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ママ会in王城。手土産が大事でした。

すみません

短いです

「椎田さあああぁぁぁんっ!!」


あらかじめ人払いされていた部屋に案内されたのだと気付いた瞬間、わたしは泣きべそのような声を上げていた。


「おぉ!? おまえなぁ、いくら吸音の魔術具置いてるからって、もう少し考えて叫べよ」


ダダダっと駆け寄るわたしを受け止めてくれるのは、細いのに安定感抜群な母の腕。


「椎名は相変わらず情緒不安定かぁ?」


「うぅ……」


女官になる宣言から数日後、急遽持たれた2人のお茶会。忙しい椎田さんが短時間とはいえなんとか時間を捻出して、こうして会ってくれるのは……


「ね、ケネス様になんて言われたの?」


間違いなく、バックに国王兄弟が絡んでいる。


「話すからまずは落ち着け。ほら、お茶とおやつ」


「! 大学芋!? うわーっ美味しそ〜っ」


揚げたサツマイモに黒ゴマと飴をからめただけの、シンプルなお菓子。けれど、黄金色に輝くその出来栄えはさすが、王城の料理人だ。


「あ、でもわたしも芋金持って来ちゃった……サツマイモかぶりでごめんね?」


「イイから食え」


(はぁ〜……落ち着く〜……)


温かいお茶と飴のカリッとした食感。


同じ元日本人でもママ友だけあって椎田さん相手だとホント、落ち着く。ラナちゃんは娘枠というか……


「そうっ、ラナちゃん!」


「んあ? 急にどうした」


今日も今日とて極めて麗しく大学芋を頬張る王妃陛下が、胡乱な目でこちらを見た。落ち着きがないと思われるのは不本意だが、背に腹はかえられない。緊急を要する議題なのだ。


「光属性のヒロインがラナちゃんっていう子なんだ、って手紙にも書いたじゃない? ねぇ椎田さん。この世界をゲームと捉えるのは間違ってるって重々承知してるんだけどね!? でも、もしかしたらゲームと重なる部分、あるかもしれないよね!?」


「おぉ……?」


「ケネス様とかリーブ様って、ラナちゃんのこと、好みのタイプだったりしないかなぁ!?」


「ホントどうした、藪から棒に」


「だって椎田さんの言った通りだったし! ラナちゃんとわたし、見た目が微妙に似てるのよ!」


「へー。可愛い系?」


「うん可愛い!! だから! ケネス様とか、わたしのことキレイさっぱり忘れてラナちゃんに流れてくれないかなって!」


「……あー……ケネスはなぁ……リーベルトなら、まぁ……いや、でも実際会ってんのに、聞かねぇしなぁ……」


気品溢れる仕草で国1番の女性がお茶を飲んだ。なんて素敵……なんて思う心の余裕もなく、わたしはとにかく捲し立てる。


「わたし、結婚したくないんだってば!!」


魂からの叫びだった。それと同時に、椎田さんをキッと睨む。なんでケネス様に加担してるの!? という非難を込めて。


「……椎名。少し大人になれよ」


なのに、わたしの不満をさらりと受け流し、椎田さんは真っ赤な唇をニッと歪めた。


「モテ期だぞ?」


「……〜〜っだから何!?」


(わたしの苦悩、十分の一も伝わってない気がする!)


「恋愛の何たるかもわかってないお子ちゃま椎名が成長するチャンスだろ。ちなみに女官はいらねぇ。おまえは友人だからな、女官になんてなられたら対等じゃないだろ、つまんねぇじゃん」


「ぅぐぅ…………」


確かにわたしは恋愛音痴だ。2次元ならキャーキャー楽しんでいられるが、それが我が身となると……無理。


(しかもなんなの椎田さん! 「対等な友人」とかキュンキュンするし!)


既にカウスくんにコンコンと諭された結果、わたしに女官が務まるとは思えなかった。

とはいえ。


「……初心者に! 一遍に複数人とか無理! 一人でも無理!!」


「おまえなぁ。ばぁちゃんになってまで言ってられることでもないだろうに。追われるうちが花っつーし」


「追うとか追われるとか、既に対等じゃないから無理なの!」


狩人と獲物な時点で人間関係拗れてる。わたしにとっては恐怖でしかない。

せめて……飼い主と愛犬くらいの距離じゃなきゃ、命の保証すら得られない。


「んー……お、この金つば美味しいな」


「あ、良かった、ウチの新品種でね、甘みが強くてねっとりしてるの。蒸かしただけで芋あんみたいになるから、そのまま金つばにしてもらったんだ〜」


「そりゃイイ。……んで、結局どうしたいわけ?」


「再婚したくない!」


「……貴族としてそんなん無理だってわかってんだろ? わかってないとは言わねぇよな?」


「う……」


美人の目力は強い。琥珀の瞳にじぃっと見詰められるのはなんとも居心地が悪かった。「逃げるな」と言っているのがわかる。


(……貴族って、やっぱりめんどくさい)


ゴクリとお茶を飲んで気持ちを落ち着け、わたしは渋々、下げていた視線をあげた。

ケネス様に泣きつかれてわたしを召喚したのだろう椎田さんが、一方的な説得を展開しようとしないだけ、マシなのだ。それに、相手は王族。その気になれば命令一つで終わることだってできるのに……。椎田さんはわたしをちゃんと友達として大事にしてくれている。

しかし、そうわかっていても、溜まっていた愚痴を止められなかった。


「……わかってるよ。わかりたくないけど」


アケルナーの負担にならないためにも、今のままでは居られない。それに、実家に戻ったところでどうせまた、政略結婚させられる。


「でも……すぐには嫌。…………例えば、ね……椎田さんと陛下みたいに、時間をかけて覚悟を決めたい。選ぶとか、捨てるとかじゃなくて……」


また視線が下へ下へと下がっていく。

呆れたような視線が痛い。


(イイ歳こいて、子どもみたいなこと言ってるのはわかってるけど……)


仕方ない。わたしの恋愛経験値は幼稚園児より低いのだから。そして、夜闇のお化けよりも尚、恋愛感情を向けられるということが怖いのだから。


「つまり、急がないならケネスでもイイってことか?」


「え? ……うーん……」


今の勢いが強すぎて、うまく想像できないけれど。


「でもって、横槍が入んないんなら、義息子も有りってことだよな?」


「カウスくん!? う、うーん……」


なんだろう。彼のことを考えるとやけに恥ずかしい。顔に集まる熱を必死に蹴散らす。

あの日の夜からわたし、何か変だ。実は……あんまりよく覚えていないんだけど。


「でも血縁じゃない。おまえが実家に戻ったとして、次の政略結婚相手はその義息子だって可能性もある」


(追い討ち……!)


「……たぶんっ……5年くらい貰えれば諦めがつくかもしれない……!」


「ちなみにうちのリーベルトは?」


「リーブ様? え、逆に椎田さん、わたしが息子嫁とかやりにくくない? 友達の子とか、わたし的には息子枠だよ?」


「んじゃ騎士団長」


「……わたしを助けるためだけに人生無駄にして欲しくないって思ってる。大事なお兄ちゃんだもん」


「ハァァァ……おまえ、想像以上にめんどくさいな」


「……すみません……」


自覚はある。それだけに反論はできなかった。

わたしがゲームだと割り切って「じゃ、このヒトで!」と決めさえすれば済むのかもしれない。

それとも、「逆ハー楽しいぃっ」と流れに乗れば。


みんな、悪いヒトじゃない。むしろ、お相手として願ったり叶ったりのヒト達だ。

令嬢達の憧れの的で、誰もが1度は夢見る貴公子。


でも、ヒトを愛するのは怖い。いつか必ず、裏切られる。


ただ……お母ちゃんなら……わたしが、肝の据わったお母ちゃんなら、「裏切り」ではなくて、「巣立ち」とか「自立」と捉えられるはずなのだ。

わたしは無償の愛なんて与えてもらったことはないものの……お母ちゃんになれたなら、わたしが娘息子に与えられるはずなのだ。


「……とりあえず、時間が欲しい、って理解でイイか?」


しばらくの間の後、椎田さんが静かに言った。


「おまえんトコの息子の陞爵とか、ケネスの分家とか、そんなんに合わせようとするからアイツら、焦ってんだろ? だから、とりあえず独身のまま立身させて『王家主導で婚約者選定中』ってすりゃ、とりあえず、ある程度の時間は稼げる」


「!!」


ガバッと顔を上げた先。椎田さんはひどく優しい顔をしていた。それはまるで、「母」のような──。


「椎名にもケネスにも幸せになって欲しいと思ってる。から……もし椎名がケネスと結婚する気になってくれるなら……オレは嬉しいし、大歓迎だ。まあ、その相手が他のヤツでもおまえが幸せならそれでイイ」


「……うん」


感動した耳に届いた、「外野として好きに騒いだ罪悪感もある」とか「長く楽しむのも有りだよな」なんて呟きは、聞かなかったことにしておこう。


「あ……でも、椎田さんだけじゃなく国王陛下も巻き込んでたよね……。なんか大事になってるんだけど、大丈夫かな……」


椎田さんに要らぬ苦労をかけるのは……さすがに本意ではない。乗り気の国王陛下を宥めるのはさぞや大変なことだろう。


「ん? ま、問題ないだろ。芋金作らせたのも椎名だろ?」


「え? そうだけど……」


「なら尚更問題ナシ。シャルサスはサツマイモが好物なんだよ。『ツィーナがアケルナーにいるからこそこんな美味しいサツマイモ料理が誕生した』って言っとくからさ」


「……ありがとう」


それでイイのか!? 思わなくもないけれど。寵愛厚い王妃陛下が言うのだから、イイのだろう。たぶん。

賄賂がサツマイモって健全だ。今度大量に届けておこうか。


いやぁ、でも、サツマイモ、かぁ。


(……まぁ、有力情報……だよね?)


とりあえず覚えておこう。カウスくんの……アケルナーの役に立つ日が来るかもしれない。




「あの日の夜」については、二章先です。

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