第87話 道を作る
セミファイナルの順位表には、二十チームすべてが0ptで並んでいた。
ここから六試合。上位十チームだけが決勝へ進む。沢渡夕奈はNOVA-3の横にあるゼロを見た。
昨日までのptは消えている。航平の端末には、前日の移動記録が開いたままだった。
早坂航平が十位以下の平均キル数を表示した。
「グループより、キルを取りながら残るチームが増えます」
夕奈が数字を追う間に、久我遥真はロビーの参加チームを開く。
GRAVENOR Esports。
AETHERIX。
NEXORA。
地域の違う強豪が、同じ二十チームに入っている。
「撃てるところは撃つ」
遥真が言った。
「撃ったあとに動けるかも言う」
「お願いします」
ロビーの残り時間がゼロになり、三人の画面が同時に降下航路に切り替わった。セミファイナル第一試合が始まった。
◇
最初の試合が終わったとき、夕奈は六位、2キルの数字より、遥真が閉めた扉の音を覚えていた。
終盤、入口へ攻撃ウルトが落ちた。遥真は一発目で下がらず、二つ目の爆発まで扉脇に残った。白い予告が消えたところへ二人が踏み込み、ショットガンが続けて鳴る。二人を倒したあと、遥真の銃は空になった。
「もう一人、外」
夕奈が言うと、遥真は追わずに扉を閉めた。三人生存で終盤へ入れたが、最後はその扉ごと別部隊に潰された。
ロビーへ戻っても、遥真の右手はショットガンの間隔で二度動いた。航平が何かをメモしようとすると、次の接続が始まる。
第二試合では、敵のパルスセンサーに三人の輪郭を抜かれた。
「外階段、今なら」
航平の声に夕奈は動いたが、遥真は一拍残ってセンサー本体を壊そうとした。二度目の走査が走り、敵の攻撃ウルトは夕奈と航平がいた古い位置へ落ちる。
「ハル、来て」
「今行く」
遥真が新しい高所へ着いたときには、夕奈のシールドが半分減っていた。代わりに、古い位置を詰めた敵三人の横が見える。遥真が一人目を割り、夕奈と航平も撃つ。位置差から3キルを取ったが、夕奈は回復を一つ余計に使った。
三位、3キル。
机の向こうで観客が立つたび、防音席の壁がわずかに光を返した。夕奈はそれを見ないように、次のマップだけを開く。
第三試合、序盤に一人を確定した。デスボックスのシールドへ替えて離脱したが、交換できた耐久は一度分だけだった。使ったシールドパックまでは戻らない。
「俺、フルなしです」
航平が言う。
「私もありません」
「さっきの箱、戻れば一つある」
遥真が後ろを見る。戻る道は収縮に触れ始めていた。
「戻りません」
次の戦闘で夕奈のシールドが割れ、航平が落としたパックを拾う前に投げ物が入った。三人とも回復の音を最後まで聞けなかった。
十二位、1キル。
航平は空の回復欄を見せたまま、「次から残数も」と言いかけた。夕奈は自分の残数を覚えていたし、遥真も聞いていた。誰も返さないうちに、スタッフが次のロビーを開いた。
第四試合では、航平の最初の二発が敵の回復装置を外した。
「動いてます、この装置」
「装置は動きません」
夕奈が言い返した直後、脈動した光で照準がずれ、三発目が本体を壊す。遥真は窓の二人を撃ったが、一人目を割ったあと二人目へ移るのが遅れた。
「どっちを追う」
「追わなくていいです。搬入口へ来る方だけ」
夕奈と航平が搬入口へ回り、出てきた二人を倒す。残る一人は窓から逃げた。終盤に別の戦闘から2キルを加え、五位、4キル。
四試合を終え、航平のメモには外した二発、余計に使った回復、逃がした一人が残った。その横に25pt。暫定八位。十二位まで4pt。
「装置、次は俺が壊す」
遥真が言うと、航平はメモの最初の行を指で隠した。
「次も俺の前にあったら、俺が撃ちますよ」
「当ててくださいね」
夕奈が言うと、航平は「当てました」と返した。
夕奈は笑いかけ、航平が隠した二発の隣にある25ptを見た。あと二試合。航平がメモから手を離し、次のマップを開いた。
◇
第五試合。
ラウンド3の収縮が表示されたとき、NOVA-3は道路沿いの二階建てを使っていた。
次の範囲は南西。残れば建物から出る道が狭くなる。
「東、一部隊動きます」
航平が窓から外を見た。
「北側の斜面へ抜けました。南の通路は今なら空いています。回復も足りています」
「南へ行きます」
夕奈は東を見直さず、航平と同時に階段を下りた。遥真が背後を見ながら続く。
南の出口直前、道路下の死角から別部隊の三人が現れた。
「すみません、南にもいました」
航平は「すみません」の最後を噛んだ。
「止まってください」
三人は出口の手前で足を止めた。
通路を取った敵は、こちらの建物を見始めていた。
「北へ変えます」
夕奈は北側へピンを置き直した。そこは、先ほど東の部隊が移動した方向だった。
大きく回ったNOVA-3は収縮際の低地へ押し込まれ、左右から撃たれた。
遥真が一人のシールドを割ったが、詰める余地がない。航平が拾得消耗品のスモーク弾を一つ使っても、移動できるのは次の岩までだった。
「後ろ、来ます」
「正面も二人」
航平と遥真の声が重なる。
夕奈は右側の敵を止めようとした。
その間に、左から投げ物が落ちる。
爆発で航平のシールドが割れた。
「航平さん、私の方へ」
「行けません。間、見られてます」
夕奈が撃ち返す。
一人を倒しても、その後ろから二人が出た。別方向へ離れた遥真と航平も収縮際で順にダウンし、NOVA-3の部隊全滅表示が流れた。
NOVA-3は九位、1キルで敗退した。
順位2ptとキル1ptで3pt。五試合合計、28pt。大型画面が更新される。
十一位、NOVA-3。十位との差は2ptだった。夕奈は結果画面を閉じずに、航平を見た。
「俺の見落としです。でも、東の車両音と道路下の足音が別だったのかは、まだ切り分けられてません」
『自分で南を見ていれば』という考えが浮かんだ。続けて、『航平の報告で負けた』まで頭に出てきて、夕奈は結果画面から目を離した。
「見落としは直してください」
「はい。今の映像では、まだ決めません」
遥真は結果画面を見たまま言った。
「次は、南も見る」
航平は録画を戻した。十秒のつもりが、指が滑って二十七秒前まで飛ぶ。夕奈たちが二階を下りる前の、何も起きていない廊下が映った。
「戻しすぎです」
「分かってます」
航平は早送りし、今度は敵が現れた一秒後で止める。道路下の影がもう半分、出口へ出ていた。もう一度だけ戻して、ようやく影の端で止まった。喉が一度鳴る。指は再生ボタンの上に残り、肩も上がったままだった。
道路下の影に識別帯は見えず、車両音の主も画面外にいる。航平は再生を押さなかった。夕奈も答えを求めず、最終試合のマップを開く。南の道路下には、まだ敵の印が残っていた。
◇
最終試合。夕奈は順位表を閉じた。航平も先ほどの録画を閉じ、降下先を開く。道路下の影は画面から消えた。
序盤、NOVA-3は物資回収を短く終えた。
航平は南側の銃声と車両音を聞き、マップへ印を置きかけて止めた。
「南、車両は一つ。銃声は二方向です。同じ部隊かは分かりません」
夕奈の視点が南へ一度ぶれた。その間に遥真が正面の敵を数発で下げ、空いた遮蔽へ走り始める。夕奈は遥真の進路へ印を置き、航平と続いた。
ラウンド2では、味方から離れた敵を一人だけ倒した。
遥真は残り二人を追わない。
「一人落とした。戻れる」
「デスボは短く見ます。次へ行きます」
航平が必要な弾とシールドパックだけを拾う。
三人は別部隊が来る前に離れた。
1キル。
まだ順位ptはない。
ラウンド4、残り十二部隊。NOVA-3は廃港の検問路にある横倒しの検査車両の陰で止まった。左に税関詰所、先に計量台と資材置き場がある。
収縮は税関詰所と検問路へ寄った。二階にはAETHERIXの白金の競技スキンが三つ。窓を守る識別帯はVALE。左の斜面にも別部隊がいる。
航平が周囲を確認した。
「このまま待つと、次の収縮で車両から出られません」
遥真が税関詰所の二階を見る。
「窓、一人。倒すなら詰めないと無理」
敵が短く顔を出す。
遥真が一発当てた。敵はすぐに窓から引く。
「下げるだけならできる」
「何秒ですか」
夕奈が尋ねる。
「五秒。割れば、もう少し」
航平が左を見る。
「スモーク一つで、斜面からの射線は切れます。ただ、投げたあと戻れません」
夕奈は税関詰所の横を見る。細い検問路。その先には、計量台の低い縁と資材置き場がある。
ただし、資材置き場の奥は車体の死角になり、そこに敵がいるかまでは確認できない。
「正面を倒すために行くんじゃありません」
夕奈は二人へ伝えた。
「ハルが二階を下げてください。航平さんが左を切る。その間に、建物の横を通ります」
航平が道路の先を見る。
「失敗したら、戻る場所はありません」
「戻りません」
夕奈は車両の陰から、正面の窓を見た。
「待っていても、ここでは終わります」
遥真が武器を構え直し、ブレイクショットを起動する。
「窓、撃つ」
強化された次の数発が二階へ伸びた。敵は撃ち返そうと顔を出したが、シールドを割られて窓の奥へ下がる。
「割った。五秒、出てこない」
航平が左へ、所持していた拾得消耗品のスモーク弾を投げる。
白い煙が斜面から道路まで広がり、射線を隠した。
「左、切りました。行けます」
「出ます」
夕奈が最初に検査車両の陰から飛び出した。正面の窓は見えない。左もスモークで切れている。
検問路を渡り、税関詰所の壁へ寄る。一人分の距離。あと少しで、計量台まで届く。
そのとき、検問路の奥から銃声が伸びた。
建物の部隊ではない。
さらに先の車体にいた別部隊が、計量台と詰所の隙間から夕奈を見ていた。
最初の弾でシールドが大きく削れる。
「道路奥、見てます」
航平の声。夕奈は走り続けた。
二発目でシールドが割れる。
壁際の資材まで、あと一歩だった。体力が削り切られ、夕奈のキャラクターが崩れる。
「夕奈さん、倒れました」
遥真が言った五秒が過ぎ、正面の窓へVALEが戻り始めている。割られても別窓へ急がず、回復を終えた同じ位置から検問路を閉じ直した。
夕奈を倒した道路奥の敵は追わず、遥真の初弾が二階の窓枠を削った。敵の頭が引く。続く二発は道路の先へ入り、夕奈を見ていた銃口も車体の陰へ消えた。
検問路奥の射手も、照準を夕奈から遥真へ変えた。二度目に車体から出た腕に、NEXORAのJINを示す青い識別帯が見えた。
航平は射撃が始まってからスモークの中を走ってきた。
「夕奈さん、ここで起こします」
「敵、近いです」
「分かってます」
航平が夕奈の横で復帰動作を始めた。
スモークの外で銃声が続く。
遥真のシールドも削られている。
「四秒ほしい」
「止める」
遥真が二階へ撃ち込む。
敵のシールドが割れる音がした。
前へ出ようとしていた一人が、窓の奥へ戻る。
「道路奥、出る」
遥真が照準を振った。夕奈を倒した敵が顔を出すたびに、道路へ弾を送る。窓の銃口が戻れば、また二階へ。
「あと一秒」
画面が持ち上がる。夕奈のキャラクターが立ち上がった。航平が、夕奈を起こしきった。
「走れますか」
「走ります」
体力は少なく、シールドもない。夕奈は航平に続いて税関詰所の壁沿いを走った。
遥真が最後に二階へ弾を送る。銃声が途切れた。
「弾、替える。先に入って」
航平が資材置き場へ滑り込み、窓へ撃ち返した。二階からの弾も届き、航平のシールドが削れる。
「ハル、窓は俺が」
夕奈も資材の縁へ入った。道路奥の青い腕が、遥真のいる検査車両へ向いている。
夕奈は短く撃った。初弾が車体を叩き、続く弾が腕を捉える。JINの銃口が引いた。
「ハル、今です」
遥真が検査車両から飛び出した。夕奈は追撃せず、資材の奥へ体を戻す。航平も窓から照準を外し、計量台へ走った。
遥真が二人の後ろへ追いつく。弾倉が収まる音がした。
三人が計量台の内側へ入った直後、背後の検問路を弾が通り抜けた。夕奈は台座の陰で応急薬を使った。
体力が戻ると、右側の銃声が近づいた。シールドパックは一つ残っていたが、使う時間はない。航平もシールドを半分近く失い、遥真の弾も多くない。三人は、先ほどの車両より一つ内側の岩まで進んでいた。
「残り八部隊です」
資材置き場の右側で二部隊が戦っていた。遥真には左奥の弱った一人が見える。あと数発で取れる、分かりやすい1キルだった。
「左奥、一人ロー。倒せる」
「右の部隊が次の壁を取ります。使われると、俺たちは出られません」
航平の報告で、夕奈は照準を右へ変えた。
「右を先に止めます。ハルは手前、私は奥。航平さんは左を見てください」
壁へ走る二人を夕奈と遥真が落とし、残った一人は別部隊の射線に倒れた。部隊撃破が確定し、序盤と合わせて3キル。NOVA-3は空いた壁へ入る。
もう一方の部隊では、残る二人が前の部隊を追って壁まで来た。二人は直前まで撃ち合い、回復音もないまま詰めてくる。夕奈が一人を削って遥真が倒し、もう一人は航平が横から止めたところへ遥真の弾が重なる。
5キル目が表示され、ほかの場所でも二部隊が落ちた。残り四部隊。
順位5ptが確定する。
「10ptあります」
航平が言う。
「まだ終わってません」
夕奈は次の遮蔽を見た。
残った三部隊は、NOVA-3より高い場所にいる。上から次の弾が岩の縁へ入った。
三人は最後の移動を始めた。
遥真が正面を止め、航平が右から通る射線を報告する。
夕奈は同じ場所を見直さなかった。
「左の岩まで行きます」
三人が走る。
先頭で岩へ入った航平を、反対側から回った敵が撃った。
「右、来てます」
航平が撃ち返したが、遮蔽へ入り切る前にダウンする。
夕奈と遥真が振り向き、敵を大きく削った。
その間に、正面の高所から別の射線が通る。
遥真が倒れた。
夕奈は岩まであと一歩のところで撃ち抜かれた。
NOVA-3は四位、5キル。最終試合の獲得は10ptだった。
◇
合計38pt。夕奈はコントローラーを置かず、十位の集計欄を見ていた。航平も遥真も何も言わない。
画面の数字が切り替わる。八位、NOVA-3、38pt。その右側に、決勝進出を示す表示が点灯した。
夕奈はコントローラーを机に置いた。続いて表示された二十チームの一覧には、別のセミファイナルを戦ったTIERAXもいる。さらに二行下へ視線を動かすと、GRAVENOR Esportsがあった。
遥真は大型画面を見たまま言った。
「決勝、行ける」
「行ける、じゃないです」
航平は両手で顔を覆い、頬を強く擦った。
「もう行く側ですよ。名前、出てます」
夕奈は画面を見上げた。NOVA-3の横にはFINALと表示されている。
スタッフが機材をそのままにするよう告げた。
「先に水だけ買わせてください」
航平が立ち上がると、遥真が空のボトルを差し出した。
「俺のも」
「自分で来てください」
航平の声は、ようやくいつもの調子に戻っていた。




