第86話 TIERAXとNOVA-3
次の試合のロビーに、暫定10位、29ptと表示された。11位との差は、わずか1ptだった。
早坂航平は順位表を閉じ、次のマップを表示した。
「次、3ptだけ取っても、下が伸びたら落ちます」
久我遥真も順位表から視線を外し、ヘッドセットを直した。夕奈は次のマップを二人と開く。
「行きましょう」
「行ける」
「始まります」
航平が言い終えるより先に、ロビーが画面から消えた。
◇
第9試合。
輸送機から降下すると、少し離れた区画へTIERAXの三人が入っていくのが見えた。直接争う距離ではない。
NOVA-3が倉庫街で武器と回復を集めている間に、東側から短い銃声が続いた。
キルログに、TIERAXの名前が二つ並ぶ。
「一部隊から二人落としてます」
夕奈は倉庫の東窓へ出て、道路を離れるTIERAX共通の競技スキンと、公開カードで確認した三人の識別帯を確かめた。
佐伯玲司の識別帯が先頭にあり、KYOは東へ射線を広げていた。最後尾のTOMAは路上のデスボックスを開き、回復だけを抜いて二人の戻り道へ入る。
「追いますか」
夕奈が尋ねると、航平はすぐに答えた。
「同じ経路は使いません。TIERAXが中央へ抜けたので、西の部隊がそっちを警戒しています。南は今なら薄いです」
夕奈が南側へ視点を向ける前に、遥真が言う。
「南の入口、一人見てる。俺が止める。戻りは手前の車両にする」
「倒せますか」
「詰めれば。でも戻るのが遅れる」
「車両で待ちます。航平さん、先にお願いします」
「行きます」
航平が倉庫を出る。
遥真は入口へ間隔を空けて弾を置いた。敵が下がり、夕奈も南へ走る。
航平が車両の陰へ滑り込む。夕奈もその隣へ入った。
敵が遮蔽の裏でブーストステップを使った。加速の出始めには撃てない代わりに、遥真の照準から外れたまま右側まで回れる。
「右へ回った。二人、入ったか」
「います。右は私が見ます」
夕奈は車両の端から銃を出した。右側に現れた敵へ弾を送り、倉庫を向いていた銃口を自分へ引く。遥真はその間に射撃を切り、倉庫を離れた。
遥真が車両の陰へ滑り込んだ。
直後、敵の弾が車両の後ろを削った。
「戻った」
遥真は残弾を確認してリロードに入り、引き金から右の人差し指を離した。
「はい。次を見ます」
西側から別部隊の銃声が聞こえ、先ほどまでいた倉庫へ敵が入った。
「次の収縮、東寄りです。回復は足りています。中央の建物へ急ぐ必要はありません」
航平が続ける。
「南東の崖下なら、二部隊が通過するまで待てます」
「そこへ行きます」
中央へ消えるTIERAXのタグを背に、三人は南東の崖下へ降りた。
ラウンド3、NOVA-3が崖下の排水管を通ろうとしたところで、上段から三人分の射撃を受けた。
航平が最後に管の陰へ入ろうとした瞬間、投げ物が足元で爆発する。シールドが割れ、続く弾でダウンした。
「俺、下です。上に二人。降りた足音、一人」
一人が崖を滑り降り、航平へ近づく。残る二人は上段から排水管の左右を見ていた。
「ハル、上じゃなく、降りた一人を見て」
「見える。夕奈が出たら撃つ」
夕奈が排水管の左から半身を出すと、降りた敵の銃口が向いた。
その一瞬に、遥真が右から撃った。敵のシールドが割れ、夕奈の次弾でダウンする。二人は上段へ詰めず、航平へ寄った。遥真が倒れた敵を確定させる間、夕奈が上からの射線を管の縁で受ける。
上段の二人は出口に弾を置き続けた。夕奈は射線が切れる側で航平を起こす。NOVA-3は1キルを得たが、デスボックスには触れられない。弾も回復も増えないまま排水管の奥へ進んだ。
終盤までに、別の戦闘で2キルを加えた。
残り八部隊。
別方向で部隊撃破の表示が流れた直後、高所を取っていた海外チームから射線が伸びた。
NOVA-3はその射線に追われ、7位で全滅する。
3キル。
順位3ptとキル3ptで、6pt。
合計35pt。大型画面では、NOVA-3の名前が11位に下がっていた。
10位とは1pt差。得点を取っても、下から伸びたチームに抜かれている。
「最後、戻せばいいです」
航平は順位表の35ptをメモへ移し、書いた数字の上でペンを止めた。
あと一試合。夕奈は必要な得点を口にしなかった。
航平はペンを離し、遥真が次のマップを開いた。
◇
グループステージ最終試合。NOVA-3は収縮の外周から中央へ向かっていた。
航平が車両音と銃声を拾い、進路を絞る。
「北は二部隊が戦闘中。正面左なら入れます。ただ、検問小屋に一部隊。入口の銃口だけ見えます」
小屋の奥の人数までは分からない。
遥真が先に言った。
「入口を閉じる。倒しには行かない。三秒作る」
夕奈は小屋を見直さず、航平に聞いた。
「三秒で入れる場所は?」
「正面左です。三人で届きます」
遥真が窓枠に弾を置く。入口の銃口が消え、別窓の影も奥へ寄った。
「閉じた。三秒」
「行きます」
三人は敵が守っていた道を走った。
背後で敵が撃ち返したときには、NOVA-3は次の遮蔽へ滑り込んでいた。
「戻りました」
遥真が言う。
「はい」
夕奈は遥真のシールド残量を見た。
撃破表示はない。遥真の残弾が減り、移動時計では三秒が過ぎていた。三人は中央の遮蔽にいる。
ラウンド4。
NOVA-3は収縮中央に近い三階建ての建物へ入った。
一階には入れたが、上階にはすでに別部隊がいる。外にも二部隊が残り、入口を挟んで撃ち合っていた。
正面の敵へ仕掛ければ、キルを取れる可能性はある。
ただし、前へ出れば上階から撃たれる。
天井越しに、上階を移動する足音が聞こえた。
航平は上階の動きと外の銃声を聞きながら言う。
「上は俺たちを倒しに下りる気はないです。一階から追い出して、外の部隊とぶつけたいんだと思います」
「外が入ってきたら?」
「上はそっちへ撃つはずです。階段へ出れば、上も背中を見せます」
「推測ですよね」
夕奈が聞く。
「はい。下りてきたら外れです」
「上、一人は階段に近い」
遥真が足音を拾った。航平の言うとおり外を待っているのか、NOVA-3へ下りる準備なのかは分からない。
遥真は壊れた窓の隙間から、正面の敵を見ている。
「今は撃たない。外が来たら、一人止める」
夕奈は二人の判断を受け取り、一階で待つ場所だけを決める。
「奥の柱まで下がります。外が入口へ来たら、ハルが止める。上が外を撃ったら、階段脇を抜けます」
「了解です」
「合わせる」
三人は入口を直接見ない位置まで下がった。
夕奈は柱の奥へ入り切らず、階段にも撃てる角度を残した。航平の推測を使いながら、外れたときの銃口だけは自分で持つ。
外の銃声が近づく。
投げ物が建物内へ転がり、一階の手前で爆発した。
敵が入ってくる。
「来た。一人止める」
遥真が柱の右から撃つ。
先頭のシールドが割れ、敵は入口脇の壁へ戻った。
その瞬間、上階から射撃が始まる。
上の部隊はNOVA-3ではなく、入口に残った敵へ撃っていた。
「今です」
三人は階段脇の通路を抜け、建物の反対側へ出た。
途中、上階から一人が階段を二段下りた。夕奈の照準がそちらへ跳ねる。敵はNOVA-3ではなく入口の部隊を撃ち、また上へ戻った。航平の読みは当たった。ただ、夕奈が階段を見ていなければ、その一歩を敵の追撃だと思って足を止めていた。
背後では、上階と外の部隊が撃ち合っている。
NOVA-3を追える状態ではない。
「南の岩まで行けます。右は戦闘中です」
航平の報告が終わると、夕奈は南へピンを置いた。
「南へ行きます」
終盤、残り六部隊。南の岩場で戦闘が終わる。
勝った側の二人は削れ、もう一人は奥で回復している。
「正面、二人。奥は回復中です」
航平が言う。
「周りは?」
「右が遠距離で見ています。ただ、射線は岩で切れます。左は収縮で動けません」
遥真が武器を構える。
「前の二人は削れてる。今なら戻れる」
右から一発飛び、岩の上を削った。
「右、もう見てます」
夕奈が言う。
「岩までなら戻れる」
遥真は言い直した。倒しに行っても安全、ではない。戻る位置が一つ残っているだけだった。
「前の二人を短く倒します。デスボは見ません」
「行く」
三人で岩を回る。
遥真が一人目のシールドを割り、夕奈がダウンを取る。航平はもう一人が下がる経路へ射線を通した。
「奥、肉です」
「合わせる」
遥真が二人目をダウンさせる。
遮蔽の奥にいた最後の一人は回復を中断し、収縮の外側へ逃げようとした。
「追いません」
夕奈が言う。
「右の射線が来ます。岩へ戻ります」
「もう来てます。俺が先に下がります」
航平が、自分で岩へ走った。夕奈の指示を待たず、右から撃たれる角度へスモークを落とす。
三人が遮蔽へ戻った直後、右側から弾が飛んできた。
逃げた敵は、別部隊に倒された。
ダウンさせた二人のキルはNOVA-3に入り、逃げた一人のキルだけが別部隊へ渡る。
NOVA-3のキル表示が2に変わる。三人は岩の裏に残り、右から来た弾は外側を削った。
最後は狭い道路で三部隊に挟まれた。正面はガードレール、左はコンテナ列、上は建物の屋根だった。
「正面と左、別部隊です。上も三人」
「上、三人じゃない。一人、下りた」
夕奈の右側で足音が鳴った。航平が見ていた屋根の一人は、もう道路脇の階段へ降りている。
「すみません。右にも来ます」
「中央へ行きます」
言ってから、夕奈は正面の一人と、右の足音がする方を交互に見た。どちらを先に取るか決められない。
「正面、俺が撃つ」
遥真が夕奈を待たず、ガードレールから出た一人をダウンさせる。確定へ撃とうとしたところへ、右から弾が来た。
航平が振り向き、CARを一マガジン撃つ。
「右、半分。俺はリロードです」
夕奈は正面のダウンではなく右へ出た。一発受けながら敵を倒す。倒れた位置へ左の部隊からも弾が入り、どちらの確定か分からないままキル表示が一つ増えた。
「正面、起こされます」
今度は航平が先に言う。リロードを終えた弾をガードレールへ置き、夕奈が正面へ向き直るまで救助を止めた。遥真の残り数発がダウンした敵へ入り、確定になる。
高所の一人が夕奈と航平へ射線を振った。夕奈は屋根ではなく、左のコンテナから出た別の一人へ撃ってしまう。
「それ、左です。上は俺が見ます」
航平の言葉へ遥真が重ねた。
「上、もう落ちる」
遥真が屋根の縁を撃つ。敵はNOVA-3の弾ではなく、反対側から来た別部隊の射線を受けて転落した。地上へ落ちた敵が、階段へ走ろうとする。航平がその背中を撃ち、ダウンから確定まで取り切った。
三つのキル表示のうち、右で倒した敵と屋根から落ちた敵には同じ部隊タグがついた。夕奈が最後に撃ったのは左の敵で、高所から落ちた敵には照準さえ合っていない。正面の部隊に二人、屋根の部隊に一人、左には三人が残っている。
三方向の弾が重なり、NOVA-3は4位で全滅した。
5キル。
順位5ptとキル5ptで、10pt。
合計45pt。結果画面が切り替わるまで、夕奈は順位を予想しなかった。ヘッドセットの向こうでも、誰も話さない。
大型画面に、グループステージの最終順位が表示される。上から順に、チーム名が並んでいく。3位にTIERAX。
日本代表の一チーム目が進出を決めた。夕奈はさらに下を見る。6位。
7位。そして8位。NOVA-3、45pt。
10位の下に引かれた進出線より上に、三人の名前があった。
「通りました」
航平は「通りました」のあとで咳払いをした。遥真は残弾表示から目を上げ、右手をマウスから離した。
「次、行ける」
夕奈は8位という数字を見た。国内予選では2位だった。世界のグループステージでは8位。
「国内2位が、世界では8位ですか」
航平が言う。
「まだグループです」
夕奈が答えると、航平が笑った。TIERAXとNOVA-3の右に、同じ進出表示が点灯している。
遥真は画面の二つの名前を見比べた。NOVA-3の表示から目を離し、席を立った。
◇
選手ブースから控室へ戻る通路で、NOVA-3はTIERAXの三人と重なった。
佐伯玲司は夕奈と航平へ軽く手を上げた。隣のKYOは設定同期画面から「HAL_trial」を消し、空いた枠に「KYO_DWC_B」を入れていた。
KYOは遥真を見て、先に言う。
「体験のときより、待てるようになったな」
「KYOは、戻るの速くなった」
「見てたのかよ」
「同じ試合だから」
少し後ろにいたTOMAは、航平へ端末の第9試合を示した。
「南を使ったの、俺たちが中央へ抜けたのを見てからだろ」
「西の視線を借りました」
「次は閉じる」
「その前に使います」
TOMAは第9試合の画面を閉じた。佐伯が三人へ言う。
「突破、おめでとう」
「そちらも」
夕奈が返す。佐伯は遥真へ向き直った。
「国内で見たときより、判断が速くなったな」
遥真はKYOの設定同期画面を見てから答えた。
「間違うのも速かった」
佐伯の眉がわずかに動いた。
「航平の場所を外した。夕奈も違う敵を見た。俺の六秒は二秒だった」
「それで八位まで戻した」
「俺だけで決めてないから」
遥真が言った。
「それができるようになったって話だ」
佐伯は笑わず、声を落とした。
「DWCが終わったら、もう一度話そう」
夕奈は自分の端末にあるNOVA-3と、佐伯の胸のTIERAXロゴを見た。遥真が先に答えた。
「終わってから話す」
佐伯は返事を受け取り、KYOとTOMAの後を追った。
「玲司、レビュー室、もう開いてる」
先へ進んでいたKYOが呼んだ。TOMAは第9試合の画面へ戻り、佐伯も二人を追った。
夕奈は端末に届いたセミファイナルの集合予定を開いた。
「ハル、次の試合があります」
「分かってる」
遥真は佐伯の隣には残らなかった。
夕奈と航平の方へ歩いてくる。三人が横に並ぶと、佐伯はそれ以上呼び止めなかった。
三人はセミファイナルのレビュー室へ向かった。




