第88話 帰る出口
――GRAVENOR/NOAH
セミファイナルが終わった夜、選手用ラウンジでヴィクはミロの栄養バーを取り、ミロは画面から目を離さず取り返した。ノア・クラインは自分の鞄から予備を一つ出し、二人の間に置いた。
ラウンジの壁では、決勝進出の二十チームが発表されている。一覧の上段にGRAVENOR Esports。その下にはNOVA-3を含む各地域の代表が並んでいた。
ヴィクは一覧より、遠征に来なかった練習相手から届いた映像を見ていた。GRAVENORの黒いスキンを着た三人が、ヴィクの真似をして狭い通路へ入り、先頭だけを残して倒れている。
「入れたなら、次も行け」
「三人で出られない場所へ、次も行かせないでください」
ミロは映像の出口に赤い印を置いた。ヴィクは先頭の照準に青い印を返す。ノアは、どちらも消さずに保存した。
壁の一覧にNOVA-3を見つけたヴィクが、「来たな」とだけ言う。ミロは驚かず、次のマップを開いた。
ノアは二人の会話を聞きながら、机の端に置いた別の端末を起こした。前年の欧州地域決勝、ヴィクの帰路が閉じる一秒前で止まっている。結果は四位。そのフレームで、ノアはまだ止めろと言っていなかった。
ヴィクが横から画面を見た。
「まだ見るのか」
「今日は再生しない」
ノアは古い映像の隣に、さっき終えたセミファイナルの録画を並べた。
「同じ場所で、今日は何をしたかを見る」
再生しなくても、その先は三人とも覚えていた。
ヴィクは通路の奥へ逃げた三人目まで倒した。ミロは外から来る部隊へ銃口を向け、ノアはヴィクの戻る角度と次の収縮を一緒に見ようとした。二人とも、一秒遅れた。
ヴィクが振り返ったときには、通路の入口に別部隊がいた。ノアの射線は角で切れ、ミロとの間にも敵が入っている。三人目を倒した場所から、二人のいる場所へ戻れなかった。
結果は四位だった。
試合後、ヴィクは机に拳を置いたまま開かなかった。
「俺が捨てた」
「一人で捨てられる試合ではありません」
ミロはヴィクの前に立った。
「外を止めるのが遅れました。次も同じなら、あなたが何人倒していても私が戻します」
ノアにも、ヴィクが三人目に届くことと、ミロの射線が間に合わないことは見えていた。両方を確かめてから声を出そうとして、結局、何も間に合わなかった。そのことを、控室では言えなかった。
「次も、俺が前へ出るのか」
「出てください」
ミロが答えた。
◇
ノアが前年の画面を脇へ寄せると、セミファイナル最後の戦闘が端末いっぱいに映った。
ヴィクが前の遮蔽まで出て、一人のシールドを割っている。追えば倒せた。残った二人も、ヴィクなら続けて崩せる距離にいた。
けれど画面の外では、別部隊が右から近づいていた。
『右、三人。帰りは左』
ミロの声が記録に残っている。
ノアの画面には、右の三人も左の出口も映っていない。ミロの報告を聞き、画面を切り替えずに指示を出した。
『ヴィク、左へ』
ヴィクは倒せる敵から照準を外し、ブーストステップで左へ加速する。発動直後は撃ち返せない。追ってきた敵の弾を、先に出口へ着いていたミロが止めた。
ノアは二人の間へ走った。
三人が揃って角を曲がった直後、右から来た部隊と、ヴィクが倒さずに残した部隊が撃ち合った。
GRAVENORは戻らず、空いた次の建物へ入り、終盤まで三人で残った。
角を抜けた自分の姿を、ヴィクは指先で追った。画面の右で、置いてきた部隊同士が撃ち合っている。
「左へ帰った。今度は、あいつらも取る」
「次の建物にも一人いました」
ミロが映像を戻す。二階窓に、一人だけ頭が出ていた。ヴィクの照準がそこで止まり、それから進路へ戻る。
「見えた」
「聞いていません」
「言えば、二人とも窓を見るだろ。俺は走ってた」
ミロは窓から映像を動かさなかった。ヴィクは自分の照準を指し、引き金を引かなかった指を机で二度鳴らす。
「こいつだって撃ちたかった」
ノアも、同じ窓を見ていた。帰ってきたヴィクに、すぐ次の敵の話をさせたくなくて黙った。その間、ミロには窓の一人が伝わっていない。
「私も見た。窓の敵を聞こうとして――」
ノアは壁の時計を見た。
「食事は何時までだった」
「おい。今の続きは」
ヴィクは前年の画面へ目を向けた。三人目を倒した自分だけが、まだ通路の奥にいる。
「聞くなら呼べ。黙られる方が困る」
ノアがミロの端末へ手を伸ばすと、ミロは膝の上へ引いた。
「自分で戻します」
ミロはヴィクが敵から照準を外す直前まで戻した。左の出口へ指を置き、右から近づく別部隊の足音を三人で聞いた。
「戻ったのは間違いじゃない。分かってる。……でも、あいつは俺が倒せた」
ヴィクが画面の敵を指した。ミロはその指を避けず、出口を押さえ続けた。
「私だって悔しいですよ。あなたが撃ち終わるまで、ここを空けておきたかった」
「だったら、こっちも見ろ。まだ撃てた」
ミロは映像を進め、三人が左へ抜けたところで止めた。それから、壁の時計へ目を上げた。
「あと十三分です。私は温かいものを食べに行きます」
ヴィクが栄養バーを指で弾いた。ミロは受け取り、端末を閉じた。
「お前まで飯の話かよ」
ヴィクが手を伸ばすと、ミロは閉じた端末を脇へ抱えた。
「食べながらなら聞きます」
ヴィクは椅子に残った。ミロは返事を待たず、栄養バーを持って温かい食事の方へ行った。
ヴィクもジム用の靴を肩に掛けた。ノアが古い四位の映像を閉じようとすると、手首を指で押さえられた。
「消すな」
「再生は?」
「しない。今日は」
ヴィクは手を離し、ミロが消えた方向とは反対の出口へ歩いた。ノアは二つの映像を閉じず、二人の空いた席に残された自分の栄養バーを鞄に戻した。
壁のモニターでは、決勝進出一覧が次のチームの表示に切り替わっていた。
◇
翌朝、決勝ラウンドの集合時刻。
選手用通路の入口で、大会スタッフが三人の登録カードを確認した。ミロが先に進み、ヴィクも続く。
「今度は四位で帰らない」
ミロが登録カードをしまった。
ヴィクは登録カードをしまったミロの前へ、握った右手を差し出した。ミロはそれを見てから、自分の拳を当てた。ノアが加わるまで、ヴィクは手を引かなかった。
ノアはヴィクの背中へ声を掛ける。
「ヴィク」
ヴィクは足を止め、左耳のイヤーモニターを押し込んだ。
「何だ」
「……聞こえるか」
「聞こえてる」
ミロが先に通路へ入り、ヴィクも続いた。ノアは扉が閉じる前に二人へ追いついた。




