↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
75/95

第75話 代表発表

挿絵(By みてみん)

国内予選から数日後、沢渡夕奈が講義室へ入ると、相沢千紘がスマートフォンを片手に振り向いた。


「沢渡さん、これ見た?」


画面には、デルタフィールド公式アカウントの告知が表示されていた。DWC日本代表決定。


1位、TIERAX。

2位、NOVA-3。


二つのチームロゴの下に、日本代表となった選手の名前が並んでいる。YUNA、HAL、KOHEI。


予選が終わった夜にも見た画像だった。大学の講義室で千紘から見せられると、自分のことではないような奇妙さがあった。


「見たよ」


夕奈は鞄を机の横に置いた。千紘の隣にいた学生が画面をのぞき込む。


「NOVA-3って、配信してる人たちだよね?」


「そう。ゲーム会社の公式チーム。配信とか宣伝をするチームなんだけど、競技の予選でも勝ったんだって」


千紘は、デルタフィールドに詳しくない相手へ告知画像の順位欄を指で示した。


「しかも105ptだって」


学生が告知画像を拡大する。


「1位と1ポイント差じゃん。惜しいな」


「代表は二枠だから。最後の試合で逆転したらしいよ」


千紘の言葉を聞きながら、夕奈は椅子に座った。


最終試合で中央の遮蔽へ出た瞬間を思い出す。


遥真の声。航平がつないだ退路。画面に表示されたCHAMPIONの文字。


「沢渡さん、NOVA-3好きだったよね」


千紘が夕奈へ画面を向けた。


「世界大会も見る?」


見る側ではない。ラスベガスの選手席で、コントローラーを握る。けれど、それをここで言うことはできなかった。


「うん。ここまで来たなら、最後まで見ると思う」


「私も時間が合ったら見ようかな。ルール、まだ半分くらいしか分かってないけど」


「順位と、最後まで残ったチームを見れば大丈夫だよ」


「それだけでいいの?」


「最初は」


千紘は告知画像を保存して、もう一度だけ拡大した。講義開始のチャイムが鳴り、画面を伏せる。


スマートフォンはすぐ暗くなったが、YUNAの文字だけは夕奈の目に残った。東京へ来る前から使い続けてきた、自分の名前だった。



その日の午後、夕奈は品川の収録室に入った。正面のモニターには、代表発表配信の待機画面が映っている。左側にNOVA-3。


右側にTIERAX。


二つのロゴの間には、日本代表を示す日の丸とDWCの大会ロゴが配置されていた。


NOVA-3の三人は、収録用ブースからアバターで出演する。TIERAXの三人は、隣の収録スペースから選手映像を出す予定になっていた。


夕奈が席に着くと、航平が進行表を見ながら言った。


「代表になって最初の仕事が、代表になった感想を話す仕事です」


「そのための発表配信ですから」


「勝った瞬間の俺、何を言ったか覚えてないんですよね」


「2位です、って言っていました」


隣のブースから遥真の声が入る。


「世界、行けるって言った」


「ハルは覚えてるんですね」


「そこだけ」


夕奈も、自分が言った言葉を覚えている。三人で、世界へ行けます。結果が出た直後は、それだけで精いっぱいだった。


今日は、その先を自分たちの言葉で話さなければならない。ブースの扉が開き、三好玲奈が資料を持って入ってきた。


「開始まで二十分です。質問項目を確認します」


共有画面に進行表が表示される。国内予選の感想。最終試合の判断。


世界大会での目標。TIERAXとNOVA-3、それぞれの強み。その下に、視聴者から多く届いた質問として、もう一つの項目があった。


公式契約プレイヤーによる販促チームが、日本代表になったことについて。航平が画面を見る。


「避けないんですね」


「避ければ、その質問だけが残ります」


玲奈は淡々と答えた。


「用意した回答を読む必要はありません。ただし、会社から受けてきた支援を否定しないこと。他の参加チームを軽く扱わないこと。この二点は守ってください」


「販促チームではありません、とは言えないですよね」


夕奈が尋ねる。


「事実ではありませんから」


「でも、それだけで勝ったと思われるのも違います」


「そう思うなら、そう答えてください」


「全員に納得してもらえる言葉を探す必要はありません。確認されている事実と、あなた自身の考えを話してください」


夕奈は質問項目を見つめた。


販促チームと呼ばれるたび、競技への本気まで否定されたように感じていた。今、NOVA-3の記録には105ptがある。


収録室の外からスタッフの声が入る。


「音声確認を始めます」


三人が順番にマイクに声を入れる。夕奈の画面では、YUNAの口が声に合わせて動いた。


初配信前、この顔を見せられたとき、自分より先にYUNAが完成していると感じた。


今は同じ顔の横に、日本代表の文字が表示されている。



配信開始と同時に、コメント欄が動き始めた。


『日本代表おめでとう』


『TIERAX、1位さすが』


『NOVA-3最後の試合すごかった』


『AURAVEXも惜しかった』


『105ptは普通に強い』


祝福の間に、別の意見も混ざっている。


『販促チームが代表なのか』


『競技チームの枠を取ったってこと?』


『会社の支援があるチームと、そうじゃないチームで条件が違いすぎる』


番組モデレーターは、個人への中傷や連投だけを処理していた。NOVA-3の立場への疑問までは消されない。


司会者が国内予選の最終順位を紹介する。


「日本代表一枠目は、全10試合で106ptを獲得したTIERAX。そして二枠目は、最終試合のチャンピオンで逆転し、105ptを獲得したNOVA-3です」


画面に最終試合の映像が流れた。高架下の斜面を通る場面。


三人で中央の遮蔽へ入る場面。


最後の敵に、夕奈と遥真の射撃が重なる場面。


司会者が最初にTIERAXに質問する。


「10試合を通して首位を維持できた理由は、どこにあると思いますか」


佐伯玲司は、崩れた試合でも最低限の順位とキルを持ち帰ることを重視していたと答えた。


佐伯が答えを終えると、司会者はNOVA-3へ向き直った。


「予選一日目は6位でした。そこから二日目に68ptを獲得しています。YUNA選手、チームで変えたものは何だったのでしょうか」


夕奈は用意していた答えの最初の一文を忘れた。


「二日目の方が、意見が合わなかったと思います」


司会者が少し目を見開く。


「合わない方が、良かった?」


「私が決めるまで待ってもらう場面が減りました。航平さんが先に道路へ出たり、ハルが先に壁を越えたり。慌てましたけど、二人が動いてから私にも見えたものがありました」


「二人が指示を聞かなくなった、とも聞こえますね」


「そういう試合もありました」


笑うところか分からず、司会者が一拍置く。隣のブースから航平の声が入った。


「俺が先に出た道路は、夕奈さんに怒られました。結果は全員渡れたので、まだ判定待ちです」


「大会は終わっていますよ」


「チーム内の判定です」


コメント欄に笑いを示す短い文字が流れた。夕奈は机の下で指をほどく。


遥真には、最終戦の射撃について質問が向けられた。


「以前より撃たなくなりましたか」


「たぶん、撃ってる」


「では、変わっていない?」


「分からない。最後は航平が先に走ったから、俺が『今』って言った」


画面のHALが、一度横を向いた。


「俺が撃ったあと、二人がいるかは見る。毎回できたわけじゃない」


夕奈は最終戦の車両裏を思い出した。遥真の「今」が聞こえたとき、左右から二人の弾が入った。隣のブースへ顔を向けたが、壁があって遥真の表情は見えない。


司会者が進行表へ視線を落とした。


「ここからは、事前に多く寄せられた質問です」


コメント欄の流れが速くなった。


「NOVA-3は、デルタフィールドを広めるために作られた公式契約プレイヤーのチームです。配信やイベントも活動の大きな部分を占めています。そのNOVA-3が日本代表になったことを、どう受け止めていますか」


資料で読んだものと、ほとんど同じ質問だった。それでも声で聞くと、喉の内側が狭くなった。進行表には回答例がある。最初の言葉だけなら覚えていた。


「私たちは、販促チームです」


コメント欄に短い反応が流れる。


「配信も、イベントもしてきました。練習場所やスタッフの支援も受けています。国内予選の105ptは――」


『AURAVEXも見たかった』


流れてきた一行を目で追ったため、次の言葉が遅れた。画面の外で残り時間を示す札が上がる。


「105ptは、俺たちが取った」


遥真の声が横から入った。


司会者がHALの画面を見る。夕奈も驚いて顔を上げた。


「ハル。今は私への質問です」


「止まったから」


「止まっていても、終わってません」


生配信で言い合うつもりはなかった。コメント欄が急に速くなる。航平の笑い声が途切れた。


「ハルさんの言い方だと、支援の話を消したように聞こえます」


「消してない。会社が最後の敵を撃ったわけじゃない」


「それはそうですけど、お礼くらい最後まで言わせてください。俺たち、毎日使ってたんですから」


「点の話をしてた」


「だから、夕奈さんの話がまだ終わってないんですって」


司会者が二人を止めようとしたが、今度は夕奈と声が重なった。


「すみません」


三人の声が一度に切れ、収録室が不自然なほど静かになる。夕奈はマイクへ近づき直した。答えを整える時間はもうなかった。


「練習場所も、スタッフの支援も、私たちには必要でした。同じ条件だったとは言えません。そのうえで、最後の試合に残った三人が、ここにいます」


「それでも、代表になる?」


「なります」


そこだけは迷わなかった。


「AURAVEXにも、ほかのチームにも、譲ってもらった枠ではありません。紗月さんたちが取りたかった枠を、私たちが取りました」


言ってから、名前を出してよかったのか分からなくなる。玲奈のいる方向は壁で見えない。


『支援環境の差はある』


『AURAVEXも見たかった』


『最後の試合は見てた』


『世界で結果出してくれ』


コメントは賛否の二列には分かれず、互いを押し流していった。


司会者は次の質問をTIERAXへ向けた。


「純競技チームであるTIERAXから見て、NOVA-3と同じ日本代表になることをどう受け止めていますか」


佐伯はイヤホンを指で押し込んだ。


「純競技チーム、って何ですか」


「大会を中心に活動するチーム、という意味です」


「俺は配信もします。KYOはスポンサーの撮影で、俺より喋ります」


隣の映像でKYOが露骨に顔をしかめた。TOMAは笑わないまま、机の下でKYOの椅子を蹴ったらしい。映像が小さく揺れる。


「国内予選ではTIERAXが1位、NOVA-3が2位、AURAVEXが3位。それ以上の線を引くのは、俺の仕事じゃないです」


司会者が「では世界では」と聞き直す。


「別のチームです。最後に同じ場所に残ったら倒します」


「先に言われましたね」


航平の声に、佐伯が返した。


「そっちも倒すんだろ」


「もちろんです」


今度は、遥真の声が大きく入った。


「TIERAXも倒す」


「今は聞いてない」


佐伯に切られ、KYOだけが隣で笑った。夕奈は遅れて息を吐く。画面のYUNAの横に、日本代表とある。その隣のTIERAXを見ているうちに、次は管理棟を譲ってくれないだろうと思った。自分の口からも「倒します」が出かけ、司会者の締めの声に押し戻された。



配信終了後、夕奈のスマートフォンには大量の通知が届いていた。


代表決定を祝う投稿と発言への支持。その間に、支援環境の差を問題にする意見や、世界で通用するまで認めないという言葉も流れていた。


夕奈は投稿画面へ『あり』まで打ち、消した。ありがとうございました、と書くつもりだったのか、あります、と反論するつもりだったのか、自分でも分からない。


「何か書く?」


まだつながっている通話から、遥真の声が聞こえた。


「書きません」


「俺のせい?」


「半分くらいは」


「どの半分」


「それを今から説明すると、また配信と同じになります」


夕奈は通話を切り、ブースの外にある打ち合わせ机へ移った。遥真と航平も椅子を寄せ、玲奈が三人の進行表を回収しに来る。


航平が進行表を丸めかけ、玲奈に見られて元へ戻した。途中で切った一文が、折れた紙の中央に残る。


「代表発表の次は、世界大会まで練習だけにしてもらえませんかね」


「それは無理です」


収録室の扉が開き、玲奈ではないスタッフが赤い封筒を三つ抱えて入ってきた。


「すみません。明日の午前中までに、これだけお願いします」


封筒にはDWC本戦出場者用と印字され、中にパスポート情報の確認票が一枚だけ入っていた。航平が受け取った封筒を光へ透かす。


「本当に代表になったんですね。紙が赤い」


「色で判断しないでください」


「パスポート、どこ」


遥真が聞いた。


「ハルさんの家です」


「俺の部屋のどこ」


「そこから俺に聞くんですか」


夕奈は笑った。配信中には一度も上手く出なかった息が、今はそのまま声になった。


スタッフは追加資料を机に置き、廊下へ戻る。紙の上端に東京ゲームショウ、日本代表壮行ステージとある。出演者はNOVA-3とTIERAX。その下には、同日午後の発表として、次期主力タイトル『アークライン』世界初公開。


遥真が先に読んだ。


「前にやったやつ」


「正式発表までは、その話をしないでください」


航平がすぐに紙を伏せる。


「今、紙に書いてある」


「この部屋の外で言わない、という意味です」


「それなら分かる」


開いた扉の向こうをTIERAXの三人が通り過ぎた。KYOがこちらを見つけ、手で銃の形を作る。遥真は椅子に座ったまま同じ形を返した。


佐伯は止まらなかったが、「練習室、十五分空いてる」とだけ言った。


航平が時計を見る。


「十五分で何をするんですか」


「さっき倒すって言った」


遥真は椅子から立ち、赤い封筒を持った。


「配信の話ですよね」


「今からでも倒せる」


「練習場で味方を撃たないでください」


三人は封筒と資料を持って練習室へ移った。遥真が空いた席で競技クライアントを起動する。


夕奈は赤い封筒をモニターの脇へ立て、コントローラーを持った。世界大会へ行くための紙が視界の端にある。けれど、指に戻ったのは提出期限ではなく、最終試合で敵のシールドを割ったときの反動だった。


練習場へ入ると、遥真が一体目の標的を夕奈の前へ出した。


「代表、先どうぞ」


「ハルも代表です」


夕奈は一発目を外した。二発目が標的の肩へ当たり、隣で航平が笑う。


「世界一まで、ずいぶんありますね」


「十五分あります」


夕奈は照準を戻した。今度は遥真の合図を待たず、次の標的を自分で出した。


『東京ランクマッチ』は、第75話まで公開となりました。

全95話を予定しているため、残りはあと20話です。ここから物語はいよいよ最終盤へ入ります。


会社に集められ、最初は噛み合わなかったYUNA、HAL、KOHEIの三人が、何を選び、どこまで勝ち進むのか。NOVA-3の最後まで、見届けていただけたらうれしいです。


ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。残り20話も、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。