21.彼らの目的
作戦会議の前日。
聖都南部、冒険者ギルドからほどなく歩いた場所にある宿屋の二階。その一室には、夜更けにも関わらず灯りが残っていた。
窓際に立つカラド・グロヴィーは、聖都の闇を見つめていた。
この街には人族だけでなく、ドワーフや獣人、果ては魔人まで住んでいる所もあるという。それは聖都の、何者であろうと拒まない方針、それが存在するからだ。
何故、石を叩くしか能がないドワーフ、未だ獣の本能に支配されている獣人、魔獣とほぼ変わりない魔人。彼らを我ら人族と同列に見るのだろうか。
この街を築き、商いを回し、この世界で最も国を広げているのは誰か。
答えは明白。
人族だ。
最も多く、最も繁栄し、そして最も強くなれる種族。だからこそ人間は、この世界で最も高尚な存在であるべきだと、カラドは信じている。しかし、それらを根こそぎひっくり返す例外が存在することも、彼は知っている。
弱者を踏みにじることを好むわけではない。ただし、強者が上に立つことは自然の摂理だ。
そして彼は、強者を敬う。それが人間であろうと、人間以外であろうと。
コンコンと、控えめなノックが鳴った。
「入れ」
扉が開く。
入ってきた男を見て、カラドは眉をわずかにひそめた。
個性的な口ひげ。
少し禿かかった頭頂部。
痩せこけた身体に、神経質そうな眼鏡。
高価な皮鎧はほとんど傷んでおらず、冒険者らしい使い込みは感じられない。
その男――オジュールは、扉を閉めるなり口ひげを撫でた。
「い、いやあ、聖都というのは実に面白い。人も情報も、勝手に集まってくる」
オジュールは細い指で眼鏡を押し上げながら、室内へ入った。
その動作だけ見れば、どこにでもいる神経質な研究者に見える。しかし彼の瞳の奥には、妙な熱があった。
獲物を見つけた獣のような、濁った熱だ。
「発見できたのか」
オジュールは口ひげを撫でながら、楽しそうに笑った。
「逃げ出した母親に、ヒヒッ、そっくりだ。護衛任務中にこっそりと、宝玉でも確認済みですよ。彼女は、冬の季節スキルを持っている!」
オジュールは体全体で喜びを表現するように動き出した。
「そして何より……発動後、彼女自身は魔力切れで眠りに落ちた」
「騒ぐな、結論を言え」
「どうやって変装しているかはわかりませんが、リーセレン・ノードは、我々が探していた実験体の子で間違いない!」
カラドの銀の瞳が、わずかに細くなる。
「母親の方はどうだ」
「すでに私の手の者が動いていますよお」
オジュールは楽しげに続ける。
「母親は私の実験所から逃げ出した女です。人工的に季節スキルを生み出す研究……その研究の、被験者の一人です」
オジュールの口元が、嬉しそうに歪んだ。
「スキル《季節の種》を無理やり発芽させる薬。体内の魔力濃度を調整するものを破壊し、体の中に無理やり魔力を詰め込む。完全な季節スキルには届きませんでしたが……それでも、形だけなら生み出せた」
「宝石を使えば、スキルを保有していることにはなっている、だったか?」
「そうです、しかし肝心の使用ができない」
オジュールは指を一本立てた。
「無理に魔力を詰め込むため、魔力を扱うための器そのものを壊しているからです。魔法も、スキルも、まともには扱えなくなる。あれはあくまで失敗作でした」
「季節スキルなら魔力は消費しない。あの少女は、魔力切れで意識を失ったんだろう?」
「ええ。だからこそ、あれは不完全です」
人工的に作られた力は、季節のシリーズスキルの模造品に過ぎない。
「リーセレン・ノードは成功例ではない……か」
「もちろんですとも。あの娘は実験の成果とは少々言い難い、ただの棚ぼたですからねえ。なにが良かったんでしょうねえ、父親でしょうか。それが一番気になりますよねえ。それも調査しましょう。あとは――」
「もういい、十分だ」
カラドの冷たい眼光に睨まれ、オジュールの身体はキュッと震え上がった。
「ヒッ、し、しかしですよ副団長、母親の中に残った季節の種が、娘へ受け継がれた。そ、その結果、自然に発芽したものだと考えられます。人工の手で歪められた血から、より純粋な《冬》が生まれた……興味深いとは思いませんか?」
「……我々の目的は、娘の確保だ。余計な真似はするな」
「私のかわいい研究対象なんです。傷つけずに連れだしてくださいよ?」
「獣人如きの傷は、私には関係ない」
カラドの声には迷いがなかった。
リーセレンが人間ではないことに、彼は何の感慨も抱かない。
カラドは短く息を吐いた。
「作戦が成功するまで、南の騎士団が来ないように妨害しておけ、奴らが来ると面倒だ」
「承知しました。それと、副団長殿。先ほど私の部下がエルフらしき男にやられまして、彼らへの警戒は努々、お忘れなきようよろしくお願いします。では。」
オジュールは軽く頭を下げ、扉へ向かう。その手が扉にかかったところで、カラドが呼び止めた。
「オジュール」
「な、なんでしょう」
カラドは一度オジュールの身なりを見回し、頭を抱えた。
「お前は明日、前線へ出るな」
カラドは冷たく言い切った。
「お前は目立ちすぎる」
オジュールは一瞬だけ不満そうな顔をした。
「そ、そうでしょうか?私的にはうまく冒険者に擬態できていると考えるのですが……」
ごねるオジュールを前に、カラドの冷たい視線は変わらなかった。
「……仕方ありません。明日は吉報を楽しみにしていますよ」
扉が閉じた。
室内に一人残ったカラドは、窓から見える聖都を見下ろした。




