↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春の世界  作者: こだわりパセリ
第一章.人工雪は何処に?
PR
28/29

28.崩れた信頼

 歩いてくる彼の表情が、不気味で仕方なかった。


 カラドさん。


 セゾンスニグ王国の騎士団から派遣された副団長。今回の作戦では、気候魔獣を仕留める役目を担っていたはずの人物だ。なのに、ここまで来るのが遅すぎる。


 俺たちが何度も危機に陥っても。仲間が傷ついても。誰かが倒れても。


 カラドさんは姿を現さなかった。


「シュンセイ」


 突然、後ろから声を掛けられた。


「……ヴァレン?」


 振り向く。


 そこにはヴァレンがいた。


 いつもと変わらないように見える。後方に控えていたとはいえ、あの激戦を耐え抜き疲労困憊でもおかしくなかった。


 だが、その視線はしっかりとリーセレンへ向いていた。


「彼女は……大丈夫なのか?」


「ああ。魔力の使いすぎで気を失ってるだけだ……」


「そうか」


 ヴァレンは心配そうにリーセレンを見る。


「かなり無理をしたんだな」


 俺は頷いた。


「俺たちを助けるために……」


 リーセレンがいなかったら、俺たちは全滅していた。だからこそ、今の彼女を守らなければならない。俺はそう思っていた。


「カラドさん……!」


 さっき駆け寄っていった冒険者が、彼の前で足を止めた。


「来てくれたんですね!」


「ああ」


 短い返事。それだけだった。


「気候魔獣は、あそこです!あの少女が凍らせたんです!」


「……そうか」


 カラドさんは凍りついた気候魔獣と、こちらへ視線を向ける。その目に驚きはない。むしろ、確認するような冷たい目だった。


「あの状態なら、カラドさんの手にかかればちょちょいのチョイで――」


 冒険者が言葉を続けようとした。その瞬間だった。カラドさんの手が動く。


 何が起きたのか、理解できなかった。


 一瞬。


 本当に、一瞬だった。カラドさんの手に握られた剣が、冒険者の胸を貫いていた。


「……え?」


 冒険者の口から、間の抜けた声が漏れる。剣が引き抜かれた。赤い血が地面に落ちる。


 どさり。


 その身体が崩れ落ちた。


「…………」


 誰も動かなかった。


 俺も。


 ラヴィさんも。


 他の冒険者たちも。


 何が起きたのか理解できず、ただ目の前の光景を見つめていた。


「な……」


 誰かの声が震える。


 俺はリーセレンを抱えたまま、一歩後ずさった。


「カラド……さん?」


 見間違いであってほしかった。今のは何かの間違いだ。そう思いたかった。けれど、倒れている冒険者を見れば分かる。間違いなんかじゃない。


 殺した。


 カラドさんが。俺たちの仲間を。


「なぜ……」


 ラヴィさんが低い声を漏らした。だが、今の彼にはそれを追求する気力が足りない。


 カラドさんは答えない。その眼鏡の奥から、冷たい視線を向けているだけだった。


「お前……何をしている!」


 一人の冒険者が怒鳴り、剣を抜く。


 だが、その声にもカラドさんは反応しなかった。


 ただ、淡々と口を開く。


「予定通りだ」


「予定……?」


 その言葉に、背筋が冷たくなる。何の予定だ。俺たちは知らない。


 この作戦で、こんなことをする予定なんて聞いていない。


「必要なことは、すでに終わっている」


 カラドさんの視線が、凍りついた気候魔獣へ向けられる。


 そして――。


 リーセレンへ移った。


「……!」


 俺は反射的にリーセレンを抱き寄せた。


 彼女はまだ意識がない。身体から完全に力が抜けている。あれだけの魔力を使ったんだ。今のリーセレンは、俺が守らなきゃいけない。


「リーセレン……!」


 名前を呼んでも返事はない。その姿を見ていると、嫌な予感がどんどん膨らんでいく。


 リーセレンと初めて会った日。胡散臭い男がリーセレンについて事細かに聞いてきた。アストルさんは俺に、信じる相手を間違えるなと言った。疲れ切った脳で、思考が回る。誰が味方で、誰が敵か。


 考えることに夢中で、カラドの行動に対してのみ注意を払っていた。


 その瞬間。


「――悪いな」


 ヴァレンの声が聞こえた。


「え?」


 何かがおかしい。そう思った時には遅かった。


 ヴァレンの腕が伸びる。リーセレンの身体を、俺の腕から引き抜いた。


「なっ――!」


 身体が軽くなった。腕の中から、リーセレンが消える。


「リーセレン!」


 俺は一瞬、状況が理解できなかった。咄嗟に手を伸ばした。だが、ヴァレンはすでに距離を取って、彼女の身体を抱えている。力なく垂れた腕と閉じられた瞳、意識はない。


「ヴァレン……何してるんだ?」


 震える声を振り絞って、ヴァレンを睨みつけた。


「シュンセイ。俺たちはここでお別れだ」


 ヴァレンはリーセレンを抱えたまま後退する。


「待て……!」


「待てって言われて待つ奴がいるかよ」


「《疾走》!」


 スキルでの加速。頭より先に、身体が動いていた。地面を蹴る。距離を詰める。ヴァレンの顔面に拳を叩きこむため、懐に入り込み腕を振りかぶる。


 目の前にいるヴァレンへ、拳を叩き込む。


 その瞬間だった。


 ヴァレンとの間に、黒い影が割り込んだ。


「――ッ!」


 カラド。


 振り下ろされた腕が、何かに触れた。


 次の瞬間。


 ぞぶっ、と。嫌な感触が腕を伝った。


「…………?」


 視界が揺れる。


 振りかぶったはずの右腕が――なかった。肩口から先が、綺麗に消えている。


「――――」


 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。遅れて、熱が走る。


「ぐ、あああああああああっ!」


 激痛。


 身体が勝手に崩れ落ちる。血が地面へと滴り、紅葉の葉を濡らしていく。


「シュンセイ!」


 遠くで誰かの声がした。けれど、顔を上げることさえできない。カラドは何事もなかったかのように剣を下ろしていた。


 その向こうで、ヴァレンがリーセレンを抱え直す。


「……これ以上は獣の仕業にできない。それに、弱者をいたぶる趣味もない」


 俺は左手で傷口を押さえながら、必死に顔を上げた。


「……リー、セレン……」


 霞む視界の中。


 連れ去られていく彼女の姿だけが、はっきりと見えていた。


「待て……」


 立ち上がろうとする。だが、力が入らない。それでも手を伸ばす。


「リーセレン……!」


 届かない。伸ばすはずの右腕も、無くなった。カラドとヴァレンの姿が、森の奥へ消えていく。


「待ってくれ!」


 もう一度叫んだ。ヴァレンが一瞬だけ振り返る。目が合った。その顔には、申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。それでも、彼らが止まることはなかった。


「……返せ」


 誰にも届かない声が漏れた。


 拳を握る。


 悔しい。


 何もできなかった。目の前にいたのに。手を伸ばせば届きそうだったのに。俺はリーセレンを守れなかった。


 呆然と立ち尽くしていると、森の奥から。彼らが逃げた方から、何かが聞こえた。


 低い。


 唸り声。


「……グルルル」


 暗い森の中から、それはゆっくりと姿を現した。


 巨大な黒い影。四本の脚。鋭い牙。そして――生きている獣とは思えない、濁った瞳。全員の血の気が引いた。さっきまでさんざん戦ってきたクロックウルフ、ケルベロスとは比にならない大きさ。その親玉が、俺たちを見てよだれをダラダラと垂らしていた。


 黒い狼が、ゆっくりと口を開く。


「グルァァァ……」


 咆哮が森を震わせた。


 全員が呆然と立ち尽くし、状況を理解できずにいる。頼みの綱だったカラドは俺たちを陥れ、不死族の餌にするつもりだったのだと、俺は気付いた。


 黒狼が地面を蹴る。


「――来るぞ!」


 ラヴィさんが息も絶え絶えに叫んだ。なんとか動ける冒険者たちが一斉に武器を構える。


 誰も万全じゃない。さっきまで気候魔獣と戦っていた。仲間も倒れている。そして今度は――不死族化した黒狼。


「下がるんだ!」


 ラヴィさんの声が響く。目の前の黒狼から、視線を逸らせない。


「グルァァァァッ!」


 巨大な身体が、俺たちへ向かって飛びかかってきていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。