第92話 最後の条件
新しいロビーへ戻ると、早坂航平は反射でペンを取った。前の試合まで数字を書き足していた余白へペン先を当て、何も書かずに置く。三つ目の資格表示が点灯を終える前に、久我遥真は順位表から視線を外した。
「もう、足さなくていいんですね」
「次、勝つ」
沢渡夕奈は次のマップを開いた。
「GRAVENORを探す試合にはしません。最後まで三人で残ります」
「了解です」
「分かった」
◇
決勝ラウンド第五試合。
NOVA-3は、マップ西側の貨物区画へ降下した。
積み上がったコンテナの間に、整備倉庫と壊れた配送車が並んでいる。三人で初めて勝った公式スクリムと同じ形だと気づいたのは、着地してからだった。夕奈は配送車の陰を照準でなぞり、手前の倉庫へピンを置いた。
「南の部隊、倉庫側へずれました。初動は避けられます」
航平の報告を聞き、夕奈は手前の建物へ入った。
三人は武器を揃えたが、回復も投げ物も少ない。
「北の整備棟、まだ見られますか」
夕奈が尋ねると、航平は周辺部隊の動きを確認した。
「見られます。ただ、東の二部隊がもう中央へ動いてます。今なら南の高架下を先に通れます」
物資は十分ではない。
もう一棟を見れば、フルや投げ物が見つかるかもしれない。何もなければ、使える進路だけを失う。
「出ます」
三人は貨物区画を離れ、南側の高架へ向かった。
◇
ラウンド2の収縮が始まる前、中央のクレーン群から銃声が続き、その直後にキルログにAETHERIXの名前が表示された。
一人を落とした直後、別の場所ではMILOの名前も並ぶ。
「GRAVENORは北東側です。銃声の位置とログが合います。AETHERIXは中央寄り」
航平がマップに二つ印を置いた。
世界一を争う二チームが、どちらも戦っている。
夕奈は、追える距離かどうかを尋ねなかった。北東へ向けていた印を消し、南側の低地に新しく置く。
「南から入ります」
追えば収縮に遅れる。三人は資格チームに近づかず、先に使える低地を進んだ。
◇
ラウンド3。
中央へ続く道路沿いの二階建てを、BLACK CIRCUIT共通の競技スキンを着た三人が使っていた。大きく避ければ収縮外を長く通る。戦闘を避ける方が危険だった。
「二階、一人。割れる」
「別部隊も北から来ます。建物へ詰めたら挟まれます」
遥真と航平の報告を受け、夕奈は道路脇の車両へ移った。
「倒しません。窓から下げて、道路だけ取ります」
夕奈はクラックチャージを起動し、次の一発を二階窓の奥へ撃ち込んだ。小爆発を避けた一人が部屋の奥へ動き、別の窓へ出た二人目を遥真の射撃が押し戻す。航平は道路の北側へスモークを投げ、近づく別部隊の射線を切った。
「今なら渡れる」
三人は道路へ出た。煙を抜けた一発で夕奈のシールドが二十五削られたが、足を止めない。航平、夕奈、最後に射線を切った遥真が低い壁へ入り、すぐ南へ抜けた。
夕奈は振り返らず、次の遮蔽でシールドパックを使った。戻ったのは二十五。残りは三つになった。
◇
ラウンド4で、キルログにAETHERIXの名前が続けて表示された。
一人を倒した直後、その名前の横に別チームの撃破表示が重なる。
「AETHERIX、一人落ちました」
航平が言った。
残った二人は戦闘を切ろうとしているらしく、遠くの銃声が移動しながら続いている。そこへ別方向からも銃声が重なった。
数秒後、AETHERIXの名前がもう一度ログに出る。
今度は撃破した側ではなかった。
大会画面の残存部隊表示が一つ減る。
AETHERIX、脱落。
この試合でマッチポイント資格を持ったまま生存しているチームは、GRAVENORとNOVA-3だけになった。
夕奈の親指がスティックの縁を滑った。握り直しても、低い倉庫の屋根から照準は外さなかった。
「二つになった」
遥真の照準も、低い倉庫の屋根から動かなかった。
「相手が減っても、私たちの条件は変わりません」
◇
ラウンド5。
残り八部隊。
NOVA-3は、貨物区画外周の低い整備施設へ入った。
強い建物ではない。屋根は低く、北側の高所から見下ろされる。正面の道路にも一部隊がいて、後方からは収縮に押された部隊が近づいていた。
ただし、正面、右、後方の三方向へ動ける。
「北側に二部隊。正面の建物に一部隊。右の高所は、まだ撃ってません」
航平が周囲を整理する。
遥真は右側の高所へ照準を向けた。
「MILOとVIK。識別帯で確認。二人見えた。でも、出てこない」
撃てる距離に二人いるのに、NOVA-3へ一発も撃ってこない。NOAHの姿だけが見えなかった。
次の収縮が表示される。範囲は、右側の通路を抜けた先へ寄っていた。
「右が最短です」
航平が通路に印を置く。
高所の敵が射線を通さなければ、範囲内へ最も早く入れる道だった。
「今なら通れます」
遥真も敵の位置を見続けている。
「撃たれてない」
その直後、高所の向こう側で短い銃声が鳴った。
キルログにNOAHの名前が出る。
航平がマップを広げた。
「NOAHのログは北東です。高所へ戻ったなら、三人の位置はつながります」
断定はできない。右側には銃声も人影もない。MILOとVIKを確認したばかりの方向だけが、急に静かになっていた。
収縮の境界は、背後から近づいている。
ここで遅れれば、後ろの部隊とぶつかる。右へ出れば、先に範囲内へ入れる。
右へ置いたカーソルを動かせない。通していい道なら、二人が一発も撃たない理由が分からない。夕奈は指示を出せないまま、境界の警告音を聞いた。航平が尋ねた。
「行きますか」
夕奈は、右の通路を見たまま答えた。
「待ってください」
NOVA-3は、収縮が迫る中で足を止めた。
『東京ランクマッチ』第92話まで、お読みいただきありがとうございます。
ここまで長く続いてきた物語も、いよいよ明日で最終日となります。
残すところ、あと3話。
明日は第93話、第94話、そして最終話となる第95話を投稿予定です。
会社に集められ、最初はうまく噛み合わなかった三人が、どんな答えにたどり着くのか。
最後まで、NOVA-3の戦いを見届けていただければうれしいです。
明日、『東京ランクマッチ』完結です。




