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春の世界  作者: こだわりパセリ
第一章.人工雪は何処に?
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23/29

23.出発

 聖都の外へ向かう冒険者たちの姿が増えていた。大きな荷物を背負う者、槍を担ぐ者、仲間と笑いながら歩く者。そのどれもが、これから危険な場所へ向かう人間の顔をしていた。


 俺は新しい防具の感触を確かめながら歩く。


 胸の奥がざわついていた。


 気候魔獣。


 迷いの森。


 王国騎士団。


 どれも不安の種だ

「シュンセイ」


 リーセレンが隣から顔を覗き込んでくる。


「顔かたーい」


「そうか?」


「うん。めっちゃ真面目。まあ、作戦前だから仕方ないけど」


「怖くないのか?」


「怖いよ?」


 リーセレンはあっさり言った。それが少し意外で、俺は彼女を見た。


「でもさ、怖いからってテンション下げても、いいことないじゃん?」


「そういうものか?」


「そういうもの。怖い時ほど、明るくしといた方が足動くし」


 リーセレンは軽く笑う。


「それに、シュンセイが隣で暗い顔してたら、あたしまで暗くなっちゃうし」


「……悪い」


「謝るとこじゃないって。ほら、胸張る! 新しい防具なんだから!」


 彼女は俺の背中をぽんと叩いた。その勢いで、少しだけ前に出る。


「痛くはないけど、急に叩くな」


「元気出た?」


「まあ、少し」


「ならよし!」


 本当に、振り回されてばかりだ。でも、不思議と嫌ではなかった。


 ギルドに戻ると、さらに騒がしくなっていた。


 第四班の集合場所では、ラヴィさんが班員たち集めていた。熊の半獣人らしい大きな体は、遠くからでもすぐにわかった。


「戻ったか、シュンセイ、リーセレン」


「はい。準備できました」


「薬は?」


「最低限は買いました。あとはリーセレンが薬草でどうにかすると」


「任せて!」


 リーセレンが得意げに親指を立てる。


 ラヴィさんはそれを見て、低く笑った。


「薬草の知識があるなら助かる。森ではそういう者が一人いるだけで生存率が変わる」


「ほら、褒められた」


「わかった。頼りにしてる」


「任せて!」


 ラヴィさんは次に、俺の防具を見る。


「いい防具だ。前よりは死ににくいだろう」


「評価が物騒ですね」


「作戦前の褒め言葉だ」


 周りの冒険者たちが笑う。その笑いに少しだけ緊張がほぐれた。


 俺たちはのろしと笛の確認を済ませ、支給された簡易地図を受け取った。第四班は、迷いの森の端へ移動し、他の班と連携して気候魔獣を開けた場所まで追い込む。経験豊富な冒険者たちが包囲と誘導を行い、俺たち低ランク組は合図の補助や後方支援を担当する。


 退避経路。


 合図の種類。


 のろしの色。


 笛の回数。


 頭に叩き込もうとするが、情報が多い。


「シュンセイ」


 その時、背後から間延びした声がした。振り返ると、ギルドマスターのアストルさんが立っていた。いつものように、どこか眠そうで、つかみどころのない笑みを浮かべている。


「ちょっといいかな~?」


「俺ですか?」


「うん。リーセレンちゃんは少しだけラヴィ君のところにいてくれる?」


「えー、内緒話?」


 リーセレンが目を細める。


 アストルさんはにこにこと笑った。


「男同士の、ちょっとしたお話かな」


「その言い方、逆に怪しいんだけど」


「怪しくない怪しくない」


「絶対怪しいじゃん」


 リーセレンは不満そうにしながらも、俺を見る。


「すぐ戻ってきてよ?」


「ああ。すぐ戻るよ」


「変なこと言われたら教えてね」


「変なこと前提なのか」


「ギルマス、なんか変だし」


「聞こえてるよ~」


「聞こえるように言ってまーす」


 リーセレンはひらひらと手を振り、ラヴィさんの方へ戻っていった。


 アストルさんはそれを見届けると、俺をギルドの隅へ連れていく。人の声は聞こえるが、会話の内容までは届きにくい場所だった。


「彼女、明るいね~」


 アストルさんは軽く笑った。


 いつもの、のらりくらりとした調子だ。


「シュンセイ君」


 声が、低くなる。


 俺は思わず背筋を伸ばした。


「今回の作戦、表向きは単純だ。気候魔獣を迷いの森の端にある目的地まで追い込む。そこで王国騎士団の副団長に討たせる。冒険者ギルドはその補助と誘導。わかりやすいよね」


 ギルドマスターは、楽しそうに笑ったまま指を一本立てた


「でも、わかりやすいものほど、裏に何かを隠しやすい」


 喉が鳴った。俺は王国の裏側を直接知っているわけではない。それでも、アストルさんの言葉は妙に重かった。


「騎士団に、何かあるんですか?」


「さあね~」


 アストルさんはまた、のらりくらりとした声音に戻る。


「僕はただのギルドマスターだからね。王国騎士団の偉い人たちが何を考えているかなんて、全部はわからないよ」


「全部は、ですか」


「うん。全部は」


 つまり、何かは知っている。そういう言い方だった。


 アストルさんは、俺の肩にぽんと手を置いた。


 けれど、そこに込められた言葉は軽くなかった。


「最後に一つだけ、自分の命と仲間の命は、騎士団任せにしない方がいいよ」


 心臓が、嫌な音を立てた気がした。大広間では、冒険者たちが出立の準備を進めている。


 笛の音。


 武器の金具が触れ合う音。


 誰かの笑い声。


 そのすべてが、急に遠くなった。


「それは……どういう意味ですか?」


「そのままだよ」


 アストルさんは肩から手を離した。


「君は優しい。だから、危ない場面で誰かを助けようとする」


「……」


「それは悪いことじゃない。でもね、助ける相手を間違えちゃだめだ。信じる相手もね」


 アストルさんは再び、いつもの調子で笑った。


「まあ、年寄りのお節介だと思って聞き流してくれてもいいよ~」


「アストルさん、年寄りなんですか?」


「そこに食いつく?」


「いや、つい」


 軽口を返したのに、胸のざわめきは消えなかった。


 アストルさんはひらひらと手を振る。


「行っておいで。第四班はもうすぐ出るよ」


 俺は一礼して、リーセレンたちのいる場所へ戻った。


 途中で振り返る。


 アストルさんは、もういつもの気の抜けた顔に戻っていた。


 だが、さっきの言葉だけが耳に残る。自分の命と仲間の命は、騎士団任せにしない方がいい。王国騎士団には、何かある。確証はない。


 けれど、ただの不安で片づけてはいけない気がした。


「シュンセイ!」


 リーセレンが俺に気づき、大きく手を振る。


「遅い! 内緒話、長くない?」


「悪い」


「で、何言われたの?」


「……無茶するなって」


「えー、ギルマス大げさすぎ!心配しなくてもあたしたちは一回逃げ切ってるもん。だから絶対大丈夫だよ。ね?シュンセイ?」


「そうだね。俺たちは一回逃げ切ってる。だから絶対大丈夫。大丈夫……だよな」


 俺は支給された笛を首にかけ直した。


 新しい防具の重み。


 買ったばかりの回復薬。


 仲間たちの声。


 リーセレンの明るさ。


 そして、ギルドマスターの警告。


 すべてを抱えたまま、俺たちはギルドの出口へ向かう。


 出立の時間が迫っていた。


 迷いの森へ。


 気候魔獣の待つ場所へ。


 俺は小さく息を吸った。


 怖い。


 でも、足は止めない。


「シュンセイ、置いてくよー!」


「今行く!」


 先を歩くリーセレンの声に背中を押される。


 今度こそ、何もできなかった自分のままで終わりたくはない。


 そう思いながら、俺はリーセレンの背中を追って、ギルドの外へ踏み出した。


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