奇跡のネットワークの起動、そして「時期の遅れ」
シカの持つ「各地の諏訪神社を繋ぐテレポート」の秘術。
それを知った俺は、絶望の淵から這い上がり、即座にそれを戦場の通信・奇襲インフラへと転用した。
「全軍に伝えろ! 天竜川を越えた敵の別働隊が、北の主力と挟撃の陣を敷こうとしている! シカ、次の神社へ飛べ、前線へ情報を流す!」
「わかってるわよ!……っとに、こき使われちゃおしまいね!」
シカが影に溶け込み、一瞬にして数10里離れた別の諏訪神社へと跳ぶ。
これにより、当時としてはあり得ない「リアルタイムの戦場情報網」が完成した。
敵の挟撃の動きが手に取るようにわかり、武田軍の奇襲を逆に返り討ちにする瞬間すらあった。
「これなら……! このシカのネットワークと、俺の知略のすべてを噛み合わせれば、あの信玄の軍略の隙を突ける……!」
だが――。
現実は、残酷だった。
ネットワーク自体は完璧に機能した。情報の伝達速度も、精確さも、当時の武将たちが夢にも思わない神業だった。
しかし、決定的な問題が一つあった。
――「起動が、遅すぎたのだ」
俺がこのネットワークを構築し、シカと契約して実戦投入を成し遂げたのは、すでに武田軍が天竜川を越えて諏訪の裏手深くへ浸透し、包囲網を完全に完成させた「その日の直前」だった。
どれほど神速の情報を得ようとも、数日前にすでに配置されていた敵の圧倒的な大軍と、幾重にも張りめぐらされた包囲網を、今さら数歳の子供が作った即席のインフラだけでひっくり返すことは物理的に不可能だった。
「報告! 南方の陣地が完全に突破されました! もはや敵は本丸のすぐ足元まで来ています!」
「馬鹿な……! 情報は間に合っているはずだ、なぜだ……!」
「遅すぎたのよ、マスター……! 敵はもう、一歩も二歩も先回りして罠を張ってたの……!」
シカの息が荒くなり、小さな身体が恐怖と疲弊で震えている。
どれだけ優れた通信網があっても、それを運用する「駒」も「時間」も、圧倒的に足りていなかった。
圧倒的な物量と、数ヶ月前から周到に計画されていた武田の軍略の前には、わずか数日前に芽吹いた奇跡のネットワークすらも、ただの「遅すぎた足掻き」として押し潰されていく。




