23.出発
聖都の外へ向かう冒険者たちの姿が増えていた。大きな荷物を背負う者、槍を担ぐ者、仲間と笑いながら歩く者。そのどれもが、これから危険な場所へ向かう人間の顔をしていた。
俺は新しい防具の感触を確かめながら歩く。
胸の奥がざわついていた。
気候魔獣。
迷いの森。
王国騎士団。
どれも不安の種だ
「シュンセイ」
リーセレンが隣から顔を覗き込んでくる。
「顔かたーい」
「そうか?」
「うん。めっちゃ真面目。まあ、作戦前だから仕方ないけど」
「怖くないのか?」
「怖いよ?」
リーセレンはあっさり言った。それが少し意外で、俺は彼女を見た。
「でもさ、怖いからってテンション下げても、いいことないじゃん?」
「そういうものか?」
「そういうもの。怖い時ほど、明るくしといた方が足動くし」
リーセレンは軽く笑う。
「それに、シュンセイが隣で暗い顔してたら、あたしまで暗くなっちゃうし」
「……悪い」
「謝るとこじゃないって。ほら、胸張る! 新しい防具なんだから!」
彼女は俺の背中をぽんと叩いた。その勢いで、少しだけ前に出る。
「痛くはないけど、急に叩くな」
「元気出た?」
「まあ、少し」
「ならよし!」
本当に、振り回されてばかりだ。でも、不思議と嫌ではなかった。
ギルドに戻ると、さらに騒がしくなっていた。
第四班の集合場所では、ラヴィさんが班員たち集めていた。熊の半獣人らしい大きな体は、遠くからでもすぐにわかった。
「戻ったか、シュンセイ、リーセレン」
「はい。準備できました」
「薬は?」
「最低限は買いました。あとはリーセレンが薬草でどうにかすると」
「任せて!」
リーセレンが得意げに親指を立てる。
ラヴィさんはそれを見て、低く笑った。
「薬草の知識があるなら助かる。森ではそういう者が一人いるだけで生存率が変わる」
「ほら、褒められた」
「わかった。頼りにしてる」
「任せて!」
ラヴィさんは次に、俺の防具を見る。
「いい防具だ。前よりは死ににくいだろう」
「評価が物騒ですね」
「作戦前の褒め言葉だ」
周りの冒険者たちが笑う。その笑いに少しだけ緊張がほぐれた。
俺たちはのろしと笛の確認を済ませ、支給された簡易地図を受け取った。第四班は、迷いの森の端へ移動し、他の班と連携して気候魔獣を開けた場所まで追い込む。経験豊富な冒険者たちが包囲と誘導を行い、俺たち低ランク組は合図の補助や後方支援を担当する。
退避経路。
合図の種類。
のろしの色。
笛の回数。
頭に叩き込もうとするが、情報が多い。
「シュンセイ」
その時、背後から間延びした声がした。振り返ると、ギルドマスターのアストルさんが立っていた。いつものように、どこか眠そうで、つかみどころのない笑みを浮かべている。
「ちょっといいかな~?」
「俺ですか?」
「うん。リーセレンちゃんは少しだけラヴィ君のところにいてくれる?」
「えー、内緒話?」
リーセレンが目を細める。
アストルさんはにこにこと笑った。
「男同士の、ちょっとしたお話かな」
「その言い方、逆に怪しいんだけど」
「怪しくない怪しくない」
「絶対怪しいじゃん」
リーセレンは不満そうにしながらも、俺を見る。
「すぐ戻ってきてよ?」
「ああ。すぐ戻るよ」
「変なこと言われたら教えてね」
「変なこと前提なのか」
「ギルマス、なんか変だし」
「聞こえてるよ~」
「聞こえるように言ってまーす」
リーセレンはひらひらと手を振り、ラヴィさんの方へ戻っていった。
アストルさんはそれを見届けると、俺をギルドの隅へ連れていく。人の声は聞こえるが、会話の内容までは届きにくい場所だった。
「彼女、明るいね~」
アストルさんは軽く笑った。
いつもの、のらりくらりとした調子だ。
「シュンセイ君」
声が、低くなる。
俺は思わず背筋を伸ばした。
「今回の作戦、表向きは単純だ。気候魔獣を迷いの森の端にある目的地まで追い込む。そこで王国騎士団の副団長に討たせる。冒険者ギルドはその補助と誘導。わかりやすいよね」
ギルドマスターは、楽しそうに笑ったまま指を一本立てた
「でも、わかりやすいものほど、裏に何かを隠しやすい」
喉が鳴った。俺は王国の裏側を直接知っているわけではない。それでも、アストルさんの言葉は妙に重かった。
「騎士団に、何かあるんですか?」
「さあね~」
アストルさんはまた、のらりくらりとした声音に戻る。
「僕はただのギルドマスターだからね。王国騎士団の偉い人たちが何を考えているかなんて、全部はわからないよ」
「全部は、ですか」
「うん。全部は」
つまり、何かは知っている。そういう言い方だった。
アストルさんは、俺の肩にぽんと手を置いた。
けれど、そこに込められた言葉は軽くなかった。
「最後に一つだけ、自分の命と仲間の命は、騎士団任せにしない方がいいよ」
心臓が、嫌な音を立てた気がした。大広間では、冒険者たちが出立の準備を進めている。
笛の音。
武器の金具が触れ合う音。
誰かの笑い声。
そのすべてが、急に遠くなった。
「それは……どういう意味ですか?」
「そのままだよ」
アストルさんは肩から手を離した。
「君は優しい。だから、危ない場面で誰かを助けようとする」
「……」
「それは悪いことじゃない。でもね、助ける相手を間違えちゃだめだ。信じる相手もね」
アストルさんは再び、いつもの調子で笑った。
「まあ、年寄りのお節介だと思って聞き流してくれてもいいよ~」
「アストルさん、年寄りなんですか?」
「そこに食いつく?」
「いや、つい」
軽口を返したのに、胸のざわめきは消えなかった。
アストルさんはひらひらと手を振る。
「行っておいで。第四班はもうすぐ出るよ」
俺は一礼して、リーセレンたちのいる場所へ戻った。
途中で振り返る。
アストルさんは、もういつもの気の抜けた顔に戻っていた。
だが、さっきの言葉だけが耳に残る。自分の命と仲間の命は、騎士団任せにしない方がいい。王国騎士団には、何かある。確証はない。
けれど、ただの不安で片づけてはいけない気がした。
「シュンセイ!」
リーセレンが俺に気づき、大きく手を振る。
「遅い! 内緒話、長くない?」
「悪い」
「で、何言われたの?」
「……無茶するなって」
「えー、ギルマス大げさすぎ!心配しなくてもあたしたちは一回逃げ切ってるもん。だから絶対大丈夫だよ。ね?シュンセイ?」
「そうだね。俺たちは一回逃げ切ってる。だから絶対大丈夫。大丈夫……だよな」
俺は支給された笛を首にかけ直した。
新しい防具の重み。
買ったばかりの回復薬。
仲間たちの声。
リーセレンの明るさ。
そして、ギルドマスターの警告。
すべてを抱えたまま、俺たちはギルドの出口へ向かう。
出立の時間が迫っていた。
迷いの森へ。
気候魔獣の待つ場所へ。
俺は小さく息を吸った。
怖い。
でも、足は止めない。
「シュンセイ、置いてくよー!」
「今行く!」
先を歩くリーセレンの声に背中を押される。
今度こそ、何もできなかった自分のままで終わりたくはない。
そう思いながら、俺はリーセレンの背中を追って、ギルドの外へ踏み出した。




