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東京ランクマッチ ー三人で挑むeスポーツ青春譚ー  作者: Aramaki_mai
第11章 勝った後の行き先
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第79話 勝ってから決める

挿絵(By みてみん)

練習を終えたあと、三人は西大井駅から少し歩いた中華料理店へ向かった。奥の四人掛けに座ると、航平は夕奈が話を始めるより先に店員を呼んだ。


「今日は先に注文します」


「何の対策ですか」


「俺たちが話し始めると、食事が止まることへの対策です」


遥真がメニューを閉じた。


「炒飯」


「ハルさんは止まったことないでしょう」


炒飯を二つ、五目麺を一つ、餃子を二皿。厨房で鍋を振る音を聞きながら、三人はさっきの練習で失敗した移動を一度だけ確認した。


餃子が最初に届いた。航平が一つ取り、夕奈の小皿にも置く。遥真は言われる前に二つ取った。


「一個は食べてから話しましょう」


「進行するんですね」


「食事だけです」


焼けた皮は熱く、夕奈は噛んだ途端に口を閉じた。遥真は平気な顔で二つ目へ箸を伸ばしている。航平も一つ食べきった。


夕奈は水を飲み、グラスを置いた。


「今日、会社から正式に話がありました」


夕奈は膝の上で手を組んだ。


「DWCが終わったあと、アークラインの立ち上げに参加してほしいそうです。チームの中心として」


航平の視線が夕奈へ向いた。


「正式な打診なんですね」


「はい。返事は大会が終わってからです」


「すごいですね」


航平は「すごいですね」と言ったあとも笑わず、伏せたスマートフォンに手を置いていた。


「受けたい?」


遥真が尋ねた。


夕奈は資料に記されていたYUNAの名前を思い出した。


「やりたいです」


口にすると、嬉しいはずなのに喉が詰まった。NOVA-3の終了後を、自分の声で初めて予定に入れた。


遥真はグラスの水滴を親指で拭った。


「なら、受ければいい」


幕張でも聞いた言葉だった。今夜は、遥真が夕奈を手放す準備をしているように響いた。


「そんなに簡単に言わないでください」


思ったより硬い声が出た。航平が口を挟みかけてやめる。遥真は夕奈を見た。


「簡単じゃない」


遥真は箸を置き、夕奈から航平へ視線を移した。口を開きかけて、一度閉じた。


「DWCが終わったら、TIERAXの話をもう一回聞きたい」


「移籍するんですか」


「決めてない。今は条件も聞いてない」


「DWCが終わったらって、いつ決めたんですか」


「代表が決まったあと」


「あのとき『また決める』と言っていたのは、そこなんですか」


夕奈の問いが重なった。遥真は水のグラスを置いてから答えた。


「あのときも、TIERAXへ行きたい気持ちは変わってなかった。DWCへ行けるって決まって、そのあとにもう一回話を聞こうと思った」


夕奈は箸へ伸ばしかけた手を戻した。


TIERAXとの再スクリムを終えた夜、遥真は今はNOVA-3に残ると選んだ。「終わったら、また決める」とも聞いたはずだった。


夕奈は、遥真が次を決める日は契約終了よりもっと先だと、勝手に受け取っていた。遥真は嘘をついていなかった。


「競技だけを考えられる場所へ行きたい気持ちは、まだある」


遥真は言った。


「NOVA-3で覚えたことを、競技で試したい」


「よかったですね」と言おうとして、言葉が出なかった。知らない場所で遥真が撃ち、別の誰かの判断を待つ姿を思い浮かべると、胸が痛んだ。火力役が抜ける不安とは違う。


「夕奈がアークラインをやりたいのと、同じだと思う」


「同じでも、平気にはなれません」


「俺も平気じゃない」


遥真はすぐに返した。夕奈が顔を上げる。


「夕奈が別のチームで判断するのは、嫌だと思う」


遥真は箸袋の端を押さえたまま、夕奈の返事を待った。


「食べながら聞いていいですか、と言える空気でもなくなりましたね」


航平が餃子の皿を見ながら言った。


「すみません」


「謝られると、余計に食べにくいです」


そう言いながら、航平は餃子を一つ取った。夕奈は手を伸ばせず、遥真は自分の炒飯を食べ続けている。


「二人だけじゃないです」


「何がですか」


「次のことを黙っていたのは、俺もです」


航平はテーブルの端に置いていたスマートフォンを取り、画面を開いた。黒い待機画面の中央に、仮置きの文字で「KOHEI」と出ている。


「契約が満了したあと、KOHEIの名前で個人活動をすることを考えています」


今度は夕奈と遥真が、航平を見る番だった。


「独立するんですか」


「まだ決めてません。会社に残る選択肢がなくなったわけでもないですし、外から話が来ているわけでもありません」


航平は試しに作った配信画面を切り替えた。話す内容を書く欄も、視聴者のコメントが流れる欄も、まだ空だった。


「ただ、名前を残すだけでは配信にならないので。自分一人で、どこまで作れるか試しています」


「いつから調べていたんですか」


「天城ミオさんと話したあとから、少しずつです。もう少し形になってから言おうと思ってました」


「私たちも、同じことをしていましたね」


「そうなんですよ。今日は誰も、『黙っていた』と相手だけを責められません」


「自由になりたいだけなら、もっと簡単に言えたんですけどね」


航平は、視聴者のいないコメント欄を指で隠した。


「誰にも見られなくなるのは、普通に怖いです」


夕奈は、何も言えなかった。


これまで航平は、夕奈と遥真の言葉をつなぎ、配信の台本を整え、記録を残し、二人が前へ出られる形を作ってきた。


その航平が、会社のチャンネルもスタッフもない場所で、自分の名前だけを出そうとしている。最初の画面を作っても、そこへ誰かが来る保証はなかった。


「二人に言えていない次の話があるのは、私だけだと思っていました」


夕奈は言った。


「二人に話したら、私が先にNOVA-3から離れようとしているように見えるんじゃないかって」


「俺は、逆です」


航平が答える。


「まだ決めていない話まで伝えたら、二人が考えることを増やすだけだと思ってました。だから、言わない方がいいって」


「では、どうして今、話したんですか」


「二人の話を聞いたあとで、俺だけ進行役みたいな顔をしている方が、ずるいと思ったからです」


航平は空のコメント欄を消さなかった。遥真が箸を止めたまま言う。


「俺は、言ったつもりだった」


「言われていました」


夕奈は答えた。


「私が、自分の欲しい長さに変えました」


「三人で続けたいと思っていたのに、私は次のゲームをやりたいです」


夕奈は、今度は二人から目をそらさなかった。


「それを認めたら、NOVA-3を大事にしていないことになる気がしていました」


「俺は、続けたいのか、終わったあと誰にも見られなくなるのが怖いだけなのか、まだ分かってません」


航平は答えた。


「でも、その怖さだけで会社に残っても、会社の方針も契約もなくなるわけじゃない。行きたい場所を諦めて続けたら、あとで誰かのせいにすると思います」


遥真は頷かなかった。


「俺は二人と続けたい。競技も捨てたくない」


夕奈は水のグラスを持ったまま、航平はスマートフォンに手を残し、遥真は止めていた箸を動かした。


「ハルさん、今の話のあとでも食べるんですね」


「冷める」


「俺が最初に言ったときだけ正しいみたいに返さないでください」


航平も箸を取り直した。夕奈が遅れて餃子へ手を伸ばすと、最後の一つを取ろうとした遥真の箸と当たった。


「夕奈が食べて」


「半分にします」


航平が空いた皿を指す。


「話は三つに割れましたけど、餃子は二つにしか割れませんよ」


夕奈は遥真と半分ずつにした。


「俺たち、世界でまだ一試合も勝ってないのに、先のことで揉めてるんですよ」


「代表にはなった」


遥真が言う。


「国内です。世界では、まだ何も取ってません」


航平は二人を見た。


「このまま終わったら、俺たちは会社の予定どおり活動を終えて、それぞれ次へ行くだけです」


「だったら、なおさらDWCで勝つしかないだろ」


航平の声から、いつもの丁寧さが外れていた。夕奈は遥真を見る。遥真は迷わず答えた。


「勝つ」


「はい」


夕奈は二人を見た。


「この三人で勝ってから、次を決めます」


遥真が言った。


「DWCまでは、NOVA-3で行く」


「その先の話は、世界を取ってからにしましょう」


航平は自分で作った配信画面を閉じた。


「次の画面は作りますけど」


「そこは続けるんですね」


「勝ってから作るとは言ってませんので」


夕奈は笑った。遥真は空になった餃子の皿を見て、もう一皿頼んだ。



店を出ると、夜の空気が火照った頬に冷たかった。三人はマンションへ向かって並んで歩いた。


夕奈はTIERAXの話を蒸し返さなかった。祝福はまだできない。それでも、さっきより遥真の隣を歩きにくくはなかった。


駅前の信号が点滅し、航平が「まだ渡れます」と歩調を上げた。


「次でいい」


遥真は信号の手前で止まった。航平も立ち止まると、信号が赤へ変わった。


「間に合いませんでしたね」


夕奈は通知を閉じ、二人と並んで次の青を待った。




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