第7話 初ランク
二十一時の十分前、夕奈はヘッドセットをつけたまま、通話アプリの参加ボタンを見ていた。
机の上には会社貸与の活動用PCと、自分で持ってきたコントローラーが並んでいる。今夜はNOVA-3の三人だけで入る初めてのランクマッチで、配信はないが活動記録には残る。
夕奈は小さく息を吐き、参加ボタンを押した。
「お、来た。ユウナさん、聞こえてます?」
最初に聞こえた航平の声は、昨日スーパーで話したときより明るかった。
「聞こえてます。そっちは大丈夫ですか」
「大丈夫です。冷蔵庫がさっきから自己主張強いんですけど、入ってません?」
「聞こえてないです」
「ならよかった。俺の部屋だけ家電が配信向きなのかと思った」
夕奈が少し笑ったところへ、もう一つ入室音が鳴った。
「入った」
遥真の声が、昨日のエレベーターより近く聞こえた。
「ハルさん、音は大丈夫そうです」
「大丈夫」
会話が止まると、航平がすぐに間をつないだ。
「今日は勝ちたいですけど、まずは互いの事故り方を知る日って感じですかね」
「事故る前提なんですか」
「初回から完璧に噛み合ったら、それはそれで怖いんで。奇跡に頼るチームは長続きしません」
ゲームを起動すると、ロビーにYUNA、HAL、KOHEIの三人が並んだ。昨日までは予定表の中にあった名前が、今日は同じ画面にいる。
名前の下には、試合前に選んだ能力構成が表示されていた。夕奈は痕跡解析、パルスセンサー、索敵ウルト。遥真はブレイクステップ、ブレイクショット、攻撃ウルト。航平は支援装備を多く持てるサポートキャリア、クラックチャージ、三人を加速させる移動ウルトを選んでいる。武器は着地してから拾うが、三人が何をするかは降りる前から見えていた。
プレイヤーバナーのバッジ欄には、四つまで実績を表示できる。遥真の四枠は埋まっていた。過去ランクシーズンの最終五位と九位を刻んだグリムリーパーバッジ。マスター以上の一試合で十五キルを取ったキルストームバッジ。四千ダメージを超えたデストロイヤバッジ。
ランクバッジは、ランクシーズン終了時の最終結果として授与される。夕奈の欄にも、以前のシーズンに取ったグリムマスターバッジが一枚ある。航平の欄には、まだランクバッジがなかった。
「味方にいると、ハルさんのバッジって逆に圧がありますね」
「外した方がいい?」
「いや、つけといてください。俺の心拍が勝手に上がるだけなんで」
「分かった」
真面目な返事に、夕奈の肩から力が抜けた。
「じゃあ、入ります」
二人の了承を聞き、夕奈はマッチングを開始した。
最初のマッチが始まった。
輸送機がマップ上空を横切る。夕奈は部隊の少ない西の倉庫群へピンを刺そうとした。
「西の倉庫群、空いてそうです。まず物資を取って――」
「東ビル、一パ被り。取れる」
遥真の声が重なり、別の場所へピンが刺さった。物資の強い高層建物だが、すでに一部隊が向かっている。
夕奈が返事をする前に、遥真は進路を変えていた。
「ハルさん、待って。まだ――」
「先に屋上取る」
速い。夕奈と航平も進路を変えたが、着地した時点でもう位置がずれていた。
遥真は屋上でAKを拾った。一発が重い代わりに、連射すれば銃口が大きく跳ねる武器だ。反動を抑えるバレルもついていない。
「ブレイク、使う」
遥真が戦術アビリティのブレイクショットを起動した。次の数発だけシールドへの威力が上がる。体力まで削る力は増えないため、強くなった数発を外せばそこで終わる。
遥真は跳ね上がる銃口を押さえ込み、照準を敵の胸元へ残し続けた。
「一人割った」
次の瞬間にはダウン表示が出た。
「一枚落とした」
夕奈はまだ中階の階段を上がっている途中だった。拾えたのは、拡張マガジンのないMP9一丁で、予備のSMG弾は一マガジン分だけ。近距離では一気に撃ち込めるが、二十発ごとにリロードが必要で、予備も一度分しかない。シールドも弱く、屋上へ出ても長くは戦えない。
「ハルさん、奥もう一枚。帰り道、階段しかない」
下から航平が伝える。
「見えてる。落とせる」
遥真は引かず、二人目のシールドも割った。夕奈は階段を駆け上がりながら歯を食いしばる。遥真の戦闘が、自分の判断より先へ進んでいく。
「ハル、戻れますか」
「もう一人」
「戻れるかだけ答えてください」
その瞬間、左の別棟から銃声が伸びた。
「左、別部隊。屋上見られてます」
遥真は二人目を落とした。
だが、最初の部隊にはまだ一人残っている。階段下から上がろうとする最後の一人と、左の別棟から屋上を撃つ部隊に挟まれた。
「ハルさん、階段へ戻って!」
夕奈が屋上へ顔を出したときには、遥真のシールドが割れていた。左から撃たれ、下から出てきた敵にも射線を通される。
遥真がダウンした。
「ユウナさん、いったん下へ。二人で出口を切ります」
航平は遥真を起こしに向かわなかった。左の部隊に屋上を見られている状況では、近づいても三人まとめて倒される。
夕奈と航平は一緒に階段を下りた。建物の外へ出て射線を切り、別の入口から遥真を回収できる位置を探す。
最初の部隊の最後の一人は屋上側に残っている。上へ戻れば、その敵と別棟の部隊に挟まれる。
しかも、左の部隊はすでに一階へ回っていた。
「正面、二枚。右にも一人います」
出口を出た航平のシールドが割れる。
夕奈は足を止め、MP9で正面の敵へ撃ち返した。二十発を使い切り、一人のシールドを削ったところで弾が切れる。
「右へ抜けます。航平さんも――」
「無理、詰められた」
航平が拾得消耗品のスモークを投げ、二人の間へ白い煙を広げる。夕奈はリロードしながら右へ走った。
航平も追おうとしたが、背後から来た敵に捕まった。シールドが割れたままでは、三人の射撃を受けきれない。
「戻らないで」
航平の声と同時に、二つ目のダウン表示が出た。
遥真と航平が倒れている。
起こしに戻れば三対一。二人の位置には敵が重なり、起こせる状況でもない。
夕奈は装填を終えたMP9を下ろし、建物の裏にある搬入口へ走った。逃げるしかない。だが、逃げ切れるとは限らない。
搬入口の先にも敵の一人が回っている。
夕奈は進路を変えようとしたが、背後から弾が届いた。シールドが割れ、次の射撃で体力まで削り切られる。
画面に敗北表示が出た。
部隊順位、十七位。
遥真は二人倒し、NOVA-3は負けた。リザルト画面を前に、先に口を開いたのは航平だった。
「今の、ハルさん個人の戦闘としてはすごいです。ただ、三人の試合としては、俺らが後ろで置き去りでした」
軽口ではないが、責める声でもなかった。
夕奈はコントローラーを握りすぎていた。自分より実績があり、実際に二人を倒した遥真へ口を出せば、その強さを鈍らせるかもしれない。だが、言えない判断役に意味はない。
「ハルさん。見えているものが早いのは分かりました。でも、撃つ前に一言ほしいです。追いつける位置なのか、戻れる位置なのか、判断できないまま始まるとカバーが遅れます」
声が硬くなる。初回から言いすぎかもしれないが、黙る方が怖かった。
「一言入れたら、相手が逃げる場面もある」
「それも分かります」
撃つ瞬間を逃せば、取れたはずの一枚を逃す。相手に回復され、位置も変えられる。遥真の言うことは間違っていない。
「ただ、二人落としても戻れないなら、三人では勝ち切れません」
通話が静かになった。遥真の表情は見えない。少しして、返事が来た。
「分かった。次、言う」
「じゃあ次、初回ボーナスで俺ら全員ちょっとだけ賢くなったということで」
「ちょっとだけですか」
「一気に賢くなったら、次の楽しみがないんで」
航平の軽さに助けられ、夕奈は今度は自然に笑えた。
二試合目、夕奈は慎重になった。被りを避け、物資を揃え、次のエリアへ早めに動く。
この試合では、近距離用のMP9と、中距離用のScout-56が揃った。Scoutは一発の重さではAKに及ばないが、反動が小さく、逃げる相手へ続けて当てやすい。
武器は揃っている。足りないのは、自分の判断だった。
夕奈は、遥真を置き去りにさせないことばかり考えていた。
中盤、岩場の細い道で敵の足音がした。
「右上、一人。味方と離れてる。撃てる」
今度は遥真の報告が先だった。行くか、先に削るか。
右上の敵は一人だけ前へ出ている。三人で撃てれば人数有利を作れる場面だった。
しかし夕奈は、左の谷にも部隊がいるかもしれないと考えた。パルスセンサーを岩の向こうへ射出する。一度目の走査で、左下に三つの輪郭が短く浮いた。
警告を受けた敵がセンサー本体を撃つ。二度目の走査は止まり、三人がどちらへ動いたかまでは分からない。
右の一人を先に落とすか、左の三人を受けるか。情報は増えた。返事だけが一拍遅れた。
「待ってください。左を確認してから――」
その一拍で右上の敵は岩陰へ引いた。遥真は言われた通り待ったが、取れるはずだった一人は味方の位置まで戻っていく。
直後、左の谷から別部隊が上がってきた。
「左来ます。二枚――いや、三枚いる」
「後ろに下がって、岩裏――」
指示を言い終える前に、航平のシールドが割れた。
「ごめん、下がれない」
航平がスモークで射線を切ろうとするが、右上の敵もこちらを見ていた。夕奈が逃がした相手だ。遥真は右上を撃ち返し、夕奈は航平へ寄る。三人の意識が割れたまま、戦闘は短く終わった。
部隊順位、十二位。
「今のは、撃った方がよかったと思う」
遥真が静かに言った。
「はい。私が遅かったです。さっきのことを気にしすぎました」
航平が少し考えてから言った。
「じゃあ、決めません?」
「何をですか」
「ハルさんが見つけたら、場所と人数を短く言う。ユウナさんは、全部確認し終わる前に、今ある情報で最初の判断を返す。行く、待つ、先に削る、引く。俺は背中と引き道を見ます」
夕奈は四つの選択肢を頭の中で繰り返した。完璧に見てからでは遅い。足りない情報があるなら、それも含めて今できる判断を返すしかない。
「分かりました。それでやりたいです」
「やる」
「よし。三試合目、ちょっとだけチームっぽくいきましょう」
三試合目は、最初から少し違った。
外周寄りの倉庫へ降り、ラウンド1のエリア端に沿って移動する。夕奈は二つある武器枠に、近距離のMP9と中距離のScout-56を収めた。敵との距離に応じて持ち替えられる、夕奈が扱いやすい組み合わせだった。
派手な戦闘はないぶん、三人の声が増えた。
「右の建物、ドア開いてます」
「左の丘、足跡なし」
「次のエリア、中央寄りです。早めに道路を渡りたいです」
「渡るなら今。後ろ来てない」
航平が周囲をつなぎ、遥真が敵を探し、夕奈が次の位置を決める。
中盤、壊れたサービスエリアの前で一部隊と当たった。奥のガソリンスタンド跡に二人、手前の車の陰に一人いる。
「正面、手前一枚。味方から離れてる。撃てる」
必要な情報が、短く入った。
「撃ちます。私が先に割る。ハルさん、合わせて。航平さんは左を見てください」
「了解。左を見る」
「合わせる」
夕奈はScout-56を構えた。反動の小ささを生かして手前の敵へ照準を合わせ、二発を続けて入れる。青いシールドが砕けた瞬間、遥真のAKが重なった。
手前の敵がダウンする。
「奥二枚、まだ離れてます」
「左、別部隊は見えない。でも遠くで撃ち合ってます」
今なら三対二だ。
右の敵とダウンした味方の間には、車一台しかない。起こしに触れるなら、その陰から出ることになる。別部隊も、まだサービスエリアへ向かってはいない。
「右から詰めます。ここは倒し切ります」
「行く」
遥真は右へ回ったが、夕奈を追い越さなかった。
夕奈は正面から圧をかけ、航平は左の道路と背後を見ながら距離を詰める。奥にいた敵の一人が、ダウンした味方の方へ車の陰から出た。
「右、一人出た」
「見てます」
夕奈はScoutからMP9へ持ち替えた。遥真のAKが先に敵の逃げ道を狭める。
二人の射撃が重なり、二人目がダウンした。
最後の敵は味方を助けず、ガソリンスタンドの裏へ走った。
「最後、裏へ逃げます」
遥真が追える角度へ動く。そのとき、航平の声が入った。
「左の戦闘、終わりました。三人、道路を渡り始めてます。まだ距離はあります」
別部隊の三人は、左の戦闘が終わった直後にNOVA-3との距離を詰めていた。夕奈には、キルログを見て漁夫へ切り替えた動きに見えた。
最後の敵はすでに建物の裏へ入り、姿が見えない。追えば倒せる可能性はあるが、建物を回る間に別部隊との距離が縮まる。
今は三対一を追うより、三対三を迎えられる位置を取る方が有利だった。
「追いません。倒した二人を確定して、弾とパックだけ取ります。青コンテナへ」
「止まる」
「左を見ながら取ります」
三人は倒した二人を確定し、デスボックスを開いた。
不足していた弾とシールドパックを取る。二倍サイトにもカーソルが触れたが、夕奈は止めなかった。
「取れました。移動します」
三人は別部隊が到着する前に、道路脇の青いコンテナへ上がった。
サービスエリアより一段高く、道路側から来る敵を正面に捉えられる。夕奈たちは射線を作り、短い回復を始めた。
数秒後、道路を渡ってきた部隊がサービスエリアへ入る。
しかし、NOVA-3がすでに高所から銃口を向けているのを見て、そのまま詰めてはこなかった。建物の中へ入り、逃げた最後の一人を探し始める。
すぐに銃声が鳴った。
敵同士の戦闘が始まる。
「撃ちます?」
遥真が聞いた。
夕奈は次のエリアを確認した。北東へ大きく外れている。ラウンド2の縮小も近い。
弾と回復も、もう一部隊と長く戦えるほど残っていない。ここで片方を倒せても、戦闘が長引けば次のエリアへ入るのが遅れる。
今なら、二部隊が互いを見ている。NOVA-3の背中へ射線を向ける余裕はない。
「撃ちません。戦わせたまま北東へ出ます。今なら安全に移動できます」
「了解。後ろ見る」
「先に降りる」
三人は青いコンテナから下り、敵同士の銃声を背に次のエリアへ向かった。
「今の、良かったです」
「良かったですね。俺の寿命もさっきより伸びました」
「寿命」
「ハルさんが単独で奥まで行くたびに、俺の寿命が削れる仕組みです」
「じゃあ、削らないようにする」
真面目な返事に航平が笑い、夕奈もつられて笑った。試合は、そのまま最後までうまくいったわけではない。
ラウンド5。残り五部隊。
夕奈が見渡すと、先に落ちた部隊の建物やコンテナからは、もう銃口が消えていた。空いた遮蔽をつなげば、高所へ上がれる。
だが、その道に気づいた時には、一段上を別部隊に取られ、下側からも射線が伸びていた。
「上、強い。ここでは勝てません」
「左から抜ける?」
遥真が聞いた。夕奈は驚きかけたが、今度はすぐに返す。
左は開けていて、高所から長く撃たれる。右の岩までは遠いが、航平のスモークで一度だけ射線を切れる。移動ウルトも使える。ただし加速しても無敵にはならず、足元に残る光を見れば、敵は煙の出口を待てる。
「右の岩まで走ります。航平さん、スモークをお願いします」
「入れます。ウルトも重ねます。ただ、煙を抜けた先は見られます」
「それでも右です。行きます。三、二、一」
航平がスモークを投げ、続けて移動ウルトを起動した。三人の足元に加速の光が走る。
三人で走った。
煙の中は撃たれなかった。だが、白い壁から先へ伸びた三本の光が、出てくる場所を敵へ教えた。スモークを抜けたところで航平が先に削られる。夕奈が足を止めて撃ち返し、遥真も高所へ射線を返す。
右を選んでも、すでに奪われた高所までは取り返せなかった。
航平がダウンし、夕奈も岩へ届く前に倒れる。最後に残った遥真は一人を削ったが、上下から撃たれて逃げ道を失った。
部隊順位、五位。
「五位。初回にしては人間らしい順位になってきましたね」
「人間らしいって何ですか」
「一試合目は、ハルさんだけ別ゲームしてましたから」
遥真が少し間を置いた。
「次は、撃つ前に言う。全部は無理かもしれないけど」
「全部じゃなくていいです。私も、止めるだけじゃなくて、行くときは行くと言います。遅かったら言ってください」
「言う」
「じゃあ今日のまとめ。ハルさんは速い。ユウナさんは考える。俺は胃が痛い」
「航平さんのまとめだけ雑じゃないですか」
「重要ですよ。胃が痛いときは、だいたいチームが危ない」
夕奈は声を出して笑った。コメントの流れない通話で、三人の声だけが重なった。
「お疲れさまでした」
「お疲れさまでした。初日でチャンピオンは無理でしたけど、少なくとも次も三人で入れそうですね」
「次は勝ちたい」
遥真の声はまっすぐだった。夕奈はロビーに並ぶ三人を見た。
「勝ちたいです。でも、三人で勝ちたい」
航平は茶化さず、遥真も笑わなかった。
「分かった」
夕奈は今日のどの順位より、その一言を覚えていた。
通話を切ると、部屋は急に静かになった。夕奈はヘッドセットを外し、机の端のメモに「撃つ前に言う」と書く。その下に「三人で勝つ」と書き足した。




