第76話 声が戻るまで
――SONELIA/RIO
最初の接敵で、MAHOのシールドが割れた。
「私、二秒」
RIOの照準の先では、AURAVEXの一人が壊れた壁に触れている。今押せば、戻る出口を閉じられる。
一秒目、RIOの指が攻撃入力にかかった。
◇
――AURAVEX/RENKA
――同じ朝、合同カスタム開始前
代表発表配信の翌朝、AURAVEXの練習室には八時半に三人分の朝食が並んだ。MAKIの鮭おにぎりは、封を切られないままデバイスの横にある。DWC渡航の予定も、壁のカレンダーには増えていなかった。
三人は最終試合と同じ区画を開いていた。総合三位、最後は五位。MAKIが壊れた壁で倒れ、RENKAと紗月は北へ抜けた。
一回目の再現では、RENKAのパルスセンサーが西の低い壁に刺さる前に、MAKIが壊れた壁に触れた。
「遅い」
MAKIは動きを止めず、壊れた壁のさらに先に自分の印を置いた。RENKAはそこへ帰路を引かず、西の低い壁にパルスセンサーの印を置く。
「置いていった判断は変えない」
「倒れたあとの話を、先にしないで」
紗月は二つの印をどちらも消さず、開始地点に三つ目を置いた。
「MAKIがそこへ行くなら、私も同じところまで出る。RENKAは西を見て。相手を入れてやろう」
練習相手の一覧を開いていた紗月が言う。
「今日、SONELIAが空いてる」
MAKIは開始位置へ戻りながら答えた。
「相手がいても、私は先へ行く」
RENKAは返事をせず、SONELIAへ招待を送った。MAKIの鮭おにぎりは、まだ開いていない。
◇
――SONELIA/RIO
同じ朝、SONELIAの収録机には空の紙コップが六つ残っていた。昨夜、代表発表配信を見ながらスタッフと飲んだものだった。中央には、国内予選のインタビューで言葉が出なかったときにMAHOが置いた、未開封の水が一本ある。
国内予選の競技PCの電源を落としたあとも、『私、二秒』というMAHOの声だけがRIOの耳に残っていた。
録画画面では、MAHOの「二秒」が終わる前にRIOの攻撃ピンが出口へ刺さっていた。MAHOは欠けたシールドのまま入口で倒れ、TSUMUGIも同じ射線に押し戻される。
RIOは録画を止め、次の配信の進行表を開いた。冒頭の「明るく」には、昨夜MAHOが引いた線が残っている。商品告知の担当はTSUMUGIに移され、大会振り返りだけが空欄だった。
「こんばんは、SONELIAです。今日は、国内予選の――」
いつもの高さで出した声が、「予選」のあとに続かなかった。RIOは進行表へ目を落とした。
「私、それに笑って返せないよ」
MAHOは進行表を見たまま言った。
「……最後も勝てなかった、って言ったら、その次が出ない」
RIOは止めた録画へ視線を戻した。
「世界へ行けないって分かったあと、せめて最後は勝ちたくて、二秒を一秒にした」
「次は二秒って言ったら、二秒ちょうだい」
MAHOは未開封の水を指で転がし、空欄に自分の名前を書かない。
「でも、待たせてまた負けたら、今度は私が遅らせたって思う。そうなるのも、怖い」
RIOは「明るく」の横に自分の名前を書いた。
「私、次の声を出す役はやめられない。試合でも配信でも……止まったら、どうしていいか分かんないから」
TSUMUGIは商品告知の紙を横へよけ、大会振り返りの欄に自分の名前を入れた。
「そこ、私から聞く。RIOが止まっても、次の話へ行かない」
RIOはペンを置いた。TSUMUGIは先を促さず、RIOの方を向いていた。
そのとき、AURAVEXから練習の招待が届いた。
RIOは承諾を押しかけ、二人を見る。
「受けたい」
「私もやる。戻れなかったら、もう一度呼ぶから」
MAHOが水から手を離した。RIOは承諾を送り、配信予約の公開チェックを外した。最初の一本は、三人の端末にだけ残す。
MAHOが中央の水をRIOへ押した。
「明るくできる?」
RIOは蓋を開け、一口飲んだ。
「声は出す。戻ってるかどうかは……一本やってから聞いて」
TSUMUGIが録画を開始した。赤い灯が点く。
カスタムロビーにAURAVEXとSONELIAの名前が並び、双方の準備完了が点灯した。
◇
――SONELIA/RIO
――合同カスタム、最初の接敵
赤い灯の向こうで、一秒目が過ぎる。
「まだ」
RIOは入口へ出なかった。攻撃入力から指を離し、照準だけを残す。TSUMUGIのコンカッション弾が角から出たAURAVEXの一人に当たり、その足を短く鈍らせた。
二秒目。
窓へ戻ろうとしたMAHOの前に、AURAVEXの弾が続けて飛んだ。
「戻れない。窓、取られた」
二秒目が過ぎても、MAHOの窓には二本の弾道が残った。RIOの指が、もう一度攻撃入力に触れる。
「じゃあ入口を押す。MAHOは奥――」
「入口は私が受ける」
TSUMUGIがRIOの言葉を遮った。
「RIOは奥の場所を言って。MAHOは、戻れなくても声だけ返して」
「右奥、箱一つ。そこまで行けば切れる」
RIOは配信の冒頭と同じ高い声で位置を言った。MAHOが窓を捨て、右奥へ走る。
「行く。今は二秒じゃ足りない」
RIOが入口に短く弾を置き、TSUMUGIが退路に射線を残した。三人は最初に狙っていた窓ではなく、一つ奥の箱で揃った。
正面のAURAVEXも追撃には来なかった。西の低い壁にパルスセンサーが刺さる。水色のRENKAは一波目で壁の向こうへ消えた。紗月は中央で止まり、黄色のMAKIは入口へもう一発だけ返してから、別々の間隔で同じ壁を越えた。
キルログは動かず、六人の生存表示が残った。SONELIAは奥の箱、AURAVEXは西の低い壁にいる。
「遅かった? 私、まだ窓へ戻れると思ってた」
MAHOが聞いた。
「私も入口しか見てなかった。TSUMUGI、止めてくれてありがと」
「右へ移って。二人とも」
TSUMUGIの声で、RIOは箱の右へ照準を振った。
「次、何秒って言えばいいか……窓も取られて、怖かった」
MAHOの声が高くなる。
「見えてからでいい。聞いてる」
RIOが答えた。
次の遮蔽でMAHOが「三秒」と叫んだ。RIOは一拍遅れて「聞いた」と返し、TSUMUGIの足音が二人に追いつく。
「さっきの二秒、私は――」
「その話は後。左、来る」
MAHOに切られ、RIOは言いかけた答えを呑み込んだ。三人が左を向いた瞬間、AURAVEXの銃声がまた近づいた。




