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東京ランクマッチ ー三人で挑むeスポーツ青春譚ー  作者: Aramaki_mai
第11章 勝った後の行き先
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第78話 勝った後の話

挿絵(By みてみん)

東京ゲームショウから数日後、沢渡夕奈は品川の会議室で、一冊の資料を見つめていた。


表紙には、アークライン国内展開計画と記されている。以前、候補者として説明を受けたときより厚く、机へ置いても表紙がきれいに閉じない。


夕奈が手を離すと、途中のページが勝手に開いた。来年春のテスト配信、発売前イベント、競技形式を試す大会、初心者向けの番組。色の違う付箋が何枚も重なり、その全部に仮と印字されている。


発売日はまだ公表されていない。それでも会社の中では、誰かが一年先のステージに立ち、試合をし、初めて遊ぶ人へ説明するところまで想像されていた。


次に勝手に開いたのは、立ち上げメンバー役割案だった。火力、戦術研究、配信進行。その中央に、チームリーダー候補という欄がある。


記載されている活動名は一つだった。


YUNA。


会議室へ入ったときから、視界には入っていた。けれど、そこだけを先に読むことができなかった。正面に座る三好玲奈が、端末を閉じる。


「DWC終了後、アークラインの中心プレイヤーとして活動してほしいと、正式に打診します」


夕奈は月ごとの予定を一枚めくった。


「練習は、いつから始まりますか」


「正式に引き受けていただいたあとです」


夕奈は次のページにかけた指を戻した。


「今日、答えないといけませんか」


「いいえ」


玲奈はすぐに答えた。


「現在はDWCへ向けた活動を優先してください。契約条件と回答時期については、大会終了後に改めて確認します」


「断ることもできますか」


「もちろんです」


「会社としては、沢渡さんに引き受けてほしいと考えています。ただし、世界大会前に進路を決めさせるつもりはありません」


資料に書かれた日程は具体的だった。ただ、その予定に夕奈の名前が入るかどうかまでは決まっていない。


東京へ来た春は、ゲームの仕事ができるなら、用意された予定の中へ入ることしか考えられなかった。


夕奈はチームリーダー候補の欄を指した。


「中心というのは、宣伝の中心ですか」


「それも含まれます」


玲奈は答えた。


「公式配信、イベント、広告への出演は、立ち上げメンバーの仕事です。初めてアークラインを知る人へ、ゲームの魅力や勝敗の見方を伝えてもらいます」


東京ゲームショウで見たティザー映像を思い出す。画面へ向けられたスマートフォン。巨大なモニターに映る、新しいゲームの名前。


その場所の中央にYUNAが立てば、多くの人は、まずアバターの顔を見るだろう。


新人だった頃と同じように。


「私が一番、配信に向いているということですか」


「配信実績も評価しています」


玲奈は、そこで言葉を切った。


「YUNAの顔と名前が、選考と無関係だとは言いません」


玲奈が端末を操作すると、以前行ったアークラインの社内テスト映像が表示された。


夕奈が中央の目標から離れ、遥真を入口へ戻し、航平へコアを渡した場面。続いて、通路を一つ見落とし、航平の耐久をほとんど失わせた場面まで再生される。


「この二つを、同じ選考資料に入れました」


「失敗した方もですか」


「はい」


玲奈は四枚のカードを資料の上へ置いた。火力、戦術研究、進行、リーダー。印刷された役割案と同じ言葉だった。


「仮に沢渡さんが引き受けたら、最初の編成でどう置きますか」


面談で試されるとは思っていなかった。夕奈はカードへ手を伸ばし、リーダーを中央へ、残り三枚を周囲へ並べた。


すぐに違和感が残った。


「このままでは置きません」


「なぜですか」


「火力の人が、撃つことしか決められなくなるからです」


夕奈は火力のカードを裏返した。戦術研究も裏返す。進行だけは迷い、横向きにした。


「初めて組む人なら、得意なことは知りたいです。でも、役割を先に渡して、その人が何を見たかまで決めたくありません」


「では、リーダーは?」


中央に残った一枚を見下ろす。夕奈はそれも裏返した。


「必要です。でも、何でも最後に決める人にはしたくないです」


玲奈は正解とも不正解とも言わなかった。代わりに、国内予選の最終試合を再生した。中央の遮蔽へ走った航平、車両の左へ回った遥真、後ろから敵のシールドを割った夕奈。三方向の銃声のあと、CHAMPIONの文字が出る。


「この場面を、選考担当は沢渡さんの判断としてまとめています」


「違います」


夕奈は画面を止めた。


「航平さんが先に右へ行って、ハルが『今』と言いました。私は後ろから撃っています」


以前なら、評価される説明を自分から崩すのが怖かったはずだ。今は、二人の判断を自分の実績に数えられる方が嫌だった。


玲奈は映像の注釈欄を開き、その場で一行を直した。


「推薦した理由を、訂正する必要はありますか」


「私が全部決めたから、なら訂正してください」


「そこではありません」


玲奈は裏返された四枚を見た。


「用意された役割を、そのまま正しいことにしなかった。今の返答も含めて、私は沢渡さんを推薦しています」


褒められたのに、夕奈は素直に頷けなかった。役割案には、まだYUNAだけが印刷されている。


夕奈の指が、資料に印刷されたYUNAの文字へ触れた。契約初日の会議室では、同じ名前を指されて「はい」と答えるだけで精一杯だった。今は、その隣にリーダー候補と書かれている。


「ありがとうございます」


声の最後が掠れた。夕奈は言い直さず、YUNAの文字から指を離した。


「やりたいと思っています」


「アークラインを、もっと知りたいです。勝ち方を見つけたいし、私が分かったことを、見ている人にも伝えたいです」


「でも」


夕奈は役割案の空いた三つの欄を見た。喜んだ顔を二人に見せるところまで考えると、言葉が止まった。


「これを喜んだら、NOVA-3が終わってもいいと思っているみたいで」


「私には、そうは見えません」


玲奈は静かに答えた。


「NOVA-3で世界大会に勝ちたいことと、アークラインをやりたいことは、同時に本当で構いません」


「でも、ずっと同時にはできません」


「はい」


「いずれ、選ぶ必要があります」


夕奈は唇を結んだ。


幕張で遥真に言われた「なら、やればいい」が浮かんだ。


夕奈は資料を一枚戻した。


「ハルと航平さんにも、同じような話があるんですか」


「ほかの契約者との面談内容はお答えできません」


「三人でアークラインをやる可能性はありますか」


「現時点で、NOVA-3をそのままアークラインのチームとして配置する予定はありません」


夕奈の指が、役割案の空いた三つの欄へ滑った。


「二人に何もないという意味ではありません」


玲奈が続ける。


「ただ、それぞれの希望も会社からの打診も、本人が話す前に私からお伝えすることはできません」


役割案では、夕奈の欄だけが埋まり、残る三つは空白だった。


空欄のうち二つにHAL、KOHEIと入った図を一瞬だけ想像した。二つとも、空白のままだった。


「これは、NOVA-3の次を決める面談ではありません」


玲奈は資料を閉じた。


「沢渡さん自身の次を決めるための面談です」


閉じた資料の宛名は「沢渡夕奈」だった。夕奈はその表紙に手を置いた。


「この話を、二人にしてもいいですか」


「正式な打診を受けたことと、沢渡さん自身の気持ちは話して構いません」


「分かりました」


「回答は大会後です。それまでは、NOVA-3の活動予定に変更はありません」


夕奈は資料を玲奈へ返した。



会議室を出ると、品川の廊下は静かだった。


壁には、東京ゲームショウで公開されたアークラインのキービジュアルが新しく掲示されている。


四人のキャラクターが、光の走る都市を背に並んでいた。


その少し先には、DWC日本代表となったNOVA-3とTIERAXの告知がある。


夕奈は二枚のポスターの前を通り、エレベーターを待つ間に三人のチャットを開いた。


入力欄のカーソルが点滅する。夕奈は一文字も消さずに打った。


『今日、練習のあとに話したいです』


続けて、もう一行を打つ。


『DWCのあとについて』


送信した。エレベーターが到着する前に、遥真から返事が来た。


『聞く』


航平は少し遅れて送ってきた。


『練習のあと、外で話しませんか』


扉が開き、夕奈は一人で乗り込んだ。


「アークラインを、やりたいと思っています」


まだ二人はいない。金属の壁に返った声を聞いて、夕奈は眉を寄せた。


「……違う。やりたいです」


エレベーターが下降を始め、膝が少し沈んだ。


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