど。


(似てる。……でも、全然違うわ)


綿毛の柔らかさでわたしを包み込んでくれる温もり。優しくて嬉しくて幸せで。なのに、触れ合う箇所はとっても熱い。


「このまま………………いえ、なんでもありません。名残惜しいですが、そろそろ扉の確認をしましょうか。夜も深けてきましたからね」


(あ……)


すっと温もりが引いていった。カウスくんが腕を解いたのだと気付いて、


(わたし…………「寂しい」、だなんて……)


無意識に浮かんだ言葉に、ようやく引き始めていた顔の熱が高騰する。


「鍵を開けます。ツィーナ、イイですか?」


「え? あ、はいっ」


(「はい」って……! そんな返事したことなかったくせに!?)


ふっ、と笑われて反射的に向けた顔をまた伏せた。


(なんか……カウスくんがカッコ良すぎる……っ!!)


推しキャラだったし、知ってたけど……!!


カシャ、と軽い音が響いた。どうやら鍵穴のあるタイプではなく、簡易の錠のようなものだったらしい。


「さぁ。これで繋がりましたよ。確認をどうぞ?」


長く使っていなかったせいか、キッ、と歪んだ音を立ててドアが開く。カウスくんと、わたしの寝室を隔てるドア。彼の思いやりで開かれた、薄い扉。


「……ホントに繋がってるんだ」


真っ赤なまま逃げるように顔を出したわたしは、そこにある見慣れた部屋に、妙な感慨に包まれた。

この館に来てから一度も開いたことのなかった、オブジェのようなドアが本当にどこかに繋がっていたなんて。すごく不思議だ。


自室に入って……カウスくんの部屋を覗いて……さらに逆から繰り返して……。ついつい、現実であることを確認してしまう。それほどに、わたしにとっては奇妙な体験だった。


「ふふ……何を可愛いことをしているんですか。ふふふ……。でもこれで、今日から安心して寝られますね? 鍵は開けておきます。怖い夢を見たらいつでもいらっしゃい」


たかがドアを不思議そうに見てチョロチョロと動き回るわたしに笑いを堪えきれなくなったのか、カウスくんがクスクスと優しくそう言った。


「……ね、カウスくん」


「はい?」


そんな彼の温かさに、思い切って


「扉……開けたままじゃダメ?」


訊いてみる。だって……万が一の時、扉まで辿り着けるかわからないし……閉まっていると、カウスくんが在室かどうかだってわからない。


「ダメ、かな……」


難しげに眉根を寄せてしまった姿に、失敗したかと思いつつ、懇願する。優しさに付け入るのは良くないけれど……せっかくドアが開いたのだから、閉めてしまうのはなんだかもったいなくて嫌だった。


「…………ハアァ」


沈黙の後の深いため息。


「…………なんなら、一緒に寝てあげましょうか?」


「ひえ!? え、あぁ、うん、そのうちね!?」


断られるかと思ったところに、予想外の反応をされて瞬間的に混乱した。


「そのうち……まぁ、そうですね。そのうち。……楽しみにしていますよ?」


「う……うん!?」


とりあえず、これはお許しいただけたということだろうか。拒絶はされていない……と思うのだけれど。


「ツィーナは時折大胆ですね。驚きます。

ところで、今日はもう、寝れそうですか?」


「う? う、うん……そうだね、もう寝ようかな……っ」


心臓が忙しなくて、眠れる気はしないものの。それでも、時間を考えれば、そろそろ寝た方がイイ。


「では……どうぞ?」


「へ?」


長い足でスタスタとわたしのベッドに近付いたカウスくんが、紗のカーテンを持ち上げ枕元に腰掛けた。


「眠るまで、そばに居てあげますよ。なんなら、子守唄でも歌いましょうか?」


「っ!?」


(……カウスくんのあんな顔、初めて見た……っ)


悪戯っ子のような……楽しそうで、ちょっとだけ意地悪な笑顔。いまだに見慣れない恰好とシチュエーションのせいだろうか、胃の上のあたりがキュウウウッと切ない悲鳴を上げる。


「子守唄は聞いてみたいけど……。……じゃあ、少し、話し相手になってくれる……?」


「寝るまで、です」


並んで腰掛けようとしたところで、横になるように促された。恥ずかしくて渋ってみせると、


「では抱きしめて、無理やり横に押し倒してしまいましょうか」


黒さが浮かぶ笑顔でそう言うものだから、わたしは仕方なく、薄手の上掛けの中に潜った。


「このくらいでイイですか?」


灯りを調整しに立ったカウスくんが、ほの暗い中戻ってきて、枕元を少し揺らす。その不思議な光景は、もはや現実感を失っていた。人間、極限を超えると冷静になる、それに似ている。実はわたしはもう眠っていて……これは全部夢の中なのかもしれない。そう、思えた。


「カウスくん、ありがと」


だからだろうか。するっと言葉が溢れ出た。


「大好き」


「っ……ツィーナ……!」


少しの間のあと、そっと伸ばされた手が、静かに優しく頭を撫でる。その感覚が心地良くて目を閉じた。

ゆっくり、静かに。全ての憂いを解かすように──。


「すごい……眠くなって来た……」


「疲れが溜まっていたのでしょう。ゆっくり眠ってください。僕が役に立っているのなら、こんなに嬉しいことはない」


「カウスくんは……いつでもすごいよ……?」


「ふふ、そうですか?」


「ん……。カウスくんが居るから……わたしは頑張ろうって……」


温かな手。長い指が髪をけずる丁寧な動き。耳に心地良い、大好きな声──。


(すごい……安心する……)


「かうすくん、だぁいすき」


「ふふ……。知っています。ツィーナは僕を大好きだ、って」


「そぉう? うふ……うふふ…………」


「おやすみなさい、ツィーナ」


「ん……おやす…………」


暗い夜闇に覆われた大きな窓を分厚いカーテンで隠して。淡い灯りに照らされて。何よりも安心できる手と声……カウスくんの優しさに包まれて。


(すご……よく眠れる気がする…………)


ふと気付いた時には朝を迎えているほどに。


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