22.準備
作戦会議が終わった瞬間、ギルド内の空気が一気に変わった。先ほどまで大広間を満たしていた緊張感は、そのまま熱を帯びた慌ただしさへと姿を変える。
「第二班、こっちに集まれ! 移動経路の確認をするぞ!」
「発煙筒担当は誰だ!予備の物も忘れるなよ!」
「笛は低ランク組に配れ! 合図を間違えるなよ!」
「薬持ってねぇ奴は今のうちに買っとけ! 出てから泣いても知らん!」
あちこちで怒号に近い声が飛び交う。
冒険者たちは文句を言いながらも動きが早かった。さすが、強制招集に慣れているというべきなのか、誰も完全に混乱しているわけではない。
その中に立っていると、自分だけが流れに取り残されているような気がした。
「シュンセイ、ぼーっとしてる場合じゃないって!」
背中を軽く叩かれて、俺は振り返った。
リーセレンが、いつものように明るい笑みを浮かべて立っている。周囲の張り詰めた空気とは対照的に、彼女は妙に元気だ。
いや、元気に見せているだけなのかもしれない。
いつになく彼女の目はオドオドとしていた。
「ご、ごめん。心がどっか行ってたみたいだ。まずはー、物資の調達に行こう。薬とか、食べ物とか。あと、防具も受け取りにいかないと」
アルティス商会に、防具の作成を頼んでいたのを思い出す。
以前倒したラインボアの素材を使って、新しい防具を作ってもらうことになっていた。代金は先払い。というより、ほとんど持っていかれた。
おかげで今の俺の財布は、驚くほど軽い。
小銭入れを確認すると、寂しい音がした。
「……調達、できるかな」
「え、もしかしてお金、ない感じ?」
「防具代を払ったから、ほぼない」
「ほぼってどのくらい?」
「薬を一本……買えないかなあ」
「……これから依頼、いっぱい解決しようね」
リーセレンの慰めでは癒えないほどの金欠。この作戦報酬はでますよね?ギルドマスター。
今回、俺たちは作戦に参加する。
第四班の役割は、気候魔獣を迷いの森の端にある目的地まで追い込むことだ。
もちろん、俺やリーセレンのような低ランク冒険者が主力として前に出るわけではない。追い込みの中心になるのは、数人のBランク、そして経験を積んだCランク以上の冒険者たちだ。
低ランク組に任されるのは、のろしや笛による合図、荷物運び、周囲の警戒、弱い魔獣が出た時の対応など。
それでも、迷いの森の近くまで行くことに変わりはない。
危険がないはずはなかった。
「薬はやっぱり、必要だよな」
「薬? うーん……薬草でよくない?」
「薬草って、本当に効くのか?回復薬の方が確実だと思うけど」
「えー、だって回復薬って高いじゃん。森なら使える薬草、たぶんあるし。即効性はないけどね。あたし、そういうの結構わかるよ?」
「頼もしいけど、今回探してる余裕があるとは限らないだろ」
「まあ、それはそうなんだけどさー」
リーセレンは口を尖らせる。
「でも、シュンセイお金ないんでしょ? 無理して買って、帰りにご飯食べられないとか嫌じゃん」
「それは……嫌だな」
「でしょ? ほら、薬草大事」
「でも、回復薬も大事」
「むー。じゃあ最低限だけね。高いやつは禁止。普通のでいい。あとは薬草でどうにかする!」
俺が返事に困っていると、近くにいた冒険者が声をかけてきた。
「おう、二人ともアルティス商会か?」
「はい。薬と、防具を受け取りに」
「なら急げよ。今ごろ似たような連中で混んでるはずだ。魔力薬は特にすぐなくなるぞ」
「げ、やっぱ魔力薬もいる?」
リーセレンが眉を寄せる。
「魔力を使うなら持っておけ。森で魔力切れ起こすと洒落にならん」
「うわー、絶対高いやつじゃん」
リーセレンは俺を見た。
「シュンセイ、魔力切れになったらまた、よろしくね?」
「縁起でもない」
気候魔獣と一度遭遇した俺たちの話は、すでに南支部の冒険者たちの間で広まっているらしい。だからといって、俺たちを囮にしようとか、前線に放り込もうとか、そういう雰囲気はなかった。
むしろ逆だ。
「若いのに無茶すんなよ」
「笛は思いっきり吹け。音が裏返っても笑わねぇから」
「リーセレンちゃん、シュンセイのこと見張っといてくれよ。こいつ、顔が真面目だから無茶しそうだ」
そんな声をかけられた。
ありがたい。
「ほら行こ! 出発まで二時間しかないんだから!」
「ああ、わかった」
ギルドの大広間を抜ける途中、第四班の班長であるラヴィさんの姿が見えた。
熊の半獣人。
見上げるほど大きな体に、厚い腕。だが、目つきは思ったより穏やかだった。ラヴィさんはBランク冒険者で、第四班およそ五十人をまとめる班長だ。
「シュンセイ、リーセレン」
低い声で呼ばれ、俺たちは足を止める。
「装備の調達か?」
「はい。すぐ戻ります」
「薬は持っておけ。だが、荷物は増やしすぎるな。第四班は追い込みに回る。動けなくなれば足手まといだ」
「わかりました」
「お前たち低ランク組は、主に合図と周囲の警戒だ。無理に前へ出るな。追い込みの主力はこちらで受け持つ」
そう言いながら、ラヴィさんは俺たちを見る。
威圧感はある。
でも、見下すような感じはなかった。
「気候魔獣と一度遭遇したと聞いている。だからといって、前線に立たせるつもりはない」
「あ、ありがとうございます」
「ただし、何かあった時は自分で判断しろ。森の中では、指示が届かないこともある」
「はい」
ラヴィさんは頷き、次にリーセレンへ視線を向けた。
「これはもしもの話なんだが、君の力が必要になるかもしれない。その時は、力を貸してくれないか?」
その言葉を聞いたリーセレンは、いつになく真剣な顔でうなずいた。
「……もちろんです」
その言葉に満足したのか、ラヴィさんはまた喧騒の中へ戻っていった。
聖都の通りに出ると、そこもまた慌ただしかった。
王国騎士団の兵士らしき集団が馬を引いて通り過ぎ、冒険者らしい者たちが武器屋や道具屋へ駆け込んでいく。作戦の話はすでに広がっているのか、通行人たちも不安げな顔で道を開けていた。
アルティス商会は、相変わらず大きかった。
聖都でも一、二を争う規模の商会。その看板を見上げるたびに、俺は少しだけ緊張する。
中に入ると、予想通り混んでいた。
「回復薬を三本!」
「解毒薬はあるか!?」
「魔力薬は小瓶でいい! 安い方を頼む!」
店員たちは、次々と飛んでくる注文をさばくのに追われていた。
薬品棚の前に行くと、リーセレンはすぐに値札を見て顔をしかめた。
「たっか」
「声に出てるぞ」
「いや出るでしょ、これ。回復薬一本で干し肉何日分?」
「比較対象が干し肉なのか」
「大事じゃん、干し肉。冒険者の味方だよ?」
「それはそうだけど」
リーセレンは棚に並んだ小瓶を見比べながら、真剣な顔になる。
「普通の回復薬を二本。解毒薬を一本。魔力薬は……うーん、一本かなあ?」
「魔力薬は二本あった方が安心じゃないか?」
「安心は高いんだよ、シュンセイ」
「名言みたいに言うな」
結局、回復薬を二本、解毒薬を一本、魔力薬を一本買うことにした。
不足分は、リーセレンが自分で持っている薬草と、道中で採れそうなものを利用するらしい。
「薬草って、そんなに使えるものなのか?」
「使えるよー。傷に貼るやつ、煎じるやつ、噛むやつ、匂いで虫除けにするやつ。南だとわりと普通」
「すごいな」
「でしょ? もっと褒めてもいいよ」
「頼りになる」
「うんうん、素直でよろしい」
リーセレンが満足げに頷く。こういう時、彼女は本当に明るい。
その明るさに、俺は今助けられている。これがないと緊張で朝飯が出てきそうだ。
その後、金額を聞いた俺は、静かに目を逸らした。
「悪い」
「いいって。ていうか、必要経費じゃん。死なないためのやつ」
「絶対に後で返すから」
「じゃあ今度、薬草採り付き合って。荷物持ちね」
「それで返済扱いになるのか?」
「なるなる。あたしが決めた」
リーセレンの中ではもう決定事項らしい。
買い物を終えたところで、奥の作業場へ向かった。そこで、がっしりとした体格のドワーフが待っていた。
濃い髭。短い手足。分厚い腕。職人らしい革の前掛けには、細かい傷や煤がついている。
「……シュンセイ」
「あ、カリムさん」
防具作成を担当してくれているドワーフ、カリムさんだ。
口数は少ない。
初めて会った時も、必要なこと以外はほとんど話さなかった。だが不思議と無愛想という感じはしない。むしろ、こちらをよく見てくれている人だ。
カリムさんは俺を手招きした。
「待っていた。見ろ」
いつもより少しだけ、声が弾んでいる気がした。
「え、防具? 見たい見たい!」
リーセレンも興味津々でついてくる。
奥の受け渡し台に置かれていたのは、新しい防具だった。
胸当てと肩当て、腕を守る軽めの籠手。革を基調にしているが、ところどころに硬質な素材が組み込まれている。
ラインボアの素材だ。
あの突進力を支えていた硬い皮と、しなやかな筋繊維。それが丁寧に加工され、防具として形になっている。
「軽い……」
持ち上げて、まずそう思った。
見た目よりずっと軽い。けれど頼りなさはない。手で押すと、表面は硬く、内側は少しだけ弾力がある。
「ラインボアは硬い」
カリムさんが胸当てを指で叩く。
「だが、硬いのはシュンセイに向かない。お前はまだ小さい」
「というと?」
「力を受けるな。流せ」
カリムさんは短く言い、俺の肩を軽く叩いた。
「受けるより動く方がいい」
「俺に合わせて作ってくれたんですか?」
「そう頼まれた」
「頼んだ覚えは……」
「顔に書いてあった」
それは頼んだことになるのだろうか。
だが、カリムさんの言葉は妙にしっくりきた。
俺はまだ強くない。
真正面から魔獣の攻撃を受け止めるような戦い方はできない。だからこそ、動くための防具。
カリムさんは、俺の戦い方を考えて作ってくれたのだ。
「ありがとうございます」
「礼はいい。金はもらった」
「そのおかげで俺、今ほぼ無一文です」
「知るか」
ばっさり切られた。
リーセレンが防具を覗き込み、ぱっと顔を明るくする。
「え、めっちゃいいじゃん! シュンセイ、これ着たら普通に強そうに見えるって!」
「見えるだけなのか?」
彼女は指で叩いてみたり、皮を撫でてみたりと大はしゃぎしていた。
防具を身につけてみると、驚くほど体に馴染んだ。革紐を締める位置も、腕を上げた時の引っかかりも、ほとんど気にならない。
カリムさんは俺の周りを一周し、無言で紐を一本締め直した。
「これでいい」
「ありがとうございます」
「無茶はするな」
「はい」
「新しい防具を初日に壊されると腹が立つ」
「そこですか」
「死なれても困る」
それだけ言うと、カリムさんは視線を逸らした。短い言葉だった。けれど、それは不器用な心配に聞こえた。
「はい。気をつけます」
「そうしろ」
買い物を終えて商会を出るころには、出立まで残り時間はあまりなかった。通りの空気は、さらに張り詰めている。




