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悪役令嬢と王妃の煩悶

【Side シャウラ】


「えぇえ!? クルストに会っちゃったのぉっ!?」


「……うるさいわラナ。イイ加減に思わせぶりな態度は止めてくれない? わたくしの話を聞きたいのなら、あなたの知ってることも全部教えてちょうだい」


魔法研究所から帰宅する馬車の中でも、屋敷でお兄様を待つ間も、お義母様の顔色は悪かった。気丈に笑っていたけれど、顔面蒼白。

はっきり言って、ワイトとの面会も後半はお義母様が気になって仕方なかった。もう、ワイトと二人で、お義母様と所長の会話を当てっこしていたくらいだ。涙目で震えるているお義母様と大袈裟な身振りで騒ぐ変た……所長。音がまったく聞こえてこない不思議以上に、可憐な乙女と不審者にしか見えない2人が美しいパーゴラでお茶を嗜むという不思議な光景に、目が離せなくなってしまった。


「えー? んー……聞かない方イイと思うよ、わりかしショッキングだし」


「ならこの話はここまでね。課題の続きでもやりましょうか」


午後のお茶をラナと一緒に飲むのは日課だ。一緒に暮らしているとはいっても、ラナは屋敷の手伝いも好んでやるし、実家に帰ったり知り合いのところに出かけたりすることも多い。だから、できる限り一日に最低1回、顔を合わせてお喋りしようと2人で決めた。


「ケチーっ! んなこと言ったって、アタシだって事情があんのよ。いくら情報仕入れたって、自分の目で見てみなきゃホントかどうかなんてわかんないじゃん。魔法研究所のコトだって、アタシ、確かめたわけじゃないもんっ」


「ならば最初から思わせぶりなことを言わなければ良いのではなくて? ま、今回は勉強代だと思いなさいな。次回から口を噤むための練習だと思えば、今回は諦めがつくでしょう?」


「エグっ! なんでそんな聞きたいのよシャウラのお節介ぃ!」


「……その言葉、そのままお返しするわ」


「う゛」


今日の1番の話題はやっぱり魔法研究所のこと。むしろ、様子のおかしいお義母様が領地に帰ったからこそ、今こうして大っぴらに俎上に上げられる。


日の出と同時に馬車でアケルナー領から駆けつけてくれたお義母様。お兄様が王城から帰って来た途端に、張り詰めていた糸が切れるように倒れてしまった。すぐに目を覚ましてくれたものの、「心配をかけてごめんなさい」と微笑む姿は痛々しくて。

みんなで一緒に昼食をとる本来の予定を変更して領地に帰る、と言うお兄様にわたくしも全力で賛成してしまった。


(バスケットのサンドイッチ、少しは召し上がってくださると良いのだけれど……)


お義母様はどうもご自分では「図太い」とか「頑丈」とか思っているような節がある。何を勘違いするとそうなるのか……生粋の令嬢育ちで、身体も精神も華奢なお義母様が市井のおば様方のようになれるわけがないのに。庶子だったわたくしや、家計のために街に出ていたラナの方がよっぽど強い。


「んあ〜……仕方ないなぁ」


大口を開けてマカロンに齧り付いた令嬢が、やけに据わったエメラルドの瞳で投げやりに口を開いた。

ラナとお義母様を見間違えたというヒトには医者を勧める。こんなのまったく似ていない。生まれ育ちというのは本人が思う以上に大きいし、そもそもお義母様は見るからに優しさとか、愛情とか、ふわふわとあったかで儚いものに包まれている。


「あんね、魔法研究所長のクルストってのは究極の自己中人間なの……じゃなくて、らしいの。ほら例えば、誰かを好きになったとすんじゃん? そしたらも、ベッタベタに可愛がって甘やかして、自分に依存させて思い通りにしちゃう……っぽいんだよね」


「それは……かなり重たいけれど、愛ゆえにと考えれば……『究極の自己中』とまではいかないのではないかしら。好きな相手を大切にするということでしょう?」


「あっまいなぁ。アンタ、意外とユメ見てんよね〜」


研究所長はボサっとした黒髪で顔を半分隠していたが、どことなく気品ある佇まいをしていた。背もすらりと高かったし、たぶん整えればなかなかの美男子じゃないかと思う。地位もあるし……そう考えれば、社交界では有名な人物なのかもしれない。ラナが知っているのもそういう流れか。


(この子、社交界の情報を片っ端から集めているものね)


「なんつーか、想いが噛み合うウチはイイんだよ。お互い好きでやってる分にゃ、ご自由にーって感じだし。けどさ、万が一、クルストが求める『愛する嫁』像から外れたとすんじゃん? そっから地獄」


「心が離れてしまえば重たい愛は邪魔なだけだものね」


「だぁから乙女は黙ってろって。そーじゃなく、クルストは天才を超えた天才魔法使いなんだよ? 常人の常識で考えんな。どーやんのか知んないけど、その後の『嫁』を待つのは『お人形』になる未来だけ」


言われた意味がわからなくて、ティーカップを持つ手が少し揺れた。ソーサーがカチャリと微かな音を立ててしまって内心で舌打ちする。最近は完璧な所作が身についたように思えていたのに……まだまだだ。


「お人形? 魔法でお人形が作れるものなの? まぁ、そちらを存分に愛でていただく間に実家に帰れば……」


立派な成人男性が妻に似せたお人形で遊ぶ姿には少し狂気を感じてしまうが、そのくらいなら実害はない。


「違うっつの。わかるよ? 普通に考えたら有り得ないし。理解できないってか、したくないってか。じゃなくて、リアルに。『嫁』の心? 消して、ただニコニコ微笑むだけにして、それを着せ替えして遊んだり、恋愛ごっこしてみたりするってこと」


「…………は?」


「『嫁』に似た人形を作るんじゃなく、『嫁』を生きた人形に変えちゃうってこと」


……それはもう、生きていると言えないのでは……?


「最悪老いる前にホルマリン漬けとかも有りうる」


「ほるまりん……?」


「ま、思い通りになんないなら壊しちゃえ、キレイなまま標本みたいに飾っちゃえ、って発想らしーよ」


他人事のような口調の中に確かな嫌悪の色を見つけ、ラナが本当のことを話しているのだろうと感じた。……というか、そんな噂が社交界に流れているのかあの男性は。むしろなぜ、自分の耳に入ってこなかったのか不思議になる。そこまで異常な性格の持ち主なら、令嬢間の情報交換で真っ先に名が上がりそうなものなのに。


(2人きりにしたのは失敗だったわ……!)


久々にワイトに会えたことに、思っていた以上に浮かれてしまった。そのせいで……


(お義母様が厄介な虫ほど惹き付けやすい体質だとわかっていたのに!!)


恩人たる義母を悪い虫から守るのは自分達の役目。それぞれの思いはあれど、その点でわたくしとお兄様、ラナは結束している。今日お義母様を守れるのはわたししか居なかった。


(やっぱり……ワイトに会いに行きたいなんて言わなければ良かった……!!)


後悔しても遅いという自覚はある。自責の念に潰されそうだ。


「あーもうっ! だからツィーナちゃんにも気をつけろって言ったのにーっ!! ツィーナちゃんにはカウスエンドに行っといて欲しいんだから、変なのこれ以上釣り上げられたら困るんだって!」


「ねぇラナ……。お義母様、あの研究所長に心惹かれてるようには……見えなかったわよね……?」


「知らないよ見てないもん。でも、クルストに惚れたならあんな蒼白になってないっしょ」


「……だからこそ、お兄様への罪悪感で蒼白に……」


「ねぇアンタ、マジで言ってる?」


「……ないわよね……?」


「てか、向こうでどーだったのさ。シャウラの恋バナも聞きたいけどぉ」


「は!? ち、ちが……そんなんじゃ……っ」


「まずはツィーナちゃんとクルストでしょ。これ、下手したら緊急案件だから。実際のとこ、どーだった?」


まさかそこまでの危険人物だとは思っていなかったから、「なんかおかしいわね?」くらいに思っていたが……。ラナの剣幕からすると、今日の研究所訪問は完全に地雷だったのだろうと血の気が引いた。


(え……ワイトもそんなヒトの下にいて大丈夫なの……?)


所長というからには、あの施設では絶対の権力を持っているのだろうし、不安ばかりが募っていく。


「えぇと……ワイトと挨拶している時に所長が降ってきた、というところまで話したのよね?」


「そう。てか、降って来たってどーゆー意味よ、隕石か」


こうなると、ラナの持つ情報だけが頼りだ。思い出せる限り、出し惜しみなく丁寧に話していく。


「ええと……所長は闇魔法で空間を吸い込むから距離という概念がない、ってワイトが言っていたわ」


「はぁ!? 何ソレ、んじゃ、所長室の窓からアンタ達の頭上に瞬間移動してきたとか!? 意味わからん」


「わたくしもよく理解できていないのよ……。あぁ、でもその後、所長がお義母様を所長室に誘ったの。やけに興奮して見えたし、そのまま行かせるのは良くないと思ったから、庭で、ほぼ向かいあわせのパーゴラに分かれたのだけれど」


「ん? 一目惚れってこと?」


「あぁ、いえ、そうじゃないのよ。お義母様が昔、研究所を訪れた頃の顔見知りが今の所長になっていたみたいで。お義母様の魔力を感知したから来たとか言っていたし、『ツィーナ嬢ちゃま』って呼んでいたもの」


「はああああぁ!?」


可愛らしい顔が台無しになる勢いで目と口を丸くして絶叫したラナが、テーブルに崩れ落ちた。細い腕に顔を埋めて、


「やっぱり面識あったんじゃん……なんなのツィーナちゃん狙って踏み抜いてるし……アタシ的には感謝すべきかもしれないけどさ? カウスルート入りつつのケネス・ローバー・クルスト乱入て全員闇堕ち確定じゃね? つーか死ぬ、マジ冗談じゃなく……」


ブツブツと呟く様子はかなり末期。一番機嫌の悪かった頃の実母がこんな感じだったなと思い出す。


「なんでも、昔は髪の色が違ったのですって。それにお義母様、かなり幼い頃だったのか相手の方のお名前を間違えて覚えてらして。……あの男性、むしろそんな頃からお義母様を特別に思っていたとしたらちょっと怖いわね……」


「は? 髪? え、そんな隠し設定アリ??? うわ、めっちゃレア情報! ……じゃなくてガチじゃんソレ。これ、至急カウス様に防衛網作ってもらわないとマズイかも。カウス様にツィーナちゃんの軟禁要請出して」


真顔で頭を抱えるラナなんて初めて見た。

突沸しては落ちるを繰り返す彼女のテンションも十分怖いが、考えれば考えるほど、研究所長が危なく思えてくる。出会ってしまった、と驚愕したラナの気持ちが、今ならわかる。彼の意識を惹かなければ……または、この先両想いになるのなら、問題なかっただろうが……。お義母様にはお兄様が居る。


「すぐ近くのパーゴラに居て姿は見えていたのに、お義母様達が何を話してるのか一切聞こえてこなかった。所長がかなり興奮してやけに芝居がかった動きをしていて、お義母様は反対に腰が引けているように見えたけれど……何を訊いてもあの調子よ。馬車からずっと、『何でもない』の一点張りだわ」


「ったく、ツィーナちゃんて大変な時ほど抱え込むの、なんなの? お茶会の服やらお菓子やらどーでもイイことはこまめに相談してくるのに、なんで大事おおごとは自分でなんとかしようとしちゃうわけ?」


「……本当ね」


ラナはお義母様のことをよく見ている。正に彼女の言う通り。的確な指摘についまた……嫉妬してしまいそうになる。


ラナは気の置けない友人だ。市井も貴族階級も両方理解しているからか、バランス感覚が似ている部分があるし、わたくしの念願であるお兄様とお義母様の結婚を迷いなく後押ししてくれる同志でもある。ただ……お義母様の義娘はわたくしなのに。優しくて懐の広いところがお義母様の美点だとは思うけれど、本当の義娘を差し置いてラナを可愛がる姿を見るのは少しツラい。わたくしのお義母様なのに……。

それに、彼女はお義母様の優しさを利用している部分がある。富める者に食らいつく才覚は庶民としては重宝されるものだ。それは知っているが……純粋な親切心や愛情から行動するお義母様と、友情の中に下心を持って接するラナを見ていると、どうにも腹立たしい気分になる。義母に訴えたとして、「そんなこともあるわよね」と笑顔で受け入れられてしまいそうだから、尚更だ。

母親の愛情を独占したい。そんな赤子のような時期はとうに過ぎ去ったはずなのに、あの穏やかで優しい浅緑の瞳で見つめられると心が和らぐ。自身が王都にいる必要性を頭では十分理解しているのに、領地で一緒に暮らしてみたい衝動に駆られる。


(わたくしの甘えが今回の失敗の原因だわ。ラナの「恋バナ」とやらに影響されて……でも、それを口実にお義母様に甘えてしまったわたくしが悪い)


「とにかく! 二度とツィーナちゃんをクルストに合わせないことが第一よ! アンタも、面割てるんだから迂闊に研究所行かないでね。アンタのオトコだって休みくらいあんでしょ? 外でデートしろ外で」


「な!? ちょっと下品なこと言わないでよ……っ」


「つーかマジ、場合によっちゃ殿下とか騎士団長の力借りなきゃなんないかも。なぁんでアタシがこんな損な役回りしなきゃなんないんだっつーの!」


(あのパーゴラの時みたいに音声さえ聞こえなければ、この子も可愛らしく見えるかしらね)


現実逃避気味にそう思う。

拳を握ってフルフルと震えるツインテールの美少女。この屋敷に来て以来、衣食に困らず肌も髪も磨き上げられ洗練されたラナは可愛らしさを増していた。くっきりとキツい顔立ちの自分と違ってふんわりと庇護欲を唆る彼女の見た目は、お義母様と遠い繋がりがあるかのようで。

似てはいない。でもわたくしよりは遥かに似ている。こればかりは心の底から羨ましい。


「緊急事態だということはよくわかったわ。でもね、ラナ。貴い方々のお力をお借りするつもりならあなた、まずは何よりお勉強に励まなくてはならないのではなくて? 言葉が乱れているわよ」


「っ……イイの、その時はシャウラに交渉役は任せる!」


「…………ハァ。お義母様のためですもの、できる限りのことをしましょう」


「頑張れシャウラ!」


「あなたもね?」


外は陽射しの明るい昼下がり。お義母様お気に入りの庭園は、初夏の彩に溢れている。


(再びこのサンルームでご一緒できるのは、いつになるのかしらね……)


その時にはまた明るく笑っていて欲しい──。

そんな思いを胸に、ラナに向き直った。


「まずはお兄様に送るお手紙の中身を決めてしまいましょう」



※※



【Side ルシータ】



手にした手紙に、頭を抱える。


(おまえ何なんだ椎名……)


元日本人仲間だと喜んだ気持ちは今も変わらない。好ましい友人だと今でも思っているし、できることなら手元に置いておきたい気持ちもある。

が。乙女ゲームの世界だと聞いて、おもしろ半分に「あれ、こいつヒロイン状態だよな?」とか笑っていられたのは短い間のことだった。


(もはや、何角関係なのかもわからん)


椎名が「義息子」と呼ぶ現アケルナー公に心惹かれているのは明白だった。けれど、諸々のこだわりでカウスに「マザコン」とラベルを貼って頑として認めようとしないからこそ、オレはこれ幸いとケネスを薦めた。

ウチの甘ちゃんな次男坊や強面騎士団長なんかも椎名のことを気にしていたし、ぶっちゃけ、そこら辺のビッグネームに恐れをなして表立ってアプローチしないだけで、椎名を狙う男共は山ほど居る。だが、「女冥利につきるよなぁ?」とかニタニタ見ていられたのもまた、過去の話。


「どうしたのだルシータ」


すぐ隣から心配そうに声をかけられて、無意識に額にあてていた手を下ろした。そういえば、シャルサスが来てたんだった……。


「困った甥からの手紙だったわ」


「甥?」


「えぇ。クルストよ」


「あぁ。魔法研究所長だな。優秀な魔術師ではないか」


大きなソファーの隣、ホッとしたように肩から力を抜いたその姿に国王らしい威厳はない。

義弟ケネスから見れば暴君に等しいこの夫は、その実、小心な臆病者だ。オレが支えてやらなければすぐにメンタルをやられてしまう。ケネスに対しても引っ込みがつかなくなってるだけなんだ、このヘタレは。「さっさと謝れ」と言い続けて何年経ったか。


今も、「諸貴族との会議で疲れ果てた」とか言って、忙しい隙間の短時間、こうしてオレの部屋を訪れている。

『めんどくさくも可愛いヤツ』。オレの中のシャルサスはそういう微妙な位置付けだった。拗らせ乙女か、と思わなくもないが、まぁ、たぶんそれはお互い様。それなりに仲良くやれているんだから問題ない。そもそもオレの中で性別なんてものは曖昧だし、夫婦の役割なんてモンも、臨機応変でイイと思ってる。


「そのクルストが久々に連絡を寄越したと思ったら……アケルナー夫人と結婚させて欲しい、と」


「アケルナー? まさかまたあの、ツィーナとかいう女性か。人騒がせな……」


アケルナーの芋は美味いがどうしたものか。そんな欲望丸出しの呟きを漏らすシャルサスに苦笑しつつ、手紙を見せた。


「ケネスと現アケルナー公の問題を先送りにして濁した罰かしらね。ツィーナもまた……厄介なのに目をつけられたものだわ」


「身内をそんな風に言うものではない。ルシータと同じ血が流れているというだけでも、クルストは価値ある存在なのだから」


「いえ、甘やかしてはダメよ。あなたは王なの、自覚してちょうだい」


実弟ケネスより有力貴族カウスより愛妻の身内クルストをとる。そんなことを迷わず宣言しそうな国王に頭痛を覚えた。


「できるだけ多くのヒトが納得する道を考えなさいといつも言っているでしょう? 平等や公正を忘れた独裁者は、最後に一族諸共処刑されるのよ」


「あ、いや、すまん、そんなつもりでは……」


途端にビクリと怯え始めるシャルサスに、またしても苦笑を誘われる。彼の怯えは、自分が処刑されることではなく、王妃オレが処刑される可能性に向いているのだ。ホントに、面倒だけど可愛いヤツ。


「わたくしはむしろ、クルストには不可を突きつけるべきだと思っているわ」


「……なぜだ?」


「ケネスとアケルナー公爵カウスの婚約者選定を王家が主導していることは有名よね。貴族間では候補の令嬢が誰なのか、盛んに推測されているわ。そのせいで少なくとも、侯爵家以上の年頃の令嬢でまだ婚約していない子達は皆、あの2人の婚約者が決まるまで動けないでいるの」


「ほぅ。そういうものなのか」


「あなたはもう少し、ヒトの心の機微を学びなさいな」


これだからオレが目を配ってやらないと不安なんだ。


「すまん」


気弱な笑みを浮かべつつ、シャルサスはゴロリとオレの膝に頭を預ける。デッカい猫だな。


「そんな中でクルストを優先したり、突然候補に割り込ませたりしてご覧なさい。王家の権威はガタ落ちよ? ツィーナはケネスの婚約者の最有力候補として囁かれているのだもの」


「そういえば、そんな噂を流すことを許可したような……。しかし、これではケネス達の嫁選びではなく、アケルナー夫人の婿選びだな」


「間違っていないわね。だって、妙なことになってご覧なさい。ただでさえ昏迷しているのにクルストなんて投入しようものなら……アケルナーが荒れてサツマイモどころではなくなるわよ」


「何!? それは困る」


これ以上のトラブルはいらないのだ。既に椎名はいっぱいいっぱい。このところ、お茶だってロクにできていないし、手紙のやりとりも減っている。

早いとこ、こんなつまらない日々を終わらせたいのに……更に甥っ子に掻き回されたりしたら堪らない。


「他にも名前が上がっているご令嬢は居るし、その子達を狙っている家も多い。それでもせっかく表面上は争いもなく落ち着いているのだもの。クルストが今この時期にアケルナーへ婚姻を申し込むのは断固却下よ。影響が大き過ぎて、その後何がどう転がるか想像もつかないわ」


「ふむ……そうだな。確かにルシータの言う通りだ」


シャルサスは髪を梳く指先に心地よさそうに目を細め……って完璧無意識で撫でてた。膝の上の猫、恐るべし。


「それにしてもなぁ……アケルナーの未亡人にも困ったものだ。いっそ、王命で国外貴族と縁づかせるか?」


独り言ちる額を軽くはたく。コイツ、なんてこと言うんだ。


「嫌よ。わたくしの大切なお友達ですもの」


「お……あぁ、すまない」


「それに、そんなことをしたら荒れるわ」


「……そうだな。アケルナーの芋畑は惜しいからな」


(ちげぇわ! この残念国王め!)


椎名を外国の貴族の所に嫁に出したら……? そんなの、下手したら反乱が起こって、最悪、その国と戦争になる。

椎名に執着するのは、変に優秀で有能でハイスペックな男達だ。敵に回せばどうなるかわからない。あいつら、ツィーナ以外に配慮なんてしなさそうだ。


(しかも……その場合あの変人クルストも参戦だろ?)


……絶対阻止。椎名発端でとんでもない数の人死にが出る。冗談じゃなく。


(乙女ゲーとか言われたら笑ってられるが、アクションサバイバルバトルは笑い事じゃねぇんだわ)


甥と夫の思いつきで、国の明暗がわかれるかもしれない──。

突然訪れた危地に、クラクラした。椎名の影響力が、もはやヒロインを超えている。


(こっわ! リアル乙女ゲーム、マジでこっわ!!)


あれ、オレ普通に国政に関わって頑張ってきたけど……これ、無駄な努力だったかも? ここ、トンデモ異世界じゃね?


ゲームという概念に囚われず、現実に生きている相手を見ろ──そんなことを言ったのはオレだ。けれど……もしかして、自分の方が日本の価値観に縛られていたのかもしれない。

異世界でどんなことがいつ起こるかは、日本人の感覚じゃ測れない。


「とりあえずクルストにはわたくしと……実家からも不可の連絡をさせておくわ」


魔力、暴走しないとイイなぁ……てか、そっか、そういう心配もあったなあいつ、闇属性だし……どうしようかな。


遠い目になりながら、オレはシャルサスの頭を撫で続けた。近いうち、否応なしに巻き込まれていくだろう、可愛いヘタレ国王の頭を。



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