第94話 合わせる
遮蔽を離れる直前、夕奈は、両側の照準が互いに向いたことをもう一度確かめた。
声を掛けず、この第五試合で蓄えていた移動ウルトを起動する。夕奈、航平、遥真の足元から加速の光が伸び、三人の移動速度が一斉に上がった。その背後に、行き先を告げる光の軌跡が残る。
第一試合でNOAHに塞がれた終点は空いていた。両側の銃声も、まだ止まらない。
夕奈は、壊れた配送車へ走った。
車体の正面には、古い広告の塗装が残っている。右側は大きくへこみ、窓ガラスもない。足元まで隠れないが、三人が一緒に入れる遮蔽はそこしかなかった。
「先に入ります」
夕奈が車体の左へ滑り込む。
北側の高いコンテナ群から、BLACK CIRCUITの弾が伸びた。一発が配送車の縁を削り、次の弾が夕奈のミディアムシールドに入る。
「二十五削られました。まだ――」
「高所、止める」
遥真の声が後半へ重なった。夕奈は聞こえなかった分を言い直す。
「まだ見られてます」
遥真がアサルトライフルを撃った。
BLACK CIRCUITの一人が、コンテナの端から引く。夕奈と航平が配送車へ入るまで、敵の顔を上げさせない射撃だった。
航平が夕奈の反対側へ滑り込む。
「入りました。正面は見られます」
遥真の射撃が止まった。
「行く」
遥真が低い壁から離れた。
GRAVENORの整備棟からも射線が伸びる。足元に弾が続けて飛び、遥真のシールドが削られた。遥真は走り切り、配送車の後ろまで戻る。
三人が揃った直後、背後を白い収縮が通り過ぎた。もう、さっきまで使っていた低い壁へは戻れない。
配送車の左右では、GRAVENORとBLACK CIRCUITが撃ち合っている。
BLACK CIRCUITは高い位置にいる。GRAVENORはリングの中心に近い整備棟を持っていた。
NOVA-3に残されたのは、その二つの間にある壊れた車一台だけだった。
「BLACK CIRCUIT、右端が割れてます」
航平が高所を見る。
「GRAVENORも、外のVIKがパックを使いました。両方、削れてます」
遥真が整備棟の外側に照準を置いた。
「VIK、落とせる距離」
敵は配送用のコンテナを遮蔽にしている。遥真が車体の右から出れば、シールドを戻し切る前に撃てる。
正面の敵へ二歩出れば、BLACK CIRCUITの高所に背中をさらす。
「まだです」
「分かった」
遥真は照準を合わせたまま、撃たなかった。
BLACK CIRCUITが再び整備棟へ撃つ。前にいたVIKが、右のコンテナへ下がった。
NOAHは追撃を急がない。MILOが整備棟の左から射線を作り、NOAHは右へ回って、収縮に押されたBLACK CIRCUITが降りる場所に先に照準を置いた。
コンテナの上から一人が飛び降りる。
右へ回ったNOAHが撃った。
シールドが割れ、着地した直後にダウン表示が出る。
「高所、一人ダウン」
残った二人は、倒れた味方を起こしに戻れない。片方はコンテナの裏へ、もう片方は外側の階段へ分かれた。
MILOとNOAHは、コンテナから降りた先とリング内へ戻る道だけを撃つ。
「BLACK CIRCUIT、戻れません」
航平の声と同時に、二つ目のダウン表示が出た。
最後の一人が外階段を下りる。
そこにはVIKの射線が、すでに置かれていた。
銃声が重なり、キルログが更新される。
画面上の部隊数が二つに変わった。
NOVA-3と、GRAVENOR Esports。
この戦闘に勝った方が、世界一になる。
夕奈は、その条件を口にはしなかった。
「GRAVENOR、すぐには来ません」
航平が整備棟を見る。
BLACK CIRCUITを倒した三人は、前へ出ずに一度奥へ戻っていた。窓の奥では、NOAHが設置した回復ウルトの装置が脈打っている。NOAHとMILOが効果範囲でシールドを戻す間、VIKだけが外側に残り、NOVA-3の進行を止める位置に立った。
「VIK、一人です」
夕奈が言い終える前に、遥真の照準がVIKへ合った。
「撃てる」
「孤立じゃありません。右へ戻れます」
航平が夕奈の語尾へ声を重ねた。
VIKのすぐ後ろには細いコンテナの隙間がある。削られれば、NOAHの射線と、反対側のMILOの援護が届く場所へ下がれる。
航平が配送車の前方へ照準を動かした。
車体の正面から、短い道路とコンテナの隙間が見える。ただし、そこを撃つには遮蔽から半身を出さなければならない。
航平は配送車の縁まで半身を寄せ、右の隙間をふさぐ角度を取った。夕奈の部隊HUDでは航平のシールドが満タン。NOAHから一発もらっても、二秒は作れる。
遥真はすでに、VIKから整備棟の窓へ照準を移していた。その角度なら配送車の縁から一発だけ通し、すぐ車体の裏へ戻れる。
「NOAHが出たら止める」
夕奈は二人の照準が分かれたのを見た。
「私がVIKを左へ出します」
航平が配送車の陰から、コンテナ右側の隙間へパルスセンサーを撃ち込んだ。索敵警告とともに第一波が走り、右の隙間へ戻ろうとしていたVIKの輪郭が一瞬だけ浮く。
整備棟の窓で銃口が光った。NOAHが装置を撃ち壊し、二波目を消す。
その発砲光へ、待っていた遥真が撃ち返した。弾が窓枠を削り、NOAHが奥へ下がる。センサーは失ったが、夕奈がVIKに初弾を入れる二秒だけは作れた。
夕奈はマークスマンを構えた。VIKがコンテナから顔を出す。
夕奈はクラックチャージを起動し、一発目を撃った。弾はシールドに入り、遮蔽の縁で起きた小さな爆発が、VIKを奥へ押し戻す。
敵はすぐに引いた。
夕奈は追って撃たず、同じ場所からもう一度出るのを待つ。
二秒後、整備棟の窓で、NOAHがもう一度動いた。
「NOAH、出る」
遥真が撃つ。
窓枠に弾が当たり、NOAHが奥へ下がった。
「今、右を切ります」
航平が配送車の前へ出る。
ランサーの弾が、コンテナ右側の隙間に続けて入った。逃げ道を塞がれた敵は、左へ走る。
夕奈が二発目を当てた。
「五十。左へ出ました」
右には航平。後ろには夕奈。
敵が残された左側へ逃げれば、遥真の射線に入る。
「ハル、左です」
「見えてる」
遥真がブレイクショットを起動し、撃った。強化された一発がシールドに入る。
敵のシールドが割れる。
相手も撃ち返し、航平のヘビーシールドを削った。整備棟の奥からNOAHも顔を出す。
「航平さん、下がって」
「まだ右を切れます」
航平は撃つのをやめなかった。
VIKが右へ戻ろうと一歩だけ向きを変える。その足元に航平の弾が入り、左へ戻される。
遥真の次弾が重なった。
ダウン表示が出る。
「一人、落とした」
三対二。
倒れたVIKは回復装置のある整備棟へ這わなかった。配送車の左へ進み、その動きへNOVA-3の照準が一度引かれる。救助を受けられる遮蔽からは、むしろ遠ざかっていた。
MILOの照準が一度だけVIKへ動き、すぐ配送車の正面へ戻る。NOAHも回復装置へ戻らない。二人は別々の窓から同時に出て、VIKへ詰めるNOVA-3に左右から弾を重ねた。
「二人、来ます」
航平が配送車へ下がった。
MILOの投げ物が配送車の左へ入る。
「離れてください」
夕奈は車体の右へ回った。
爆発が起き、壊れた窓から火花が飛ぶ。航平のシールドがさらに削られた。
「俺、残り二十五です」
「パックを使えますか」
「止まると詰められます」
MILOが配送車の正面へ入る。遥真がショットガンに持ち替えた。
「正面、来る。俺が受ける」
「一人では出ないで」
「出ない。車の角で待つ」
敵が角を越える。
ショットガンの音が一度響き、敵のヘビーシールドが大きく削れた。
遥真も撃たれる。
「ハル、シールドは」
「残り三十。相手は半分以下」
「右からNOAHが来ます」
航平が、回復できないまま右へ照準を向ける。
正面の一人の銃口は遥真へ向き、右から来るNOAHの弾は航平の壁を削っている。
「MILOを先に落とします。航平さん、NOAHを二秒だけ止めてください」
「二秒なら」
航平が右へ撃つ。
NOAHが低い壁へ下がった。その間に夕奈は配送車の左から出る。
正面の敵は遥真を見たままだ。
夕奈のMP9が横から入った。
「割りました」
「行く」
遥真が車体の角を越える。
敵が夕奈へ照準を変えるより早く、ショットガンの二発目が入った。
二人目のダウン表示。
「残り、NOAH一人です」
航平の声が裏返った。
低い壁からNOAHの射撃が返ってきた。
航平のシールドが割れ、続く弾が体力まで削る。
「航平さん、戻って」
「戻れます」
航平は配送車の後ろへ滑り込んだ。
夕奈がNOAHへマークスマンを撃つ。
一発は低い壁に弾かれ、二発目がシールドに入った。
「三十だけ」
NOAHはそのまま撃ち合わなかった。
左側へ移り、倒れた味方と配送車の間へスモークを投げる。白い煙が広がり、姿が消えた。その背後で、収縮が整備棟の回復装置に触れる。脈動する光が白い境界の向こうへ消え、戻って立て直す場所は失われた。
「音、左へ動いてます」
遥真が言う。
「追えば見える」
夕奈は左スティックを前へ入れかけた。煙の中で足音が左へ流れる。救助音はない。その後ろから白い収縮が追いつき、煙の奥を呑み込み始めた。夕奈はスティックを戻した。
「入りません」
夕奈は止めた。
「煙から出る場所を見ます」
航平は体力を半分近くまで削られ、シールドもない。配送車の後ろに伏せたまま左側の出口へ照準を置く。遥真はそれを見て、車体の右を引き受けた。
左には航平。右には遥真。
煙の奥のNOAHが二人の射線を避けて出られるのは、配送車の正面だけだった。
「私が正面に出ます」
航平がすぐに返す。
「先に撃たれますよ」
「はい」
夕奈はマークスマンからMP9に持ち替えた。残った弾数を確認する。一つのマガジンで足りなければ、次はない。
白い収縮が煙の奥に触れ、煙も薄くなった。足音が一度、近づく。
「来ます」
夕奈は配送車の正面へ出た。同時に、煙の中からNOAHが現れる。
照準は夕奈へ向いていた。
弾が飛ぶ。
ミディアムシールドが割れ、画面の端が赤くなった。
夕奈も撃ち返す。
MP9の弾がNOAHのシールドに入る。数発が外れ、夕奈は右スティックを戻した。シールドが割れた。
「割りました」
NOAHが左へ逃げようとする。航平の弾が、その足元に入った。
「左――」
夕奈の声に、遥真の「合わせる」が重なった。遥真は車体の右から出て撃った。
NOAHの体力が削り切られる。
最後の敵が倒れた。
画面中央に、大きな文字が表示される。
CHAMPION
夕奈は、コントローラーを握ったまま動けなかった。
床と机が揺れた。透明な壁の向こうで観客が立ち上がり、照明が動く。巨大画面が白く光った。
CHAMPIONの表示が消える。
代わりに、決勝ラウンドの結果処理が始まった。
画面に新しい文字が表示される。
DWC WORLD CHAMPION
その下に、NOVA-3の名前があった。
立ち上がろうとした夕奈の膝が机の裏に当たった。同時に左では、航平がヘッドセットを外しかけたところでコードが張り、椅子が鳴った。右では遥真が両手を机についたまま俯き、誰のものか分からない荒い呼吸へ、航平の笑いとも息ともつかない音が混じった。夕奈はコントローラーから指を離そうとして、まだ強く握り込んでいることに気づいた。
航平はようやくヘッドセットを外すと両手で顔を覆った。遥真は三度目の息で顔を上げ、目の縁が赤かった。
「……勝った」
夕奈の声は、自分にしか聞こえないほど小さかった。
「勝ちましたよ。俺たち、世界を取りました」
「世界を取りました」で航平の声が割れた。夕奈は、画面に並ぶYUNA、HAL、KOHEIを見た。
「待ってよかった」
遥真が言った。夕奈は「うん」と返そうとして、最初の音が出なかった。袖で鼻を押さえ、息を吸い直す。
「……待ってくれて、よかった」
透明な壁の向こうで、VIKは椅子に深く沈んだまま、最後に倒れた位置を指で示していた。MILOはその肩に手を置きながら、首を横に振り、もっと手前の角を示す。最後にヘッドセットを外したNOAHは、二人の間に立った。
VIKは最後の位置を指していた手を握り、そのまま机の中央へ置いた。MILOが横から拳を当て、NOAHも加わった。三人が手を離したあと、NOAHはNOVA-3の席に気づいた。悔しさを残した顔で、今度は胸の前に拳を上げた。
遥真も拳を上げて返した。防音席の扉が開く。それまで振動だけだった歓声が音になり、NOVA-3の名前が一気に入ってきた。夕奈は両手を机につき、もう一度立とうとした。




