第93話 開けられた道
決勝第五試合、ラウンド5。収縮境界の警告音が一段高くなり、整備施設の背後で三人分の足音が走った。
「後ろ、三人です。こっちへは来てません」
航平の報告どおり、その部隊はNOVA-3が使わなかった右側へ進んだ。
一人目が通路へ入り、二人目が続く。曲がり角の壁に刺さっていた小型装置が光り、索敵警告が出た。GRAVENORのパルスセンサーだ。狭い通路だけをなぞった第一波が、二人の輪郭を一瞬だけ浮かべる。
先頭は装置へ撃ち返した。センサーは壊れ、二波目は消えたが、正面のNOAH、左右のMILOとVIKはもう撃ち始めていた。
先頭の敵のシールドが割れ、走り切る前にダウンする。残る二人は引き返そうとしたが、背後には収縮が迫っていた。片方が壁際へ逃げると、別角度から弾が通る。
キルログに三つのプレイヤーIDが並ぶ。
「道を残したんじゃない。入ってくるのを待ってたんですね」
航平はマイクを口元から外して「危な」と呟き、すぐに戻した。夕奈は右スティックから浮いていた親指を置き直した。
通路へ入った敵がセンサーを壊し、GRAVENORの索敵は再使用待ちに入った。NOVA-3は一発も撃たず、左を走査できない数秒を得た。
「左が薄くなりました」
航平が言った。
GRAVENORの三人の射線は、右の部隊へ寄っている。左側の低い通路は、さっきより見られていない。
ただし、渡り切るまで遮蔽が少ない。GRAVENORが撃破を終えれば、すぐに射線を戻せる距離だった。
航平は現在地の後ろへ視点を振った。低い壁のそばに、前の戦闘で残されたデスボックスが一つある。航平はデスボックスを開いた。
耐久の残ったヘビーシールドが入っていた。航平のカーソルが一度触れる。現在のシールドを替えれば、かえって耐久が減る。航平は拾わずに画面を閉じた。
「置いていくんですか」
「今は減ります。あとで取りに戻る時間も、たぶんないです」
背後の収縮境界が、デスボックスのある低い壁へ近づいていた。夕奈はそこへ印を置かず、左の通路を示した。
「私と航平さんが先に渡ります。ハルは、二人が着いたら合図を待たずに来てください」
「分かった」
右の戦闘で、VIKが遮蔽の外へ出た。
遥真の照準がすぐに合い、返事より先に弾が出た。
VIKのシールドが削れ、高所の奥へ戻る。遥真の次弾はVIKを追わず、別の角から顔を出そうとする敵の前へ入った。
「二人、先に」
夕奈と航平は、左の通路へ走った。
背後で遥真の銃声が、一発、間を空けて二発と続いた。夕奈の右スティックがわずかに後ろへ戻る。ミニマップのHALはまだ動いている。夕奈は視点を通路へ戻し、航平の肩越しに外壁だけを見て走った。
壊れた資材の横を抜けたところで、高所から射線が戻る。夕奈のミディアムシールドが二十五削られ、航平のシールドには連続して弾が当たった。
「航平さん、割れます」
「まだ走れます。先へ」
足を止めれば、次の弾が重なる。二人は低い倉庫の外壁まで滑り込んだ。
「渡りました」
夕奈が報告すると、遥真は割った敵を追わずに射線を切った。
「行く」
高所から弾が追う。遥真は敵が前へ出る角へ三発返した。頭が引っ込んだ間に、夕奈たちの壁まで戻る。
三人が揃った直後、航平のシールドが割れた。
航平は割れたシールドのまま壁裏へ潜った。夕奈と遥真も外壁の陰へ入り、航平の左右に銃口を置いた。
「外壁の裏、直接は三秒見られません。残り二秒を止めてもらえれば、フルを使います」
航平がフルシールドパックを使い始める。夕奈もシールドパックを一つ使った。使用が終われば、手持ちは残り二つになる。
遥真だけは大きく削られていなかった。
高所からVIKが下り、倉庫の角へ近づいてくる。二人の回復が終わる前に、その角へ着く速さだった。
遥真なら、一人で先に撃ち合える。
VIKは夕奈と航平が隠れた外壁へ詰めず、遥真からだけ見える角で半身を出した。撃ち返せば、遥真だけが戦闘に残る位置だった。
夕奈のシールドパックが先に終わった。夕奈はすぐ武器を上げ、遥真と同じ角に照準を置く。航平のフルだけが、まだ続いている。
「戻りました。私も見ます」
「あと、どれくらい」
「二秒です」
「俺が止める」
遥真は詰めなかった。
敵が角へ出るたびに短く撃ち、前へ出る足を止める。相手が下がれば追わず、次に出てくる位置に照準を戻した。
航平のフルが完了した。
「俺も戻りました」
三人が同時に撃てる状態に戻った瞬間、遥真が一歩下がった。
「じゃあ、行ける」
夕奈は回復完了の表示を確認した。
◇
三人が回復を終えるまでの間に、別区画でも一つの部隊全滅表示が出ていた。
ラウンド5の終わりが近づき、残り部隊は六まで減っていた。
NOVA-3は低い倉庫の外壁を使い、GRAVENORは中央寄りの整備棟へ移った。右側で待ち伏せを受けた部隊は、すでに全滅している。
別方向から激しい銃声が続いた。
キルログにTIERAXの名前が表示される。日本代表の三人は、一人を落とし、続けてもう一人をダウンさせた。
その直後、別方向からBLACK CIRCUITの名前が重なる。TIERAXの表示が一つずつ消えた。最後の一人も長くは残らなかった。
TIERAX、脱落。
遥真の照準が銃声の消えた方角へ跳ねた。キルログのREIJIは、次の表示に押し上げられて消えた。
「玲司さんたち、終わった」
「はい」
夕奈はキルログを閉じた。遥真はまだ、銃声の消えた方角を向いている。
「私たちは、まだ終わってません」
「分かってる」
BLACK CIRCUITはTIERAXとの戦闘を終え、高いコンテナ群へ上がった。火力を保ったまま、終盤の強い場所を取っている。
残り五部隊。
収縮際では、二部隊が細い道路を挟んで投げ物を投げ合っていた。爆発に押し出された一人が遮蔽の外へ出る。集中射撃を受けてダウンし、その救助に出た味方にも別角度から弾が通った。
キルログが一気に流れる。
残り四部隊。
NOVA-3は銃口を上げなかった。弾数と回復の表示は少ないまま、三人の生存アイコンだけが並んでいる。夕奈は目の前を横切った1キルを見送った。
取り残された最後の一人が収縮から逃げようとしたところへMILOの射撃が届き、新しい名前がキルログに加わる。
残り三部隊。
NOVA-3。
GRAVENOR Esports。
BLACK CIRCUIT。
BLACK CIRCUITがチャンピオンを取れば、大会は続く。GRAVENORかNOVA-3が取れば、その瞬間に世界一が決まる。
◇
ラウンド6の収縮位置が表示された。
BLACK CIRCUITは北側の高いコンテナ群。GRAVENORは中央の整備棟。NOVA-3は、その二つより低い場所にある壊れた配送車と低い壁の間にいる。
場所だけを見れば、NOVA-3が最も弱い。
右へ回れば、GRAVENORが整備棟の窓と屋根から待てる。左へ出れば、BLACK CIRCUITの高所から遮蔽のない道路を撃たれる。後ろには、もう戻れない収縮が迫っていた。
正面には、古い広告ペイントの剥がれた配送車が一台ある。車体の先では整備棟と高所の射線が交差し、どちらのチームも前へ出ていない。
BLACK CIRCUITが高所からGRAVENORへ撃ち始めた。GRAVENORも整備棟から撃ち返す。両方の弾はNOVA-3の遮蔽にも数発置かれ、動けばすぐ射線が変わる角度を残していた。
「NOAHは、私たちが動く場所を読んでいます」
夕奈が言うと、航平は正面の配送車と、左右の射線を見た。
「なら、動く時間まで読ませないようにしましょう」
高所の銃声が強くなる。
MILOが整備棟の外へ出て、BLACK CIRCUITへ射線を広げた。BLACK CIRCUITも一人がコンテナの端へ移る。
高所の銃声が整備棟へ寄り、NOVA-3の遮蔽を叩いていた弾が止まった。
航平が正面を見た。
「配送車までなら、まだ行けます」
夕奈は二つの発砲表示が重なるのを待ってミニマップを閉じ、壊れた配送車に印を置いた。
「正面が、まだ空いてます」
遥真が照準を正面へ移す。
「行ける」
遥真の声と同時に、夕奈の親指が移動ウルトのボタンへ移った。




