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第95話 東京ランクマッチ

挿絵(By みてみん)

トロフィーは、見た目より重かった。


表彰台の中央で、沢渡夕奈は銀色の台座を両手で支えた。右から久我遥真、左から早坂航平が手を掛ける。正面の観客席から、NOVA-3の名前が何度も聞こえた。


「ハル、そっちだけ上がってます」


「航平が下げてる」


「俺は落とさないように支えてるんです。三人で合わせてください」


航平が小声で数え始めた。


「三、二――」


遥真が先に持ち上げた。夕奈の腕が引かれ、トロフィーが右へ傾く。


「まだ一です!」


航平の声が会場マイクに入り、客席から笑いが起きた。遥真は下ろさず、夕奈も持ち上げる。航平は「もういいです」と笑いながら追いついた。


三人の頭上で、トロフィーが照明を返した。金色の紙吹雪が航平の髪に乗り、遥真の肩を滑り、夕奈の口元に一枚張りつく。夕奈は吹き飛ばそうとして失敗し、そのまま笑った。



DWCで優勝しても、大学の課題提出期限は延びなかった。


ラスベガスから帰国して三週間。夕奈は午後の講義が始まる前からノートパソコンを開き、遅れていたグループ課題の続きを書いていた。


「世界王者も、普通に課題に追われるんだね」


隣に座った相沢千紘が、夕奈の画面をのぞき込んだ。


「誰の話?」


「沢渡さん。というか、NOVA-3のYUNA」


国内予選のとき、千紘が見たのは代表決定の告知画像だけだった。NOVA-3が世界一になった翌朝、優勝直後の選手席がネットニュースに流れ、そこで講義の隣席とYUNAがつながった。


帰国翌日、夕奈の方から本人だと伝えると、千紘は「やっぱり」と答えた。それから世界大会の話より先に、グループ課題の共有ファイルを送ってくれた。


「決勝の映像、見返した?」


「最後のところだけ」


千紘がスマートフォンを開く。会場でトロフィーを掲げた三人の映像に、YUNA、HAL、KOHEIの活動名が重なっていた。


「最初に切り抜きを見たときは、HALが強いチームだと思ってた。でも最後は、三人で勝ったんだなって分かった」


夕奈は椅子ごと千紘の方へ向いた。


「うん。最後まで、三人で勝ったと思う」


次に表示されたのは、カイトの動画だった。


『販促チームが世界一。これは認めるしかない』


サムネイルには、優勝画面を前に言葉を止めたカイトの顔が使われている。千紘が再生位置を少し戻した。


決着の瞬間、カイトはヘッドセットをつけたまま画面を見つめた。再生時間だけが数秒進み、そこで初めて口を開く。


『……これは、認める。世界一を取った三人に、まだ販促だから競技じゃないって言うのは違う』


『ただ、優勝したから販促チームが競技をすることへの疑問が全部消えるわけじゃない。そこは別で話す。でも、今日の試合まで都合よく切ったら、俺が一番ダサい』


夕奈は動画を最後まで見ず、自分のノートパソコンの講義用ファイルへ視線を戻した。千紘の画面に自動表示された次の動画にも、目を向けなかった。


「沢渡さん、仕事も忙しいんだよね。就活は?」


「やることは決めた。大学も卒業します」


講義開始のチャイムが鳴り、千紘は前を向いた。


今日の講義が終われば、最後のNOVA3Radioが始まる。夕奈はノートへ目を落とし、教授の最初の一文を書き取った。



配信開始の三十分前、三好玲奈が会議室へ入ってきた。三人の後ろには、ラスベガスから届いたトロフィーが置かれている。


「優勝後に出た三か月の延長案について、最後に確認します」


航平が、配信ソフトを開いていた手を止めた。


「三か月だけ、NOVA-3を続けられるんですよね」


「三人が希望するなら」


航平はトロフィーを見た。


「……欲しいです。世界一になったあとの配信も、三人でやってみたい」


夕奈も、すぐには否定できなかった。優勝した翌日から、三人の名前が並ぶ映像は何度も見た。自分たちの配信で、その続きを話したい気持ちはある。


遥真が言った。


「俺はTIERAXへ行く」


「はい」


航平は答え、夕奈を見る。


「私は、アークラインへ行きます」


航平は自分のノートパソコンを開いた。黒い待機画面の中央に、まだ仮置きの文字でKOHEIと出ている。画面の切り替えも、最初に話す内容も、航平が一人で作ったものだった。


「これを見せるのが怖くて、三か月あればもっと準備できると思いました」


航平は試しに配信開始の直前まで進め、止めた。


「でも三か月後にも、同じことを言うと思います。まだ足りないから、もう少しNOVA-3でって」


「なら、今やればいい」


遥真が言う。航平は眉を寄せた。


「ハルさん、その言い方は簡単すぎます」


「簡単じゃない。俺も行くから」


夕奈も自分のマイクを机へ置いた。


「私も行きます。NOVA-3を早く終わらせたいからではありません」


「分かってます」


航平は自作した待機画面を閉じずに、玲奈へ向き直った。


「延長しません。俺も個人で始めます。ただ、今日の配信までは三人でやらせてください」


「その予定です」


玲奈は時計を見た。


「あと五分です」


品川の会議室には、いつものモニターとマイクが並んでいた。配信画面にはYUNA、HAL、KOHEIの三つのアバターがいる。


左端には、あのランクシーズンで取ったグリムマスターバッジが残っていた。


進行表の発言者欄は空白だった。航平が配信を始め、夕奈が最初のコメントを読み、遥真がマイクを寄せる。


コメント欄には、DWC優勝を祝う言葉と、活動終了を惜しむ言葉が流れている。


『優勝おめでとう』

『まだ三人で見たかった』

『解散しないで』

『NOVA-3が終わるの、嫌だ』


夕奈は『解散しないで』の行で黙った。航平が進行表から顔を上げる。


「私も嫌です。今も、終わってほしくないです」


「まだ配信は終わってませんけどね」


航平が言うと、遥真は画面の時刻を見た。


「まだある」


コメント欄に『ずっとやって』と流れた。


「三か月だけ続ける話もありました」


夕奈は伝えた。


「俺は一度、欲しいと言いました」


航平が自分から続ける。


「でも、ハルさんはTIERAXで競技を続ける。夕奈さんはアークラインへ行く。俺も、自分の配信を始めます」


「続けるために大会へ出たんじゃありません」


夕奈が言うと、遥真が続けた。


「三人で勝ちたくて出た」


「それで、本当に勝ちました」


航平の声が少しだけ上ずった。コメント欄が祝福で埋まり、同じ文が上へ流れていく。


「私はアークラインで、新しい勝ち方を探します」


「TIERAXで選手を続ける。夕奈と当たっても勝つ」


「先に言わないでください。私が聞こうと思ってたのに」


「聞くの?」


「聞きます。負けませんけど」


航平が咳払いをした。


「俺はKOHEIの名前で、個人配信を始めます。台本も画面も、自分で作ります」


「最初から一人ですか」


夕奈が尋ねる。


「最初の視聴者は、今のところ二人です」


「見る」


遥真が即答した。


「では、二人に見られながら開始ボタンを押します」


「押さなかったら電話する」


「それは視聴者じゃなくて監視役です」


航平は笑ってから、二人へマイクを向けた。


夕奈は三つのアバターを見る。


「最後も、いつもどおりにしましょう」


遥真がマイクを寄せ、航平が三本の音量表示を確かめた。


「それじゃあ、三人で」


遥真の「おつ」が半拍早かった。航平が吹き出しかけたまま、夕奈も続く。


「おつNOVAでした」


航平が配信を止めた。室内には、三台のパソコンのファンと、誰かが息を吸う音だけが残った。三人ともすぐにはヘッドセットを外さなかった。


「終わりましたね」


「うん」


遥真は答えたが、まだ正面を見ていた。夕奈が先にヘッドセットを外すと、耳の周りだけ急に冷えた。


しばらくして、会議室の後ろから玲奈の声が届く。


「お疲れさまでした」


夕奈は振り返った。


「三好さんも、お疲れさまでした」


航平が最後にヘッドセットを置き、遥真もマウスから手を離した。三人が立つと、並んだ椅子だけが机の前に残った。


会議室を出る前に、夕奈は一度振り返った。三つのモニターは暗く、いつもの席には誰もいなかった。玲奈が入口で待っている。夕奈は扉を閉め、二人に追いついた。



会社を出た三人が品川駅へ着くころ、夜の構内は帰宅を急ぐ人で混み合っていた。


「二人が大会で当たったら、俺が配信で実況します」


航平が歩きながら言った。


「ハル寄りにしないでくださいね」


「視聴者が増える方に寄ります」


「夕奈に勝つ」


「まだ大会も決まってません」


「当たったら」


「俺の初配信より先に、二人の対戦が始まりそうな会話ですね」


三人は改札前で足を止めた。


夕奈は遥真を見た。


「ハル。それとは別に、会いませんか」


航平が二人の顔を見比べた。


「俺は、あっちの案内板を見ています」


「聞こえる距離です」


「では、もう少し向こうへ行きます」


航平は人の流れを避け、数歩離れた柱の前まで移った。背中を向けたが、耳は塞いでいない。


夕奈は言い直した。


「NOVA-3の練習も、配信の打ち合わせもない日に。チームの予定じゃなくても会いたいです」


遥真はすぐに答えた。


「会う」


「二人で?」


「二人で」


遥真が手を伸ばした。夕奈も手を出したが、試合前の確認のように指先が触れただけで、いったん離れる。


「違う」


遥真がもう一度伸ばした手を、今度は夕奈から握った。遥真の指にも力が入った。


柱の前から航平の声が飛んできた。


「そろそろ戻っても大丈夫ですか」


夕奈と遥真は手を離した。航平は二人の前まで戻ってきたが、最後まで案内板の方を見ている。


「俺は何も見てません。それで、夕食はどうします?」


「餃子」


遥真が答えた。


「三人で餃子」


夕奈が言うと、航平はようやく二人を見た。


「二人で会うと決めた直後に、三人へ戻すんですか」


「それは別です」


「今日は三皿」


「食べ切れます?」


「世界王者が三人いるので」


「関係ない」


信号が青に変わり、沢渡夕奈、久我遥真、早坂航平は駅と反対側へ渡った。


『東京ランクマッチ』、最終回まで投稿を終えることができました。


ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。


ゲーム、配信、eスポーツ、そしてその世界で仕事として活動する人たち。華やかな表側だけではなく、勝敗の裏にある迷いや葛藤、将来への不安まで描きたいと思って始めた作品でした。


会社に集められたYUNA、HAL、KOHEIの三人が、少しずつ互いを知り、自分たちの意思で「三人で勝つ」チームになっていく。その最後までを書き切れたことを、とてもうれしく思っています。


NOVA-3の物語は、これで一区切りですが、早坂 航平(KOHEI)のスピンオフ作品も考えております。

投稿できたとしても、しばらく先になると思います。

追伸:スピンオフ続編作品は、仮タイトル『東京ソロキュー』になります。ご期待ください。20260906


三人がそれぞれの道へ進んでいくように、私もまた次の作品へ進んでいきたいと思います。


最後まで『東京ランクマッチ』を見届けてくださり、本当にありがとうございました。



挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


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