第89話 決勝ラウンド開幕
その朝。決勝ラウンドのロビーで、NOVA-3の横に光っていたFINALの文字が消えると、大型画面に新しい説明が表示された。
MATCH POINT 50pt
順位ptとキルptを積み、合計50ptに到達する。その試合ではなく、次の試合以降でチャンピオンを取ったチームが世界一になる。
沢渡夕奈は最後の一文を二度読んだ。喉が乾き、飲み込んでも変わらない。何試合で終わるかは分からない。
ここまで来たなら世界で一番になりたい。その気持ちが、最初の一試合ですべてを取りにいかせようとした。
コントローラーを持つ肩が、わずかに前へ入っていた。
隣で、早坂航平が大会ルールの画面を閉じた。
「最初の仕事は、優勝じゃありません。まず50ptです」
夕奈は航平を見る。
「優勝を取りに行く試合ではない、という意味ですか」
「そう聞こえました?」
「少し」
航平は閉じたルール画面をもう一度開きかけ、やめた。
「チャンピオンを捨てるって意味じゃありません。取っても50ptに届かなければ終わらない。だから、最初から最後の一戦みたいに走らないでほしいだけです」
久我遥真は、まだ大型画面を見ていた。
「五十まで取る」
「チャンピオンが見えたら?」
夕奈が聞くと、遥真はようやく二人を見た。
「取る」
航平が息を吐く。
「そこは止めません。俺も取りたいので」
夕奈は決勝へ進んだ二十チームの一覧を見た。先頭にGRAVENOR Esports、その下に前年度王者のAETHERIXが並ぶ。
北米のBLACK CIRCUIT。韓国のNEXORA。中国のJADE VECTOR。
そして、日本代表のTIERAX。
どのチームも、ここまで残るための勝ち方を持っている。一試合だけうまくいけば勝てる相手ではない。
「一試合ずつ積みます」
遥真は大型画面へ一度視線を戻し、また二人の方を向いた。
「取れるところは取る。全部は追わない」
「その『全部』を誰が決めるかは、まだ決めません」
夕奈は言った。遥真は武器の設定を確かめた。
航平は各チームの降下地点を表示した。
選手席の前方で、大会スタッフの片手が下がり、決勝ラウンドの開始表示が点灯した。
◇
第一試合。
輸送機から二十チームが一斉に降下する。
二十組の降下軌道が画面の各所へ分かれ、三人ずつ地上へ近づいていく。
NOVA-3はマップ南東の工業区画へ入った。
グループステージでも使ったことのある場所だったが、決勝では近くに二部隊が降りている。建物を分けて着地すれば、武器を拾う前から戦闘になる距離だった。
遥真の照準が、西の低い建物で止まった。
「一人だけ前」
夕奈が外を見ると、線路脇の低い建物へ向かう敵が一人だけ見えた。
残り二人は、少し後ろの倉庫を漁っている。完全に離れているわけではないが、遥真なら前の一人へ追いつける。
NOVA-3も武器は拾ったが、弾も回復も少ない。
「一人落とせる」
航平がまだ開いていたマップから顔を上げる。
「残り二人も倉庫を出ます。北は線路側へずれました」
夕奈はマップを見た。
次の収縮は中央寄りだった。
今なら中央に近い建物を先に使える。
夕奈は中央の建物へ印を置きかけ、孤立した一人へ攻撃ピンを一度誤って出した。赤い印が敵の足元に残る。
「そっちですか」
航平が聞く。
「違います。中央です」
夕奈が印を置き直すより先に、遥真は孤立した一人から照準を外した。
「中央へ行く」
決めたのは夕奈のはずだったが、声にしたのは遥真だった。三人は印の方へ走り出す。
遥真が追ってくる敵へ数発だけ撃つ。弾を受けた敵は遮蔽へ下がり、足を止めた。
「二人、寄ってきます」
航平の視点は後方に残っていた。
「まだ追ってきてません。そのまま抜けられます」
「そのまま行きます」
三人は工業区画を離れた。
キルログが空白のまま、夕奈の親指だけがスティックに強く当たった。
そのとき、画面右上に名前が流れた。
TIERAX。
佐伯玲司の名前の横に、敵をダウンさせた表示が出る。少し遅れて、キルが確定した。
「向こう、始まりましたね」
航平が言う。
場所は見えない。ただ、日本代表のもう一チームが決勝最初の1ptを取ったことだけは分かった。
「向こうも残る気ですね」
遥真は前方の建物を見ながら答えた。
「最後までいる」
夕奈は中央寄りの二階建てを示した。
「私たちも、あそこまで残ります」
◇
ラウンド2の収縮が始まった時点で、NOVA-3は中央から少し南にある二階建てへ入っていた。
窓が多く、複数方向から射線が通るが、次の収縮へ向かう道路と低い壁が近い。
二階からは、終盤へ進む道路と低い壁の両方が見えた。三人は窓を分けて守る。
航平が一階から周囲を確認する。
「北に二部隊います。西は銃声が遠いです。南は、さっきの工業区画から一部隊来ます」
「私たちが置いてきた部隊ですか」
「表示は見えません。でも、移動速度は合ってます」
夕奈は南側の窓から敵を見た。
三人いる。先ほど孤立していた一人も識別帯で確認できた。
「南、建物を見てる」
遥真が言った。
「入ってくるなら撃てる」
「まだ撃ちません。向こうも別の入口を探すかもしれません」
三人は窓から離れた。
敵はしばらく周囲を回ったあと、東側の低い建物へ移った。
ラウンド4の範囲が表示され、状況が変わった。
次の収縮にも、NOVA-3の建物が入っている。
南東から移動してきた別の一部隊が、正面入口へ近づいていた。
周囲は埋まり、場所を譲ればNOVA-3が外へ出る。
航平が敵の装備を確認する。
「正面の一部隊だけです。北は撃ち合っていて、こっちを見てません。敵は一人ライト、二人ミディアム。今なら短く終えられます」
北側の銃声が、そこで一度止まった。
「北、止まりました」
先に言ったのは夕奈だった。航平は北の窓へ向き直る。
「完全に終わったかは分かりません。短く、は取り消します」
「入口、一人見える」
遥真が二階から照準を合わせた。
「最初の一人を割ったら、二人目まで止める」
「北が来たら、俺が先に扉を閉めます」
航平が自分で離脱の条件を決めた。夕奈は正面と北を交互に見て、一秒迷った。
夕奈は一階の正面入口へ移動した。
「ここは倒します。ハル、最初の一人。航平さんは右の窓をお願いします」
「見ます」
「撃つ」
敵が入口へ走った。
遥真の弾が二階から落ち、先頭のシールドを割る。
敵は入口脇の壁へ逃げようとした。
夕奈はサブマシンガンに持ち替え、扉の外へ弾を送る。
先頭の敵がダウンした。
「一人目」
「右、回ってます」
航平が窓へ向きを変えた。二人目は倒れた味方を越えず、建物の側面へ回ろうとしている。
航平のランサーが、窓へ近づいた敵を削った。
「右、割りました。戻ります」
敵は側面から離れ、正面で倒れた味方の方へ向きを変えた。
そこへ遥真の射線が通った。
「二人目ダウン」
残った一人は外壁へ走った。北側の銃声はまだ遠い。
「最後、左の車両へ行きます。三人で出ます」
「合わせる」
「北は――足音かもしれません。近いです」
航平の報告は途中で変わった。
夕奈が正面から敵を車両の裏へ押し、航平が右側を塞ぐ。
敵が左へ逃げようとしたところで、遥真の弾が当たった。
三人目が倒れる。
部隊撃破の表示が出た。
決勝で最初の3キルだった。
「北、変化ありますか」
「俺がもう入口へ戻ります。二人は必要な分だけ」
航平は答えながら、先に建物へ引いた。北の情報を整理してからではなく、自分の足音と敵の足音を分けるためだった。
「銃声は止まっています。来る可能性あり。十秒はないです」
航平の返事を聞いてから、夕奈と遥真は必要な弾と回復だけを取った。
二人が建物へ戻った直後、北側の道路に別部隊が姿を見せる。
「来た」
遥真が先に見つけ、航平が扉を閉めた。
「戻って正解、でいいですかね」
「航平さんが先に戻ったから間に合いました」
夕奈は答えた。遥真が北の足音へ最初のピンを置く。夕奈は拾ったシールドパックを使いながら、3キルの表示を確認した。
◇
終盤に入る移動では、低い壁の間で遅れた二人を航平が見つけた。
「奥はもう次の遮蔽です。手前だけ取れます」
遥真が射線を作り、夕奈が一人目を割る。航平が逃げ道に弾を置き、二人を倒したところで、奥の一人は別の岩へ逃げた。
「追いません」
夕奈が言う前に、遥真は照準を右へ向けた。
「別部隊、来る」
三人が壁の裏へ入る。
倒した二人は、その後に部隊撃破として確定した。
5キル。
残り部隊数が減り、NOVA-3は上位に入っていく。
同じ頃、キルログにはAETHERIXとGRAVENORの名前が何度も流れていた。
前年度王者と、今大会で最も強いと見られているチーム。どちらも必要な場所を取り、その場所へ入ろうとした相手から得点している。
残り三部隊。正面はAETHERIX、右の高所は競技スキンと識別帯で確認したGRAVENOR。NOVA-3の遮蔽は低い岩と壊れた車両だけだった。
どちらか一方へ仕掛ければ、もう一方から撃たれる。動かなければ、次の収縮で遮蔽が消える。
「正面、一人見える」
遥真がAETHERIXに照準を合わせた。
敵は岩から少し離れ、別の遮蔽へ移ろうとしている。
撃てる。
夕奈にも分かった。
遥真が最初に当てれば、ダウンまで取れる可能性がある。
しかし、その敵を倒し切るためには正面へ体を出さなければならない。
右のGRAVENORは、まだほとんど撃っていない。
NOVA-3がAETHERIXへ照準を向けるたび、GRAVENORの一人が遮蔽の縁へ出た。
「撃てる」
遥真は照準を合わせたまま言った。
「でも、倒し切る前に右が来る」
夕奈が止めるより先に、遥真の次の一言が続いた。
夕奈は三人が使える次の遮蔽を探した。
車両から一段下なら、正面と右の射線を切れる。
この決勝第一試合で、夕奈の移動ウルトは充填を終えている。国内予選の最終戦では、航平の煙と遥真の射撃へ重ねて中央まで通した。ただし、加速の光は移動先まで残る。
「一段下へ移ります。正面を倒すのは、そのあとです。煙に合わせて移動ウルトを使います」
「分かった」
航平は右側を見たまま、返事をしなかった。
「航平さん?」
「三秒と言いたいです。でもMILOが見えません」
煙を投げれば、その瞬間に移動先も知らせる。夕奈の親指がウルトのボタンで止まった。
「正面、今ならAETHERIXも出てる」
遥真が言う。待てば正面にも撃たれる。
「二秒で投げます。見えない一人は、移動してから探します」
今度は航平が時間を決めた。
「右の射線、切ります」
航平がスモークを投げる。
車両の後ろから一段下へ降りれば、AETHERIXから見えにくくなり、GRAVENORの正面射線も切れる。強い場所ではないが、三人で入れる。
「移動、使います」
夕奈が移動ウルトを起動し、三人の足元に加速の光が走った。煙の端を抜け、一段低い地形へ下りる。
直後、GRAVENORが動いた。光の軌跡が終わる低地へ、NOAHの初弾が三人より先に飛び込んだ。
VIKは右側の高所でクラックチャージを起動し、AETHERIXの遮蔽へ次の一発を撃ち込んだ。小爆発で一人を外へ動かし、逃げた先へNOAHの弾を通す。同時にMILOがブーストステップで外へ開き、発動直後の撃てない時間が終わる頃には、NOVA-3の下りた場所を塞ぐ角度へ着いていた。
「右、二方向です」
航平が岩に張りついた。
「下がる場所、もうありません」
「左も来ます」
夕奈が先にMILOの加速音を拾った。姿はまだ見えない。
「右じゃない?」
「私からは左です。外を回っています」
三人が向いている方向が違うせいで、同じMILOを左右に呼んでいた。航平は自分のピンを消し、夕奈の画面側へ置き直す。
AETHERIXも撃ち返した。
銃声が重なる。
夕奈は正面へ数発撃ち、AETHERIXがこちらへ詰めるのを止めた。
「ハル、右を止められますか」
「一人なら。二人目が別角度」
遥真がGRAVENORへ撃ち、VIKを遮蔽へ戻す。二発目は撃たず、夕奈が言った外側へ照準を移した。
「VIK、まだ出る」
航平が言う。
「そっちは一発しか止めてない」
遥真はVIKへ戻るか、見えないMILOを待つか迷い、銃口が岩の間で一度止まった。その間にもMILOはさらに外側へ回っていた。
NOAHの名前がキルログに出る。
AETHERIXの一人がダウンした。
残った二人がGRAVENORへ向きを変える。夕奈は、その隙に正面へ出ようとした。
「夕奈さん、右です」
航平の声で振り向く。MILOはすでにNOVA-3の側面を取っていた。
夕奈のシールドが一気に削られる。
遮蔽へ戻る前に割られた。
遥真が撃ち返し、夕奈が下がる時間を作る。
「戻って」
夕奈はシールドパックを使おうとした。
しかし、AETHERIX側からも弾が来る。
GRAVENORに押されたAETHERIXが、NOVA-3側へ進路を変えた。残る遮蔽は、NOVA-3のいる場所しかない。
「正面も来ます」
航平が応戦する。
遥真が正面の一人を大きく削る。
右の岩上から撃ち続ける射線が、航平の足元を削った。
航平が先にダウンした。
「右、岩の上です」
最後まで位置を伝える。
夕奈が航平へ寄ろうとすると、正面の敵が詰めた。
「起こせません。先に正面を――」
言い終える前に、遥真が右から撃ち抜かれた。
夕奈は正面の敵へ残った弾を撃ち込み、シールドを割った。残弾は四。次の一発へ照準を戻す前に、GRAVENORの弾が背後から当たった。画面が跳ね、NOVA-3は三位で敗退した。
◇
画面が暗くなり、観客席から歓声が上がった。勝ったのはGRAVENOR Esportsだった。
公式の選手カメラに切り替わる。VIKは椅子の背を一度叩いて立ち、MILOは結果画面の順位を確かめる。NOAHだけが、二人の顔を順に見ていた。
AETHERIXとの最後も、VIKが遮蔽を潰し、NOAHが逃げ道を限定し、MILOが外角から残りを倒した。
チャンピオン。
8キル。
合計20pt。
AETHERIXは二位、5キルで14pt。
NOVA-3は三位、5キル。順位7ptとキル5ptで、12ptだった。
四位には9ptのTIERAXがいた。
二つの日本代表が、どちらも最初の試合で得点を残している。
「十二です」
航平が結果画面を見ながら言った。
「最初としては悪くありません」
遥真は一位の欄を見ていた。
「八、離れた」
GRAVENOR、20pt。NOVA-3、12pt。夕奈は三人のプレイヤーIDが表示された公式オブザーバー映像を敗退直前で止めた。中央にNOAH、AETHERIX側にVIK、その外にMILO。三つのIDが、NOVA-3の退路を囲む三角形を作っていた。
夕奈はその形を、次のマップの余白に写した。汗で画面がうまく反応せず、MILOへ引いた線だけが外へ曲がった。
「そこ、もっと外です」
航平が線を伸ばし、遥真は曲がった先へMILOと書いた。
「それ、MILOって書いてます?」
「書いてる」
「次から俺が書きます」




