第90話 勝った側の出口
決勝第二試合の輸送機が、マップ中央を横切った。
沢渡夕奈は、前の試合で使った南東側の経路を見る。
降下地点はGRAVENOR Esportsの基準区画だった。北へずらせば、中央への到着は遅れる。
「同じ道は使えません」
早坂航平が、北側の集落に印を置いた。
「ここで最低限を拾って、河川敷から入ります。正面で時間を使うよりはいいです」
夕奈はすぐには返事をしなかった。北側の集落には、別の一部隊も降下軌道を伸ばしている。
「被ったら、最低限も拾えません」
「相手は東へ流れています」
「まだ着地前です」
遥真が二人より先に、集落の西端へ自分のピンを置いた。
「西だけ取る。東へ来たら河川敷へ出る」
航平の印より一棟外れた場所だった。夕奈は二つの印を見比べる。
「西端へ降ります。河川敷は、拾えたものを見てから決めます」
「了解です」
夕奈は降下地点を切り替えた。
久我遥真は、黒を基調にした競技スキンの三人が地上へ近づくのを見ていた。識別帯で分かる。NOAHが中央、VIKとMILOが左右へずれ、着地する前から次の出口へ三本の軌道が伸びている。
「向こう、もうまとまってる」
「私たちは、入ってから順番を探します」
夕奈が言うと、二人の返事が重なった。
◇
北側の集落で、三人は武器と最低限の回復を揃えた。
「東、移動始めてます。西はまだ漁ってる。河川敷、今なら通れます」
「行きます」
三人は集落を離れた。
ラウンド2の収縮が始まる前に、中央寄りの整備区画へ入る。
強くはないが、次へ向かう通路を二つ持てる。
近くの高架下で銃声が始まった直後、正面の倉庫からも撃たれた。ここを譲れば河川敷へ戻され、収縮外から来る部隊とぶつかる。
「短く終わらせます。ハル、窓。航平さんは右から」
遥真の弾が窓枠で弾けた。敵がしゃがむ間に、外階段から二人が下りてくる。先頭は夕奈を撃ち、後ろの一人は右の航平へ銃口を向けていた。
「階段、二人。こっちへ来ます」
航平が先に撃った。夕奈は入口へ投げかけたスモークを階段下へ変える。白煙が手前で膨らみ、階段と航平の間を塞いだ。
階段の足音は止まらず、煙の手前まで降りてきた。夕奈は倉庫へ向けていた銃を引き戻し、煙を抜けた一人へSMGを撃った。
窓から出直した敵を遥真が落とす。航平は煙の右へ回り、後ろの一人を削って階段へ戻した。続けて夕奈と撃ち合う敵へ横から弾を入れ、二つ目のダウン表示が出た。
最後の一人は二階へ下がった。夕奈が入口へ向いたとき、遥真はもう外階段を上がっている。
「ハル、一人で上がらないで」
「上から逃げる」
「俺が裏へ行きます」
航平が右から建物を回った。夕奈も正面へ入り、三人が別々の高さから逃げ道を消す。
部隊撃破。3キル。
白煙が薄くなる頃、遥真は外階段、航平は建物の裏、夕奈は正面入口にいた。夕奈が最初に指した位置に残っている者はいなかった。
「北から来ます」
航平はデスボックスへ寄らず、すぐに外を見た。
「一部隊、河川敷を上がってます。南は――」
「南へ離れます」
夕奈は言葉の続きを待たず、裏口を開けた。遥真も空になった武器を替えながら続く。航平の「まだ見てません」がヘッドセットに入ったときには、夕奈のキャラクターはもう外へ出ていた。
南側の低い壁から弾が飛んできた。夕奈は裏口の縁へ押し戻され、遥真が車体の陰へ滑り込む。
「南、います」
航平が車両の陰へ滑り込む。
夕奈の正面に、黒を基調にしたGRAVENORの競技スキンが見えた。識別帯をつけたVIKが南の低い壁を押さえ、NOAHはその後ろから倉庫の出口へ射線を通している。MILOの姿だけが見えない。
GRAVENORは、倉庫の戦闘中に勝った側が使う道へ回っていた。
「南は見えてませんでした。足音がいつ混じったのかも、今は分かりません」
「あとで聞きます。今は中へ」
「戻ります」
夕奈たちは裏口から倉庫へ引き返した。
だが、北から来た部隊が、すでに正面入口へ入っていた。倒した敵のデスボックスを遮蔽にし、NOVA-3が戻る場所に弾を置いている。
北へ戻れば敵、南はGRAVENOR。倉庫に残れば、二方向から距離を詰められる。
「東、窓から出られますか」
「外に一人回ってます」
航平の声と同時に、窓枠に投げ物が当たった。
爆発で夕奈のシールドが割れる。
「パック使います」
「三秒作る」
遥真が南へ撃ち、VIKを壁の向こうへ戻した。
夕奈はシールドパックを使い始める。
二秒半が長い。
回復が完了した直後、北側の敵が階段下まで迫った。
「北、一枚割った。でも、もう一人来ます」
航平が撃ち返す。
夕奈と遥真が北の一人を削るが、相手はデスボックスの陰へ戻った。
その間にも、NOAHの射線が南から伸びる。
航平がダウンした。
「南、壁の右です」
夕奈は航平を起こせる位置へ入ろうとした。しかし、北の敵が距離を詰めてくる。
「起こせません。北を先に――」
「右、来た」
遥真が振り向いた。見えなかったMILOが、東の窓まで回っている。
遥真はその敵を大きく削ったが、別の角度からNOAHに背中を撃たれた。
遥真がダウンする。
夕奈は北の敵へ残った弾を撃った。
倒し切れない。
最後はGRAVENORと北の部隊に挟まれた。
NOVA-3は十二位で敗退した。
◇
3キルで4pt。合計16pt。
結果画面の横で、同じ試合の大会オブザーバー映像が短く流れた。TIERAXは正面の部隊と撃ち合わずに脇を通り、別の戦闘を終えた部隊の出口を取って9キルを重ねていた。四位で14pt、合計23pt。GRAVENORは12ptを加え、合計32ptになった。
遥真は順位表のTIERAXを見た。
「正面から全部倒しに行ってない」
航平は答えず、夕奈が落ちた場面を戻した。南にはVIKとNOAHが待ち、MILOは別の出口まで回っていた。
夕奈は倉庫の南へ線を引いた。線は途中で曲がり、MILOの位置まで届かない。
「その線、どこへ行くんですか」
「まだ分かりません」
次の試合の接続音が鳴っても、夕奈は曲がった線を消さなかった。
◇
決勝第三試合。
ラウンド3の収縮が表示された頃、NOVA-3は工業区画の南にある配送路を使っていた。
北側の建物群では二部隊が戦い、片方が2キルを確定した。2キルを取った側にも、まだ確定していないダウンが一つある。
「北、今立っているのは二人と一人です。ダウンはまだ残っています」
航平が索敵ドローンとキルログを重ねた。操作中の本体を、夕奈と遥真が配送路の壁裏で守っている。
「すぐ入れば、両方倒せるかもしれません」
夕奈はマップを開いた。建物の北は次の収縮で外れ、西は別部隊が見ている。収縮内へ続く南口には、すでにNOVA-3がいる。
「戦闘には入りません。南を先に取ります」
「了解です」
三人は配送路の左右へ分かれた。
航平は後方の部隊を確認し、夕奈は通路中央の車両を使う。遥真は北側の出口に照準を置いた。
索敵ドローンの残量警告が鳴り、航平は敵が起こしを始める前に操作を切った。
「もう見えてません。音だけです」
「俺から出口は見える」
航平のキャラクターが壁裏へ戻り、遥真の照準が北側の出口へ移る。
銃声が止まる。
キルログに部隊撃破が表示された。
航平が索敵ドローンで見ていたダウンが起こされ、勝った部隊は三人に戻った。起こしが終わってから南口へ出るまで、回復を使えるだけの時間はない。最後に起こされた一人だけが、隊列から遅れている。
「来ます」
航平の声。最初の一人が南の通路へ出た。
「落とせる。後ろも戻れない」
遥真が撃つ。
先頭の敵がダウンする。
後ろの二人が北へ戻ろうとした。しかし、収縮が迫り、西側からも弾が飛んでいる。
「右、逃がしません」
夕奈が車両の脇から出て、二人目のシールドを割る。
「右へ行きます」
「左です」
航平の訂正と同時に、敵は左のコンテナへ滑り込んだ。夕奈は車両を回る方向を一度間違え、航平のランサーが先に射線をつなぐ。
「二人目ダウン」
残る一人は、最後に起こされ、隊列から遅れていた敵だった。
遥真は前へ出すぎず、北へ戻る角度だけを消した。
「夕奈、左から行ける」
「今度は左ですね」
「左」
夕奈が詰め、最後の敵を倒した。
部隊撃破。
3キル。
「西の部隊、こっちを見ました」
航平がすぐに警告する。
「でも、詰めてません。北のデスボを見てます」
「デスボは後です。南へ進みます」
三人は、通り道で取れる回復と弾だけを拾った。
南へ抜けると、前方の低い建物で別の戦闘が終わりかけていた。
「一部隊、二人です。片方ロー」
遥真が先に見つける。
夕奈はすぐには撃たせなかった。
建物から収縮内へ出る道を見る。正面はNOVA-3。東は壁。
西は開けた道路で、別部隊の射線がある。
残った敵が使えるのは、建物の右側だけだった。
「正面を見せます。右へ出させます」
夕奈が建物脇へパルスセンサーを射出した。一度目の走査で二人の輪郭が浮かび、敵側にも索敵警告が出る。直後、敵の弾がセンサー本体に集まり、二度目の走査が止まった。正面から姿は出ず、右側の出口へ向かう二人分の足音が聞こえた。
そこに遥真が射線を置いていた。
「一人ダウン」
残った一人は建物へ戻ると見せて、割れた窓から外壁へ飛び出した。夕奈の想定した右の出口ではない。
「上です」
航平が先に見つけ、夕奈の頭上へ弾を送る。敵は屋根へ上がれず、また室内へ落ちた。
夕奈と航平が左右から入口を見る。敵は回復する時間を取れず、航平の弾でシールドを割られた。
「入口、俺が入る」
遥真がダウンさせた一人から照準を外し、最後の敵へ先に距離を詰めた。敵が遥真へ向いたところを、夕奈が近距離で倒す。航平は左右の入口ではなく、屋根への逃げ方を消していた。
撃ち合いで削られたシールドを、夕奈は先ほど拾ったフルシールドパックで最大まで戻した。
さらに2キル。
NOVA-3は5キルになった。
◇
ラウンド5。
残り七部隊。
収縮に遅れた二人を、遥真が先に見つけた。
「左、二人。後ろには戻れない」
右は別部隊の射線、正面はNOVA-3の低い壁だった。
「一人を先に落とします。二人目は追いません」
夕奈が言った。
「分かった」
遥真が先頭へ照準を合わせたが、先に撃ったのは航平だった。
「こっち見ました」
敵の銃口が夕奈へ向いたのを見て、反射で引き金を引いていた。ランサーがシールドを削り、遥真の弾で割れる。夕奈のマークスマンが続き、一人がダウンした。後ろの敵は起こしに戻らず、右へ走った。
「撃たなくていいです」
夕奈は追撃を止めた。
右から銃声が伸び、逃げた敵は別部隊に倒された。
NOVA-3が取ったのは1キルだけだった。
「正面、二部隊が当たります」
航平が続ける。
建物の陰で戦闘が始まった。
一方の部隊が敵を一人落とした。追撃側の三人は、逃走側に残った二人を追って建物の外へ出る。
夕奈は戦闘に入らず、建物の反対側へ回ろうとした。入口まで二歩進んだところで足を止める。
「待ってください。戻る側が、こっちとは限りません」
「窓、反対は収縮」
遥真が言う。
「上へも出られません。屋根は壊れてる」
今度は航平が建物を見て補う。夕奈は二人の言葉を聞いてから、ようやく裏口へピンを置いた。
「出てきた側が戻る場所を取ります」
三人が裏口に射線を置く。
追撃側はさらに一人を倒したが、最後の一人を落とし切れない。先頭だけが裏口へ戻ろうとした。
その先頭が裏口へ出た瞬間、遥真が撃った。
「割った」
夕奈と航平も合わせる。
敵がダウンする。
そのダウンはまだ確定せず、NOVA-3のキル表示は6のままだった。
追撃側の残る二人と、逃走側の最後の一人は建物内で撃ち合い続けた。その敵が窓から飛び出した。
夕奈は、その敵だけを見た。正面には戻れない。
建物内へ戻れば、追ってきた部隊に倒される。
南へ走るしかない。
「南、来ます」
三方向からの弾が重なり、完全撃破となる。
7キル目。
建物の反対側ではGRAVENORの銃声が重なり、追撃側の残る二人が倒された表示もキルログに続いた。同じ頃、別地点でも二部隊が収縮際で落ちていた。
追撃側の部隊撃破に伴い、先ほどのダウンも完全脱落となってNOVA-3の8キル目に変わった。
◇
残り二部隊。NOVA-3とGRAVENOR Esports。相手は三人生存で、高い岩と壊れた壁を使っている。
NOVA-3は低い地形に残された車両の陰だった。次の収縮では、その車両も外れる。
「左、NOAHです」
遥真が岩の端を見る。
「撃てる。でも、詰める道がない」
航平が反対側を確認する。
「右にも一人います。正面へ出たら、二方向から通ります」
残ったのはシールドパック一つ。フルシールドパックも投げ物もない。
二位なら順位9pt、8キルと合わせて17pt。次の収縮円は、NOVA-3が使う車両の影を外側へ切った。
「左を削ります。右が寄ったら正面へ出ます」
「分かった」
「右、見ます」
三人が同時に体を出す。
遥真の弾がNOAHのシールドを削った。夕奈もマークスマンを当てる。
NOAHは岩の裏へ下がる。
その瞬間、右のVIKが前へ出てNOVA-3の車両へ弾を通す。MILOは建物の外側へブーストステップを使い、撃てない加速時間が終わる頃には正面へ出る道を塞いでいた。
「右、増えました」
航平が射線を受け、シールドを割られる。
「戻ります」
戻っても、次の収縮が始まる。白い境界線が車両の後ろへ迫った。
夕奈は最後のシールドパックを使った。二十五だけ戻す。
航平は体力を回復しきれないまま、右の敵へ弾を返している。
遥真がもう一度、左へ撃った。
「一人割った。今なら前へ出られる」
夕奈はすぐに「行きます」と言えなかった。前の試合では、割った相手を見た間にMILOが外へ回った。
「右、寄ってきます。待つ方が先に挟まれます」
航平が、自分の見ている側から決めた。
「行きます」
三人は車両を離れた。
夕奈が正面の壁まで走る。遥真は割った敵を追い、航平は右の射線を止める。
壁へ着く直前、夕奈が右へ二発だけ撃った。航平を見ていたMILOの照準が一度こちらへ動く。
「俺の側、見なくていいです」
「今は見えました」
航平は返さず右へ撃ち続け、夕奈は二発だけで正面へ向き直った。
VIKがクラックチャージを起動し、次の一発が壁の裏で爆発した。夕奈と遥真を遮蔽の端へ動かしてシールドを削る。右から航平を見ていたMILOも、すぐに正面へ戻ってきた。
岩裏でNOAHの回復装置が脈打つ。NOAHが身を伏せる間、右のVIKはNOVA-3の進路へ弾を置き、MILOはVIKの帰路を見た。次の脈動でNOAHの体力とシールドが戻り、三人の射線がまた揃った。
NOVA-3は一人も落とし切れなかった。
航平が先にダウンし、夕奈も壁の脇で倒れる。遥真は最後までNOAHに照準を合わせたが、左右から弾を受けた。
画面に敗退表示が出る。NOVA-3は二位、8キルで17pt。合計は33ptになった。
◇
大型画面の一位に、GRAVENOR Esportsが表示された。チャンピオン、7キルで19pt。合計51pt。チーム名の横へ「MATCH POINT ELIGIBLE」が追加された。
歓声が一段大きくなり、航平の呼吸音がヘッドセット越しに近く聞こえた。
AETHERIXは41pt。TIERAXはこの試合で5ptを加え、合計28pt。日本代表のもう一チームも、まだ決勝の中に残っている。
航平が大会ルールをもう一度開いた。
「次から、GRAVENORが勝ったら終わります」
「GRAVENORだけを追いません。私たちも最後まで残って、50ptへ行きます」
遥真は結果画面を閉じた。航平はNOVA-3の合計33ptを控えた。
「あと17ptです」
「十七」
遥真が繰り返す。航平はペンを置いた。
「数字は俺が持ちます。試合中は、二人とも忘れてください」
夕奈は合計33ptの表示から目を離した。
「お願いします」
航平はペンを耳へ掛けようとして、ヘッドセットのイヤーカップに当てた。ペンが机の下へ落ちる。拾おうと椅子を引いた夕奈と、先に手を伸ばした遥真の肘がぶつかった。
「痛い」
「すみません」
「夕奈じゃない。机」
航平が自分でペンを拾い、33の横へ何も書かずに置いた。壁の向こうではGRAVENORの歓声がまだ続いている。忘れてと言われても、夕奈の頭には十七という数字が残ったままだった。




