怪我の功名? 射し込む光の名は……
ぽにぃちゃの屋敷を、なんと言って辞したのかよく覚えていない。
衝撃にびっくりが加わって、キャパオーバー。
だって……わたしは、カウスくんをどうしようかずっと悩んで来た。ママ離れして欲しくて……わたしと結婚したいなんて一時の気の迷いだと、気付いて欲しくて。
なのに、ぽにぃちゃの言う通りなら……このままだとわたしは、ケネス様と結婚することになる。既に足場は固められて来ている、そんな印象に聞こえた。
(逃れるためにはぽにぃちゃと結婚するしかない……)
結婚を避けるために結婚するなんて、矛盾がひどい。
それに……ぽにぃちゃにだって申し訳ない。わたしへの罪悪感だけで、愛のない結婚をさせるなんて。騎士団長ともあろうものが、だ。
ぽにぃちゃはもちろん、カウスくんだって、ケネス様だって、はたまたリーブ様だって、嫌いじゃない。むしろ、好きだ。カウスくんは特に、長年家族として過ごして来た大切なヒト。
でも……じゃあ、4人の中で一番大切だと思えるカウスくんと結婚するべきか、と考えると……やっぱり、それは「違う」と思えた。
(「好き」が釣り合わなきゃおかしいよね……?)
重さとか、量の話じゃなく。ベクトルの話。
わたしはあの、狂おしい程の熱を抱けない。家族愛や友愛とは違う、恋愛独特の盲目的な「好き」。……いや。多分、抱こうと思えば抱けるはずだ。だって、二次元のカウスくんに恋をしていた。あの気持ちを思い出そうと思えばきっと……。
……でも、無理。相手が向けてくるその想いを、わたしは受けとめることができないから。
「恋人から妻になる」ことを求められても、わたしは「家族」にしかなれない。
わたしなんかにあの熱を向けるのは……労力の無駄。だって、焦げて燃え尽きる。
そう考えると、ベクトルが比較的近いのはぽにぃちゃかもしれない。でも……。
「少し買い物をしたいから、下ろしてくれる?」
ぽにぃちゃの家からの帰り道、通り抜けるだけの予定だった商店街で馬車を泊めてもらった。新年の賑わいも落ち着いた街並みは、それでも、雪に閉ざされがちになる天候の隙間を縫うかのように彩りと活気に溢れている。
何か買いたいわけではなかったけれど……このまま真っ直ぐ帰るのが嫌だった。
きっと、帰ったら、カウスくんが根掘り葉掘り聞きに来る。話すこと自体は嫌じゃないとはいえ、内容が内容だ。どんな顔をすればイイのか、わからなかった。
御者さんの「近くで待ってますんで」という当然の言葉に眉尻を下げ、とりあえず、馬車を降りてすぐの高級そうな雑貨店のドアを開けた。
シャウラちゃんにお土産でも買って行こうかな。
「いらっしゃいませ〜」
柔和な老婦人の挨拶に出迎えられた店内は、外装からは想像がつかないファンシーな品揃えのようだった。淡いピンクの内壁には虹が描かれ、家具も白や水色や薄紫といった淡い色彩に塗られている。
基本的に貴族や豪商は商人を家に呼ぶため、店を訪れることはない。けれど中には「店に買いに行く」という行為を楽しむ者もいるため、一部の高級店は趣向を凝らした専用店舗を構えている。内部は、前世で言う宝飾品店に近いと思う。陳列ケースに商品を並べつつ、商談用の椅子もきちんと用意されているのがベーシック。
……それにしても、この店の装飾はエンターテイメント性が高い。
(夢カワ文化って異世界にもあるんだ……?)
ロマンチストなシャウラちゃんなら、もしかしたら気に入るかもしれない。
そう思って、手近な陳列ケースに向かった……その時だった。
「ちょうど良かった! 予約のアレ、やっと届いたとこなのよ〜」
店番の老婦人が、わたしをハイテンションで手招きする。
「え?」
予約?
初めて来たのに???
座って待つように言い置いてパタパタと裏に消えていく彼女に、呆気に取られる。
(人違いだよね? ……否定する暇もなかったけど)
「ラナちゃんお待たせ〜」
あ、やっぱり。
「秋から待ってたもんねぇ、ホント、ようやくよ〜。いくら生産量が少ないって言ってもねぇ?」
小箱を持って戻ってきた老婦人の口が止まらない。
「今年は産出量自体少ないみたいで、そもそも原料が足りないんですって。うちは新参者だから2個しか入荷できなくて〜。もう一つを売りに出すか秘蔵しておくか、悩むところ〜」
「あ、あの……」
よく分からないが、貴重品らしい。急いで誤解を解かなくては、と思うのに、
「でもホント偉いわよね〜、貴族のご令嬢なのに自分で働いてプレゼント代を捻出するなんて! ウチもラナちゃんの助言のお陰で大盛況だもの。買い物に来るワガママ娘達にラナちゃんの爪の垢煎じたお茶出してやろうかしら。
あ、ところで黄色い看板のお菓子屋さん! 新作を出すんですってよ。なんでも、高級路線への変更を企んでるらしくって〜」
マシンガントークが止まらない。こちらの話を聞く気がなさそうな様子にも戸惑わされる。
前世ではこの手のタイプの相手も居た気がするが、貴族として生まれた今はまず出会わない部類のヒトだ。封建制度にもとづく社会で、自分より位階が上の相手の話を聞かない、なんてことはまず有り得ない。
わたしを誰かと間違っているからこそなのだろうが、「ラナ」とか言うらしい彼女も貴族令嬢だと聞こえたような……?
「そういえばお母さんの体調はどうなの? 寒い季節は腰痛持ちにはあんまり良くないわよね? うちの旦那もね」
ノンストップで話し続ける老婦人に目を白黒させつつ「あの」とか「えっと」とか口を挟もうとするものの、相手は相槌と捉えているのか一向にわたしのターンが来ない。いっそ、走って逃げようか……なんて思ったところで、カラランと軽い音を立てて背後のドアが開いた。
「いらっしゃいませ〜。あらラナちゃん。て、あら? ラナちゃんが2人??」
(ん?)
違和感しかない発言に釣られて振り返る。
「こんにちは〜……っておトヨさん、ダメじゃんまた間違ってる! ラナはこっち! 間違ってお客さん掴まえて長話はダメだって言ってんじゃん!」
フワフワの濃い桃色の髪をツインテールにした少女が、笑顔一転呆れたように老婦人を睨みつけていた。
「え? あら? あらあら? ……まぁっ、ごめんなさい!」
少女とわたしをキョトキョトと見比べた老婦人が慌てたように立ち上がり、頭を下げる。
「いえ……」
ようやく気付いてもらえた安堵の方が大きくて、怒る気にはまったくなれない。わたしも立ち上がると、少女に向かって「ありがとう」と微笑みかけた。
「訂正しようにも機を逃してしまって……助かりました」
「っ! いいえ、こちらこそ大変失礼を……! 高貴なご身分のお方とお見受け致します。どうかご寛恕のほど……っ」
くりくりと大きなエメラルドの瞳を零れそうに大きく見開いた少女が、大慌てで淑女の礼をとる。知らない子なのになぜ……と思ったけれど、彼女の服装に納得した。貴族の令嬢にしては簡素な衣服だ。昔のシャウラちゃんよりさらにシンプル。
一方のわたしは、王城に行く時程ではないとはいえ、騎士団長宅訪問用にそれなりの格のドレスコートを着用している。仕立ての良さも当然で、家柄は一目瞭然。
「顔をお上げになって? わたくし、貴重な経験をしていると思うの。見間違える程に似ているなんて、そうそうないのではないかしら?」
さすがに、どこの誰とも知らない相手にフレンドリーに接するわけにはいかない。少女といえど貴族なのだ。
オドオドとこちらを見る彼女は、よく見れば顔立ちはわたしとまったく似ていなかった。強いて言えば、目の大きさか。髪色と瞳の色も、桃色系、緑色系とまとめてしまえば同じだが。
(んー……でも、どこかで見たような……)
青ざめた幼い顔。きつく結ばれた唇から察するに、口も大きい。社交的な雰囲気が見て取れた。
(シャウラちゃんと同じくらいの年頃かな?)
「わたくしはツィーナ・ハダル・アケルナー。こちらの店にはたまたま寄らせていただきました。あなたは?」
「………………ラナ・ジパニアと申します」
(ちょっと待って!? ラナちゃんて……『ラナ』ちゃん!?)
この名前。そして、今小さく呟かれたセリフ。確かに彼女は、
「……アケルナー……? って、悪役兄妹……?」
って言った!!
(ヒロイン────っ!!)
そういえば、彼女はピンクのツインテ、目はグリーンの、いかにもなヒロイン配色だった。そして恐らく、
(転生ヒロインキタ────っ!?)
はわわはわわと動きそうになる手をグッと堪えて、
「ジパニア……子爵でしたね。これも何かの縁、よろしければお茶でもいかが? うちにもあなたと同じくらいの娘が居るの」
貫禄の笑みを浮かべて見せる。
(ヒロインちゃん! ぜひ喋ってみたいしご縁が欲しい! 仲良くなりたい!)
今年の目標、ヒロインちゃんとの接触。
逃す手はない。
「……緑茶と……お茶請けにお餅、たまごボーロなんていかがかしら。海藻が嫌いでなければ、ワカメのスープも温まるわよ」
弾けろ誘惑! 郷愁を直撃せよ!
※
「さ、召し上がれ」
突然かつ衝動的に、ラナちゃんをナンパしてきてしまった。
しかも、日暮れの早い季節なのに。わたし、誘拐犯扱いされたらどうしよう。
ジパニア子爵家には遣いを出してある。「お宅の娘は預かった」的なことと、「責任持って送り届けるから大丈夫」的なことを伝えるために。
アケルナーは腐っても公爵家なので不審者扱いをされることはないはずだが、親としては心配だろう。あまり長いこと拘束しないようにしなくては。
「お餅!! チョコ大福!!」
馬車の中ではひたすら緊張した様子で口を噤んでいたラナちゃんだったけれど、やはり、食べ物の魅力は効果絶大。目と言わず顔と言わず全身からキラキラ輝きを発しながらうっとりと卓上を眺めている。
「マナーは気にしなくてイイわ。だって、餅菓子だもの」
鯛焼きを出してくれた椎田さんを見習って、先にわたしが一つむんずと掴みあげた。
椎田さんに頂いたお餅は、よく考えて結局、焼いて塩をかける塩むすび風焼き餅と、温めて砂糖を混ぜチョコを包む、大福風チョコ餅の2種類で楽しんでいる。チョコ餅はシャウラちゃんにも好評で、椎田さんも送ったレシピを喜んでくれた。
「アタシ、ホントはお餅って好きじゃなかったんですけど、やっぱりお米が恋しいってゆーか、いかにも和食ってゆーか、食べれないって思うとやけに食べたくなっちゃって」
ニコニコ嬉しそうなラナちゃんは、焼き餅にパクリと噛み付いて「ん~~~っ」と身悶えている。
そこでチョコ大福じゃなく焼き餅からいくあたり、故郷の味に飢えてたんだなぁとしみじみ思う。
「わかるわ。わたしも年越し前にたまたまご厚意でいただいて涙が出たもの」
「モチモチしてる……っ! そりゃそっか、餅だもんっ! てか、お餅とかこっちにもあったんだ……知らなかった〜……」
人生で一番旨い餅! なんてはしゃぐ姿に笑みを誘われる。わたしもつい数ヶ月前、椎田さんと鯛焼き食べつつこんな感じだったのかなぁとか考えて……うん、椎田さんに紹介するのはあちらの許可を取ってからにしよう。大丈夫だとは思うけど、王妃様の個人情報を気軽に触れ回るのはさすがにマズい。
「今更だけど……ラナちゃんって元日本人よね?」
「今更だけどそうです! アケルナーさんもですよね!?」
(アケルナーさんて……初めて呼ばれた)
確かに日本人的感覚だと、苗字プラス敬称。目上の相手なら尚更だ。けど、
「ツィーナって呼んでくれる、ジパニアさん? アケルナーさんて……アケルナーさんって……っ」
ぷふっ、とツボに入ってしまった。
「ジパニアさん……うん、すっごい違和感。わかりました。ツィーナさん……ツィーナちゃん???」
「ふふっ……一応ハタチなんで……『さん』がイイかな」
「は!? ハタチ!? その見た目で!? 詐欺じゃんっ!」
笑いの合間を縫ってなんとか伝えれば、まん丸の目が余計まんまるに見開かれる。
「詐欺って失礼な。どうせ若い子からみたらみんなオバサンですよー」
「いや、逆。え、悪役令嬢ってお姉さん居たんだ? あ、公式では死んでたとか? 転生ボーナスで生きながらえてるとか?」
「死んでたって……公式に出てこないモブくらいたくさん居るわよ。……というか、ガッツリやり込み済み?」
「そりゃ、もち。周回しまくったガチ勢ですけど。えー? ヒロインと悪役令嬢どっちも転生者パターンは結構読んだけど、ヒロインと悪役令嬢の身内かぁ……」
「ちなみに、姉じゃなく義理の母ね」
「母!? 誰が!? ツィーナちゃんが!?」
「『さん』でお願いしたいんだってば。母の威厳って大事でしょ? ちなみにゲーム的にはモブ位置なところに転生してるヒト、もう1人知ってるから、向こうと連絡取ってみて大丈夫そうならそのうち紹介するわ」
(わたし、お店で「娘がいる」って話したよね?)
ラナちゃんの声はよく通る。ぽにぃちゃみたいに張り慣れてるというわけではなくて、歌っているかのように澄んで響く。さすがヒロイン。魅力チートだ。
「ねぇ、ラナちゃん。今ってまだゲーム開始前だけど、始まったらどうするつもりなの?」
「え? どうするってどういう意味で? 普通に攻略しますけど、って返事で合ってます?」
緑茶風味のハーブティーを味わいながら、小首を傾げる姿からは「きゅるるりんっ」と音が聞こえて来そう。
(そうだ……少女漫画系の神絵だった……)
ゲームのトップ画。ヒロインのラナちゃんと、メインヒーローのリーブ様が見つめ合うキラキラの絵は、王道少女漫画風のタッチで、ポップかつ甘やかな雰囲気だった。
うわ……見たい。ゲームファンとして、二人が並ぶキュンキュンな光景、是非見たい。
「合ってるんだけど……でもね、ラナちゃん自身、ゲーム時代のヒロインと今のラナちゃんの性格の違いとか、感じてるでしょ?」
「それは、まぁ。あーゆーモジモジウダウダした行動、無理。スチル回収のために頑張ろっかな〜とは思ってまーす」
「だよね。……ごめん、回収できないスチル、発生してるかも。少なくとも、今のシャウラちゃんは悪役令嬢じゃないし、カウスくんも家庭内で孤立してないもの。わたしね、母としてウチの子達を絶対幸せにしたいのよ」
「あー……それはまぁ、ツィーナちゃん日本人っぽいなーって思ったあたりで可能性は考えたよね〜……」
「で、ズバリ訊いちゃう。誰狙い?」
ここはゲームじゃないよく似ただけの現実世界だ、と思っていてもやっぱり気になる。ヒロインにだけはゲームチートがあるかもしれないし、そもそもラナちゃんには主役を張れるだけの魅力があるのだから。
実際彼女は可愛いし、転生者だけあって年齢に似合わない落ち着きがある。初々しいシャウラちゃんを見慣れているから、ラナちゃんの落ち着きようは図太くすら見えるけれど、彼女の陽キャな外見と違和感はない。むしろ、場の空気を掴む力が増し増しだ。
「あっは! マジでガッツリ」
楽しそうに笑う声も、歌の一節のように明るく響く。
イイな、透明感のあるソプラノ。
「ツィーナちゃん的にはどうして欲しい? 息子の幸せってことは、カウスコース行って欲しい?」
「んーどうだろう。半年くらい前まではそう思ってたんだけどね……」
「何その半端な言い方めっちゃ気になる。けどまぁ、まだ未定かな〜」
「え、ガチ勢なのに?」
「んーだってさぁ」
間違いなく推しとのハッピーエンドまっしぐらを狙うだろうと思っていた。
わたしがラナちゃんの立場だったらたぶん、「とりあえず満喫しよう」と思ったはず。尊い推しとのあれこれを……。…………いや? 無理かもしれない。ゲームだから恋愛を楽しめたのであって、生身の自分がそれを楽しめるかというと……あはは。
(ラナちゃんも、もしかしてリアルな恋愛に抵抗が……?)
「ここ、現実じゃん? 例えば、リーベルトコースハピエン迎えても、『子爵家から王族に嫁ぐ』ってハンデが残るわけよ。むしろゴール後のがキツいって」
(違った……)
しかし、彼女がしっかりと現実を見据えて、その上で考えていることがわかった。わたしなんかより余程、柔軟な子だ。
「あとさぁ、正直バッドエンドが怖い。クルストコースとかそもそも行く気ナイけど、もしあのコースでバドエン迎えたらどうなるか、ツィーナちゃんも知ってるよね? アレ知ったうえで向かい合うとか、マジ無理。自分と無関係な二次元だからアリなんであって、現実にはただの変態死ねって感じ」
……なかなか過激な性格らしい。間違っていないが。
名前を言われて記憶がはっきりと蘇った。クルストは隠しキャラの魔術研究所所長。椎田さんに話した、標本エンドのある狂愛キャラだ。
「から、とりあえず様子見したいんだよね〜。ツィーナちゃんが言う通り、ゲーム通りじゃない部分もあるだろうし。安牌の見極め大事っしょ」
「ゲームではモブでも、現実だとイイヒトだって居るかもしれないしね」
「あ〜確かに! てか、妹と不仲じゃないカウス様ってどんな感じ?」
「ラナちゃん、もしかしてカウスくん推し?」
「顔はカウス様、ハピエンならクルスト様だけど、イベント的にはケネス殿下、総合的にはリーベルト王子かな」
「お、おぉ……」
澱みない熱量に、わたし以上の本物のガチ勢の香りを感じる。前世のわたし、生活カツカツで必要最低限の課金しかできなかったもんなぁ……。
でも、
「カウスくんの顔かぁ。わかる。ちょっと神経質そうな冷たい表情とメガネがよく似合うんだよねぇ、笑った時とのギャップがヤバくて」
ウチの子が褒められるのは素直に嬉しい。
「あれ? ツィーナちゃん、カウス様推し?」
「元々はね。今は義理とはいえ母親だもん、息子を推すのは世界中の母親の総意でしょ」
「えー、推しと一つ屋根の下とかヤバくない? 血ぃ繋がってないし、アタシならガチ恋するかも」
「……まぁ、カウスくんはずっとイケメンだよ。多分、ラナちゃんが帰る前に顔出すんじゃないかな」
「マジで!? うわ、楽しみ!」
テンションの上がったラナちゃんには、わたしが一瞬口ごもったこと、バレずに済んだ。
(……あ、でも……。これ、千載一遇のチャンスかも)
わたしはシルエットや色味なんかがパッと見、ラナちゃんと似ているらしい。あれだけ否定しておいて今更だけど……もし、ゲーム補正があるのなら。カウスくんがわたしを「好き」だと言う理由が、ヒロインを想う土台に過ぎない可能性だって……。
ラナちゃんに会えば、カウスくんの意識はラナちゃんに向く……かもしれない。
「ちなみに、ラナちゃんは誰かともう出会ってたりしないの? わたしはケネス様とリーベルト様とマーカスくんなら会ったことあるけれど……」
「うっそイイな!! ……そっかー、そーだよね〜。なんかアタシ勝手に、ゲーム開始までは会えない気ぃしてたけど、そんなことナイよね〜。現にもうすぐカウス様に会えるかもだし!?」
「ラナちゃんはシャウラちゃんと一緒で、まだ社交界に出てないもんねぇ……そう思っても仕方ないかも。シャウラちゃんだってまだ、リーブ様には会ってないし」
「リーブ?」
「あ、リーベルト様。そう呼んで欲しいって言われてて」
「へー! 愛称とか、なかったよねぇ!? やっぱいろいろ違うんだぁ!?」
ゲーム開始後、つまり社交界デビュー後のラナちゃんは、生まれ持った魔法属性の貴重さからトントン拍子で攻略対象達と出会って行く。確か、彼女の家はあまり裕福ではなく、だからこそそれまで噂にすら聞かなかった……という設定のはず。
(でも、デビューって来年だよね。……間に合わなくない!?)
ラナちゃんがキラキラヒロインビームでカウスくんやケネス様を魅了するとしても。
「ね、ラナちゃん。しばらくウチで行儀見習いとかしてみない? せっかく知り合えたし、どうせならシャウラちゃんとも仲良くなって欲しいのよね。ないとは思うけど、悪役令嬢の断罪エンドとか絶対避けたいから二人が友達になってくれたら嬉しいし……ウチに居ればカウスくんにも毎日会えるわよ、ケネス様もたまに来るし!」
保身に走って申し訳ないとは思うけれど、前倒しできる分はぜひ、早送りさせていただきたい。
「んー……魅力的なお誘いだけど〜、ウチ設定通りになかなか貧乏でさ? アタシのバイト代も結構大事な実入りなんだよね。あ、ほらアタシって光魔法使えるじゃん? それで、お花屋さんとか八百屋さんの商品長持ちさせたり、宝飾屋さんの内装手掛けたり〜」
「ん? 光魔法って、普通に光る魔法なの? 治癒じゃなくて?」
光魔法は稀有だ。だからあまり、実態が知られていない。ゲームでも具体的に魔法を使うシーンはなかったような……。
「マジそれ。光るんだよね〜。ま、光らせたい場所とか、光量は調整できるよ。アタシ、魔力もかなり多いし」
「へー? 闇魔法の応用で窓だけ暗くしてブラインドかけるの見たことあるから、光魔法なら隠し事を暴くとか、体内の病巣を照らして治す、みたいなのができるんだと思ってたわ、勝手に。でもそうだよねぇ、魔術じゃなく魔法って、意外とできること少ないよね」
「隠し事を暴く……? ツィーナちゃんナイス! それ、できるかもよ!?」
「え?」
「仄暗いとこに光当てればイイんだよね。練習必須だけどー……」
コンコン。
少し遠い目をして考え事を始めたラナちゃんを、「バイタリティ有るなぁ」と眺めていると、扉がはっきりノックされた。
(あ、これは……)
「ラナちゃん、来たよ」
呼んだわけではないけれど。
帰宅時、珍しく出てこないと思ったら、仕事に没頭していたらしい。それを告げる家令さんの表情が微妙に含みのあるもので、なんとも言えない感じだった。
(ぽにぃちゃの家に1人で行くだけでもめちゃくちゃ心配してたんだもん。それでなぜか女の子連れて帰ってきたとか、気になるに決まってるよね)
ホント、過保護だからウチの義息子。
「どうぞ」
許可を出せば、扉前に控えていたメイドちゃんが開けてくれたのだろうドアを潜り抜ける、細身の影。
無言ながらラナちゃんのテンションが跳ね上がったのが感じられる。
「ツィーナ」
耳に馴染んだカウスくんの声。
「心配かけてごめんね?」
真っ直ぐこちらに歩いてくる彼を立って出迎え、
「こちらラナ・ジパニア嬢。帰りにたまたま寄ったお店で知り合ったの。店員さんが彼女とわたしを見間違ってね? せっかくのご縁だから……。ね、カウスくん、わたし達、似てるかしら?」
何か言われる前に先手を打って口を開いた。
最近のカウスくんは心配性に拍車と磨きがかかっている。ぽにぃちゃの家に長居したわけでも、フラフラ遊び歩いていたわけでもないという事実が伝わればイイのだけれど。
そして、ラナちゃんに興味を持ってくれれば……。
「……」
目を爛々と輝かせてカウスくんを凝視するエメラルドの瞳と、氷の色が交錯する。
(……ヒロインとはいえ初対面だもんね。無表情な氷の貴公子がデフォだよね)
自分がカウスくんのいろんな表情を見慣れたせいか、こういう外向けの無感動で無機質な表情がやけに冷たく感じられた。
相変わらず、特に女の子には冷たい気がする。……まぁ、旦那様が亡くなってまだ季節3つ分。最近、届く釣書が更に増えたし、女性関係に潔癖気味なカウスくんの警戒心が高まるのも仕方ない。
(ここから少しずつ心を解きほぐしていくのが乙女ゲームの醍醐味だものね)
「その店員には医者を勧めます。どこがツィーナと似ているのかわかりません。と──」
「ラナちゃん、うちの義息子よ。紹介させてね?」
すっと視線を戻した彼の、薄い唇が「ところで」と動きかけたのを遮って、ギラギラと鑑賞し続けるラナちゃんに挨拶を促す。気持ちはわかるが、高位の貴族が視線を向けたのに無言で凝視って……貴族令嬢としてマナー違反だ。
なんとか挽回してもらわねば。わたしの勝手な希望とはいえ、みんなの明るい未来が彼女の微笑みにかかっている。
「……ハッ! っ、失礼しましたっ」
なんとか願いが通じたのか、ビョコンッと飛び上がったラナちゃんが膝を折った。
さっきまでの奇行もなんのその。お店での対応も立派だった。さすがヒロイン、そうしていると完璧な淑女に見える。シャウラちゃんとイイ勝負だろう。
「ジパニア子爵家長子のラナと申します。この度はご挨拶する栄誉を賜り、誠に光栄にございます」
「……あなたはツィーナの客人だ。楽にどうぞ。
……ツィーナ、少しイイですか?」
意図せず刺すような目付きになってしまうカウスくんにも臆せず、ラナちゃんはにっこり笑って御礼を言うとまたイスに腰かける。わたしは……渋々、手招かれるままにカウスくんへと歩み寄った。
「あとじゃダメ?」
「詳しい話はもちろん後で聞かせてもらいます。でも、一点だけ。騎士団長と、何も約束していませんね?」
──些細なこと、一つといえど、許しません。
(そういえば出がけに言われた……)
「何も。……ルシータ様からの下賜品を受け取っただけよ」
「……ならば、イイです。では、またあとで」
忘れてたわけじゃない。ぽにぃちゃに言われたこと。それをカウスくん相手に、どう、誤魔化すか。
ラナちゃんに会って、意図的に意識をそっちに向けていた。
(だって……)
颯爽と部屋を出て行った後ろ姿に複雑な思いを抱えていると、
「ねぇ、ツィーナちゃん」
当のラナちゃんから声をかけられた。
「あ、ごめんね、放ったらかしにしちゃって……」
「ううん。あのね」
軽く頭を振って物思いを振り払う。笑顔は……不自然に見えていたりはしないだろうか。
「う……うん」
(? なんでそんなキラッキラ?)
ラナちゃんの笑顔が眩しい。
カウスくんの顔が好きだと言っていたから、そのせい、かな……? いや、それにしても……。
「ね、さっきの行儀見習いの話だけど! アタシのこと、メイドとして雇ってくんない!?」
「へ?」
「だってやっぱ、推しの近くに居たいじゃん!?」
(その気持ちはわかる、本気で)
「……さすがに他所のお嬢様をメイドにはできないかなぁ。から、敷金礼金家賃生活費込みの行儀見習い、お手伝いした分はお小遣い付き! ……というところでいかが?」
かなり破格の待遇だ。
高位の家に行儀見習いに出る下級貴族の令嬢は少なくない。大抵の場合それは、親がツテを伝って頼み込み、多額の献金をもって成立する。時折、例えば養子候補とか、将来嫁いで来ること前提での、例外もあるとはいえ……子爵家令嬢が公爵家に行儀見習いに入ること自体、極めて異例。
「名目は、そうね……娘の学友……それと、希少な魔力属性の持ち主の保護、にしようかしら。せっかくの光属性、最大限アピールして、より良い人脈を築かなくっちゃね」
ラナちゃんさえその気になってくれたなら。理屈はあとから何とでもできる。
やっぱり、三次元化した推しは強い。ラナちゃんが手のひら返しするレベルで。
わたしはにっこり笑って彼女の目を覗き込んだ。
ヒロインが味方に居れば百人力だ。
(うん)
この期を生かさねば女が廃る!!
今週、来週、土曜日のみの更新になるかと思います
持病のため、ご迷惑をおかけします




