24.開戦
冒険者ギルドを出てから、しばらく。聖都の大通りを抜けた一行は、迷いの森へと続く道を進んでいた。
普段ならば、森へ向かう冒険者の姿は珍しくない。だが今日は違った。道のあちこちに冒険者がいる。
革鎧に身を包んだ者、重そうな大剣を背負った者、杖を手にした魔術師。所属する班によって集団は分かれているものの、目的地は皆同じだった。
迷いの森。
そこへ、二百人を超える冒険者たちが向かっている。
「なんか、改めて見るとすごい人数だねー」
隣を歩くリーセレンが、周囲を見渡しながら言った。
「これだけいれば、さすがに大丈夫……だと思いたいけどな」
「シュンセイ、今の間なに?」
「いや……」
俺は苦笑した。作戦の内容そのものに不満はない。気候魔獣を森の端まで追い込み、そこで待ち構えるカラドさんが気候魔獣を仕留める。
カラドさんは何度も気候魔獣を討伐した経験があるそうで、一対一だとしても彼が負けることはないそうだ。
それを聞いた上なら、無茶な作戦ではない。
むしろ、これだけの人数を動員するのなら、成功する可能性の方が高いように思える。
ただ、一つだけ気になることがあった。
「昨日からずっと、嫌な感じがするんだよな」
「嫌な感じ?」
「ああ。うまく言えないけど」
俺がそう言うと、リーセレンは少しだけ首を傾げた。
「考えすぎじゃない?」
「そうかもな」
「なら気にしない、気にしない。今日のシュンセイは私の補佐なんだから、余計なこと考えてる暇ないよー」
「補佐っていうか、俺も冒険者なんだけど」
「細かいことは気にしない!」
いつも通りの調子で笑うリーセレンを見て、俺も少しだけ肩の力を抜いた。
その時だった。
「おーい!」
後方から声が飛んできた。
二人が振り向く。
見覚えのある冒険者が、こちらへ向かって歩いてきていた。
「あれは……ヴァレンさんかな?」
リーセレンが目を細めて、手で日差しを遮るように見つめる。
「ヴァレンだ。リーセレンも知ってるのか?」
「うん。聖都に来てから、何回かギルドで話したことあって」
ヴァレンは俺たちのところまで来ると、軽く手を上げた。
「よう。お前らも第四班だったのか」
「そういうあなたも?」
「ああ。昨日確認したら同じ所に入ってた」
ヴァレンは笑った。
聖都に来た時期がほとんど同じだったこともあり、冒険者ギルドで何度か顔を合わせていた。その時に冒険者を始めたらしく、今のランクはE。ただ、もともと戦闘の心得はある方なのか、戦闘の技術は俺より上だ。
依頼の帰りに会えば軽く言葉を交わす。酒場で隣になれば、最近受けた依頼の話をする。特別に親しいわけではない。けれど、顔を見れば自然に声をかける。同期のようなものだし。
「シュンセイたち、結構有名になったよな」
「俺たちが?」
「そうそう。南支部に来たばっかりなのに、気候魔獣の作戦に参加するんだろ?」
「たまたまだよ。というか、それに関してはお互いさまじゃないか?」
「あはは。そうだな。でも、俺には地元での経験がある。だからあんたらの方がすごいよ」
「えへへ、それほどでも~……あるかな?」
リーセレンが鼻高々に答える。それをやれやれと受け流した。
「少しは謙遜しろよ……」
三人の間に笑みがこぼれる。ほんの短い時間だった。
だが、それは初の大規模な作戦に参加する者たちにとって、少しだけ気持ちを楽にしてくれる時間だった。
「そういや、作戦前に聞いたんだけどさ」
男が少し声を落とした。
「今回、Aランクの冒険者はいないらしいな」
「ああ」
俺も頷く。
「教官も、それが一番の不安材料だって言ってた」
「そりゃそうだよな。気候魔獣相手だろ?」
「まあ、俺たちは追い込むのが役目だから。心配しなくても、倒すのはカラドさんがいるし」
「そうだな、副団長がいるもんな」
ヴァレンは森の方を見る。
遠くに見える木々は、風に揺れることもなく静かに立っていた。
「……迷いの森か」
その声だけが、ほんの少し低かった。
「怖い?」
リーセレンが尋ねる。
「そりゃ怖いだろ」
「意外」
「おい」
「だって、いつも余裕そうじゃん」
「余裕そうに見せてるだけだよ」
ヴァレンは笑った。
「死にたくないからな」
「それは私も」
リーセレンが即答する。
「シュンセイも死なないでよ?」
「そっちこそ」
ヴァレンは二人を見て、少し悲しそうに笑った。
「じゃあ、終わったらまたギルドで会おうぜ」
「ああ」
「その時は奢ってよねー」
男は呆れたように肩をすくめると、自分のチームへと戻っていく。
「戻ってきたらいくらでも奢ってやるよー」
俺たちはその背中をしばらく見送った。
「……いい人だね」
「まあ、そうだな」
リーセレンの言葉に、俺は頷いた。それ以上、気にすることはなかった。
やがて一行は迷いの森の入り口へ到着した。ここから先は、全員が同じ場所へ向かうわけではない。今回の作戦では、冒険者たちは森の広い範囲に分かれて配置される。
気候魔獣を見つけた時点で、近くにいる班だけで対応するのではない。発見した班が合図を送り、それを受けた他の班が順次動き始める。森全体を使って、少しずつ気候魔獣の進路を限定していく。
そのためには、各班が勝手に動いてはいけない。
合図を見逃さないこと。決められた位置を離れないこと。そして、決して単独で気候魔獣に挑まないこと。
それが今回の作戦で何度も繰り返し説明された注意事項だった。
「第四班はこっちだ!」
ラヴィの声が響く。
「配置につくぞ!」
熊の半獣人であるラヴィさんの声に、第四班の冒険者たちが動き始める。俺とリーセレンも、その後についていく。
森の中へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。外ではまだ夏の暑さが残っているというのに、森の中にはひんやりとした風が流れている。
見上げれば、木々の葉は赤や橙、黄色へと色づいていた。まだ夏の盛りだというのに、そこだけ季節を飛び越えたような紅葉が広がっている。
地面には色づいた葉が幾重にも積もり、踏みしめるたびに乾いた音が響いた。木々が陽光を遮っているせいもあって、昼間だというのに森の中は薄暗い。
そして何より――静かだった。
「……静かすぎない?」
リーセレンが小さな声で言った。
「そうか?」
「うん。森って、もっと鳥とか虫とかいるイメージなんだけど」
俺も耳を澄ます。確かに、妙だった。音がない。
木々のざわめきすら、どこか遠くに感じる。
「違和感はあるけど、迷いの森だからこんなもんなんじゃないか?」
「そうかなぁ」
リーセレンは納得していないようだった。
だが、ラヴィさんから配置につくよう指示が飛び、二人もそれ以上考える余裕はなくなった。第四班は森の端へ続く経路の一つに配置された。
周囲には別の班の姿もない。少し離れた場所にいるはずだ。
ただ、互いの位置を完全に把握しているわけではない。この広い森の中では、それが普通だった。
「合図が来るまでは待機」
ラヴィさんが告げる。
「絶対に勝手に動くな。今回の作戦は数が多い分、一つの班が勝手に動けば他の班の動きまで狂う」
冒険者たちは頷いた。
俺も腰の笛を確認する。リーセレンも準備を整えた。あとは待つだけだ。
時間が過ぎていく。
森の中で、ただ静かに。
しばらくして――。
遠くから、短い笛の音が聞こえた。
ピィッ。
全員が顔を上げる。
もう一度。
ピィッ、ピィッ。
ラヴィさんが立ち上がった。
「……来たか」
その直後。
森のさらに奥から、複数の笛が連鎖するように鳴り響いた。
一つ。
二つ。
三つ。
離れた場所から次々と音が返ってくる。
発見した班から、周囲へ。
さらにその周囲へ。
合図が森を走っていく。
冒険者たちの表情が変わった。
「気候魔獣だ」
誰かが呟く。
ラヴィさんが大きく息を吸った。
「第四班、行くぞ!」
静寂に包まれていた森が、一瞬で動き始めた。
俺とリーセレンも班の後方で走り出す。
先頭にはラヴィさん。
そして、森の奥から聞こえてくるのは――。
大地を震わせるような、巨大な咆哮だった。




