第8話 初配信の夜
配信開始まで、あと五分。青と白の待機画面には、NOVA-3のロゴとYUNAの立ち絵がある。その下で数字が一秒ずつ減っていた。
配信管理画面には、すでに三十人を超える視聴者が表示されている。
『YUNAちゃん待機』
『アバターかわいい』
夕奈は、使い慣れたコントローラーへ手を置いた。
まだ一言も話していないのに、YUNAの顔を見に人が集まっている。自分より先に知られていく感覚には、まだ慣れなかった。
ヘッドセットから三好玲奈の声が入る。
「音声とアバター表示は問題ありません。コメントは全部拾わなくて構いません。個人情報を探る質問や、同じ内容の連投は運営モデレーターが処理します」
管理画面の端には『モデレーター接続済み』とある。夕奈が話す間、別の誰かがコメント欄を見ている。
「消える前に見えても、答えなくて大丈夫です。判断に迷った場合はこちらで補助します」
「分かりました」
「進行が少し遅れても、焦らないでください」
昨日のランクでは一呼吸以内に判断を返すと決め、今夜は空白を急いで埋めるなと言われている。
「一分前です」
夕奈はペットボトルの水を一口飲み、姿勢を正した。画面の中のYUNAも、夕奈の動きに合わせてわずかに揺れる。コメント欄の流れが速くなった。
『初配信がんばれ』
『こんゆな待機』
初配信の告知に載せられた挨拶が、自分の口から言うより先に画面へ流れている。夕奈は小さく息を吸った。
「切り替えます」
待機画面が消えた。配信画面の右下で、YUNAが動き始める。視聴者数が一気に四十人を超えた。夕奈はマイクへ顔を向けた。
「こんゆな。NOVA-3のYUNAです。今日も一試合ずつ、ちゃんと勝ちにいきます」
練習したときより、少し声が高くなった。画面の中のYUNAが口を動かし、笑顔を作る。
『こんゆな!』
『声もかわいい』
『緊張してる?』
どれから返せばいいのか分からなかった。
一つを読む間に、別の言葉が消えていく。全部に答えようとすれば、何も話せない。
「一つだけで大丈夫です」
玲奈の声が、夕奈にだけ聞こえた。夕奈は、まだ画面に残っていたコメントを選んだ。
「緊張はしています。配信は初めてなので。でも、ゲームの話になれば、少しは普通に話せると思います」
『正直だ』
『ゲーム始まったら強くなるタイプ?』
コメント欄が少しやわらいだ。夕奈は進行表へ視線を落とした。
「改めまして、NOVA-3のYUNAです。普段はデルタフィールドをプレイしています」
夕奈は「好きな武器」の項目を見た。名前だけでは、ゲームを知らない人に伝わらない。
「このゲームでは、武器を二つまで持てます。私は近距離用のMP9と、中距離用のScout-56を選ぶことが多いです」
『距離で持ち替えるんだ』
質問が流れたことで、夕奈は少しだけ話しやすくなった。
「MP9は、近くの相手へ速く撃てるサブマシンガンです。ただ、弾が少ないので、撃ち切る前に決めないと隙ができます。Scoutは一発ずつ撃つ中距離向けの武器で、反動が小さいので、動いている相手にも続けて当てやすいです」
『MP9は近距離用ね』
『銃だけで戦うゲーム?』
「武器とは別に、パッシブ特性と戦術アビリティとウルトを一つずつ、試合前に選びます。戦術は再使用まで二十秒から二十五秒ほど、ウルトは発動できる状態になるまで基本九十秒ほどかかります」
『ウルトって必殺技?』
「近いです。でも、敵を倒すものだけではありません。索敵、回復、蘇生、攻撃、移動の五系統があります。私は、敵を探したり、次の動きを決めたりする構成を選ぶことが多いです」
『能力も三人で変えるんだ』
「同じ部隊の二人が、同じ戦術や同系統のウルトを選ぶことはできません。誰が何を持つかもチームの形になります」
好きな飲み物やゲームを始めた時期を話し、NOVA-3での役割へ進む。
「チームでは、周りの状況を見て、次にどこへ動くかを決める役割を担当します」
『司令塔なんだ』
『かわいいのに頭脳派』
夕奈は一度、口を閉じた。
昨日の初ランクでも、判断が遅れて撃てる機会を逃した。
「まだ、司令塔と言えるほどではありません」
それは、用意された自己紹介にはない言葉だった。
「昨日、NOVA-3の三人で初めてランクに入ったんですけど、判断が遅くて負けた試合もありました。逆に、HALさんが先へ行きすぎて、私とKOHEIさんが追いつけなかった試合もありました」
玲奈から止める声は入らない。
「今は、一人が正しい動きをするんじゃなくて、三人で同じ動きができるように練習しています。私は、そのための判断を出せるようになりたいです」
『まだ組んだばかりなのか』
『完成してないところから見られるの面白い』
「次は、昨日のランクから短い映像を見てもらいます」
画面中央に録画映像が表示された。
壊れたサービスエリアの前で一人を落とし、残る敵を詰める途中、航平が左から近づく別部隊を報告した場面だ。
最後の一人が建物の裏へ逃げたところで、映像を止めた。
「ここで追えば、もう一人は倒せたかもしれません」
『HALなら行けそう』
『一部隊倒し切らないの?』
「でも、左から別の部隊が来ていました。追ったまま戦闘を続けると、その部隊に挟まれます」
映像を再生する。
NOVA-3は必要な物資だけを拾い、青いコンテナ側へ離脱した。数秒後、別の部隊がサービスエリアへ入ってくる。
「倒せる相手と、今倒すべき相手は、同じではないと思っています。ここではキルを増やすより、三人で次の場所へ行く方を選びました」
コメント欄には、声やアバターへの感想がまだ流れている。
『説明してる時の顔かわいい』
『髪の揺れいいね』
遥真が二人を連続で倒した場面の方が、強さは分かりやすい。敵を追わずに離れた判断は地味だった。
夕奈が次の言葉を探していると、一つのコメントが流れた。
『今の引き判断うまい』
短い一文が上へ押し流される前に、夕奈は見つけた。
「ありがとうございます」
思わず声が出た。
「今の判断を見てもらえたの、うれしいです」
『そこを見てほしいんだ』
『判断役として覚えてほしい感じか』
『次のランク配信も見たい』
「アバターをかわいいと言ってもらえるのも、うれしいです。作ってくださった方にも、ちゃんと伝えたいと思います」
夕奈は、自分の声が落ち着いていることを確かめてから続けた。
「でも、次に見に来てもらえたときは、プレイでも覚えてもらえるように頑張ります」
『応援する』
『判断解説また見たい』
進行は予定より遅れていたが、玲奈は急かさなかった。
『近距離ならショットガンは使わないの?』
「ショットガンは練習中です。一発を外したときの隙が大きいので、今はMP9の方が安定します」
HALとKOHEIはどんな人かという質問には、まだ会ったばかりなので、合同配信で本人たちから聞いてほしいと返した。
『どこに住んでる? 最寄り駅のヒントだけ教えて』
読み終える前に、文字が灰色へ変わった。
『運営によって削除されました』
夕奈が答えるより先に、画面の裏で誰かが線を引いた。
『住んでる場所の話はNGなんだね』
今度は消えなかった。聞き方が違うだけで、コメント欄の空気も変わる。夕奈は、準備していた言葉を思い出した。
「住んでいる場所や生活圏に近い話は出せないんです。ごめんなさい。その代わり、デルタフィールドの話なら、これからたくさんできます」
『了解』
『安全第一』
断ったことで空気が悪くなることはなかった。
終了予定時刻を過ぎたところで、玲奈の声が入った。
「次の質問で、終了へ進みましょう」
夕奈は、今後の目標を尋ねるコメントを選んだ。
「最後に勝つ道を選べるプレイヤーになることです」
玲奈と整えた言葉に、まだ追いついてはいない。今は目指す場所として口にできた。
「NOVA-3は、始まったばかりです。私もHALもKOHEIも、三人での動きを覚えている途中です。でも、少しずつ三人で勝てるようになっていくので、また見に来てください」
応援の言葉が流れる。夕奈は息を整え、マイクへ向かった。
「見に来てくれてありがとうございました。次は、もっといい判断を見せます。おつゆなでした」
『おつゆな!』
『次も見る』
『判断の解説よかった』
終了表示へ切り替わっても、誰かが部屋の中を見ていたような気配が残った。
「お疲れさまでした」
玲奈の声が入った。
「お疲れさまでした」
「個人情報への対応は問題ありません。途中で削除された質問は見えましたか」
「途中まで見えました。でも、答えませんでした」
「それで大丈夫です。削除や制限はモデレーターが行います。沢渡さんは、消えたコメントを追わずに進行を続けてください」
「進行表にない話もありましたが、内容に問題はありませんでした」
「昨日の失敗まで話してしまいました」
「完成していないことを隠す必要はありません。ただし、誰か一人に責任があるような言い方は避けてください。今日はできていました」
「かわいいと言ってもらえるのも、うれしかったです。でも、判断を見てくれたコメントの方が、ずっとうれしかったです」
「それで構いません。どちらか一方を捨てる必要もありません」
「本日の振り返りは、明日共有します。それから、次の予定が確定しています。社内アプリを確認してください」
玲奈との通話が終わった。
部屋が静かになってから届いた通知は、NOVA-3合同お披露目配信。進行担当はYUNAだった。
夕奈は、まだ熱の残るマイクに触れた。次はここへ、三人分の声が入る。
本作をお読みいただき、ありがとうございます。
☆ゲームについての豆知識をご紹介☆
eスポーツ競技者の収入は、所属チームから支払われる給料や契約料だけで決まるわけではありません。
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一方、収入の仕組みや金額は、所属チーム、競技タイトル、実績、知名度、活動地域などによって大きく異なります。新人や育成選手は収入が安定しにくく、上位選手ほどスポンサー契約や配信などの機会が増える傾向があります。
競技成績だけでなく、活動を継続する力、配信での人気、選手自身の発信力も、長く活動していくための重要な要素です。
※掲載内容は、eスポーツ競技者の一般的な収入の仕組みを分かりやすくまとめたイメージです。実際の契約内容や収入額は、選手や所属先によって異なります。
※本作『東京ランクマッチ』に登場する三人は、ゲーム会社が販促を目的として契約した「公式契約プレイヤー」という架空の設定です。アバターを使った配信やイベント出演も行いますが、一般的なVTuberグループや、競技活動を専門とする純競技チームとは異なる立場で活動しています。




